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028 始めての休日

 ニヤニヤする冒険者3人組と一緒にダニエラさんにたっぷりと絞られた翌日は、前日の怪我を踏まえて、その一日を休養に充てることになった。

 この世界にきて、ある意味、初めての休日である。

ちなみに軍資金は泥荒猪(スムッツィグガルト)のおかげでたっぷりである。

 金貨がじゃらじゃらである。いやいや、皆さん、金貨ですよ。ちょっと曇っている表面も布で磨くと表の神殿と裏の誰かの横顔のレリーフが凹凸と輝きを取り戻します。

 えっ、その前に齧ってみろって、いやいやそれは金メダルの話だから、でも、ちょっとなら……ははは、テンション上がるわ~。

 正直な話、モノホンを手にするのは初めてである。

 銀貨ならある。ほら、記念硬貨とかで、それならば数枚持ってる。

「裕兄、これって、日本ならいくらで売れるかなぁ~」

 もう目が、¥、¥、¥である。

「確か、この手のものって、ある程度の量があると、どこから入手したとかなんやらとかの証明が必要だった気がするよ」

 えっ、マジ……異世界産です……伊勢 甲斐さんからです……で誤魔化されないかな……えっ、無理、そうですか……orz

「でも、香港あたりなら……後は、どうやって持ち出すかだけど……」

 ちょっと待った。声は小さいけど、裕兄がマジ考察モードに移行してるよ~~。

 あー、目が金貨だ……。って思ったら、声に出ていたらしい。

「おっと、ここにも!」と言いながら、目から金貨を取り出したような手品をみせる。ザ・宴会芸である。昭和世代はこれくらいできないとダメらしい。

 どこまで本気なのだろうか。


      ◇


 裕兄は冒険者ギルドとかに調べものをすると言って出かけて行った。

 そして、俺はアンセルム商会から木工工具を借りてきて、ちょっとした工作中である。

 早朝からシャンプーで洗い、生活摩法の“ブリーズ/そよ風”で念入りに乾かして……本当はドライヤーが欲しかったけど、意識すると温風にもできる摩法!便利だわ……俺が出かけている間、つまり、正午過ぎまで、太陽に当てていたものが机の上に置かれている。

 泥荒猪(スムッツィグガルト)、たぶん猪の毛である。

 他の材料は竹と針金のみである。

 竹を適当な大きさに切り出して、慎重に4枚に割り……アイスの棒のようだ……溝を切り、そこに適当な束にした猪の毛を挟み込み、極細の針金を十徳ナイフのプライヤーで締めて固定する。そして、紙やすりはなかったので手袋やすり?で磨く。最後に毛先をナイフで揃えたら完成。

 猪毛歯ブラシ!

 作業は細かいけど、それほど難しくない。さらに、万力があれば作業が楽になりそうだ。

 いや、山登りの時に歯ブラシは持っていっていたんだけど、冤罪事件の時の荷物改めの後に戻ってきた歯ブラシが汚れていたんだよね。ほら、あの場には脳筋(ベンノ)もいた訳で……それでなくても、そんなの、もう使えないでしょ。でも、房楊枝は俺には使いづらくて……もう作るしかないかなと。

 ただ、動物の毛製だから、手入れをしっかりとしないとカビが生えたりする可能性があるから気をつけなければならない。

 材料費は安かったが、手袋やすりは高かった。ミトン型の手袋の指先に魔物素材のやすりの目を縫い付けた皮手袋は針金と一緒に同じ店で購入した。

 針金は種類が多くて、少し驚いた。鋼線(ミルシート=材料検査成績表がないから、確かではないけど、たぶん鋼線)を編み込んだロープとか鋼線を縒り合わせたワイヤーとかまで。

 試作品一号を横目に見ながら、もう少し改良を加えるべく、2作目の製作に入る。

 柔らかめ、普通、硬めと3種類の毛の硬さを取り揃え、並んだ歯ブラシの小山。しゃりしゃりと毛先の感触を親指で確かめながら、悦に入る。

 待てよ、危ないから窪みを作って留め金を埋め込んで、(ヘッド)の部分を削りこんで……。

 結局、材料の竹が尽きるまで作り続けてしまった……売れないかな、これ。


      ◆


 裕樹は、冒険者ギルドに来ていた。

 ギムレイまでの道中についての下調べである。

 2階の資料室に向かい、入口横の机で事務作業をしているギルド職員に要望を伝えて、壁の一面に設置された図書棚からお目当ての本を抜き出してもらい、室内中央の大卓に座って調べる。

 ちなみに資料室内は飲食物の持ち込みは禁止である。文字はインクを使用しているし、単純に本を汚されるのを避けるためでもある。

 入口の職員は司書をしているという訳ではない。行っている事務作業も図書に関することではなく、通常業務の一環である。

 但し、持ち出し不可の図書の管理と図書の内容の補助説明は行ってくれる。

 棚の図書は本である。紙を紐で綴じて背表紙のある書籍である。羊皮紙が丸められて棚に収められている訳ではない。

「紙は、材質は荒いし、漂白もしきれていないけど……」

 立派な紙である。但し、コピー機につっこんだら、詰まること請け合いである。

 しかも、中の文字も手書きという感じではなく印刷っぽい。

「活版印刷ではないね。がり版刷り……かな」

 ガリ版、いわゆる謄写版(とうしゃばん)の俗称である。裕樹が子供のころは学校にコピー機なんかなかった。鉄筆で原紙にガリガリと文字を書き、シルクスクリーンのように刷っていくのである。ちょっと、懐かしさを覚える裕樹である。

 ギムレイの街についても調べておきたいが、まずはその道中について、特に魔物についてである。

 以前、ネル湖畔の漁村から帰ってくるアンセルム商会の商隊の出迎えをして、合流後に護衛の手伝いをした際は本物の冒険者の先輩がいたので事前調査はせずに道中にその冒険者に説明(レクチャー)してもらったが、今回は事前調査をしっかりと行う。

 魔物の分布、生態、特徴、危険度などなど。

 ギルド職員はちらりと裕樹に視線を向けるが、それに裕樹は気付かない。職員は真剣な表情で本を読みこむ姿に表情をなごませる。感心感心。

 そして、その本を読んでいる裕樹の所感。

「やっぱりいいなぁ。くっきりと見える(笑)」

 異世界の文字で書かれた書籍。しかし、その文字に重なりあう感じで日本語の表現が浮かび上がってくる。最初のうちは、それに違和感を覚えていたが、慣れてくると最初から日本語で表記してあるように読み取れる。

 最近、老眼が入ってきたのか文字が見づらくなりつつあったのだが、これは視神経なのか脳になのかはわからないが、それらに直接作用しているようで、文字がはっきりくっきりと見えるのである。

 そして、読み進めていくうちの所感。

「やっぱり、おかしい」

 肉食動物が多すぎる。

 注意するべき魔物と言う視点で書かれているであろうから、記載内容がその方向に偏るであろうことは理解できる。しかし、草食動物の記載もあるし、内容についてギルド職員にも確認した。

 街道はヤルンヴィドの森……鉄の森という意味らしい……に面しているので、生物分布としてはその影響が大きいと思われるが、裕樹の記憶で一例(サンプル)となりそうな資料(データ)は、アフリカ大陸。

草食動物の総頭数に対する肉食動物の割合は、1%以下。

 確か、中生代の恐竜の場合でもその比率は似たようなものであったと記憶している。

 つまり、この世界の比率を考えたときに思ってしまったのだ。

「生態ピラミッドが歪んでいる。食物連鎖が崩壊していないのか?」

 しかも、獣だけではない。この世界には、鹿を捕食するカマキリ、ウサギを捕食するクモ、などという生き物までいるのである。

 だから、冒険者が危険生物を間引きしている?それで生態系が保たれている?

 この世界の在り方、成り立ちに疑問を感じる裕樹であった。


      ◆


「じゃじゃーん!」

 どうよコレ。帰宅した裕樹にこれが目に入らぬかとばかりに歯ブラシを突き出す。

「歯ブラシかい。しかし、相変わらず器用だね」

 苦笑いを浮かべた裕樹は、「確かに房楊枝は使いづらいと思うよ」と続ける。

 裕樹は、しゃりしゃりと毛先の感触を楽しみつつ思う。何これ、ヘッドの部分に力が加わると微妙にたわむんですけど……他にも根元に乾燥用のための引っ掛け紐が通されていたりと、使用者への心配りが徹底していた。

「裕兄、どれにする?」

 毛の硬さ、量、ヘッドの弾力、種類(バリエーション)が半端ない。その仕様に微妙な笑みを浮かべる裕樹であった。

 ちなみにコレ、アンセルム氏にも提供され、著作権(ロイヤリティ)契約を求められることになる。そして、その販売後、フレームの竹はどこ産がいいか、魔物の種類は、どの部位が最良か、様々な論争と派閥を生み出すことになるのだった。


      ◆◆◆


 翌日、昼頃、村長さんに会いに滞在場所である宿屋に向かう。

 修二たちが、南大門の詰所で、司法院で、ミーケル村長の行き先を尋ねて廻っていたことが伝わったらしく、村長の使いの者がアンセルム商会を訪れ、滞在している場所のメモを残してくれたのだ。


「村長さん。いろいろとありがとうございました」

「無事でなりよりだったね」

「冒険者“侍派有倶(じぱんぐ)”の裕樹(ゆうき)と言います。修二くんを保護して頂いていたようで感謝します」

「いや、少年には、つらい目にも合わせた。謝罪させて欲しい」

「謝罪だなんて、そんな。俺には、ありがとうの気持ちが強いです」

「そう言ってもらうと、こちらも助かるね」

 儀礼的な定型文で話しているかのように、淡々と会話が進んだ。

 修二にとって、実際に今では感謝の方が強いようだが、その気持ちは伝わったのだろうか。


「私も放火と窃盗事件の報告等が済んだのでね。明日、村に帰るとするよ」

 村は村長の管轄で、神殿は国の管轄、村は神殿の維持管理を国から委託されているようだ。

「おいらは、帰らないぞ」

 朝から、街を散策していたポウル君が帰ってきた。

「ポウル、無理を言うな」

「おいらが、ルヴァを助けるんだ」

 小さい身体で精一杯の感情を表す。

「お前が行って何になる。足手まといになるだけだと、何故わからないのだ」

「そんなのわかってるよ。でも、行くんだ」

 が、その言葉は尻すぼみに小さくなっていく。

 ポウル君(9才)、ルヴァちゃん(9才)は彼の幼なじみである。


 裕樹の表情が村長に説明を求める。

「実は、先日の犯行はギムレイの街を根城にしている窃盗団であろうとの目星がついたようでね。

憲兵の先遣隊は根城の監視を行っているようなんだが、思ったよりも規模が大きいようなのだ。

それで、明日、追加の部隊が出発するのだが、それについて行くと言って聞かないのだよ」

 ポウル君は、ちょっと涙目で下を向き、腕を突っ張り、唇を噛みしめている。


「う~ん。どうかな、修二くん。こういうのは、きっかけが必要だと思うし、僕らもギムレイに行ってみるかい」

 裕樹がいつもよりも明るい声で修二に話を振る。

 明日、山に行くかい?それでいいよねって感じのノリである。

「裕兄ぃ~、それじゃあ……。どうだい、ポウル君も一緒に来るかい」

 修二もその雰囲気に合わせて、積極的に同意する。

 修二たちが、「それでどうだい?」という表情を、腰をかがめて視線を合わせて、ポウル君に向ける。

「えっ」

 ポウル君は話がよくのみ込めていなかったようだが、徐々にその表情に明るさを取り戻した。

「兄ちゃん、ありがとう」

「いいのですかな」

 村長は逡巡しながら、孫に対するかのような素振りでポウル君の頭を撫でる。

「ええ、僕らも、冒険者ですし、まあ、なり立てなので、格安の護衛依頼と言うことで。ポウル君の帰りは憲兵隊のみなさんと一緒でお願いできればですが」

「ええ、それは、私の方からお願い出来ると思います」

「兄ちゃん、冒険者やってんの」

 裕樹と村長が実際どうするのかと話を進めるなか、子供は切り替えが早いのか、もうギムレイに行くことは決定事項として、冒険者の一言に興味を移した。

「おおぅ、“侍派有倶(じぱんぐ)”って、言って……」

「兄ちゃん、“侍派有倶(じぱんぐ)”なの!村長、すげぇえんだぜ、兄ちゃんたち。400cmの泥荒猪(スムッツィグガルト)を生け捕りにしたって。街でも、噂になってるぜ。たしか、クレイジーなんとかって二つ名まで付いてて……」

「「あぁっっっx~」」

 裕樹と修二は、ふたりそろって天を仰いだ。


      ◆◆◆


 私は、ビフレスト村の村長をしているミーケル。

 放火と窃盗事件の報告等のため、王都ドラングに滞在している。

 私が、それらの報告や善後策を打合せしていた司法院や憲兵隊のところに、あの少年が私を訪ねてきていたようだ。

 段取りがついたので、少年の話を聞こうとアンセルム商会を訪ねてみると、外出中だったようだ。

 滞在している場所のメモを残して、宿屋に戻った。

 翌日、少年が訪ねてきた。

 知り合いに出会えたらしい。入場時の拘束の件も、その知り合いが商業ギルトを通じて行っていたことのようだ。

 その知り合いの方も、礼儀正しい人物だった。

 また、少年にも礼を言われ、村で貸し出していた、古びた剣も「ありがとうございました」と返してきた。

 良かった。何も、問題はなかったようだ。

 私の人を見る目も、まんざら捨てたものではないようだ。


→031 冒険の始まり


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