092 正義の基準
二つに裂かれた精神体は、黒一色の世界、いや、何の色彩もない無の世界で、お互いを離さぬように滅せぬように漂っていた。
元の一つの精神体に戻るべく、有るべきものを有るべき場所に慎重につなぎ合わせていく。
その一過程ごとに襲う激しい痛みと怒り。
しかし、それを邪魔するおぼろげな光。周辺で互いにパチンと弾け、消滅する場合もあれば、少し強い光に合成する場合もある。
それらのおぼろげな光が修復を試みる精神体に衝突し、さらに細かい精神体にしようとする光やその精神体を吸収すべく衝突してくる光。
それらを排除しながら、この無の世界で、気の遠くなる作業が続けられていく。
時折、無の世界に裂け目が生じ、光にあふれ、色彩にあふれ、音にあふれ、匂いにあふれ、様々のものに満ち溢れている世界を望むことができた。
とたんに、“心”に寄せてくる、楽しい、つらい、喜び、悲しみ、様々な感情、使命感、そして、強く想う“私”は帰らなければならない。
精神体はついに修復を完了させ元の人格を取り戻すが、… … 帰る場所がわからない …。
想う、私は誰だ…。私は…。私が…。私は…私だ。
いつの間にか、手足を水に取られるかのような空間にいる。
水の中の森。
鬱蒼と茂る森林帯の中で白く煙る水に包まれ、すでにどちらから来たのか、そしてどちらに進めばいいのか、全く見当がつかない。
そんな中、光の筋が白く煙るなかを裂く様に照らしてくる。
◆◆◆
「ぷっはぁぁxx~」
ゲンコが大きく目を見開き、荒々しく息をし、大気をむさぼる。
「最長老様、ここがわかりますか。最長老様ぁ~」
廻りを見回すと見知った顔がこれでもかと居る。
「やかましいわ。耳元ででかい声を出すでないわ」
身体を起こそうとするが、身体に力が入らない。
「はぁはぁはぁ、ここはどこだ。私はどうしたのか」
「ここは“御狐霊”本部でございます。
最長老様は、ユングリグ国の衛星都市ウプサラに悪魔教団のあぶり出しの任についた第9課の監督に出向かれ、そして、そのまま昏睡状態になられまして…」
それを聞いて、唐突に思い出していく。『そうだ。私は悪魔の不意打ちを受けて…』
「そうだ!ウプサラは!悪魔教徒はどうなっている!私はどのくらい寝ていたのだ」
ゲンコは、矢継ぎ早に質問していく。
「はい、ウプサラからの帰還者はありません。
悪魔教団についての追加調査は、ブナラング首脳部よりきつく止められており…」
「何っ、あの坊やはそんなバカな事をいっているのかい!」
「はい、ウプサラでの行動がユングリグに漏れ、ブナラング首脳部宛てにかの国での破壊活動の謝罪と賠償及び首謀者の身柄の提出を求められております。返答に依っては、強硬手段も止む無しとの文言付きです。
最長老様は、3週間ほど昏睡状態でした。
その間は、“御狐霊”本部に人狐族を招集。悪魔からの襲撃に備えておりました。
また、西の大森林にて、オークが蜂起。西の大森林の集落を襲い各所で皆殺しに。
その勢いのまま、タナイスに侵攻し、現在、都を包囲され防戦中でございます」
そこに、ゲンコが目覚めたと聞いて、キンコとギンコが寝所に入って来た。
「ゲンコ様、心配しました」
と伸ばされた手をゲンコは煩わしげに打ち払う。
「お前たちは、何をしていたのだ。どいつもこいつも。ああ、もう良い。私が直接、出向くわっ!」
寝台から降り、床に足をつけるが、身体に力がはいらない。気力で全てをねじ伏せる。
外套をはおり、愛用の杖も持ち、廊下を足早に進み屋上に出ると、額に染み出た汗を拭い、その身を宙に浮かせる。「“フライ/飛翔”」(源)
筆者 注)(源)は、神の魔術に続くモノ、言葉と意志の力を現します。
西の大森林の上空を飛翔し、彼方に森の都タナイスを望む。
近づくにつれ、その現状が見えてきた。
市街地のあちらこちらに煙があがっており、城壁上部で盛んに人が動いているのがわかる。
都は燃えていた。
都の上空にたどり着くと、王城に向かう。損害の気配はない。
そのまま、中央大通りを北西に向かう。
すると、円状に人が集まっており、その中心で戦闘を行っているような形跡が見られる。
そこにいたのは、“獅子王”とその側近、グリフィンとあの魔物。
そして、王のそばで抜身の白刃を手にするのは、あの“侵入者”どもだった。
徐々に怒りが沸き上がる。
その上空まで近づくと、その白刃を持つ者に向けて、魔力を込めて、“ヒート・ブラスト/熱光線”(光Ⅱ)をブッ放した。
「危ない、修二!」
伸ばしたユウキの左腕は、ぎりぎりで間に合い、ヒート・ブラストの射線からシュウジを押し出した。
しかし、その代わりにユウキの左肘をヒート・ブラストが通過。骨肉は瞬時に蒸発し、その先の左手だけが宙を舞う。
「「きゃぁぁxx~」」
西側城壁外の戦場には、副官ヴィクトルが率いる人狼の遊撃部隊が突撃。完全に戦場の大勢を決する。
その戦場の指揮をヴィクトルに任せた将ハーラルと西側城壁に留まっていた残りの“侍派有倶”のメンバーが駆けつけた時だった。
その悲鳴は、ユウキの左手が宙を舞う瞬間を目撃した鈴音と智夏の悲鳴だった。
倒れ込むユウキにすがるシュウジ。
まさるに肩を叩かれ、我を取り戻した鈴音と智夏が駆け寄る。
まさるは、宙を舞ったユウキの左手の下へ。
ユウキを中心とした集団を背中に、廻りを囲む者。
“獅子王”ギュルヴィ、側近モンジュ、将ハーラル、“三位一体”のメンバー、そして、クリスティーネ。
その蛮行を行った者の正体を、空中に臨み、顔を歪める“獅子王”にその側近、唖然とした表情のクリスティーネ。
怒りに我を失いそうに成りながらも、声を張り上げる“獅子王”ギュルヴィ。
「貴様は、何をするか!!」
「坊やはそこを退くが良い。私がカタをつけてやる」
最長老の言葉に、肩を震わせ怒りの声を上げる。
「貴様は、何を言っておるのか。
国の一機関でありながら、国事を無視して、他国に損害をかけ、外交に憂慮する事態を引き起こし…。
この国難のときに、何一つ協力もせず、顔を出したと思えば、我が身を救い、我が民を助け、我が国を守りし英雄に牙をむけるとは…。
永き時を生きて狂うたか、この慮外者がぁぁぁxx。
今日という今日は腹に据えかねる。我が自ら成敗してくれる。そこになおれぇぃい。」
そこに、竜人族のヤマトらがグリフィンを殲滅した後に、その一部が援軍として、到着する。
最長老は、未だ空中からユウキを中心とした集団を見下ろしたままである。
「彼奴ら、異世界からの侵入者は全て敵だ」
そこに涙を流すシュウジが立ち上がる。
「何故、俺たちが敵なんだよ」
「ふん!お前たちは、我らの街を破壊し、同朋を殺し…」
「俺たちが、いつ、そんなことをしたぁ~。
ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞ、くそばばあ。
問答無用に襲ってきたのは手前らの方じゃねえか。
確かにばあさんの世界の歴史にはそういう奴らがいたのかも知れねえ。けど、俺らもそいつらと同じなのか。
あぁ、それなら、獣人族の中で、気に入らないヤツ、盗みをするヤツ、人を殺すヤツが一人でも、いたら、お前ら獣人は全員、同じヤツ、処罰の対象、殺されてもいいヤツってことなんだよな。
あぁ、答えてみろや。それが真面な考え方だというなら、俺は、いくらでも対抗してやる。
そんな考えは断じて認めねえ。ふざけるなっつんだ!」
「ええい、お前ら悪魔どもには、我ら人種族の理など理解できるはずがないわ。黙って、滅びれば良いのじゃ。食らえ、…」
「貴様が何を好こうか嫌おうかは勝手だが、この者たちに悪意を向けることは我が許さぬぞ」
“獅子王”がシュウジの前に立ち、“エリプシス/光盾”(光Ⅱ補)の3枚の光盾を展開する。
「好くも嫌うもご自由にってのは…」後ろで呟く者がいる。
その横に竜人族のヤマトが着地する。
「ギュルヴィどの、此度の勝ち戦、重畳でござった。
されど、天火明命さまのご臣下を攻撃させ、負傷させるとは、どのようなご料簡なのか。ご返事によっては、このヤマト、尋常ではおられませぬぞ」
そして、周囲で見ていた者たちが、ぞろぞろとシュウジたちの廻りを囲み、人垣と言う名の盾となる。
「そうだ、この人は城壁から落ちた僕の父ちゃんを助けてくれたんだ!」
チビっ子が声を上げると皆がそれに続く。
「あぁ、あたしの家の火災も消してくれたわ」
「この爺の足の怪我も治療してくれたぞ」
「いい加減にしろ!世界はクソババアのお守りなど必要としていない」
クリスちゃんが前に出てくる。
「私は、“獣人の最長老”、“森の賢者”、“永遠なる者”、“世界の守護者”…。私の言う事が全て。私こそが正義!
なんじゃ、これは。なんだと言うのじゃ。その私が言うのだ。彼奴らは悪魔じゃぞ。我らの敵じゃ。殺せ、殺すのじゃ!」
「ふざけるな」「いい加減にしろ」「引っ込め」
廻りの観衆から、怒声が上がる。
そこに、この事態を観察していた“御狐霊”のコクコが現れる。
「ゲンコ様、この者らが、この街を、住民を救い助けるために、尽力したのは事実でございます。どうか、お引きください」
「くっ、お前まで、そのようなことを言うのか。何なのじゃぁ~」
そして、コクコの嗅覚が異臭に気付く。
『うっ、しかし、この濃厚な悪魔の臭気。
そう言えば、この者たちからは、何も匂わなかった。
では、どこから。まさか、ゲンコ様からなのか、これは一体どうしたことか…』
読んで頂きありがとうございます。
次回が第5章の幕です。楽しんでいただけていますでしょうか。
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そろそろ感想も欲しいです。
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