091 オークの侵略 左手
「陛下。将ハーラルの命により参上いたしました。
冒険者“侍派有倶”と“三位一体”にございます。
立ち姿での拝謁、失礼いたします」
地面に顔を突っ込んだグリフィンは身動きできないところを、後に続いた剣士に首筋をバッサリやられ絶命している。
黒縁眼鏡をかけた身長180cmほどのがっちりとした体格の槍持ちの男と、細身の筋肉質で身長170cmほどの剣士の男、それに身長130cmほどの前に見たことがあるような少女。皆、ダマスカス鋼特有の波紋をみせる胸当てをし、首元には金色に輝くスカーフをたなびかせている。
「良い。許す」
「では、失礼して。少々、御前を汚します」
“侍派有倶”の前には、数十の石塊を食らい横倒しになった状態から立ち直ったグリフィンとドレッドヘアをウネウネとくねらせる薄緑色の肌の女怪がいる。
「マジか。キモッ」
シュウジは、反射的に声を出す。
「あれは、ゴルゴン。石化の魔眼を持っておる。視線を合わすでないぞ」
そこに遅れて、“三位一体”が到着する。
「師匠、速すぎです。ゲッ、ゴルゴン!」
「修二くんは、アレを頼めるかい。「任せろ!」任せた。
クリスちゃんは、僕とグリフィンをやるよ。
アルビンたちは陛下の護衛を頼む」
すぐに戦闘を開始する。
「我の護衛は不要である。あの者たちの援護に廻るが良い」
“獅子王”が“三位一体”のアルビンに指示を飛ばす。
「陛下。師匠と先輩ならば、問題ありません。それよりも他には…」
アルビンは、ここに着いた時点で、“獅子王”が存命なのを確認して、もう仕事が半分以上終わったものと思っている。余裕である。
空飛ぶ蛇を見つけたアルビンは、投げナイフを投擲する。
投げナイフは、空飛ぶ蛇をサクッと二つに分断しそのまま飛び去る。
もう一匹の空飛ぶ蛇はそれを見て高度を上げる。
クリスちゃんは、シュウジの援護に駆けつけるため、グリフィンを早々に片付けるべく動く。
「“アクセル/加速”(無Ⅰ)」
身体を低くした体勢で走り込み、三節棍を振るう。
三節棍の両端が下から、さらに同時に上から、グリフィンの頭蓋を上下から咬みつくように叩く。
ユウキも同じくして、グリフィンに向けて鋭く踏み込み、添えられた左手に制御された槍は、精確にグリフィンの身体に目がけて、右手から捻じり込むように発射される。槍の穂先は、グリフィンの身体に螺旋状に抉りながら刺さり込み、また、同じ軌道で抜かれる。さらにもう一撃、腹部への連撃。
三節根に上から下から、あごと頭蓋を休む間もなく叩かれ、もうろうとしながらも、腹部の強烈な痛みで、意識を失うこともできない。
グリフィンは、訳も分からず、四方八方に風の刃を振りまくことで、上空への脱出を試みる。一瞬の空白を狙って、羽ばたき、風魔法で身体を宙に浮かせる。
が、そこに上方からの槍を叩きつける一撃。身体が、くの字に、背骨が叩き折られたかと思うほどの衝撃。そのまま、地面に叩きつけられる。
どうにかこうにか立ち上がり、「ピィーッ」と一鳴きし、廻りを睥睨し、種族の意地をみせる。
正面の少女と側方の槍士を見て、正面の少女に狙いを定めて、身体をたわめ、反動をつけて、突進する。その瞬間に槍士が視界から消えたことなど気付く由もない。
しかも、そのあからさまな突進は、“クレイウォール/粘土の防壁”(土Ⅱ補)によって容易に防がれる。風魔法をまとわせた右爪は土壁に三筋の溝を刻み、頭を下げてぶち当たった土壁は崩れることなく、その位置にグリフィンを止めた。次の瞬間、脳からの信号を身体に伝える線を断ち斬られる感覚を味わい、その直後、グリフィンは絶命した。
首筋の真上から、背骨を貫いた槍を引き抜き、グリフィンから飛び降りるユウキ。
そう例の如く、土魔法で空に駆け上がり、自らの体重を乗せた一閃を放ったのである。
“三位一体”のアルビンは羨望のまなざしで、首をうんうんと上下に振り、“獅子王”はグリフィンとの戦いとゴルゴンの戦いの両方を見ながらだったため、その一連の流れを見ることができなかったようで歯噛みをしている。
そして、一方の“獅子王”の目を引き付けていたシュウジとゴルゴンとの戦いは…。
シュウジは、ゴルゴンの顔を見ずに走り始めると直前でさらに加速し、その勢いのまま抜刀しすれ違いざまに斬る。
ゴルゴンはボクシングのブロックのような様相でシュウジの首筋への一撃を細幅の凧型盾のような手甲で受ける。
シュウジは180度反転、即座に戻り、今度は手首を狙う。
闘牛士のように腰から身体全体を引いて、ゴルゴンはかわす。
心臓への突き。首筋への斬撃。脇腹(肝臓)を払う一撃。
シュウジは高速ですれ違い、その度に必殺の一撃を繰り出す。
しまいには、ゴロゴロと転がって逃げ出すゴルゴン。
すれ違いざまの一撃。実は単純なようでいて、これにはかなりの技量を要する。
両足を踏ん張って(固定して)人を斬ることは出来ても、歩きながら人を斬るのは難しい。
左右の腕の力加減に依って、刀が曲がってしまうからである。
曲がった刀で二の刀を振るうことがどれほどの不利になるかは容易く想像できるであろう。
時代劇の悪人に有り勝ちな辻斬り。「へっへっへっ、新しい刀の切れ味を試して進ぜよう」という件だか、あれは刀の切れ味というよりも、自分の技量+刀の質で辻斬りの後に鞘に刀が収まるか否かで、自分の腕の上達と刀の品質を試しているのであると筆者は思う。
「ひぃぃっx~(何て、奴だい。コイツ、狙うのは全て急所ばかりじゃないのさ。しかも、このあたしに接近戦を仕掛けてくるなんて)」
ゴルゴンは、石化の魔眼を持つ。しかも、その魔眼は同系統のものでも上位に位置付けられるほど強力なものである。
故に、通常、ゴルゴンを相手どる者はその魔眼に囚われないように遠距離からの攻撃を仕掛けるのが定石なのである。
「チッ。なかなか、やるじゃないか。あたしをちょっとは楽しませてくれそうだねぇ~」
そう言いつつ、ゴルゴンは地面から長い棒を摘まみながら引き出し始める。
片腕片足が筋電義肢である少年がパンと両手を合わせて円を造った後に地面から錬成するアレを想像してもらえるとわかりやすいか。
彼女の場合、地面から指で摘まみだすような感じでちょっと絵的には劣化版に見えるが法則が違うのだからしようがない。
しかし、そこに攻撃を加えるシュウジ。
「へっ、ちょっと、お待ちよ。人が武器を用意しようとしている時に切りかかるなんて、卑怯じゃないのさ」
「お前はバカか、キモ女。勝手に攻め込んできて、武器を用意するまで待ってって、天然…いや、そのキモ顔で天然なんて、(読者も)許さねえよ」
そして、すかさず攻撃。しかし、ゴルゴン、身体もやはり蛇仕様なのか、器用に避ける。
「チッ。あたしを舐めると怪我するよ」
「うっへぇ~、誰が舐めるか、キモ女」
「お、お前、さっきから聞いていれば、キモい、キモい、って、女性に向かって失礼じゃないのさ」
ゴルゴンが、“ウォータージェット/水輪”(水Ⅰ)を乱射する。シュウジは避けて、かつ、刀剣で弾いてかわす。
続けて、二人の間に“クレイウォール/粘土の防壁”(土Ⅱ補)を立ち上げる。
それをかわして、ゴルゴンに攻撃を仕掛けようとするシュウジだが、かわした方向でゴルゴンと鉢合わせになり、ゴルゴンと目が合ってしまう。
「クックックッ。掛かったね。さあ、石になってお仕舞い」
「うっへぇ~。マジかよ、見ちゃったよ。マジキモだよ。最悪だよ」
うねうねと動くドレッドヘアに、薄緑色の肌の顔に瞳のない白目。
一向に石化する気配のない剣士。
「何故だ。何故、お前は石にならない。今、ばっちりと目が合ったはずだ」
「えっ~と、個人情報です。そういうのをペラペラと話す趣味はありません」
理由は単純である。ウルズの泉により、称号“知識を得た者”により、スキル“状態異常無効” を得て、石化の魔眼も蛇の毒もともにシュウジには効かないだけである。ユウキもそれをわかっていて送り出した。ゴルゴンの種族特性がシュウジには無効となる以上、互角以上の戦闘になるであろうと判断していた。
「ず、ズルいぞ、お前。ひ、卑怯だぞ、なぜだぁ~」
と言いつつ、先程、途中になっていた長い棒を造り終わり、ゴルゴンは三叉槍を構えた。
「クックックッ。バカめ、油断したな。あたしのこのトライデントでお前を穴だらけにしてやる」
狼狽していたように見えたのは演技だったのか。
口で「シャー」って言いながら突き出してくるが、正直、ユウキと鈴音の槍の組手を見ているシュウジとしては、見切るのは余裕である。
かわして、二の腕に刀傷を与える。
「ひぃぃっx~。何だ、何なんだ、お前は、あたしの邪魔をするなぁ~」
ゴルゴンが、“ウォータージェット/水輪”(水Ⅰ)を乱射する。
避けながら、「また、見ちゃったよぉ~」と呟くシュウジに「クゥゥxx~、失礼じゃないかぁ~」と弾幕をさらに上げる。
「しつこいんだよ、ゴルキモ。“グレアアイス/氷面鏡”(氷Ⅱ補)“」
本来は、土属性のクレイウォールと同じように、今の場合はウォータージェットの水輪を防ぐように壁状に氷の壁を発現させるのだが、シュウジはゴルゴンの足元にアイスリンクのように発現させた。
「スコーン!」ものの見事にゴルゴンは転倒し、後頭部を打ちつける。
悶えるゴルゴンに「それで自分の顔を確認して見やがれ」とシュウジが叩きつける言葉に、立ち上がるために四つん這いになった状態で氷面鏡を見るゴルゴン。
そして、ゴルゴンの身体が石化していく。
「マ、マジか。それは、ちょっと…(たぶん敵の親玉?として、その終わり方はどうなの)」
なんか、スッキリとしない終わり方に俯きながら頭をかくシュウジ。
まあ、いいんじゃないのとグリフィンとの闘いを終えて寄ってくるユウキとクリスティーネ。
しかし、その時、上空に浮かぶ一人の老婆がシュウジに狙いをつけて、魔法を放つところだった。
直前でそれに気づいたユウキがシュウジに手を伸ばす。
「危ない、修二!」
シュウジを押したユウキの左腕を“ヒート・ブラスト/熱光線”(光Ⅱ)が通過し、ユウキの左手が宙を舞った。