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016 裕樹の場合(3/3)

「全員、得物を納めろ。この場の騒動、一時、この私が預かるっ!」


 その大声に、瞬時、その場の動きが止まった。

 が、すぐに、盗賊から罵声があがる。

「怪我したくなけりゃ、引っ込んでろ」

「仕事の邪魔すんなや」

「けったいな格好しやがって、殺すぞ、おんどりゃ」

 裕樹は思う。

 まあ、そうなるかな。

 一応、悪代官を襲う村人なんていう可能性もあるからね。

 でも、はい、頂きました。殺すぞ宣言。正当防衛ってことで良いかな。


「騒動を止めないなら、止めさせるまで!」

 裕樹が棍棒を片手下段に構え、笑顔を見せる。

「ざけんな。このやろっ!」

 早速、突っかかってきた盗賊の剣を跳ね上げ、鳩尾(みぞおち)に棍棒を突き入れる。

 口から何かを吐き出して倒れる盗賊。宙を舞った剣は森の斜面に突き刺さる。

「次っ!」

 裕樹の口から、気合とともに吐き出される言葉。

 それに誘われるように、打ちかかる盗賊。

 その盗賊の右手から、ピシッという乾いた音が鳴る。橈骨(とうこつ)が折れた音だ。

 そして、今度は喉下に突き。

「次っ!」

 ある者は、鎖骨。ある者は上腕骨。橈骨。尺骨。利き腕のどこかしらの骨の折れる音が鳴る。

 そして、顎、喉下、鳩尾などの急所に追撃の突き。

 防具のない箇所を突いているが、あったとしても、薬品を使用した硬革製でもない限り、練熟の突きの衝撃は身体にそのまま伝わる。

 革を厚手にした場合は軽装の利点を失うことになる。

 ただの二振りで盗賊たちが戦闘不能になっていく。


 冒険者は既に全員倒れていた。

 盗賊たちはほぼ全員で裕樹に向き合う。

 しかし、全く相手にならない。

 裕樹が両手で棍棒を構えることがない。

「囲めっ、廻り込め、左右に後ろだ」

 裕樹は背負袋を背負ったままである。しかし、後ろから斬りかかってもかわされる。

「くそう、化け物めぇ~」


「おじいさま、あの赤の人……」

「ああ、すごいな……」

 強い、そして、長躯である。居並ぶ盗賊たちと頭一つは違う。屹立し悠然と構える赤の人に対して、彼を身軽く囲む盗賊はつま先立ちの前傾姿勢のために、さらにその対比が際立って見えた。

 老人と孫は馬車の扉を閉めて、その窓から外の争いの行く末を注視している。

アンセルムは馬車から一旦は外に出たものの裕樹が来てすぐに車内に戻っていた。

 来る前は味方が劣勢で少しでも加勢の気持ちだったが、今は明らかに赤の人が一人で押していて、自分が下手に囲まれて赤の人の足を引っ張ることになることを恐れたのである。

 使用人にも車内から馬車の後ろに隠れろと指示を出している。

 しかし、赤の人が右前方、左前方、真後ろと三方から、同時に斬りかかられて、孫娘が小さく悲鳴を上げる。


      ◇


 前方の二人が上段から、後ろからも来る気配がある。

(でも、腰が引けているね。それじゃ、上段じゃなくて、振りかぶっているだけだから)

 一人の剣を弾き、一人の腰を払う。

「腰っ!(を入れろ)」

 あっ、つい……声が出たと思いつつも、身体は右足を引いて左半身となった残身は後ろに棍棒を突き出している。

 見えている訳ではないのに、その棍棒の先は後ろから迫った盗賊の鳩尾にぴったりと収まる(ジャストフィット)

 が、目前に火の玉が迫る。

「うぉぉおっ」

 思わず声が出た。

 火の玉は棍棒を振り上げて、打ち払う。

 いや、大アヒルに乗った盗賊の頭目だろう者が、こちらに右手を突き出していたのは見えていたけど、そこから火の玉が飛んでくるのは想定外だった。

 弓矢の速度がプロ野球の速球派投手の投げる球と同じくらいのことを思えば、今の火の玉の速度はリトルリーグの子供が投げる球と同じくらいだろうか。

 棍棒は火がついて燃えている。

 燃える剣ならばフレイムタンなどと名前が付きそうだが、燃える棍棒はただの松明(たいまつ)の扱いとなるだろう。

 ちょっと残念に思いつつ、松明となった棍棒を捨てて、落ちていた盗賊の剣を拾う。

 手の内で剣を反転させるが、刃のない両刃の剣だった。彼の一門では、それは鈍器の扱いとなる。


 盗賊の頭目が剣を掲げて奇声を上げて突っ込んできた。

 さすがに騎馬相手の修練は積んだことが無い。もちろん騎鳥相手の経験も当然ない。

 得物が槍ならば、いくつかの選択肢があるが……今の場合は一択。

 剣を相手に投げて、その隙に得物を長物に変えるというのは、悪手であろう。

 突っ込んできた騎鳥に対し、大きく身を屈めて、打ち下ろしてきた剣を目の高さで正面に打ち払い、そのまま正面に立てた剣を天で大、中と二つの円を描く。

 その太刀筋は、まさに電光石火。

 技の名は、“雲切の太刀”

 盗賊は天を衝いた剣に右脚の膝下を直撃され、反対側に落ちた。

 残った盗賊は3人。

 悲鳴を上げて、森に逃げようとするが、その背中や脚に石つぶてを受ける。

 “印字打ち”

 裕樹が車道脇に落ちていた握りこぶしの半分ほどの大きさの小石を投げつけたのである。


      ◇


 剣戟の響きが止み、商会の使用人が恐る恐る馬車の影から姿を現す。

 辺りには、身動き一つしない者、うめき声を発する者と大勢いるが、一人を除いてすべてが倒れ伏している。

「だんな様、だんな様、終わりましたようでございます」

 車内から見ていたことではあるが、その声に誘われて扉を開けるアンセルム。

 車内に「お前は、中にいなさい」と声を掛け、自身は刀剣を持って外に出る。

 向かう先は、赤服の男の元である。

 一人の使用人も落ちていた剣を拾ってお供をする。

 もう一人の使用人はアンセルムの指示を受け護衛の冒険者たちの安否確認に向かう。


 赤服の男は、起き上がりつつあった盗賊の頭目の首に剣を落としていた。

「君は、まだ寝ていなさい」

 いや、首を刎ねたのかと思ったが、どうやら、剣の腹で首筋を叩いたようだ。盗賊はくたっとなって地面に再び伏す。

「あなた様は……」

 アンセルムが赤服の男に声を掛ける。

 近づくと背の大荷物とともに、その上背をより際立って感じる。180cmはあるだろうか。

 使用人はへっぴり腰だが剣先を赤服の男に向ける。

 剣を向けられた男は、「いやいや、私は彼らの仲間ではありませんよ」と苦笑いをしながら手を振る。

「いや、それは、そのお召し物からもわかりますが……」

 そして、アンセルムは使用人に剣を下げなさいと短く叱責する。

 その赤服の男、言われて初めて気づいたかのように、「あっちゃぁ~っ」とか言いながら自らの服装をつまんでみせた。

「助けて頂きましてありがとうございます。私はドラングにて商会を営みます者、アンセルムと申します。貴方様はさぞや名のある方かとお見受けいたしますが」

 アンセルム、商人らしい丁重な挨拶で頭を下げる。

「ご丁寧にどうも。私は信濃裕樹と言います。それよりも、彼らは気絶していたりするだけなので必要であれば拘束などしたほうがよろしいかと」

 その言葉に少し焦るアンセルム。相手は盗賊であるし、当然、殺したとばかり思っていたのだ。盗賊などは返り討ちにして、その場に打ち捨てるのが常識である。頭目だけは後のために生け捕りにしたのかと。

「こんな奴らは生かす価値など無いのに!」

 まだ、身の危険の恐怖から覚めらやぬ使用人が持つ剣に力が入る。

「刀を持つ者は、人を殺してはならないのですよ。武器は人を殺すための物ですが、我々はそれを為さぬ為に技を磨くのです」

 アンセルムは思う。殺しにくる相手に対して、殺さずに相手を押さえつけるほどの技とは如何ばかりのものか。

「後の裁きはこの地域の役人にお任せしますよ。それよりも私、仲間とはぐれて、この土地にも不慣れなもので助力を頂ければありがたいのですが」

「それはもうもちろんでございます」

 実際に目撃したその技量の差に驚いているところに掛けられた言葉に対し、慌てて答えを返す。豪商主になって、人との対応で慌てるなど久方振りのことであった。


      ◇


 裕樹は運搬車に背負袋をおろし自らも乗り込もうと脚を持ちあげると、その反動で身体が浮き、脛を荷台にぶつける。

 無言の涙目。想定外の痛手(ダメージ)。その場でしゃがみ込む。

 もしかして、体重が軽くなってる?

 重し代わりに背負袋を再び背負いこみ、乗り込むのではなく、後ろ向きに腰掛けて一息をつく。


 あの後はかなり忙しかった。

 盗賊を拘束して、他の人たちの安否確認をして。盗賊だけでなく、使用人と護衛にも死人が出ていた。

 裕樹が倒した相手は、全員、生きていた。骨折と手酷い打ち身で身動きがかなわないようだが。

 その彼らは、自分たちが乗ってきていたのだろう。森にあった運搬車に乗せられて後ろからついてくる。馬車や運搬車を引くあの大アヒルともダチョウともつかない大きな鳥はダグリッチという生き物らしい。

 商会の使用人の「乗ったかい」の言葉に返事を返すと、そのまま、運搬車はゴトゴトと音を立てながら進み始めた。

 辺りは既に暗く、灯の光ではあるが、その大きな鳥=ダグリッチは後ろからついてくるので観察はしやすい。

 恐竜が絶滅した後の一時期に地球上の生態系で頂点に立っていた恐鳥類と呼ばれる種に一番近いような気がする。

 翼は退化して縮小し、過大な体重と相まって空を飛ぶことはできなかったが、強靭な脚で地上を走行したという。

 だとすれば、肉食であろうか。意外と愛嬌のある顔つきではある。見ていたら、「グワッ」と一鳴き、首を傾げられた。


 不思議な世界だ。

 そう言えば、盗賊の右手から出たあの火の玉、魔法かな。魔法だよな。

盗賊を拘束していた時に廻りを見渡すと、森の斜面にも不自然な土の壁があった。

剣と魔法(ファンタジー)の世界か……」

 そう言えばと、修二くんへの目印として、その土の壁に“進む方向”と“ユウキ、キタル”と書き込みをした。

 しかし、カタカナの上の宙空に見慣れぬ文字が浮き上がる。目を閉じると消えていた。

 見つめると再び浮かんでくる。そして、それが“裕樹、来る”と言う意味であることが認識できる。でもその文字はアルファベットでもない。


 他にも、護衛の一人が仲間の腹部の傷に小瓶から液体をかけた。傷口を洗うのであれば、そんな少量ではとても足りない。が、すぐに、その傷から白い泡と蒸気?があがったのである。気絶していたようだった彼の仲間はうめき声を上げて、また、ぐったりと意識を失った。そして、その後にその冒険者は盗賊の得物だった剣の一つを折ったのである。“刃の(のろ)い”から遠ざけるためだと言っていた。(まじな)いのようなものなのであろうか。あの煙もその一環?治療ではないのか。祈祷の類なのだろうか。


 ガクン。

 運搬車が小石でも弾いたのか、車体の上下動を時折、感じさせられる。この道の状態では仕方あるまい。降雨の時、もしくはその後の道を経験するのはもう既に避けたいという先走る感覚がある。とは言え、その振動が今の状況を自覚させ、思考の海から現実世界へと感覚を引き戻す役割を担っている。

 しかし、裕樹は再び思惟(しゆい)に沈む。


 そして、僕自身の身体能力。歳の割にまだまだ動けると自負しているが、あの跳躍(ジャンプ)力だけではなくて、全体的な筋力が上がっているように感じた。

 それと身体が軽い。これは体感的なものだけではなくて、純粋に身体の目方という意味も含めての話である。


 後、今思えば、この服装は確かに失敗だった。あの恰幅のいい商人に指摘されて初めて気づいた。完全に考えの埒外にあった。

 かと言って、気付いていたとしてもあまりできることはなかったかもしれない。そもそも服の持ち合わせがほぼない。この赤いポリエステルかナイロンでできたツルテカのウインドブレーカーを脱いで、中間着(ミッドレイヤー)のこげ茶のタートルネックのセーターで登場すればよかったか。

 そう思って、自分の服装を確認する。青の厚手のジーンズ、アウターはえんじ色、ザックは黄緑色、帽子はこげ茶である。

 対して、護衛の皮鎧姿は置いておいて、商人やその使用人は自然素材で出来ている感じの装いだった。ポリエステルやナイロン、化繊と言った素材が使われているようには見えない。それはいいとして、馬車への相席を勧められた時に少し会話をかわした娘さんはドレス姿だったのである。僕の娘が見ていた雑誌の原宿系ファッションスナップに何点か記載されていたものと何処がとは言えないがそれとも異なる感じの服装だった。

「考えても仕方ないか……」

 大げさな表現になるが、“虎穴に入らざれば虎子を得ず”。修二くんの状況がどうなっているかわからない今、あまり、慎重になりすぎて時間を浪費する訳にもいかない。多少の出たとこ勝負となってしまうのは諦めざるを得ない。

 そう考えを固める。組み合わされた両の拳に自然と力が入った。


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