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017 踏み出す歩幅(1/3)

 一夜明けて、裕樹たちは冒険者ギルドに向かい、そして、今は昨日の野盗についての聴取を大門の憲兵隊詰所にて行われている最中である。

 この場にいるのは、裕樹の他には、アンセルムと元冒険者のビリエルである。生き残った冒険者2名はまだ身動きが叶わないし、店の使用人2名は運搬車他の荷駄の受け取りと亡くなった他の使用人や冒険者の遺体の引き取り手続きをしている。孫娘のアンジェリカには特別の配慮がなされた。

 裕樹と護衛を含む商会関係者が一時帰宅を許されていたからである。

 昨日、大門に到着した頃は、既に門扉は閉じられており、街壁上部にかがり火の灯りはあるものの街中の灯りは途絶えている時分である。

 そこに豪商主であるアンセルムが盗賊に襲われ、かつ、その犯人ども20人弱を捕縛して、門外に到着したのであるから、一時、詰所廻りは騒然とした。

 しかし、その時点ではまず盗賊の収監のみ行い事情聴取等は夜明け後、行うことになった。

 馬車に同乗していた、小汚いマントですっぽりと身を覆った商隊を救ったとされる身元不明の(ユウキ)への聞き取りも同様である。

 その処置はアンセルムの憔悴した様子(えんぎ)とその社会的信用が為したと言える。

「では、あの捕らえた“千一夜(せんいちや)の風”の盗賊ども20人近くを倒されたのはすべてこの御仁(・・)が為したことだと言われるのですか」

 裕樹を指さし、聴取をしている憲兵の副隊長であるフェリクスの言葉に少々、冷やかしの気持ちが含まれるのが感じとれる。

「ええ、彼がいなかったら、こうして会話をしていることはかなわなかったでしょう」

 副隊長の聴取に受け答えるのは、アンセルムかビリエルである。裕樹は直接尋ねられたときにのみ返答している。

「しかし、20人ですよ、20人。しかも生きている」

「ええ、おっしゃりたいことはわかりますがね。彼の強さは、剣技だけならかの“紅焔”にも匹敵すると思われますよ」

 それなりに名の知れている冒険者だったビリエルの言葉である。豪商からの指名依頼を受けるぐらいの……。

 彼がねぇ~と裕樹を上から下まで眺め見る。

 身長180cmと源人種としてはかなり大きいが、髪に白い物が混じり始めているし、後は眼鏡を掛けているのか特徴と言えば特徴で、服装も気配も平凡そのもの。

 もちろん、服装はアンセルムに着替えさせられた結果であることは言うまでもない。

「何故、殺さなかったのです」

「人は簡単に殺すべきでも殺されるべきものでもありません。罪を犯したのならば、裁くのはその土地の役人で私ではありませんから」

 裕樹はさも当然というようにすらすらと答える。

 が、それはこの世界では当然ではないのだ。逆に生かしていることが、彼らの仲間なのではないかという疑惑を生む結果となっている。

 この者は20人に囲まれて、自らは無傷で、棍棒でそれを撃退したのだという。

 実力に差があったとしてもそれが可能なのか。豪商に取り入るため、街に潜り込むための、盗賊どもの自作自演(マッチポンプ)なのではないか。

 そもそも、それだけの強さがあって、無名であるということもおかしい。

「で、あなたはどこから来たと言われましたか」

「それは、山深い田舎としか言いようが……」

 この辺りは、アンセルムにそうしておくように言われている。

「で、一緒に出てきた弟子とはぐれていたところを襲撃現場に出くわしたと……」

「なので、捜索に人出を貸して欲しいのですよ」

「申し訳ないが、人探しなら冒険者ギルドに依頼でも出すんですな。我々の仕事じゃない」

 余計な話をしたとばかりに机を指でコンコンを叩く副隊長。

 それに対して、やっぱりとばかりの表情を浮かべる裕樹。この件については事前にアンセルムに聞かされていた。国が遭難者の捜索をすることはない。それもあって、先に冒険者ギルドで捜索の依頼手続きを済ませたのである。


      ◇


 結局、疑惑があったとしてもそれを証明するものは何もない。

 身元引受人をアンセルムがかって出ていることも大きい。

 新たに疑問等が生じた場合は、それに協力することと念を押されて、その場から解放された。


 アンセルムはそのまま商会へ。

 裕樹は夕食後に話の続きをしようとアンセルムに言われ、それまでは街の散策をすればいいと提案されて街を歩いている。

 もちろん、不慣れな彼のためにビリエルが側についている。


 中世の街並み残る風景とでも表現すればいいのだろうか。

 狭い街路に敷かれた石畳。

 3階建て程度の切妻屋根の木造建築。画一化された小窓。切妻部は屋根裏部屋になっているのだろう。壁面色は黄色に茶に赤に橙、いわゆる土色。漆喰に天然鉱物顔料で調色して生み出した質感(テクスチャー)

 時折、一部を石造りとした建物や、柱や梁、筋違いなどの構造材を意匠的に表した建物も見受けられる。

 欧州の観光都市のような狙った統一感は感じられないが、その雑多な感じが余計に生活感(フィール)現実感(リアル)を押し付けてくる。

 剣帯を腰に帯び、胸当て、肩当てを身に着けた者。生活のどこでその使い道が訪れるのかという感じの大戦鎚(ウォーハンマー)を背中に差す者。

 それとすれ違う住人の中に時折混じる、獣耳の二足歩行の人種。

 空に飛空艇は飛んでいないが、ビデオゲームの世界に描かれるファンタジーの世界を想起させる。

 ん、(よわい)50近くのおじさんの感想ではないって?

 考え違いをしてはいけない。

 信濃裕樹(47歳)

 中高時代に既にPCに触れ、ブラックオニ◯ス、ザナ◯ゥと言った後にダンジョン&ドラゴンズ(D&D)と呼ばれる種類のゲームの草分けに接し、さらにドラク◯、エフエ◯の家庭用ゲームや信長の野◯やストラテジー系のゲームにも親しんできたおじさんたちが……

 君たちが今、接している世界(ファンタジー)を磨き上げてきたのだよ。

 剣術と山登りだけをしてきた訳ではないのだよ。

 もっとも、近年の携帯でもゲームをするような機微に慣れ親しむ気にはなれないが……。ネットの多人数参加型のもちょっと……。最近、ゲームはしてないなぁ。


      ◇


 ユウキの身長はこの街の住人からすれば、頭一つは抜けている。それでいて、あちらこちらとよそ見をしながらも、人とぶつかることもなく、俺の先をスタスタと歩いて行く。ほんと、道案内の俺が遅れてついて行って、どうするのかっ!って言った感じさ。まあ、その身長のために見失うことはないんだけども。

 しかし、街の風景が本当に珍しいようだ。

 いろいろなものに対して興味を持って質問をしてくる。まあ、商会長によると彼はずっと山奥暮らしだったらしい。それで、あの強さを身に着けたのかもしれないなぁ。

 時折、すれ違う人に「すみません」と謝って不審がられているが、人にも慣れていないだろうしなぁ。

 あっ。また。だから、何も悪いことしていないんだから、謝らなくてもいいんだって。

 おい、そこの奴、何故、ユウキに道を聞く?そして、ユウキ、お前は何故周りにその道を聞く?断ればいいじゃねえか。結局、聞いて教えてるし、なんじゃそりゃ笑。

 そして、本日の最終行事(イベント)。市場見学。

 王都ドラングで一番賑わっているといってもいい場所だ。この人の多さを経験しておくことは悪いことじゃない。人酔(ひとえい)なんて言葉もあるらしいしな。そのすぐに人に謝るような人に慣れていないのが丸わかりの性格を矯正するにはもってこいの場所だ。

 案の定、目を白黒させているな。あの剣の達人にもそのような一面があるとちょっとほっとするな。

 ん、カピバラ?いや、あれは“大天山鼠(オーガミュース)”、畜産物だぜ。食肉としてはよく食べられている家畜だな。

 ん、帰る?いや、あれは“カエルの魔物”だな。解体されているから種別まではわからねえ。あれらは冒険者ギルドを通じて卸されたものがほとんどだぜ。

 ほら、あれは“アルマジロの魔物”。あれは“蛇の魔物”。あれは“芋虫の魔物”だな。皆、頑張っているぜ。

「朝のスープに入っていたのは何の肉だろ……」

 なんか、遠い目で呟いていたが。みんな、新鮮だぜ。


 その目になにかが止まったようだ。

 辺りをキョロキョロしている。

 ん、なんだ。ああ、迷子だな。ほっときゃぁ、そのうち、いや、大丈夫だって……。あー、行っちゃったよ。

 5、6歳くらいの女の子が目に涙を浮かべて、右に3歩、左に3歩と辺りを見廻している。

 ユウキが女の子の前にしゃがみ込み、何かを話しかけている。

 女の子は手の甲で涙を拭き拭き、しゃっくりを上げているのが遠目でもわかる。

 ユウキは女の子の頭を撫でて、なにやら腰のポーチから缶を取り出し爪の大きさの何かを口に含ませた。

 あ、泣き止んだ。

 そして、女の子を肩車すると……。ユウキの胸と肩が盛り上がる。あっ、これは来る。

「迷子のお母さん、いませんかっ!」

 あの大声を発した。

 盗賊の動きを制した大声だ。

 市場の喧騒が一瞬止まる。そして、視線がユウキに突き刺さる。

「エルミちゃんのお母さんはいませんかっ!」

「はいっ、はいっ」

 少し離れたところから、小さい女の子の手を引いた女性の手があがる。

 そして、市場に喧騒が再び戻った。

 迷子の女の子は、お母さんの脚に抱き着き、お母さんはぺこぺこと頭を下げている。

 それに対して、ユウキは笑顔で何でもないことであるかのように手を振りながら、女の子に声を掛けている。

 迷子の女の子は、今度はユウキのズボンを引っ張りつつ、何かを訴えている。

 ユウキはそれを聞いて、再び、缶を取り出し、何かしらお母さんの許可を取っているようだ。

 そして、お母さんが連れていた子にも爪の大きさの何かを手渡す。

 迷子の女の子の妹なのだろう。お姉ちゃんの泣き顔につられそうになっていたその目が、口にそれを入れた瞬間大きく見開かれる。そして、笑顔に。

 ユウキが戻ってきた。

 その背中には、片側のほっぺを膨らませた姉妹の小さな手が振られている。


「……て言う事があったんですよ」

 ビリエルが商会長に報告する。

「憲兵の連中は、ユウキさんのことを“千一夜(せんいちや)の風”の一味なんじゃないかって、疑っているようですがね。盗賊があの大勢の前で自らの顔をさらして目立つようなことをしますかね。あれが演技だったのなら、俺には、もう、どうにもわからないことになりそうですよ、商会長。あ、いや、だんな様」

 それに苦笑いで今まで通りでいいとビリエルに伝えるアンセルム。

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