030 獣人たちの街/狩り
「お前たちに、狩りと言うものを教えてやるにゃ!」
朝から、プーラたちに付き添われて冒険者ギルドに向かった鈴音たち一行。
冒険者たちの装いに鈴音が興奮し、冒険者ギルド・カード作成時の痛みに智夏が泣き、初心者用の貸し出し武器の選択にまさるが大騒ぎをし、それらの収拾にプーラがさらに混迷を深めて、ギルド職員さんから叱責を受ける……で始まった彼女らの異世界生活3日目。
鈴音たち一行は、冒険者の身分を得た。ギムレイまでの旅費稼ぎのために当面の間、プーラたち“燦自由使”の手伝いをすることにしたようだ。
日本人であり、修二たちがどうような立場でいるかわからない現在、他の国の民になる訳にはいかない。そもそも、獣人の国ブナラングには源人はほとんど属していないらしい。街で見かけた源人っぽかった人々は、犬人でも人狼族の者たちであったようだ。人狼族の普段の姿は源人とほとんど変わらない。
プーラたちに引率されて、街を出て森の中をずんずんと進むと、ロゼットにその歩みを止められた。彼女の指し示す先には、木々の間から魔物の丸めた背中が見えた。
「オークか。何かを喰らっているな」
いつもはお茶目で呆れた表情を浮かべている感のあるロゼットがそれを見て、小柄な豹を思わせる野性的な雰囲気を漂わせ始めた。
背中の茶色の毛が上下する様しかわからないが、魔物はお食事中らしい。
猪人族が、ふと、顔を上げて辺りを伺う。猪のような造作の顔の口元は赤く染まっていた。
遠目で良かった。あまりお近づきにはなりたくないと日本出身の彼女らは思った。
「良く見てるにゃっ!」
しかし、その様子を見ても意に介さず、プーラは一人前進する。アイラインの入った大きな目が森厳さを帯び、やや離れ気味についた耳がピンと立つ。
猪人族の背後にこっそりと、と言うか、あっさりと忍び寄ったプーラは、その背中に小石を軽くぶつけた。
せっかく、相手に知られずに背後を取ったにも関わらずに、である。
猪人族がのっそりと後ろを振り返る。
その魔物の両の目を目掛けて、プーラの手から礫が今度は鋭く放たれた。
「グルルゥァァxx!」
強烈な悲鳴を上げて立ち上がった猪人族の身長は、プーラの倍にも及びそうである。
その巨体に向けて、プーラが飛び掛かる。腰の細剣を一閃。猪人族から、ヒューっと口笛のような音がした後に、その首筋から血がほとばしった。
それを見て、まさるが目を大きくし、智夏は目をきつく閉じ、鈴音は目を細めた。
プーラは猪人族に背中を見せて、すちゃっとしゃがみ込むように着地する。その背後で猪人族が前のめりにどさっと倒れた。
「こんなもんにゃっ!」プーラが意気揚々と引き揚げてきた。
「目を潰したら、すぐに殺るのがコツにゃ。じゃないと、暴れて大変にゃからな」
「姉ね、全然ダメなの。それじゃ、手本にならないの……」
にゃっと笑うプーラに向けて、ティッシュがその折れ曲がった耳と同様に、手首を折り曲げて肩を上下させる。Oh! No!のポーズである。
「鈴ちゃん、終わった?」
「す、すげえ。剣が円弧を描いて、ヒュンって。ほら、ヒュンって」
目を瞑ったままの智夏と、興奮気味に立ち上がったまさる。
それを受けての鈴音はと言うと……
(馬鹿ね。剣筋が弧を描いてたら、挙げられた腕に防御されて首が斬れる訳ないじゃない。まあ、素人には残姿から、そう見えたのかもね)
魔物は潰された目を押えるように両手を挙げていた。飛び上がったプーラの剣はその間を突いて、首の側を裂き、その後、空中で身体を捻じることで支点と力点を変化させて、剣先をレの字に引いたのである。一度、止まった剣で、引き際に相手を斬るなど並の者に出来ることではない。二の太刀要らずとは……確かに手本にはなりそうにないと驚愕していた。
「すごいよ、プーラ!」
「そうでも、あるにゃあ~」
とは言え、その手はプーラの喉元に伸び、相手をゴロゴロさせていたのだが……。
その後、プーラの指導方針は却下され、ティッシュに鈴音たちの教育計画が委ねられた。
「ほら、そっち行ったよ、なっつん」
「うん。わかった……ひぇっ」
鈴音たちは、タナイスの街の中の果樹園で30cmくらいの大ネズミ数匹を相手に奮闘中である。
「そこにゃ」「にゃにしてるっ」「ああ、またにゃ」
そして、4日目、昨日受けた仕事を朝からこなしている最中である。依頼内容は、果樹園に潜り込んだ害獣の駆除である。街壁の中であり、もやに霞むハイメン山脈が遠方に輪郭だけを見せている。小型の魔物は大きな荷物に紛れて街内に侵入することがあるらしい。
プーラ教官が尻尾をリズム感よくブンブンと左右に振る。
特段、猫だからネズミを見て興奮している訳ではない。目の前で走り回っているのは小振りだが、この“鬼天山鼠”という魔物は冒険者にとっては道中での一般的なタンパク源である。
鈴音はもちろん剣を選択し、智夏は二尺ほどの戦棍を振り回す。
えぃっ、えぃっ!と掛け声は盛んだが、脚の動かぬ様は、ゲーセンのモグラ叩きのようである。
「急所を狙うにゃっ!魔物は一撃で倒すにゃ!」
「一撃じゃなくていいの!まずは武器を当てて、動きを鈍らすことが大事なの~」
プーラ教官の檄は、即座に妹に否定される。
「気だけは抜くなよ」
ロゼットが危なそうな時に助けに入る。
女性二人が近接武器であるのに対し、まさるは弓を構えていた。
確かに、反撃必至の相手に近づいて、武器を振るうのはどうなの?と思う気持ちは分からなくもない。
「映画でも、特上の暗殺者の得物はナイフだけど、初心者はライフルで狙撃って言ってたし」
学生時代のバスケの距離感と、趣味のサバゲーの射撃経験を活かせれば……とまさるは弓をきりきりと引く。
「芽生えろ!おいの射撃スキルっ!」
縦に構えた弓に添えられた矢はどうした訳か、持ち手でくるんと角度を変え、だが、矢は外れることもなく、明後日の方向に放たれた。
サクッ!
「ふぎゃっ!」目の前の地面に“再び”突き立った矢を見て、フシャーッ!とプーラが毛を逆立てる。
「おミャーは、いい加減にしろにゃ!」
場所を移動しても何故かプーラの前に突き立つまさるの矢。これが芽生えたスキルならば、やり切れない。
「鈴音は、なかなか素質があるにゃ。智夏は、ミュースごときに逃げていたらお話しにならないにゃ。まさるは、なんで得物を弓にしたにゃっ。魔物には、ちっとも当たらないのに、こっちに飛んできて危なくて、シャレにならないにゃ~」とは、プーラ教官の談である。
繰り返される喜劇を見て、ため息をつきながら、ロゼットが指導に入る。
「おまえは、どこの兵士だ?構え方からしてなっちゃいないんだが……」
「へっ、構え方ッスか?」
素っ頓狂な声を上げるまさる。まさるが思い浮かべる像は弓道の射法である。
足を肩幅に開き、背筋を伸ばし、弓を頭上に掲げ、弓を持つ左拳を水平に伸ばしながら、矢を持つ右拳を両の拳の高さを揃えつつ、きりきりと引いて行く。
「どれだけ遠くから狙うつもりなんだ、おまえは……。持ち方はこうだっ!」
弓をわずかに角度をつけたくらいの水平に構えて、矢をその上に載せて、無造作に引いて放った。矢は、さくりと大ネズミを地面に縫い付けた。
「これが冒険者の矢の放ち方だぞ」
ロゼットが口角を上げて笑った。
「ほへっー」
まさるの奇声に、こっちのほうが連射も効くしなと続けた。
「少し休憩をしたら、場所を移動するにゃ。びしばし行くにゃ、鍛えるにゃぁ~~」
まさるの練習風景を横目に、あ~そこそこと鈴音にマッサージをさせるプーラ教官の隣で、ティッシュちゃんと戯れていた智夏がぴくんと立ち上がると茂みのなかに入っていく。
「気を付けて~」と声を掛けかけた鈴音だったが、お花摘みかと思い直してそのまま見送った。
しばらくすると、智夏が「えへへ~」と笑みを浮かべながら、両手にウサギの耳を鷲掴みに持って出てきた。
「捕まえたの~」
とは言っても、そのウサギの額からはその長い耳を巻くように丸い羊のような角が生えている。耳を持たれてぶら下げられたそれは時折、脚をびくんとさせている。
「丸ウサギにゃ。ミュースに逃げ回る智夏に捕まえられるとはびっくりにゃっ」
この丸ウサギという魔物は自分よりも弱いと判断した相手には超強気らしいのだが……。
「良くやったにゃ。捌くから渡すにゃ」
いやいやをする智夏。
「可哀想なの」
その割には耳を鷲掴みしているようだけど……と鈴音が半目で智夏を見守る。
押し問答の末、結局、丸ウサギはそのままお持ち帰りすることになった。
◇
結局、その日一日、魔物を仕留めるどころか傷一つつけることさえもできなかった、まさるは焦っていた。
異世界に来て4日目にして、すでにカースト最下の地位を突きつけられている状況に……。なんとかしないと先輩たちに会う前に圏外まで転がり落ちることに……そうなったら、置いて行かれる?危険性が……それはないか……えっ、あるの?脳内思考のちびマサさんが、腕組みをしながら首を振る。
まるでゲームの中の主人公のように剣を操る鈴音さん。さらに彼女は猫人たちを篭絡する魔手の持ち主でもある。剣士だけでなく調教師としての器も持ち合わせているかも知れない。
まあ、彼女のことは置いておくとしても、智夏ちゃんは鈴音さんの親友的な地位なだけのお豆さん(他よりもレベルが低すぎるために特別扱いされる者)かと思いきや、素手で魔物を捕獲してくるという意外性!は侮れないものがある。
はっ、脳内思考なのに、すでに、年下の女の子に“さん”付けをしているだとぉ……。
おいとしては、サバゲーで培った射撃センスを活かすために弓をチョイスしてみたんスけど、銃とは全く違うっス。さっぱりっス。
「ステータス!メニュー!アイテムボックス!インベントリ!」
何も出ない。異世界無双のきっかけがつかめないっス。
視点を変えて、バスケ経験を活かせないっスか。
低い姿勢で走りこんでのレイアップ……補助武器のナイフを持って、身体を低くしてジグザクに走りステップイン、びよぉ~んとナイフを斬り上げつつジャンプしてみる。ジャンプに合わせて身体が半回転する。横から「しょーりゅーけん」の合いの手が入りそうである。
高く飛んで魔物の上からたたき込むダンク……走りこんで大きくジャンプした後、ナイフを逆手に打ち込む。彼の地元民に「なんばしよっと」と突っ込みを入れられそうである。
この跳躍力。やはり、異世界に転移して、身体能力が強化されているのは間違いない。が、いまいち、ピンとこない。
頭を傾げると、その視線の先に例の丸ウサギを発見。
「おいも素手での捕獲に挑戦してみるっス」
近づこうとすると相手は明らかに警戒している。
しかし、角があろうと相手は所詮ウサギ!
が、相手は口のもぐもぐを止めて、目を細めた。
スタンッ……ビョ~ン、ペタッ。
突然の跳躍、首に繋がれたヒモが伸びる、まさるの前に着地。
ふっ、人間様の知恵の前には無力。知識チートが有効かも。鞘付きのナイフで丸ウサギをツンツンする。
ここは知恵を活かした何かを……。もう一匹の丸ウサギと目が合う。
そいつも跳躍。ふっ、無駄だと……ぐはぁっ、ひ、ひもの長さが違うだと……。
丸ウサギにボディブローを決められた、まさるが崩れ落ちる。
「あんた、バカぁ~ぁ」
それを目撃した鈴音の一言が追い打ちをかけた。
がくっ。
◇
そんなこんなで一週間、タナイス周辺の弱い魔物を狩り、あーだこーだと薬草を駆り集め、武器を賃借から購入に換え(皮の軽装備は返却、外套はプーラたちの援助を受けて……)、旅費の目安も付いたので、タナイスに着いて9日目の朝、いよいよギムレイに向けて出発しようとしていた。
「ニャ!店長、ちょっと、部下どもをギムレイまで送ってくるにゃ」
“燦自由使”の3匹は、付添いを買って出ていた。商品の運搬も兼ねてである。
◇
『おばば様、おばば様、聞こえますか。ヴィクスンです。今、源人たちがギムレイに向けて出立しました』
『ヴィクスンか。こちらからも、確認しておる。して、いかなる様子か』
『この数日間、観察しておりましたが、怪しい素振りはありませんでしたネ』
『そうか。こちらにも、同じように報告があがってきておる。
ただな、お前にだけは伝えておくのだが、実は、キンコ様が似たような者どもを遠見の術にて発見し、ゲンコ様までが御気になされているご様子』
『そのような者どもが、あちらこちらに。何か良くないことの前触れでしょうか』
『ばばもそうではないことを願いたいものよな』
→044 とある村落の定期巡行