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018 踏み出す歩幅(2/3)

 72時間の壁。

 災害時の人命救助において用いられる用語である。

  “人間が飲まず食わずで生存できる限界が72時間である“ということが根拠になっているようであるが、この場合の対象は脱水症を大きく取り上げすぎている感がある。他の科学的根拠が希薄であまりにそればかりに囚われすぎると足元をすくわれる結果になりかねない。

 例えば、海外の被災例ではあるが、ぽたぽたと垂れる水滴のみで2週間を生き延びた幼児の救出例もある。

 サバイバルという世界における“3の法則”というものを紹介しておこう。

 体温保持なくしては、3時間

 水なくしては、3日間

 食なくしては、3週間

 これらは、科学的知見としてほぼ正しいと考えられている。


 それが何なのかと言うと、明早朝から修二くん捜索のためのローラー作戦を冒険者を使って行う予定だからである。

 もちろん、72時間の壁は過ぎている。

 しかし、修二くんは保存食を持っているし、水を探す術も知っている。

 彼の場合、洞窟内でさえ普通に飯食って寝てと言うのが可能な子だからなぁ。その方面では普通の人よりも精神的に頑強(タフ)であると思う。

 どちらかというと、修二くんの森の危険生物に対する対処であるとか、修二くんと接触できた冒険者の口封じ?のほうが心配だったりする。

 いくつのパーティが参加してくれるのかを冒険者ギルドに現在、確認しに来ている訳であるが、すでに参加の意志を示すパーティがあったらしい。

「昨日の今日での請負なので、人数はあまり期待できないかもしれません」と発注時に言われていたので、その反応の良さに驚きと安心を覚えた。

 だが「その日の狩りの場所をその地域にしたと思えばいいさ」とその人たちが言っていたと聞いて、かなり微妙に思えてきた。大丈夫なのだろうか。

 元の世界での遭難時の動員数と比較すると、今の人数での捜索は難しいと言わざるを得ない。

 最も、ユウキたちは商店前の出店で朝飯をすませてすぐにこちらの冒険者ギルドに来たので、それなりに冒険者は集まっているが、新たな仕事を求めてくる連中が来るのはもう少し後とのことなのでそれに期待するしかない。

 正直な話、僕らが遭難した場所はヤルンヴィドの森でも浅い場所で比較的安全な場所であるらしい。

 なので、遭難・救出の依頼そのものが真面目に受け取られていないのではないか……というのがギルド職員の見解である。

 ちなみに依頼時にも、ギルド職員からも似たようなことを指摘されている。


 あ~、冒険者への依頼料はどうしたんだとか……話の端々から想像されているとは思うが、裕樹は全てをアンセルムに話し、助力を願い出ている。

 結局、誰かに打ち明けなくてはどうにもならない。

 しかもなるべく早い段階であることが望ましい。どこでどういったことが、ボロを出す結果になるのかがわからないからである。

 この場合、“誰に”というのが最も重要である。


      ◆


 あの野盗の襲撃があった日の深夜。

 アンセルムの邸宅に着いて、夜食を振舞われている時のことである。

 アンセルムと裕樹の二人だけ。

 無言ということは有り得ない。二人とも聞きたいことは山のようにある。しかし、お互いにどのように切り出すことが正解なのか、そのあたりを探りながらの会話である。

 もちろん、盗賊の襲撃の話から始まって……。裕樹はすぐに違和感を覚えた。

 灯りは卓の上のランタンの灯りのみ。

 相手の表情に目が自然と行きやすい。

 相手の考えを知るには、相手の目を見て話をしたいが、このアンセルム氏の目は糸目である。上方落語の名跡であるあのお笑い俳優のように細い。

「どうしました?」

 その違和感の理由はなんだろうと思いつつ、相手の目を注視していたのに気付いたのか、アンセルムが尋ねてきた。

「いや、その目は昔からですか。頭痛や肩こりとか、眼精疲労に腰痛などはありませんか。だとすれば、眼瞼下垂という眼筋疾患による病気ということも考えられるかなと」

「そうですな、この目は若い時からですな。それに肩こりや腰痛などというものはこの年齢(とし)になれば誰もが感じるものですがな」

 柔らかい笑みを見せるアンセルム。

 しかし、その時に裕樹は違和感の正体に気付いた。

 開かれる口と聞こえる音声が一致していない。つまりは、洋画の吹替え版である。

 ああ、そう言えば、文字も字幕スーパー的な感じになっていたのだったか。

 この同時通訳も一体どんな仕掛けになっているのだろうか。この世界の定石、常識がわからない。

「確かにそうかもしれませんね」

 ただこの人にまだ老いの影は近寄っていないと思う。大門でのやり取りの時の疲れ切った様子は今は微塵も感じられない。つまり、あの時の所作は演技だったということだ。

「目と言えば、ユウキ殿のその目の……材質は着色しているようですが、ミスリルではありませんかな」

 ん、もしかして、ここには眼鏡がない?と思って、一瞬どきっとしたが、違ったらしい。

「いや、この眼鏡のフレームはチタンですよ」

 ミスリルって、魔法金属ってやつだろうか。ゲームに良くある……本格的にファンタジーだな。

「ほう、チタンと言うものですか」

「軽量で、高い弾力性と負荷に対する復元力。塩に対して錆びないですから、汗にも強い。身体にも優しく、眼鏡として身に着ける素材としては適していると思いますよ」

 ちなみに身体に優しいというのは、チタンが他の金属とは違って、金属アレルギーを発生させないことを指している。

「ほう、ではやはりミスリルですな。ユウキ殿のお国ではチタンと言われますか」

 えっ……、ミスったか。このまま、チタンと言い張るか……どうする?

「しかし、造形が難しいとされるミスリルをよくその細さの意匠(デザイン)で……なかなかの業師の手によるものですな」

 こりゃダメだ。しかも、お国ときたか。この分だと、この先どこでどれだけのチョンボをしていくのか、わかったものじゃないな。

 さて、鬼が出るか蛇が出るか、出来れば、仏が出て欲しい。もちろん、死体の仏では無くてね。

「えぇ~、アンセルムさん、聞いていただきたいお話があります」

「はい、喜んで」


      ◆


 裕樹は左の手の平を未だに気にしていた。

 なかなか痛みが引かない。

 冒険者いや元冒険者のビリエル……つまりは昨日まで商隊の護衛の統率役についていた彼である……に脅されてはいたのだが、修二くん捜索の受注状況の確認の後、冒険者登録のためといって握らされた水晶玉によってつけられた痛みがまだ治まっていないのである。

 ビリエルは、5人組パーティだったうちの3人を昨日失い、冒険者稼業に見切りをつけアンセルム商会にもう一人の生き残りと共に主に商隊の御者として再就職することになったようである。元々、それらしい誘いは前からあったらしい。

 それについて裕樹に何も思うところはなかったが、冒険者の仕事内容である冒険者ギルドの依頼票の掲示内容を見て、……荷物の運搬、商隊の護衛、薬草採取、そして、魔物の討伐、等々……「想像以上に夢のない仕事である」と思う。

 冒険=未知なるものへの興味が捨てがたく……といった職であるのならば、山登りを趣味とする僕には否定できるはずもないが。

 商隊を護衛することによって、それを待つ者が見せる笑顔が活力となっているのかも知れない。

 魔物を退治することによって救われる人もいるだろう。

 でも、それは個人が請け負うべき責務なのか?

 どうやら国家というものは存在しているようだ。であるならば、国の危機管理、安全保障等の問題であると感じる。

 もっとも、たった数時間しかこの国に触れていないのに、僕にこの土地の何がわかるのかという話である……ということは十分承知している。


 さて、どうするべきかと考えをまとめようとしていると、不意に背後に人の気配を感じて避ける。

 スカッ。

 肩にかけられようとしていた手が空をきる。

 その相手の顔を確認すると、昨日、野盗事件の聴取をした憲兵隊の副隊長さんだった。その後ろに同様な制服を着た部下が二人控えている。

「ユウキ。君に令状が発付されている。憲兵詰所まで同行してもらえるかね」

 と、その副隊長からもたらされる言葉。

 れいじょう?って、礼状=盗賊を捕縛してくれてありがとう的な雰囲気じゃない……かな。ならば、裁判所から発付されるアレか……テレビドラマとかで警察が現場に踏み込む時に掲げるアレ?か。

 などと考えていると、一緒にいたビリエルが先に副隊長にかみついた。

「はぁ?なんだよ、それ。そんなことがある訳ねえだろっ。それを見せろやっ」

 ビリエルが副隊長の右手に掲げていた丸められた紙に手を伸ばす。

「召喚令状だ。部外者には見せられない」

 反射的に身体を逸らせて、ビリエルの手から丸められた紙を遠ざける副隊長。

 が、その紙は副隊長の後ろの大柄なスキンヘッドにひょいとかすめ取られた。

「なんだ、出頭命令書じゃねえか」

 もちろん、冒険者ギルドにいた革製の防具に身を固めたスキンヘッドは冒険者であり、彼がその紙を見て鼻で笑う。

「彼は昨日、この街に来たばかりなんだ。外部民だ。今、冒険者になったんだ。んなこと、ある訳ないんだよ」

 ビリエルがそのスキンヘッドにはたまた廻りの連中に向けて訴える。

 取り立てて内部民とは言い表わさないが、内部民とはその土地で生まれ育った者のことを指す。そして、その対となる外部民は外の土地から流れついてきた者を意味する。特にはその国や地域に所属しないで生活している者のことを指す。ここにいる大半の冒険者と国に対する立場を同じくする者である。

 国に所属していないが故に現行犯では無しにその身を拘束する場合にはその国の司法省の発行による召喚令状が必要となる。が、当然その発行は時間を要するもので昨日の今日では難しい。また、正当な理由があり、自国民相手であるならば、憲兵隊発行の出頭命令書により指定の場所に召喚が可能である。

 冒険者を拘束する。

 自由に生きる代わりに国の保護なしにやっているという意識で、独立心や反骨心を多分に持つのが冒険者という人種である。

 当然、その唯一とも言える“自由”の権利が侵されるという事象には敏感に反応する。

「ん、なんだ」「どういうことだ」「ふざけたマネしてくれるじゃねえか」

 雑談していた周りの連中が殺気立つ。

「まさか憲兵“様”が、アレを知らないとは言わないよなぁ!」

 スキンヘッドが顎先でギルドの壁面の掲げられている浮彫文字(レリーフ)を指す。


『冒険者の自由に関する宣言

一、冒険者は世界を探検する自由を有する

一、冒険者は動植物及び鉱物等の収集の自由を有する

一、冒険者は依頼主の秘密を守る

一、冒険者はすべての不当な束縛に反対する

 冒険者の意志及び行動の自由が侵されるとき、我々は集い、実力(やいば)でその鎖を打ち払う』


「ちょっと待て、何も彼を捕まえに来たという話しじゃない。少し、業務に協力してもらおうとしているだけだ」

 廻りを囲まれて縮こまる憲兵隊ではあるが、それを横目にしながら副隊長は言い訳のように言葉を放つ。

「ん、仕事の依頼か?」「だったら、ギルドを通せや」「俺たちをタダ働きさせようって腹かっ」

 いつの間にか、副隊長対裕樹ではなく、国の手先対冒険者のような場の雰囲気になっている。

「ビリエル、そいつのランクは?」

「Fだ。今、登録したばかりだ」

「ど素人じゃねえか。そんなひよっこ相手に何させようってんだ、あぁん!」

 少し冷静な冒険者から上がった声にビリエルが答えるが、それがさらに波紋を呼ぶ。

 裕樹をお構いなしに場が加熱(ヒートアップ)していく。

 さすがに場を見かねて、ギルドの職員がその場に出張ってきた。

「フェリクス副隊長、一体、何の騒ぎですか。ここはミンビョルグであって、ミンビョルグではないのですが、わかっていますか?」

 一言、釘を刺すのは忘れない。

 副隊長はギルド職員の姿を見て、逆にほっとしたような表情を見せる。

「申し訳ない。説明するので、場を変えさせてくれないか」

「では、2階の会議室へ。あなた(ユウキ)も。ビリエルもいいですね。他の皆はさっさと仕事に行きなさい」

 裕樹とは面識のないギルド職員だった。ビリエルや他の連中には有無を言わせない態度で振舞う。

 小柄な女性職員が筋骨隆々でなおかつ人相の悪い連中に向かって、しっしと野良犬を追い払うように手を振る。

 それに応じて肩をすくめながら解散する冒険者たち。

「ダニエラさんには敵わねえ」「やめたんじゃ」「あれっ、結婚したんじゃなかったっけ」「なんで、いるんだ」「出戻りかっ」

 最後の言葉を発した冒険者に顔は覚えたという視線を送るギルド職員ダニエラ。

 その視線を受けて、石のように固まり、滝のような汗を流す、失言という別次元の冒険をした者。


      ◇


「まずは、騒ぎを起こしたことを謝罪したい。それに冒険者の行動について、なにがしかの制限をつけようと意図したものでないことを明確にしておきたい」

 会議室に移動して早々に副隊長が頭をさげる。

 それに対して反発しようとするビリエルを制し、判決を申し渡す裁判官のような口調で対応するギルド職員ダニエラ。くいっと人差し指であげた大きめの丸眼鏡がきらりと光る。

「はい、そのことについては置いておいて。令状などと偽りの運用をしてまで、うちの冒険者を勾引(こういん)しようとした理由を述べて頂けますか」

 謝罪は話の内容を聞いてからではないと受け入れないと厳しい態度を示す。

 副隊長は裕樹の方をチラ見した後、視線を下げ頭をかきむしり、仕様がないとばかりに口を開く。

「本人の前で話したら意味がないのだが……」

 先日、アンセルム商会の商隊が“千一夜(せんいちや)の風”の襲撃に会い、それに“偶然”出くわした裕樹が20人弱の盗賊を捕縛したこと。

 裕樹が盗賊を殺さずに生け捕りにしたことに疑念を抱いていること。

 捕らえた盗賊を尋問したところ、本日、襲撃計画があることを吐いたこと。

 襲撃計画を未然に防ぐと同時に、盗賊どもに裕樹を当ててみる考えがあったこと。

「要はユウキが実は盗賊の一員で、何かの目的を抱いてアンセルム商会に、もしくはこの街に潜り込んだんじゃないかって、ことだ!」

 盗賊どもに当ててみて、互いの反応を見れば、見えてくるものがあるだろうと副隊長が言う。確かに本人を前にして、言う台詞ではない。

 頬をポリポリとかいているこの一見無害そうな中年(ユウキ)が為したということの可能性の是非をダニエラが考えていると、隣に座っていたビリエルが事実であることを肯定する。

「俺は危うくこの世からおさらばするところだったけどな」

 そこにきて、目を大きくして、裕樹を観察するダニエラ。

 頬をポリポリとかく裕樹。

 余談ではあるが、会話中に頬を何回も触るような人は、その会話が冗談混じりでも本気で受け止めてしまうような真面目くんが多いらしい。

 もしくはただ単に神経質という場合もあるようではある。

 それはストレスや緊張から逃れるためで、頬を触ると血流が良くなり表情も柔らかくなる、それを無意識のうちにやっているのだとか。

 って言うか、当事者であるはずの裕樹はここに至るまで一言も発していない。

「まあ、いいですよ。そういうことであれば。但し、殺さずに制圧するだけで勘弁してください」

「そんなことができるの」

 なんの気負いもなしに、さらりと言ってのける裕樹に、それでいいのとばかりの心配をダニエラが顔に表す。

「まあ、やるだけやってみようかなと」

 私一人でやれということではないですよねと問いかける裕樹に、言うまでもないこととばかりに頷きを返す副隊長。

 が、それに、さらに「……ね!」と繰り返す裕樹。

「勿論、我々、憲兵隊が主体となって盗賊どもを殲滅する。ユウキにはその補助をお願いしたい」

 ほお、言質を取ったかと感心の表情を見せた後、ダニエラが続ける。

「でしたら、盗賊討伐の補助として冒険者ギルドに指名依頼として提出してください。もちろん、Fランクのユウキには受注資格がないので、他にビリエルとCランク以上のもう1パーティへの依頼としてであれば、冒険者ギルドとして受注します」

 もちろん、依頼料も相応の額となりますがいかがですかと副隊長に問いかける。

 相応の額というところに、顔を引きつらせる副隊長であったが、了承の旨をダニエラに伝える。

 その横で、「えっ、俺も……」と自分の顔を指さすビリエルであったが、まあ、いいかとばかりに裕樹の肩を叩く。

 それに対して裕樹はただ一応、アンセルムの了承を得てから最終の返答とさせてくれと一言付け加えた。

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