087 オークの侵略 戦禍
戦争は、小雨が降る中、大猩猩族(ゴリラ系)の槍の一投から始まった。
投げられた槍は、オークの胸板を突き刺し、大猩猩族の獣人が雄叫びを上げ、廻りの者が歓声を上げる。
オークの実物を初めて目にするがなかなかの偉容である。
身長は、資料にあった通り200cmだが、横幅や肩の筋肉などがものすごく、猪みたいな顔と肌が緑色であることを別とすれば身体は力士のような体格をしている。
そいつらが、森から少し飛び出しては、「グルゥァァx!」とか「ゴゥラァァx!」とか言いながら、スリングで石塊を投げてくる。
俺たちは、裕兄が将ハーラルの副官、他は親衛隊の立ち位置なので、将ハーラルのそばで戦況を見守っている。
“侍派有倶”としては、もしかしたら悪魔の緊急討伐なんていう任務が控えているかも知れないので、余力を残すと言うか、異変を見逃さずに事態の推移を見守る姿勢でいるようにと言うのが現状の方針である。
なので、まさると智夏ちゃんはボウガンでゴブリンを狙っている。
“燦自由使”たち3人も短弓でゴブリンを狩っている。
鈴は、厚さ3mm、30mm角で四隅に鋭い刃が付いている鉄片を手首の力を効かせて投げている。
俺は、近場で出た負傷者に“ヒール/癒し”(聖Ⅰ)をかけている。
クリスちゃんは、煮えたぎったお湯の入った水槽から繋がる銅製の蛇管の筒先を持ち、放水の時期を計っている。
裕兄は、将ハーラルの脇で、単眼鏡を片手に戦場をつぶさに観察している。ああ、あの単眼鏡も山での野鳥観察から打って変わって、異世界の魔物を観察する用途で使用されるとは思っていなかったろう。
城壁からの攻撃の手が止まる。皆、森から出てきた攻城塔に気を取られている。
いや、攻城塔を押している者を注視している。一人が呟いた。
「鳶色の悪魔だ」
悪魔だって!
裕兄が、将ハーラルに問いかけ、“千年以上も前に滅んだと言われる巨人種”という返答だったが、果たして、アレが泉の白き存在が言う対象なのか。
裕兄と俺が顔を見合わせる。どうやら、同じことを思っていたらしい。
「なんか、反応とかあったりしたかい?」
「いや、わかんない。それがいたら、わかるのかなぁ」
悪魔が現れたら、俺の胸の刻印“天空の剣”に何か感じたりするのかな。
う~ん、でも見た目で解るのも、解らないのも、どちらの場合も怖いな。
ちなみに、この時点で鈴には、泉の女神様にこの世界に侵入した悪魔を討伐して欲しいとお願いされたと伝えてある。
いやはや、言い方一つで、言葉の印象というのは全く違うものだよね。
もしかしたら、鈴が自分のせいかもと関連付けて考えてしまう可能性もあるけれど、何かの拍子でポロっと気付かされる事のほうが問題あると判断した。
だって、今みたいに、なんかの形で鈴に話しておかないと、鈴の前で悪魔がうんぬんと話すときには常にコソコソする必要があると言うことだからね。
その状態で気付かれるな、気付くな、というのは、ちょっと難しい話でしょ。
鈴は「いよいよ勇者だね」なんて、言っていたけど……その勘違いは、なんとなくわかるよ。
身長は、4m弱。すごい迫力だ。高さ12mはあると思われる攻城塔を車輪がついているとは言え、一人で押してくる。
裕兄が呟く。「肩に苔が生えてる…」
えっ、どんな生活を送ってきたら、そうなるのかな。本当に苔なの。掃えばいいだけじゃなくて。
「そんな小さなことなど気にしないぜ、俺って、大物だからな、フッ…とか思ってんのかな」
「私、思うんだけど…臭いよ、きっと」
鈴が智夏ちゃんと話している。
しかし、アレは放っては置けない。皆で、城壁に近づけないように攻撃を加える。
智夏ちゃんが“タイダルウェイヴ/大津波”(水Ⅲ)を唱え進攻を遅くし(洗おうとした?臭いのがイヤだった訳じゃないよね…)、裕兄とクリスちゃんが“アストラル・レイン/星の欠片”(土Ⅲ)を放ち、幾十もの石塊をぶつける。
俺とまさるは、“フレイムランス/炎の槍”(火Ⅱ)で攻城塔の炎上を試みる。
鈴は射程に入るや否や、巨人の顔に向かって鉄片を投げつけている。
どんなに図体がデカくても、顔に鉄片を食い込まされれば、それは苦しい。巨人は、攻城塔を押すのを止めて、両手で顔を押え悶絶している。
別の箇所では、攻城塔が城壁に近づく前に、城壁の丸太が落とされて前に進めなくなったところを、集中砲火を浴びて攻城塔を崩されている。
2基の攻城塔に城壁への接舷を許したが、攻城塔の中を通って城壁に登ろうとするオークを防ぎ止め、その間に攻城塔の破壊に成功している。
オークの軍勢は、粗方の予想通りに攻めきれずに戦況は獣人側有利で進んでいる。
ずいぶんと陽も傾いてきた。
一人の兵士が、声を大にして叫んだ。
「西の空から魔物がくるぞぉ~」
裕兄が慌てて、単眼鏡を覗き込む。
「前列の魔物が壺のようなものを抱えています。あれはマズい」
その声に反応して、将ハーラルが指示を出す。
「弓隊、城壁に上がれ。アレを撃ち落とせ!」
城壁下に待機していた猫人の短弓部隊が迎撃の準備をする。
接近してきて、姿が露わになる。猫の背中から、翼というより翼といった感じの表面がつるつるの翼竜の翼が生えている。翼の様相は違うけど、グリフィンの猫版という感じか。顔はブサカワ系のエキゾチックショートヘアやフォールデックスみたいな感じの顔だ。う~ん、やっぱ、こいつらは可愛くない。
近くまで来ると、両手で筒を口元に当てて、何かを飛ばしてきた。吹き矢か。
隣にいた獣人の腕に刺さった場所が紫色に変わっている。毒矢か。
即座に“リカバー/状態異常回復”(聖Ⅱ補)をかける。「すまない」と声を掛けられ、「後、ひと踏ん張りですかね」「おぅ!」と会話が続く。
毒矢翼猫の後に飛んできた翼猫は抱えていた壺を投下する。落下地点で発火して、周囲に火片をまき散らす。翼猫を矢や魔法で落としても、落下途中の壺に矢や魔法が命中したとしても、それは辺りに火をまき散らした。城壁の外にも、内の市街地にも、それは落ち、火災を引き起こす。
翼猫は、壺を落とすと西の空に引き返していく。
それと同時に各所でオークのうなり声があげられ、オークの軍勢が森に引いて行く。
俺は、オークが全員、森に引き上げていくのを確認すると、胸壁の丸太を吊るしたロープの予備を使って、胸壁に結んだロープを地上に垂らし、俺自身の腹に結んだロープは、鈴とまさるに持ってもらう。
下を確認して、懸垂下降。戦闘中に城外に落ちた兵士で息のある者を探す。
この程度の高さからなら助かっている人もいるかも知れない。
落ちた後、自分で傷薬とかが使えていればその可能性は飛躍的に高まる。
俺も、使ったことがあるけど、この世界の傷薬の治癒力は半端じゃない。
俺が生存者の確認をしている間、裕兄が単眼鏡で森の境目の部分を監視している。
しかし、ほとんどの者は石塊などが直撃し、その時点で絶命した者のようだ。
崩れた攻城塔に寄ると近くに獣人が倒れていた。肩を叩くと反応がある。
取り敢えず、“ハイヒール/大いなる癒し”(聖Ⅱ)を施し、城壁の上のまさるに合図して、ロープで引き上げてもらう。後は、智夏ちゃんが彼を治療班に引き渡すまで彼を見ていてくれるだろう。
その後も、生き残っている者はいないか、確認して回ったが、残念ながら息があったのが先程の彼一人だけだった。
左右を見ると、俺の行動を見ていたのか、同じことをしている獣人がいる。
これならば、他にも助かる人がいるかも知れない。
だいだいの範囲を見終え、戦場だった方に目を向ける。
もう完全に陽は落ちて暗くなっているはずだが、戦場の所々に残る炎が様々な陰影を形作る。
その場所にはオークの死骸が重なりあっているのだろう。
俺は、まさるに合図を出し回廊まで引き上げてもらった。
城壁の上から見ると、市街地の火災はほとんど消し止められていた。
翼猫の発見が早く、市街地上空への侵入を減らせたことと、扇動の可能性を考えて各所に水瓶を用意し、初期消火が円滑に行われたことが要因のようだ。
城壁上部では、落とした丸太を引き上げて再度、胸壁に結いつけ城外に吊るしている。
城壁の階段際の警備詰所の廻りでは、集められてきたアトラトル用の投槍を上部の回廊に運び上げる作業をしている。
その回廊では、歩哨が巡回し、警戒・監視に怠りない。
俺たちは、冒険者に割り当てられた王城の一郭に向かう。
そこでは、戦いに参加した冒険者が戻ってきて、思い思いの席で食事を取っている。
「この戦争は、どうなったら終結するッスか」
「オークが諦めたらとか」
「まさか、全滅するまでやるなんてことはないでしょ」
俺たちのパーティの質問に、ポアソンさんが答える。
「前例から言えば、その時の指導者を打倒したときでしょうか」
智夏ちゃんは静かだ。食事もあまり進んでいないようだ。ここに来る間もずっと無言だった。
彼女は、最初こそ、ボウガンで攻撃していたが、すぐに負傷者の手当ての手伝いに動いていた。
きっと、見送った人もたくさんいたに違いない。
横で“燦自由使”の一人が心配して、声を掛けている。
俺たちは顔を見合わせて、
「そんなのいた?」
「たぶん、最後に撤退の号令をかけた者がそれじゃないかな」
「ああ、今日は姿を見せなかったな。つまり、明日以降が本番ということだな」
裕兄と将ハーラルが答える。
「今日は雨が降っていたから、モルフォタビ―が飛べなかったんだろ。明日は、晴れそうだから、やっかいだな」
ここまで来る途中の空は、きれいな星空だった。
後、あの翼猫はモルフォタビ―という名の魔物のようだ。
明日は、今日よりも戦闘が激しくなるということか。
「戦いが長引いて、消耗戦になるのは避けたいです。国としての損耗が大きすぎます」
「ああ、そのためには頭を潰すしかないな」
ポアソンさんと将ハーラルが語っているが、そうするためにはどうしたものか。
◆◆◆
夜、寝る前に“侍派有倶”の皆で、城壁に登る。
森の中には、オークの目が赤く光っている。
「マジか。アイツら、休まないのか!」
「ババ様、赤い光が見えます!」
鈴が寸劇を始める。
「どんどん増えているみたい。こっちに来るんだわ」
声色を変えて、もう一台詞。
「ババにしっかりつかまっておいで。こうなっては、もう誰も止められないんじゃ」
それに乗る智夏ちゃん。
二人の頭に、裕兄の拳固が落とされた。
思わず、頭を押さえて、しゃがみ込む二人。
「不謹慎でしょ」
「でも、余裕が無いよりは良くない?」
と思わず言ってしまった俺は、裕兄の目からのビームを食らう。俺も被弾…。
しかし、もう一度、城外を見る全員の表情は、その内に秘める意志を充分に物語っていた。
最後の部分は、名作「風の谷のナウシカ」からの引用です。
だって、鈴&智夏がふざけたいって言うからさぁ。
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