027 冒険者稼業2日目(後)
「あ、いててて、て。死ぬ、死んじゃう、俺」
泥荒猪の背を枕に左太腿の治療を行う。
その廻りは樹々が倒れ陽光が差し込み、ちょっとした広場になっている。
修二の脚には見事な裂傷ができていた。
「フフフ……」
裕樹がそれを水筒の水で洗う。
「ひゃあぁぁx~」
修二が掴む泥荒猪の毛が抜ける。「フゴッ」
「これ、いって見ようか」
冒険者ギルドの購買で買った傷薬。一番、高いやつ。
傷口に振りかけた。シュワシュワとオキシドールのような泡がジョバァ~っと。
裕樹の口元にイケナイ笑みが拡がる。眼鏡のレンズが光って、目の奥は伺えない。
「ひゃあぁぁx~、沁みる。ちょう沁みる。マジで、マジマジ!」
二度目の悲鳴。
泡が消えた後、治りかけの皮膚の色で傷口は閉じられていた。
「うぉ。押すと、まだ、かなり、痛いけど、治ってる。すごくない、これ」
涙目の修二が傷があった場所をツンツンする。裕樹にされる前に。
「大丈夫かい。修二くん。今のは無茶すぎるよ。お話にならない」
今まで無言だったユウキが平坦な声を出す。明らかに怒っている。
「でも、ほらこれ」
それに気付いているのか、いない振りなのか、シュウジは横転した岩のような塊のスムッツィグガルトの背を叩く。「フゴッ」
「旅の費用になるんじゃね」
俺、役にたった!褒められる、俺!
それを見て、ユウキはためた息を吐き出しながら額を押さえ首を振る。
改めて立ちあがって、“スムッツィグガルト”を見る。
「どうしよっか、これ」
まだ、こ奴は生きていた。頭部に廻ると目だけがぎょろりと動く。
首筋の剣は抜けそうもない。
冒険者ナイフで喉を割こうにも、根元まで埋めるとナイフはピクリとも動かない。
「アグネータさんが、“おいしい魔物”だって言ってた」
もしかしてだけど、生きたまま運んだ方が肉は美味しさを保てる?
「“魔物の討伐部位一覧(ミンビョルグ編)”にも、食用って書いてあるね」
お肉を熟成するにしても、職人に解体してもらった方がいいんじゃね。
「こいつって、猪だよね。じゃあ、ぼたん鍋……」
売り値が高いといいなぁ。
「でも、このサイズは……。ちょっと、街道に出てみる?」
ネコ車にはサイズ的に載せられない。ウリ坊の背に小猿が乗ったり子猫が乗ったりの話しは耳にしても、猫の上に猪が乗る話は聞いたことがない。
◇
そんな二人を闘いの最初から、影の無い、尻尾の無い、片目の潰れた老いた1匹の狐がじっと座って見ていたことは気付かない。
狐はおもむろに立ち上がると、2、3歩、歩き、そのまま、消えていった……。
◇
二人は街道で誰か来ないか待っていた。
聞いていた話だと、夕方近くは大門が閉まる前に滑り込むために、急ぎ足の馬車等が増えるということだったが、それらしい感じが全くしない。
空いている時間は、当然の流れでOHANASHI TIMEとなる。
まずは、何故、止めろという静止を聞かずに突っかかっていったのかに始まり、続いてスムッツィグガルトに対する攻め方のダメ出し。
「あれはダメでしょ。宙に浮いた状態で剣を振るっても、質量差で負けるよね」
眉間を狙って、剣を弾き飛ばされたあの一撃についてである。全体を通して、計算して戦っていないとバレていた。
そして、一番のダメ出し。
「修二くん、あれを使ってはいけないと何度も、僕、言ったよね」
真剣な、そして、本当に心配していると感じる裕樹の一言である。
あれとは、もちろん、緊張感(心拍数)を高めて、聴覚情報等を失う代わりに、圧倒的な視覚情報を得る術のことである。結果として、修二は緩やかに時が流れる自分だけの世界を手に入れる。
実際に相対すると分かる。あれはすごい能力だ。後の先、先の先を取られ、こちらから見れば、予知でもしているのではないかと思える上に、彼の目が全く動かなくなる。つまり、修二くんが次に何をしてくるのかも読めなくなる。
彼の話しを聞いた限りでは、切っ掛けはランナーズハイにあるようだが、裕樹が考えるところは走馬燈、つまり、死に際に見ると言う、自らの人生の様々な情景が脳裏に現れては過ぎ去っていくあれに近しい現象であると思っていた。
走馬燈とは何だろうか。この世に別れを告げる前に様々な想い出を見させてくれる神さまからの贈り物なのだろうか。
そんなことはないと思う。人が死に瀕した際に、その人がそれまでに経験した膨大なデータから、なんとかその危機を乗り越える術はないかと、脳がパニックを起こしている現象なのではないだろうかと推測する。
だとすれば、そのような現象を人為的に何度も起こして、身体に悪影響が出ないはずがないだろう。
ああ、ダメだ。反省している素振りだけど、身体をカクカクさせて、右から左にそのまま流しているね。
「おっ、裕兄。来たよ、来た来た」
修二が逃げるように街道への坂道を降りていく。
「はぁ~~~」
裕樹は盛大なため息をついた。
◇
ダグリッチ&3人組をつかまえて、事情を話して、協力を仰ぐ。
3人は冒険者で、イズブラインへの運搬業務を終えた帰り道で空荷だったので、ウェルカムって笑顔だった。
修二たちとしては、当てが外れた荷物持ちの運搬車でも捕まえられればいいなと思っていたのだが、空荷の冒険者だなんて最高な条件である。
「これは、“悪炎荒猪”じゃないか」
「泥荒猪は、こんな赤くないよ」「傷がないぞ」「どうやって、倒した?」
「悪炎荒猪は、危険種認定される魔物だぞ」
スムッツィグガルトの喉や胸のあたりを探りながら3人組が尋ねる。
すると、猪に「フゴッ」と鼻を鳴らされ、3人が間合いを取り、武器をとりかける。
「まさか、まだ生きているのか」
「背骨と脊髄神経を完全に断っていると思うので身体を動かすことは出来ないはずですが……」
「噛みつくことぐらいじゃない」
スムッツィグガルトは四肢麻痺の状態になっているということだ。
俺は、“武勇伝”を話はじめた……。
その間、3人は、ずっと、「クレイジー、クレイジー」って言ってた。
そして、泥荒猪の正しい倒し方を教えてくれた。
発見。すぐに、退却。
木槍(腕の太さくらいの丸太の先端を尖らせたもの)を数本用意。(市販の槍は柄が曲がってしまうので、もったいない)
発見場所に再来。
スムッツィグガルトを見つけたら、挑発。
突進してきたら、木槍の尖端だけ浮くように持ち上げて、尖端がスムッツィグガルトに触れたら横に逃げる。
すると、地面がつっかえ棒になって、スムッツィグガルトに突き刺さる。
を、2、3回、繰り返す。
討伐終了。
買い取り金額も高いうえ、楽勝なので、“おいしい魔物”らしい。
アグネータがいうところの“おいしい”の意味を修二は取り違えていた。
「首筋を断って血抜きした後に冒険者ギルドに運んだ方がいいのか。どうするべきかと思いまして……」
「何を言ってるんだ!これはこのままだろー」
3人は怪しい笑みを浮かべる。
◇
泥荒猪と一緒に運搬車の荷台に乗せてもらって、足をぶらぶらさせながら修二が尋ねる。
「裕兄、これって、何」
修二は、裕樹がスムッツィグガルトの腹部に投げた黒い棒を、50cm程度、上に投げて取ってを繰り返す。
親指よりもちょっと太目の円錐形で、長さは12cm。根元のあたりにへこみがある。
それが、裕兄の腰の幅広の皮のベルトに何本か差さっていた。
怒られたことをすっかりと忘れているのか、もしくは、再燃しないように話題を誘導しているのかは不明である。
「それは、手裏剣のなかでも、苦無と呼ばれるものだね。こんな場所だと、便利だから作ったんだ」
……こっちでは、似たようなものでスパイクって呼ばれてるのがあるらしいけど、市販されているものが見当たらなくてね。鉄の棒鋼を購入して、鉄工ヤスリで削って……などとユウキが話しているが、その声はシュウジの耳には届かない。
えっ……と言うことは……。裕兄は、忍者、忍者なのだろうか。
冒険者3人組は、大門で、冒険者ギルドで、スムッツィグガルトが「フゴッ」と鼻を鳴らし、廻りが騒動になるたびに喜びの声を上げていた。
尚、大門ではそのまま通してもらえず、冒険者ギルドに使いが出され、ダニエラさんがやってくる事態になったことを追記しておく。