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015 裕樹の場合(2/3)

 森を抜けた先は、草が生えるなだらかな下り斜面になっており、さらにその先の草原には明らかに人々の生活の跡と言える茶色の道が横に走っていた。

 遠目にも(わだち)の跡が見受けられる。

「さて、これから、どうするか」

 森を抜けて、ホッとする間もなく、次の行動を模索する裕樹。

 もう、辺りは夕日の赤から薄闇に変わりそうな時分である。地平線から太陽までの隙間は手の平の幅ほどしかない。ちなみに、日没までの時間は指一本分がだいたい15分くらいだと思っていいだろう。

 草原に流れる風も少し肌寒い。

 道はあっても、街路灯はない。

 いろいろと時間に余裕があるとは言えない状況ではあるが、夜間行動は避けるべきであることに変わりはない。

 少しでも早く誰かと接触したい立場であっても、分からないことだらけの実情を思えば、身を隠せない場所に野営することには抵抗を感じてしまう。

 何せ、不思議な現象を体感したり、聞いたことのない生物を目撃したりしているのである。これから起こり得る事柄に対して、一呼吸おいて対峙できた方が安心できる。

「やはり、森に少し入ったところで、野営(ビバーク)かな」

 声に出して、方針を確定させる。

 途中に見た蛙も気になるが、車の灯り(ライト)を確認するためにも道を見下ろせる場所がいいだろう。この時、坂下の道まで降りていれば、轍に車輪の(トレッド)痕が無いことに気付いたことだろうし、この世界からの帰還を左右する者との出逢いも無かった。

 そんな事は知りもせず、裕樹が野営の準備に取り掛かろうとしたところに、獣の叫び、人の怒声?が風に乗って運ばれてきた。

 道は森から斜面に沿ってなだらかに曲がっていたようで、ちょうど見切れそうな場所で何か騒ぎが起こっているようだ。

 道には下りずに、足元は悪いが森に沿って斜面の上部を歩く。

 金属がぶつかる音も聞こえてきた。

 荷駄車?トラクターの後ろに連結されていそうな荷駄車とその周りでもみ合う人たち。その先には箱型の馬車のようなものも見える。

「喧嘩?いや、襲われているのか」

 刀剣らしきものを振り回している者の姿も確認できる。

 こんな場合は警察に連絡なのだが、携帯は圏外である。

 頭の片隅では、もう携帯がつながるような場所にはいないであろうと薄々と予感はしている。ただ、あまり認めたくないだけで……。

「%%%%%!」「%%、%%%」

 人語が聞こえたかに思った時、急な耳鳴りと膝が折れるような目眩に襲われた。

 膝をついて、斜面から転がり落ちることを防ぐ。

 その症状はすぐに消え去った。指を拡げて見つめるが、手足にしびれなどはない。ふらつきなども感じない。

「参ったね。しかし、今は……」

 そして、目の前の状況。絵面から、道を走っていた馬車に森に隠れていた盗賊らが襲い掛かったといったところか。

(う~ん、時間と方向次第では、僕は盗賊らが待ち構えているところに遭遇する可能性もあったのか)などと客観視する自分を余所(よそ)に、(まあ、これも(えにし)かな)と走り始める裕樹。


 襲撃場所に近い斜面の上、森の際には、案の定、弓を持った者が2名に、荷駄車と大きなアヒル?ダチョウ?が数羽がいた。

(まあ、襲うばかりじゃない。襲われる場合もあるって考えなさいな)

 裕樹は茂みから飛び出すと、しゃがむ一人の肩に金剛杖から棍棒へと名前を変えた木の棒を振り下ろす。

 気配に驚いて振り返りつつ立ち上がった、もう一人の顎に返しの一撃。

 肩を叩かれた男が立ち向かってきたが、棍棒を腹に突き入れるとうずくまって静かになった。

 顎に一撃した男の首筋を押さえて死んでいないことを確認する。腹に一撃した男は呼吸困難でも睨んで来るので、顎に一撃を追加した。下に降りる前に何張()りかあった弓の(つる)を調理用ナイフで切断しておく。

 背負袋(ザック)登山綱(ザイル)はあるが、盗賊を縛るために切断するのは、心情的に抵抗がある。

 ザイルは登山者の命を保持するもの。

 ザイルパーティーと言えば、雪山登山やロッククライミングなどで、ザイルを結び合う登山仲間。危険を共有し、行動をともにする運命共同体。

 この連中と、そのような縁は結びたいとは思わない。

 そのまま、放置することにした。

「さてと、やりますか」

 裕樹は斜面に向かって歩みを進めた。


      ◆


「おじいさま、だいぶ陰ってきましたわ」

 年の頃は16歳くらいか。金髪は肩まで伸ばし、目鼻立ちのはっきりとした可愛らしい娘が、対面の恰幅のいい老人に話しかける。

「そうだね、アンジェ」

 何が、うれしいのか、にこにこ笑顔の老人が答える。

「もう、おじいさまがすれ違ったリーヌス商会の人と立ち話なんかするからですわ」

「まあ、それも仕事じゃよ。アンジェにもそのうちわかるて」

 旅装でも着崩れしていない身なりのきちんとしたこの好々爺は、商業ギルドの中でも豪商主と呼ばれる強い影響力を持つアンセルム商会の創業者であり現在でも商会長の立場にあるアンセルム(64)である。

 そして、旅装でもドレス姿の可愛らしい娘は、アンセルムの孫娘のアンジェリカだ。

 どうやら、アンセルム、この孫娘が可愛くて仕方がないらしい。まさに、目に入れても痛くないというやつである。

 もっとも有るか無いかわからないほどのこの細い目には入りそうにない。

「今回の仕事の旅はつらくなかったかい」

 衛星都市イズブラインの支店に商用で出掛けた帰りなのである。

「ええ、おじいさま、楽しかったですわ。私もお店をやってみたいです」

「そうか、そうか」

 それを聞いて、だらしなく崩れる頬。おじいさま、すぐに王都の一等地に出店を計画しかけない。

「でも、着くのが遅くなってしまって……大門は開いているでしょうか」

 アンセルムたちが向かう先は、ミンビョルグ国の王都ドラング。その外郭の大門は日が暮れると閉ざされてしまう。

「大丈夫じゃよ。わしがお願いすれば開けてくれるよ。道中の野営は昨日で終わりじゃよ」

「うふふ、私、お星の下で寝るのも好きですわ。きゃっ」

 馬車の速度が突然あがった。

「だんな様、森から弓矢がっ」

「盗賊の襲撃だ。商会長の馬車はそのまま進め」

 馬車の御者と護衛の冒険者の統率役から声があがる。

 席から落ちて、アンセルムの膝を抱え込む形となったアンジェリカが上目でアンセルムを見る。

「おじいさま……」

「心配いらぬよ」

 アンセルムの左手が孫娘の頭を撫でる。右手は馬車の小窓を開けて外を確認する。


      ◇


 森の斜面から矢を射かけた後、数騎のダグリッチと徒立(かちだ)ちで駆け降りてきた20数人の盗賊たちに対し、商会の護衛の冒険者パーティ2組8人が防衛線を引く。

「チッ、後手に回ったかっ」

 王都に近く、過去に襲撃例を聞かない地点での強襲に警戒を緩めていた自分に舌打ちをする護衛の冒険者の統率役。

 盗賊たちも自分たちを襲ってくるかも知れない魔物がいる森を背後においての待ち伏せを普通はしない。襲うに適した地形(ばしょ)があり、そこが護衛者にとっては警戒地点となる。四六時中、警戒のために気を張っていられるのであれば良いがそれは難しい事で、哨務(しょうむ)を交代制にしたり、場所によって警戒に濃淡をつけられることが逆にいざという時に力を発揮するための要領(コツ)であったりする。

 統率役は、仲間たちを叱咤(しった)し、迎え撃つ態勢を整える。

 後少しで王都に着く。それで気を緩めたところでもあったし、薄暮で飛んできた矢が見えづらいこともあったのだろう。森側にいた冒険者には既に矢が刺さっている。箱型の馬車や運搬車の御者にも矢が立っている。運搬車の荷台に乗っていた者には運悪く、首に矢が刺さっている。荷台から身を乗り出し、そのまま地面に滑り落ちた。

「盗賊の襲撃だ。商会長の馬車はそのまま進め」

 冒険者の統率役が指示を出す横から、仲間が摩法を放つ。

「“ファイアボール/火球”(火Ⅰ)」

 直径15cmくらいの火の玉が盗賊の一団に向けて飛んで行く。

「“クレイウォール/粘土の防壁”(土Ⅱ補)」

 地面から土の壁が()り上がる。斜面を駆け降りてくる盗賊の勢いを殺すためか。そのまま衝突すれば、痛手(ダメージ)になりそうだ。


「廻りこめ、逃がすなっ、ダグリッチを狙え!」

 それに対して、革の鎧で身を固めた盗賊が矢継ぎ早に指示を出す。

 それに従う者たちは、形は揃っていないものの、黒かったり茶色かったりの革で作られた鎧やら胸当てやらを身に着け、二の腕に緑色の布切れを垂らしている。

 単騎で駆けるダグリッチにまたがる盗賊が、一人二人とアンセルムたちが乗る馬車に並びかけ、それに繋がれたダグリッチ目掛けて矢を放つ。

 何本もの矢をその身に受けた2羽立てのうちの1羽が苦しそうに身を捩る。馬車の進路が左にずれ、道からはずれ、ダグリッチに繋がれていた(ながえ)がその負荷に耐え切れず、ぽきりと折れた。


「他はいらん。囲んで殺せ!」

 妙に統率の取れた盗賊たちである。ひゃっはーなどと言う者が一人もいない。

「くそっ、こいつらっ」

 冒険者たちも盗賊たちも、皆、ダグリッチから降りて乱戦模様となっている。

 そのため、飛び道具や摩法が飛び交うことはなくなっているが、左右に後ろと囲まれた冒険者の不利は否めない。

 しかも、この盗賊たちは傷つくと後ろの者と交代する。

「ハイヤッ、ホリャァ」

 と変な掛け声ではあるが、腰は引けていないし、血走らせた目で冒険者たちに向かっていく盗賊たち。

「こいつらっ、千一夜(せんいちや)の風かっ」

 冒険者の一人が盗賊の腕に垂れた緑色の布切れを見て、そう叫ぶ。

 “千一夜の風”は最近、この辺りでも名前が聞かれ始めた盗賊団である。その者らは、二の腕に(みどり)色の布切れを垂らしていると同業(ぼうけん)者の噂を耳にしていた。

 腕は冒険者たちの方が明らかに上であるが、油断なく、数で囲んでくる相手に冒険者たちは苦戦していた。


      ◇


「だんな様、ご無事ですか。今、引き揚げます」

 運搬車の御者が、少しでも盗賊たちから守ろうとの気持ちからか、馬車と盗賊たちの間に運搬車を止めて、自身は降りて馬車を車道に引き揚げようとしている。頭から血を流した馬車の御者もよろめきながらも協力している。

 そんな中、ついに冒険者が倒れ始める。

「おじいさま、怖い……」

「大丈夫じゃ、心配いらぬ。お前はここにいなさい」

 アンセルム氏、一代で豪商主と呼ばれるまでに商会を大きくしたが、その間に盗賊の襲撃にあったことは一度や二度のことではない。

 椅子の下に置いてあった刀剣をつかんで、外に出ようと馬車の扉を開けた。

 眼に映るのは、まず運搬車、倒れている盗賊、乗り手のいない羽根をばたつかせるダグリッチ、倒れつつある冒険者、そして、その先の森の斜面からは大荷物を背負った真っ赤な服の男がすごい勢いで駆け降りてくる。


 そして、その男の第一声。

「全員、得物を納めろ。この場の騒動、一時、この私が預かるっ!」


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