094 握り飯
2017推敲のものをあげています
タナイス防衛戦の祝勝の宴が続く中、俺たちは竜人の船の就航の準備が整ったとの報告を受ける。
大胡坐の鎧姿の竜人21名が、一斉に立ち上がる。俺たちは、その中心にいて、そのまま船へと移動を開始する。
途中、訝しげな視線は向けられるも、誰からも静止を求められるような事態にはならなかった。
タナイスの北西正面の大門は、既に夜半も近い時間帯なので当然、閉じられている筈なのだが、馬車一台分くらいの隙間ではあるが開いていた。
どうやら、竜人の船への物資の積み込みのために融通してくれたようだ。
竜人の船は、かがり火の中、ケルムト川の船着き場に一際大きい船体を闇に浮かべていた。
船は全体的にずんぐりむっくりとした感じで軍船と言う割にはあまり鋭さが感じられないものだった。しかし、見たことがあるような輪郭は、元の世界の映像の中でのもの、後で裕兄に尋ねたら「日本の戦国期に使われた安宅船に似ている」との話しだった。
船は、物資の積み込みも完全に終えて、後は俺たちを待つばかりだったようで、乗り込むとすぐに錨を上げて船着き場を離れた。後は特に急がず、川の流れにまかせるだけだと言う。
俺たちは、船の甲板上にある2つの構造物(屋形と言う)のうち中央部の小さいが瀟洒な造りの屋形に、これから向かう島の領主であるヤマトさまと共に案内される。今日は、もう遅いのでこのまま就寝してくれと2段式の寝台を用意してくれていた。
裕兄は、鎮静効果のある薬草を処方してくれたおかげで眠りについている。
俺はと言うと、先日来続いていた緊張感から解放された訳だし、昼間まで戦闘で身体を酷使していたのだから、直ぐに眠気が襲ってきそうなものだが、一向にその気配はない。
裕兄が、時折、「ううぅっ」と呻き声を漏らす。痛いのだろうか。以前に俺がふとももを骨が見えるくらいまでの負傷を高価な傷薬で治したときは、その後、極度の疲労感には襲われたけど、痛みはほとんど感じなくなった。しかし、裕兄のは四肢欠損。怪我の程度がまるで違う。
また、「ううぅっ」と呻く。寝台のそばに近寄り、生活摩法のライト(灯り)を照らし、裕兄の顔を見る。あまり、良い血色とは言えない。痛みを覚えているなら…、擦ろうにも、その腕がない。本来、腕が有るべき場所に手を置く。
「ううぅっ」「裕兄…」
そこで、裕兄の表情が和らぎ、一言呟いた。
「今度は、助けられた…」
その言葉に、俺は息を飲んだ。それって…。思わず、目頭が熱くなる。
それは、この世界に来ることになった“あの滑落事故”のことに違いない。俺が落ちる時、裕兄の手は届かなかった…。
けれど、それは裕兄が責任を感じることじゃない!
俺は、自分の寝台に戻り、身体を丸め、毛布を頭から被った。
◆◆◆
翌朝、目を覚ました時には、他の皆はもう起きたあとのようで、寝台は全て空だった。のそのそと甲板に上がっていくと、船首に皆が集まっていた。
「みんな、おはよう」
俺に視線が集まり、皆から挨拶が返ってくる。
「俺も起こしてくれたら良かったのに」
「シュウちゃん、ぐっすりな感じだったからね、起こすのヤメタんだよ。わかるぅ、あてのや・さ・し・さ」
う~ん、皆、暗い雰囲気にならないようにしているのが、わかるよ。
「おう。気持ちいい風だな」
「船旅は、元の世界を含めて、初めてだけど、悪くないね。揺れも少ないし」
裕兄の表情に、苦痛の色はない。
「でも、速度は大したことないッスね。乗っている分にはわからないッスけど、さっき、街道の4羽立ての馬車を追い抜いたんで、時速20kmと少しぐらいッスかね」
「私、思うんだけど…、それでも一日中、ずっと進めるの」
確かに、そう考えると馬車旅よりもずっと早い。
「皆さん、お目覚めでしたか。お館さまが、朝餉をご一緒にどうかと申されておりますが、如何ですかな」
昨日、船に着いた時に迎えに出てくれた重臣のタジマ氏が呼びに来てくれた。
「はい、喜んでご相伴に与ります」
皆で談笑しながら屋形に向かう。
朝食の用意がすでに成されている長卓を見て、俺たちは言葉を失う。そんな俺たちの様子を見て、タジマ氏が申し訳なさそうに
「いや、申し訳ない。戦時の船移動なので用意できるものはこの程度のもので…」
“白い三角の物体、茶色の汁物、白い四角い物体としわしわになった野菜”に俺たちは顔を見合わせる。
「これは…」
「我らが常食としているものだが、大陸の源人の方々には食べ慣れぬモノかも知れぬ。が、ぜひ、ご賞味くだされ」
「えっ、いや、そうではなくて、これはお米ですよね」
俺たちは急いで席に着く。そして、皆で「いただきます」を唱和。
そう食卓に出ていたのは、“握り飯、お味噌汁、豆腐と漬物”だった。
「おっ、梅干しだよ」「こっちの具は、昆布だ」「あら汁ッス」「凍み豆腐なの」「べったらと白菜!」
彼らにとっては、戦時食であるものを、かくも騒がしく頂く俺たちの姿に、ちょっと引き気味のお館さまと重臣。
「いやぁ~、これらは僕らの故郷の食事と似ているもので、しかも、短粒種とは…。つい、興奮してしまいました。うまい!」
うまい、ウマイ、美味い……旨い!んっ、これだ!
裕兄の表情に笑顔が、皆にも笑顔があふれる。
流石に故郷の改良に改良を加えられた米とは比較にならないが、ものすごくおいしく感じる。これが血に刻まれた文化というものなのだろうか。
今、文化が蘇る。そんな(ヤック)、バカな(デカルチャー)。…なんちゃって。
筆者 注) 日本で食べられているのはジャポニカ種と呼ばれる短粒種。ねばりとつやが特徴的で私も大好きだが、世界の米の生産の主流はインディカ種と呼ばれる長粒種。タイ米などが代表的で油と合わせた料理がおいしい?と思うが、この長粒種が世界の米の生産量の8割以上を占める。
「こちらとしては、喜んで頂けてうれしい限りだが…」
自分たちが普段、食しているものを褒められて、嫌な気がする者はいないであろう。
朝食もパン食の比率が高くなっていると聞く現代の日本。しかし、今ここにいる5人は、剣術の同門だったり、舞踊の家元だったり、ということが理由ではないであろうが、主食が皆、米だった。
「しかし、これらのものは他の街では目にしたことがなかったのですが」と問いかける。
ただ、日本の地に暮らす我々が今、シュウジたちが食している米を食べてうまいと思えるかどうか。故郷に繋がる懐かしい味と米粒を口にほおばった際の優しい温かみが心を揺さぶったとでも言えばいいのだろうか。現にわずかながらに目にうっすらと涙の膜を浮かべる者もいた。
「そうですね。これらは、我らが島の特産品と言えば聞こえはいいでしょうが。大陸で良く食される麦は有る程度広い平地ではないと栽培するのは効率的ではないので、我らは島の気候にも合い、土地当たりの収穫量も多い米を主食とし栽培しているのですよ」
なるほど、そう言う共通点は存在するのか。しかし、俺らの国の米は貪欲に素材の段階での美味さを引き出すべく品種改良に改良を重ねたものだ。この世界には、なるほど悪魔がいるのかも知れないが、もしも神様がいたとしても飯を食うだけのためにこれほどしつこく創造を繰り返すことはないいだろう。
「なるほど、島国ですか。それで気にはなっていたのですが、お館さまの名前のヤマトに重臣の方のタジマ、これも僕らにとって非常になじみのある響きを持っているのです」
「俺たちの故郷の国の昔の呼び名がヤマトの国だし、タジマはその地方の土地の名称だよね。まあ、そう言えば、俺たちの名前もそうだよな。俺の正式な名前は、オワリ=シュウジだし」
「そうだね。こちらの方々は土地名もしくは職業名と自身の名前が、名乗りの風習のようですが、僕らの故郷では、家族名と自身の名前を持って、名乗りとするのですよ。ちなみに僕の正式な名前は、シナノ=ユウキです」
「なんですと、それは我らとて同じ。我らはそれを真名と呼んでいる。我の真名はシン=ヤマトと言う。そなたたちとは、名前=家名と順序が逆になるが」
「私の真名はゲン=タジマです。オワリやシナノが家族名ということですかな。驚きです。我らの島には、大家と呼ばれる家系が70余りあるのですが、オワリやシナノもその内に含まれますぞ」
「これはなんとしたことか…」
不思議な巡り合わせに、皆で顔を見合わせる。
「あての名前は、オオミ=スズネ」「「おぅ」」
「おいの名前は、ヒゴ=マサル」「「おおっぅ~」」
竜人の二人の視線がとんでもないほどの期待に染まっている。
「私の名前は…(竜人の二人の嚥下する音が、ゴクンとする中)、スルガ=チナツなの」
「おおっ~、あ~、まさか、爺と同じとは…」
悶えるお館さまに、「勝ち誇る顔が目に浮かびまするな」とアゴを擦りながら、やれやれと言った表情のタジマ氏。




