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020 再会/ドラング

 王都ドラングの南大門の憲兵隊の詰所の冷たい石壁に囲まれて、ただ一人、修二は思う。


 この世界は、なんか俺に冷たい気がする……。


 最初の村では、放火犯扱いされ、今度はなんだろう。まあ、今回は拘束って言っても、縛られていたりしている訳ではなくて、詰所から出ないように言われているだけだ。

 しかし、商業ギルドか。商店。商人。う~ん、いくら考えても、何の接点があるのかわからない。何と言っても、この世界の商人と言ったら、さっきまで一緒にいた“村人A”しか知らないのだ。


 そんなに時間は待たなかった。

「アンセルム商会の者ですが……」

 と、扉越しに声。ゴソゴソとやり取りをしていること数分。

 そして、入ってきたのは、

「よう。無事だったか」

 見知った顔………“(ゆう)(にい)”だった。


 俺は、あっさりと裕兄に引き取られ、今、裕兄が生活している家に向かっている。入街証も裕兄が手続きしてくれていた。ゴソゴソしていたのは、その事務処理のためだったようだ。

「いや~、ちょうど、2週間かな。この世界に来てから。修二くんも間違いなくこの世界に来ているだろうと思ったからね。捜しまわるより、大きな街で網を張っていたほうが、早く合流できると思ったんだよ。2週間で合流できたんなら、大成功じゃないかな」

 裕兄は、とても、嬉しそうだ。もちろん、俺もすんごく嬉しい。

「じゃあ、商業ギルドの拘束の要望って……」

「あっ。それは、僕だね。今、アンセルム商会って、ところにやっかいになっててね。そこにお願いした。ほら、すれ違いになったら、意味ないでしょ。網は入口か出口で張らないとね」

 元の世界の絆は暖かかった。


 裕兄の住まいに着いた。2階建てのアパートのような造りで、1DKの間取りだった。

「ここは、アンセルム商会のまあ、独身寮というか、他地区から就職してきた子の仮住まいの場所って感じのところのようだね」

「裕兄。ほんと、助かったよ。もう、何て、言っていいか、わからないよ」

 ヤバイ……何だろ、ちょっと涙が出そう。

「ハハハ。良し、じゃあ、荷物は適当において。落ち着いたら、お互いの報告会をしよう」


 それから、俺は今日までのことを裕兄に話した。

「なるほどね。そりゃ、大変だったね。でも、結構、人にも恵まれているんじゃないかと思うね。後で、一緒に、村長さんや“疾風迅雷(アウステル)”の方たちにお礼に伺おう」


 裕兄は、王都ドラングの東方数kmのところに落ちたらしい。そこで、盗賊に襲われていた商会長のアンセルムさんと娘のアンジェリカさんを救って……あとから、アンセルムさんに聞いた話では、護衛の人たちは数人やられていて、二人ともに、あわや、と言ったところだったようだ。そして、そのまま彼らを護衛して、ドラングに帰って来たと。そう言えば、裕兄は無腰だったはず……と聞いたら、その場に落ちていた木の棒をひろって、盗賊たちを叩きのめしたと。捕縛して、憲兵隊に引き渡したりしたから、大門に詰めている憲兵の人たちとも、幾人か知り合いになっているらしい。

 なんだ、この俺との違いは……。裕兄は、勇者、勇者なのだろうか。

 なんだかんだで、生活の基盤まで作ってるとは、やっぱり、俺の尊敬する、目標とする人はすごすぎる。


「で、今はアンセルム氏に世話になってるというか、彼の保護の(もと)で、この世界のことを調べているというところかな」

 いつの間にか、何か葉っぱの浮いたお茶まで出されて……これも、ハーブティーみたいなものかな。味はあまり感じないけど、口の中がスッとする。

「裕兄はすごすぎるよ。俺なんて、こちらに来てから、もう、状況に流されるだけでどうにもならなかったのに」

「ハハハ。そこは人生経験が違うからね。それで、この後の方針なんだけど、日本に帰るってことで問題ないよね」

 裕兄は全然変わらない。「週末は山登りの予定でいいよね」的な感じで話してくる。

「もちろんだよ。問題なんて、ある訳ないよ」

 実際問題、裕兄には奥さんも娘さんもいる。すごく、心配してるだろうし、逢いたいはずだ。裕兄を頼りにしているのは、俺だけじゃない。

「でも、まあ、どうしてこちらの世界に来たのか。どうやったら帰れるのか。さっぱり、なんだけどね。そのあたりを過去に例がなかったとか、文献で調べたり、人に聞いたりし始めているところではあるんだが」

 ん?こちらの世界?裕兄に聞いたら、「異世界に落ちたんだと思っているよ」とあっさりとした感じで言われた。

「図書館あるかな。ネットがあれば楽ちんだったけど」

「紙は藁半紙みたいなのが普及しているけど、印刷技術はまだ未発達なのかな。本は個人所有がメインだね。書店はあったけど、希少本は愛好家とか国所有の書庫になるようだね。インターネットはさすがにね。

誰に聞くのか、知っているのか、と言う問題点もあるしね。不思議なことを聞いたり、調べたりする訳だからね。変な評判(トラブル)に巻き込まれないような慎重さも必要だね。まずは、この世界を知ることから、始めた方が早道になるかも知れない」

 裕兄が考えた選択肢は大きく分けて二つ。

 金銭(カネ)もない、地縁(コネ)もない、手段(ツテ)はわずかにできたかもな状況で、どう道筋を求めるのか。

 一つ目は、大きな行動(アクション)商売(ビジネス)を起こして、評判(ブランド)を作り、この世界の人脈(パイプ)を利用して、大々的に情報(てがかり)を集めること。

 利点としては、もう一つの方法とは比べ物にならないくらいの情報量が集まるであろうこと。欠点としては、身バレする可能性が非常に高いこと。むしろ、身バレしないほうがおかしい。それによって起こる悶着(トラブル)の内容が想定できないのは、かなりの不安要素となる。

 商売が成功するのかについては、貨幣経済が成立しているし、アンセルム氏の後ろ盾も大きい。商売の出来不出来については、考え方、生活習慣、知識などの差をついていけば、当たり外れはあるだろうが(ネタ)には困らないだろう。

 しかし、商売が成功した後の不安要素もある。この国の政治形態である。絶対君主制、王一人の考えで物事が簡単にひっくり返る制度、つまり、独裁である。しかも、この国は最近、政変により国王が変わっている。不安定な状況にあるらしい。

 独裁下の商売は怖い。元の世界でも、成長した製油企業を国有化(己のものと)し、抗議した経営者をでっち上げの罪で処刑するなどというくらいのことは普通に起きていた。それがないとは言い切れないだろう。

 二つ目は、小さな行動。自分たちだけで情報を集めて、元の世界に帰還するための手掛かりを探す。

 個としての危険はあるだろうし、一つ目に比べて得られる情報は格段に少なくなるだろう。その分、こちら側の情報の統制(コントロール)はしやすくなる。

 幸いにも、この世界にはその行動の隠れ蓑となりうるであろう冒険者という職がある。

「自らの腕で苦難を切り開き、自らの脚と耳で情報を集め、自らの目で精査し、世界の謎を解き明かす。冒険“家”というものはそういうものだと思わないかい!」

 どうやら、裕兄は今の冒険者たちの生き方に不服があるらしい。裕兄の押しがどちらかは分かった。

権威(セイジ)剣・威(ボウリョク)も、どちらともなるべく避けたい。

「“急がば回れ”になるのかな。頂きの一点を目指すのに見ず知らずの人たちと登山隊を組むのは未体験だけど、気の合う相棒(バディ)との登頂なら何度もやったことだし」

 それに見えない危険よりも見える危険のほうがいい。俺たちには二つ目の方が性に合ってる。

 俺もいつの間にか元の世界?な感じと同じように裕兄と話していた。

「焦らず、素早く、慎重に、と言ったところかな」と裕兄が笑う。

「そうそう、修二くんは、この世界、いや、もう“ガルズ”って言った方がいいかな。“魔法”があるって聞いているかい」

 裕兄が唐突に話題を変える。

「見た、見た。村長さんの奥さんが指で火を起こした時は、目が点になったよ。ここに来る間も、アグネータさんが使ってたし」

 あの時分からかな、ここが元の世界とは違う世界なんじゃないかって、心の片隅で思い始めたのは……でも、それが現実であると認めるのは避けてたと言うか……。

「修二くんは使ってみたいと思わないかい、“魔法”」

 裕兄の目が、「あの山は前から登ってみたいと思ってたんだよ」的な感じでキラキラしている。

「マジで……って、使えるの」

「だろう。僕も、そこは気になっていてね。ちょうど、明日、魔道具屋が開く子供の学習会の後に時間を取ってもらっているんだ。修二くんも来るかい」

「行くよ。行く行く」

 「うん、ロマンだからね」と小さくつぶやいてたけど、聞こえてたからね。

 裕兄、もしかしてだけど、もしかしてだけど、この世界を楽しむ余裕さえあったりするの。


「さて、結構、話したし。お腹もすいただろう。晩御飯を食べに行こうか」



 裕樹と再会して、修二もようやくにこの世界と向き合う心持ちとなったと言っても良いだろう。

 風が舞う。修二の身体を包み込むように風が去っていった。

 頬に流れる風に誘われるように修二は顔を上げた。

 街の風景がその目に映り込む。

 日は陰りつつあり、街行く人々は家路を急いでいるようだ。

 風はその者たちを撫でて、緩やかに渦を巻くように小高くなっている街の中心部に流れていく。

 “風の都”、王都ドラングはそのようにも呼ばれている。

「そう言えば、来るときに景色を見れてなかったな……」

 修二が呟く。裕樹の住居(アパートメント)への道程は下を向いて歩いていたことに気付いた。

 見慣れた街並みとは違う。欧風な印象。○○様式といった感じではない。と言っても、修二は意匠(プランナー)ではなく構造(エンジニア)なので、そのあたりの知識は不得手である。

 石材とレンガ材、それに木材。地震国には適さない組積造。それぞれの建物の立面(ファザード)も適度な装飾で華美な印象はなく、色合いも自然色で暖かみを感じる。時折、外壁に目地が見られず一体化しているような外装材も見られるが、何か魔法的な処置でもされているのだろうか。

 視界の先には黄色に縁取られた青い垂れ幕の下がった塔=眺望台のようなものもいくつか見えた。

「ああ、あれ。時計塔だって」

 修二の視線を辿った裕樹が説明(ガイド)する。垂れた帆布の長さと隅部に設けられた色違いの石材を目盛にして、時を知ることができるようだ。眺望台の物見の半鐘も火事などの緊急事態を知らせる手立てになっている。

「ほぼ24時間みたいだね。時計のズレは今のところわからない」

 裕樹は腰に剣を、手に防具を付けていた。手の甲のみの手袋。道場でも使っていた一種のカットアウト・グローブ。手首と手の甲の2か所、もしくは中指用の輪を追加しての3か所を革ひもで結いつけて固定する。手袋に隠れた手の甲を返した手首には腕時計の文字盤があった。わからないというのは、ここに来てからの期間で気になる程の時間のズレは見られないということだろう。


 裕樹の言葉に、修二はさらに辺りを大きく見廻す。

「切妻屋根に、一階の石積みに庇も兼ねた木造の長いバルコニー、上層部は(もく)の構造材や小屋組みを表面に出して、風景画(ピトレスク)な感じ?この建物、好きだなぁ~。フランス風の山荘(シャレ)って感じ」

 修二の珍しい建物の感想に裕樹が笑いかける。心に余裕がなければ、そのような感想は生まれないからだ。南大門の詰所で見た修二の表情はそれほどの切迫感を裕樹に伝えていた。

 そして、余裕の生まれた修二が気になった点が一つ。建物の門や屋根の上、塔などの高台にいる“兎耳(うさみみ)()やした三角御握り”だ。

 海苔をお腹に貼った造形(モノ)や肩に羽織った造形。その上半分に、低い鼻口(マズル)の頂点の黒ポチ、まあるい目に寄り目がちの小さい黒目が大半だが中には半目や細目も見かける。そして、兎耳(うさみみ)……一言で表現すれば、稚気(ファンシー)だ。

 考えられるのは沖縄の獅子(シーサー)や神社の狛犬の類、つまりは魔除けのための石像なのであろうが、その見た目に違和感がある。魔(漢字の(つくり)に鬼とあるように、その本質は死を意味する)から守るためのものだから、厳つかったり恐ろし気な風貌を見せるべきだと思うが、どう見てもそれとは真逆を感じさせる。それとこちらを見ている気がする。まあ、人形などにも覚える感覚だと言われれば、そうかも知れないが。


 そんな修二の興味はさておき、裕樹の足取りはその山荘風の建物に向かっていく。

「いらっしゃ~い。空いている席にどうぞ」

 本日の晩飯処。居酒屋である。話の流れから言えば、ビストロである。

 店内は程よく賑わっている。空いている席を探していると声が掛かる。

「“取り敢えず”じゃねえか。こっちに座るか?」

 裕樹に声が掛かる。修二が疑問の表情を投げかけると「情報収集にね」と頬をかきつつ返ってきた。

「申し訳ない。今日は連れがいるので」

「シュウジじゃないッスか。こっちこっち!」

 修二にも声が掛かる。“疾風迅雷(アウステル)”の面々(メンバー)だった。特徴的な赤髪のお姉さんもいる。

「シュウジ、大丈夫だったの。お姉さん、心配したわ」

 本当に心配してくれていたのが伝わってくる。

「裕兄、こちらが、“疾風迅雷(アウステル)”のアグネータさん、ヘンリクさんに、スティーグさん」

「修二くんが、大変、お世話になりまして、ありがとうございます。ご一緒させて頂いてもよろしいですか。ここの酒代も私たちに持たせてください」

 何か、アグネータの様子がオカシイ。もじもじし始めた。

「え。あっ。はい。……シュウジ、このダンディは」

「俺の師匠っていうか……兄貴みたいな人かな」

「シュウジ、知り合いに会えたのね。よかったじゃない」

 と言われつつも、修二は、もう俺のことは彼女の意識の外にあるような気がすると感じた。

「裕樹です。初めまして」

「“疾風迅雷(アウステル)”のリーダーを務めてます、アグネータでっす。恋人募集中でっす」

 病症(ブリブリ)が出た。恐らく、本人は症状を自覚していないだろう。

 ヘンリク&スティーグさんは、ふたりして、“あぁぁx~”と天を仰いている。

 このお姉さんは、ブレない。

取り敢えず(・・・・・)、エール!そちらは同じものでよろしいですか」

 さすが、昭和世代のおっさん、飲みにケーションで距離を詰めていく。

「では、改めて乾杯~」

「えっ、冷えてない……」

 ビールは2つに大別される。常温・上面発酵のエール、低温・下面発酵のラガーである。

「ラガーはキレとノドゴシ。エールは麦の味わいと鼻に抜ける香りがいいよね」

 修二は初めは驚いたが、飲んでみて裕樹の説明に納得した。細かい泡もフルーティーな香りもまた良い。

「なんでも知ってるね」

 ジャズとウイスキーを愛するおっさんに呆れた目を向ける。

 最近は、ペールエールや(ホワイト)エールという形で缶ビールでも飲める。アイリッシュバーを探さなくても大丈夫だ。

「ラガーを飲みたいなら、北のニザヴェリグっスね」

「ああ、フレイルもニザヴェリグに限る」「……だけじゃないッスけどね」

 スティーグの一言をヘンリクが混ぜっ返す。武具は、鉱山都市ギルナの製品が一押しらしい。アグネータが借りてきた猫のようにおとなしい。

 そんな彼女におっさんは配慮を忘れない。

「修二くんは王都への道中、ご迷惑になりませんでしたか」

 アグネータに話題を振る裕樹。出しに使われる修二。

「街道沿いで怖いのは、魔物よりも盗賊団ッスけど、出なかったッスからね」

「!」「?!」

 何も悪いことをしてないのにヘンリクの“盗賊”の一言に反応する裕樹と修二。

「そうですね、戦闘でも役に立ってくれたと思います。ただ、人斬り蟷螂(マーダーマンティス)との戦闘ではちょっとヒヤリとさせられました」とアグネータは修二に視線を向きなおす。

「シュウジの話では今まで魔物を討伐するようなことはしてこなかったのよね。その割にはきちんと魔物の動きを見て動けていたのには感心します」

 良く見ているなぁ。なんか、褒められたし……。修二は竹製コップを口につけたままの姿勢でテレを隠す。

「でもね、慢心はダメよ。マンティスの攻撃をギリギリでかわそうとしていたでしょ。

 相手は魔物よ。慣れた私たちでも、予想外の動きをしてくることもあるの。

 彼らだって、必死なのよ。お互い、命のやり取りをしているのだと言うことを忘れないで。わかったわね、シュウジ」

“ビクッ”っとした。

 魔物に襲われる。それに対して、魔法を放つ。本物の武器を振るう。

 今までの生活では有り得ない体験続きでちょっと感覚が麻痺していたのかも知れない。

 現実的じゃないし、他人事のような、何かゲームみたいだなって……。やられてたら、実感もあったのかもしれないけど……。

 また実際、思うように動けるようになってきたので、そんな単純なことを失念していた。

「はい、気をつけます」

 確かにヤバイ。でも、馬鹿でかい(メーターサイズの)カエルやカマキリを見て、恐怖し(びびら)なかったのは何でだろう。やっぱり、俺はもう死んじまっていて……とか、そう言う感じだったのか。自分のことを大事に思えないという感じは無いんだけど。

「そうね。命は一つしか無いの。気を付けなくちゃダメ」

 アグネータさんは、ダメ、絶対!のキリッとした表情を見せた後、前傾姿勢で右人差し指を立てて、振る。

「でも、ヤル気があるのはいいことよ。その取り組む心意気(チャレンジスピリット)は評価して、あ・げ・る♥」

 あ~、良い感じで心構えを改めてきちんと整えつつあったのに、最後のブリブリで台無しだよ。

 せっかく、入りかけた気合もどっかに抜けてしまいましたよ。ちょっと、恨めし気な表情をアグネータさんに向ける。

「ん?」

 お、表情を読まれたか。

「はい、ありがとうございます。気を付けます」

 俺は微妙な笑顔を返す。

 アグネータさんは、それを見て満足気に頷いた。何か、親睦が深まったみたいな表情を浮かべている。


      ◆


「はぁ」

 装備を脱いで、寝台に身体を投げ出したアグネータは、枕に顔を埋めた後に一人ごちる。

「あれで、ほんとにいいの、ダニエラ?」

 そして、何を思い出したのか、再び、枕に顔を埋めて足をバタバタさせ始めた。


      ◇◇◇


 コロコロ、コロコロ『来たよー』

 ポテポテ、ポテポテ『おひさー』

 コロコロ、コロコロ『僕、行ったよー』

 一体のノータが通り過ぎて行った。

 ここはとある酒場の屋根の上、月明りの下、人知れず、数体のノータたちが集まっていた。兎耳をたたんで転がってくるもの、逆さになり兎耳で立って歩いてくるもの、通り過ぎていったものもいたが集まっていた。

『なんか違うのいたよ』

『僕をじっと見てたよ』

『恥ずかしいよねー』『緊張しちゃうー』『僕、行ったよー』

 傍から見れば、ぷぅ、ぷぅ~と言っているようにしか聞こえないが、彼らはちょっと興奮(ワクワク)していた。

『主に話す?』

『会いに行く!』

『僕、コロコロ、あー』ゴロゴロゴロ、ぺふっ

 ようやく止まれた一体のノーラだが、隣のノーラの耳に押されて屋根から転がり落ちていった。

 彼らはノーラ、主から生まれたもの。この世の全てを勘定(ノーラ)するために生まれた。生き物を数え、気持ちを数え、風や水の流れを数え、事態を数え、ありとあらゆるものを数える。

 だが、主の力が弱まり、ノーラの数も減り、日々動くこともままならなくなりつつあった。

 人々の意識に留まることも減り、名前もノル(北とか零の意)とかノラ(昔は野原に普通にいたから)と間違えて呼ばれている。

 しかし、彼らはその役割を忘れなかった。

 この星の生まれではない者が、また現れたことを主に伝えるべく転がり始めた。


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