024 侍派有倶
「裕兄、おはよう」
「おはよう。修二くん」
「裕兄、座禅?」
「ガルズに来てから、朝夕行っているんだ。今は、ついでに摩力操作の練習もね。修二くんもどうだい」
嫌がってたような気が……ジト目で見てしまう。
「ハハハ、これから、いろいろ大変かもだからね。使えるものは、“努力”しないとね」
切り替え、“早っ”。まあ、俺も、やるけど……。隣に座る。
◇
今日も、商会前の出店群で朝食を調達する。
「僕は、やっぱり、卵かなんかをさぁ~、こう、くるりと廻し掛けてね」
「ああ、卵粥ね。生姜を少し絞って、小葱を散らしてね」
裕樹と修二、押麦の塩粥を口に運びながら、無いものねだりである。
「そうそう。鶏に似たのは居て、養鶏業はあるらしいのだけど、食肉目的のようなんだ」
「へぇ~、そうなんだ」
やはり、日本での豊かな食文化に慣れていると、この世界の食文化には不満がたまる。
俺が食べたのは拘禁中、もしくは旅路と言う制約のある食事がほとんどなので、それがこの土地の食事のすべてとは言い難いけど。
「先生、卵なんか食うと蛇になっちまいますよ」と男が笑う。続けて、真面目顔で「実際、鶏卵は腹痛や下痢の原因にもなるし、最悪、死ぬこともあるんで、店ではちょっと扱えねぇんですよ」
今日も腕の毛をちりちりと焦がしながら、タンクトップのハチマキ男が肉を焼く。
「あぁ、卵って、ほら、出るとこ一緒だから。殺菌処理しないと」
「水洗いじゃダメなのかい」
裕兄はほとんど食事を作らない。山での食事当番を裕兄にするとインスタント麺にされる。まあ、山で食べるアレはうまいから良いんだけど。
「卵の表面には小さい穴が開いているから、場合に依っては水洗いした時に細菌も中に侵入するらしいよ」
ハチマキ男はこちらの話に怪訝な表情を浮かべる。もしかしたら、殺菌とか細菌とかの言葉に対して、通訳ナビが翻訳できていないのかも知れない。
「修二くんはそういうの良く知ってるよね」
いや、裕兄にそんなこと言われても、むず痒いし、逆に小っ恥ずかしい。
「充分に加熱すれば、大丈夫なはずだと思うけど」
「加熱だけしてりゃあ、問題ねえんですかい」
しっかりと聞き耳をたてているハチマキ男が食いつく。もしかしたら、そんな状況なら卵の価値は二束三文なのかも。安く食材が手に入るなら、この手の商売にとってはうれしい話しだよなぁ。
実際、卵は非常に安いらしい。元の世界でも“物価の優等生”などと呼ばれ、家計の味方食材であるが、この世界では孤児院がタダで融通してもらえるほどの食材らしい。全ての卵が孵る訳ではないことは理由は別として知られているようで、腹痛はその生まれない卵が命を吸い取るのだとか、蛇は卵を食べるから手足が落ちたのだとか、考える人もいるとか。なんだ、それ、呪いかよ。
「そうだね。固ゆで卵にしたり、卵焼きにしたりするなどすれば腹痛とかにはならないはずなんだけどね。あっ、もちろん、古くなった卵はダメだよ」
ハチマキ男の肉を返す手が止まっている。皮算用をしているのだろう。
「ほらっ、肉、ニクッ!」
修二の指摘に、慌てて肉をひっくり返すハチマキ男。
「そんなこと話してたら、醤油も欲しくなってきたよ」
裕兄が、残念な感じで粥をつつく。
「醤ならあったよ」
「えっ!」と言って固まる裕樹。
「なんで、それを早く言わないんだい?」
「いや、冒険者ギルドの特産品らしいし……旅の必需品だって、ヘンリクが……」
ちょっと怖いよ、裕兄ぃ~。
「このあたりだと、塩も冒険者ギルドの取り扱いが多いですぜ」
◇
冒険者ギルドに着くと、依頼票の掲示版がある人が群れている一画に向かう。
そう言えば、朝のこの時間帯は混雑するって、ヘンリクが言っていたっけ。
「僕らは初心者だからね」
依頼票の種類は大きく分けて3種類。
具体的かつ単発の依頼者によるもの。危険種の魔物討伐も含む。緊急度を示して……護衛依頼。運搬業務。討伐依頼(国からの報奨金も加算される)。
素材(魔物素材や薬草などの天然素材)採集、不足しているもの、つまり需要の高いものから、重要度を示して……薬草採取。討伐依頼。
討伐、素材にはならないが、農作物の被害や街道の安全の担保することで様々な費用コストの削減を目的とした、魔物の間引き……常時依頼。国からの補助金が出ている。委託業務のようなものか。
ちなみに薬草採取は初心者向けではなかったりする。低摩素の品質なら栽培ものがあり、摩素豊富な天然物はそれなりに森に分け入る必要がある。そして、魔物の襲撃などに気を配りながら、指定の薬草を探し、薬効のある部分を採取するという業務が経験なしで務まる訳がない。
さらには森の浅い地域の薬草は間伐や間引きに入った木こりたちに、ひょいと採取されるので冒険者の手には渡らない。
運搬、護衛、討伐依頼、……畑の見廻りなんてのもあるな。冒険者は基本、何でも屋さんだからなぁ。
「森の浅い所で、“薬草採取”と“常時依頼(魔物)”にしようか」
期せずして、こちらの常識となる行動をとっているのは不思議な事である。
特定の目標を定めずに安全を優先する。そして、地図が貼ってある場所に移動する。活動区域を確認するためだ。
地図には冒険者を示すピンがブスブスと刺さっている。冒険者はだいたいの活動場所を報告する必要がある。そして、新人はなるべく他の冒険者のいる場所での活動が推奨されている。危険種目撃地点を意味する赤ピンなどもあり、手持ちの地図に書き写す者もいる。
また、新人は荷物持ちとして先輩冒険者と行動を共にして経験を積む方法もある。荷物持ちには、他にも運搬車を駆って街道の待避所を目標に冒険者の送り迎えをする仕事もある。地図のピンはその仕事の効率を高める目的もあったりする。
裕樹が受付で受注手続きをしている中、引き続き、修二が掲示板を眺めていると背負った薄型のランドセルのような鞄をコツコツと叩きながら声を掛ける者がいた。
「シュウジじゃない。冒険者やるの?」とアグネータ。その後ろにはヘンリクとスティーグがいる。噂はしてないけど、なんとやらか。
おっ、分かっちゃう?分かっちゃうかぁ~。
そう、今の俺の服装は村人の服じゃない。
革の胸当てに手甲と脛当てを着けて、鉄の剣を帯びている。背負い鞄の下、腰には冒険者ナイフも差している。いかにもだけど、一端の冒険者スタイルである。
もっともこれ、昨日、裕兄と片手ハイタッチしていた元冒険者であるビリエルの同僚のお下がりと言うか遺品である。
新品を買うお金もないし、手入れもなされている品物だったし、くれるというので有難く頂いた。
と言うよりも、ヒクイドリに相対した時や、旅の道中も村人の服だったのが、恐らくおかしかったのだと思う。てぃぴぃおぅに合っていなかったんじゃないかなと。まあ、旅の間は馬車に並んで走ってることが多かったから、鎧装備はランニングウェアとしては不向きだろうけど。
道中も旅人の服(って、どんな服?)に装備を変えなかった訳だし、裕兄の初期装備も(ひのきではない)木の棒だったようだけど……。
「どんなものかなと。物は試しで」
「う~ん、お姉さんもついて行ってあげたいんだけどぅ。今から、イズブラインまで護衛任務なのよね」
「ちょっと、そこの森までですから」
「ダメよ、シュウジ。油断は禁物。そっちの購買で傷薬とかは買っていくのよ」
コンビニ感覚で言ったら、怒られた。
「はい。ありがとうございます」
「修二くん。パーティ名、どうするか聞かれているのだけれど、なんか有るかい」
ユウキが右手に持つ鉛筆を振りながら、シュウジを呼ぶ。
厳密には芯ホルダーである。使ったことのない人の方が多いのではないだろうか。鉛筆芯に似た芯を二つ割の軸部で挟み込んで丸環で締めている。芯が短くなったら、丸環を緩めて芯を引き出して使うのである。そして、この世界の受付台の側には必ずと言って良いほど観葉植物が置いてある。目的は憩いや癒しではなく、消すためである。字を書き間違えたら、ぷちっと葉をむしって、その部分をこすると、あら不思議、文字が消えるのである。理由は、こすった時ににじむ葉の汁によるものか、もしくは摩擦熱によるものなのかはわからないが、とにかく消える。なかなかの不思議体験である。
ただ、ものは葉っぱである。間違いを連発すれば葉の汁で文字が書けなくなる。荒々しさを売りにしている冒険者が口をすぼめて、紙をふーふーと乾かしている姿は見馴れても切ない。また、天辺の葉っぱばかりをむしり、受付嬢に怒られている姿も切ない。
「あっ、俺、考えてたよ。“侍派有倶”!」
ここにも別の意味で、後で切なさに悶えないか心配になる者が一人……。
「なんか、夜の街道を爆走しそうな感じがするよ。それなら“神刀流派”とかのが、良くないかい」
ユウキが苦笑いを浮かべながら、うちの道場の流派“経津神刀流”から対案を提示してくるが、ここは日本!一択でしょ。爺ちゃん、ごめん。
「え~、やっぱ、ここは日本を押そうよ」
「わかった。わかった」
で、その後、アグネータの助言通りに購買で消耗品を購入する。
“魔物の討伐部位一覧(ミンビョルグ編)”の小冊子とか、地球の歩○方みたいなノリで売ってたりして。
薬関係もいろいろあって……傷薬、疲労回復薬、増摩剤、解毒薬、抗石化薬、抗麻痺薬、……
適当に見繕って購入した。結構な出費になった。
で、次いでに醤と塩も物色する。
醤は大きな葉に包まれて藁縄のようなもので結ばれて、お土産みたいな形で差し出されて見せられた。
「原材料は……」と口にしかけたユウキが、冒険者ギルドの主要取扱物=魔物を思い浮かべて、口をつぐむ。
肉醤か。液状じゃないのか。塩だけでも出来たはずだけど、もしかしたら麹もあるのかも。
ただ、どの場合でもその製造過程において結構強烈な匂いがその周囲には漂うはずだが、ここには解体のものなのかなと思われる匂いはあるがそれとはちょっと違う気がする。
ユウキがその疑問をギルド職員にぶつけると製造法は企業秘密ですと笑顔で返される。
塩は、“青の洞窟”産の“瑠璃塩”と“白の谷”産の“樹塩”の二種があるようだ。“海塩”は商業ギルドの扱いなのだとか。
“瑠璃塩”は青味がかった顆粒状の塩。
“樹塩”は壊れたロウソクの破片のような状態で、その表面はなめらかで艶がある。つまむと割れる。岩塩の硬さはない。
裕兄としては、今いる王都ドラングはガルズ大陸のほぼ中央部に位置するらしいのに、それなりに塩は消費されているようだったので気にはなっていたとのこと。値段とか流通とか、そこから情報として見えてくるものや当たるべき人物の目星がつけられないものかなと考えていたとか。う~む。
なんて、塩を物色していたら、隣で……。
「ギルドにとって、希少な人材であれば、そう言った情報を知ることが出来ますかね」
「どうでしょうか。確かに上位のランカーであれば、ギルドから極秘の依頼をすることも有り得ますので、ふとした時に……なんて、ふふふ」
という静かな戦いが繰り広げられていた。
確かに先日、ギルド・カードを作成した時に、「(一人前の冒険者とされる)Cランク目指して頑張ってください」なんて言われたけど、『やだよ』、醤油の製法を知るためにAランクを目指そうとか。でも、裕兄はそういう脱線をする時がある……止めねば!
「裕兄、ちょっとストップ……」




