070 悪魔教団の探索
新章の開幕です。
ユングリグ国の衛星都市ウプサラ。
この都市は、東西に横切る大通り沿いに主な施設が集約し、大通り南側は多少なりとも富を手にしている者の居住地域、北側は日雇い労働者など日々の暮らしに追われる者が住まう地域と明確に分かれている。
太陽が大地にその身を隠し、そんな都市を闇色に染め始めると、街のあちらこちらから、一人また一人と、頭巾付きの上下一続きとなったゆったりとした外套をまとった者たちが現れ、北西部の外郭に近い寂れた建物に、俯き加減で入っていく。
そんな者たちを観察する者たちの身体は闇に紛れ、夜のわずかな光の中で、縦長の瞳孔に金色の瞳のみを輝かせている。
獣人の国の国軍で第9課と呼ばれる諜報専門の部隊、その構成人員はすべて人狐族である。その身は国軍所属で有りながら、諮問機関“御狐霊”に指揮権がある。
彼らが注視するその建物に身長140cm台の闇染めの外套姿の者が、また一人、入っていく。
しかし、その者は第9課の所属、いわゆる潜入捜査である。
『こちら、狩人頭。猟犬は放たれた。勢子の配置に問題はないか。』
『村人①群、配置に着いた』
『村人②群、配置に着いた』
『村人③群、配置に着いた』
『各所、問題なし』
そして、そんな様子を隣接する建物の屋根から、つば広の帽子に、長い杖を持ち、白く長い髪に片目をつむった浮浪者のような老婆がじっと見つめている。
月明りの中、場合によっては視認されそうな感じではあるが、その気配には誰も気付かない。
月明りさえもその老婆の影を落とさず、気付いていないようだ。
この作戦行動、ユングリグ国どころか、ブナラング国の上層部にも話しを通していない。
実際は、国際問題になりかねない大問題なのだが、その作戦を指示する者たちは、誰に了解を得る訳でもなしに自分たちがそれを行うこと、もしくは行えることが“当然”であるという認識を持っていた。
さて、注視する建物の中に、廻りの闇染めの外套姿の者たちの姿に紛れて、潜入した捜査員だが…。
この建物、元はなにかしらの物品を売る商店だったようだが、廃棄されて久しいようで商品棚の上にはホコリが溜まっている。
集まった外套姿の者たちは、手慣れた様子で受付台に入り、その先の部屋に、そして物陰に隠れた階段を下りて行く。
その地下では、すでに数十人の人種族が、膝立ちで交差した両腕を胸に引きつけ俯き加減で身体を左右にくねらせ、何かに祈っている。
その者たちが正対する先には、祭壇らしきものがあり、そこに青銅でできた細長い盾のようなものが刺さっている。
盾の中心には、2匹の蛇が輪になって互いの尻尾を食む紋様、ウロボロスの印が刻まれていた。
そう彼らは、自らを“青銅の蛇”と言う悪魔教の信者であり、この廃棄された商店の地下は彼らが潜伏する教会となっていた。
彼ら信者は、そのほとんどが虐げられていると感じている者たちであり、誰も助けてくれないこの世界で毒を以て薬と成す蛇の様相を悪魔に重ね、その救いを求めていた。
『こちら、猟犬。
建物地下に蛇どもの巣を発見。
しかし、親ヘビは見られず。
見切り(獲物の足跡などの痕跡から塒等居場所を特定する)を継続する』
数十人の信者たちが、わずかな灯りの中で身をくねらせ祈りを上げ続ける。
部屋の温度が上昇し、湿度が増してきた頃、祭壇に一人の信者があがる。
その信者の頭を覆う頭巾は、風もない地下室のなかで、うごめいていた。
一段と信者の動きが盛んになり部屋の熱気があがると共に、信者の口からシャーシャーと息を吐き出す音が高まっていく。
登壇の信者は、その両手を左右に掲げると、
「我らが神は、皆の声を聞いている。
その願いはまもなく聞き届けられ、皆がその身を神に捧げるとき、その身は生まれ変わり、永遠の幸福のなか、我らが神に仕えることになるであろう」
「「「おおっxxxぅ~、シャーシャー」」」
部屋の中は、信者たちのその興奮に、さらに熱気を帯び、その空気は揺らぎを感じるほどだ。
『こちら、猟犬。親ヘビが現れた。その様相は、…が…ぐわ…警戒を…を…』
潜入した捜査員が面を上げたとき、登壇の信者は彼を見ていた。
その目が合った瞬間に、捜査員の身体が石と化し始める。
頭巾で顔を隠した登壇の信者のその口元が、愉悦に歪む。登壇の信者は、壇を降り、そのまま、地上に通じる階段へと向かう。
『こちら、猟犬。ハウンドが石化。ハウンドが殺られ…が…ばぁ…』
階段の付近で、後方支援の任についていた猟犬も報告の途中で石化する。
外部に出ようと立ち上がりかけていた彼は、そのまま石化し、バランスの悪さにその身を倒し、床で砕けた。
地上で、捜査の指揮を執っていた狩人頭は、
「バカな石化だと…」『対象、親ヘビは石化の技を有している。地上に出くくるぞ。各員、警戒せよ』
そんな中、入り口の北側で配置に着いていた村人②群から、次々と悲鳴が上がる。
「なんだ、何が起きている」『村人②群、何だ、報告しろ』
『翼の付いた蛇に…』
『詳細を報告しろ』
『… …』
なんだ、翼の付いた蛇などという隠語はない。
蛇で翼の付いた魔物など聞いたことがない。
そのような刺青でも入れた信者か。
そこに、建物の入り口から闇染めの外套姿の信者が現れる。
廻りを警戒する素振りもなく、歩みを北側の方に向ける。
階段の付近で後方支援の任についていたはずの猟犬が報告を断ってから出てきた信者。
その雰囲気から、狩人頭は、そいつが親ヘビであると判断した。
『村人③群、その場での監視を放棄、村人②群の持ち場に廻れ。
街路を北に向かう信者を側方から追尾しろ。
狩人頭は後方から追尾する。
村人①群はそのまま、建物入り口を注視』
狩人頭は、建物の裏手を監視していた村人③群を北側に向け、正面を担当していた自らは対象の追跡に廻り、南側から監視していた村人①群はそのままの状態を維持、監視の継続と作戦の後方支援とした。
今回の作戦の目的は、悪魔教団の司教の確認と、さらにはその先に繋がる悪魔本体の存在の確認である。
投入したのは、自らを含めて10名の隊員、それぞれが二人一組で配置に着いている。
恐らく、既に、そのうちの4人が行動不能に陥っていた。
闇染めの外套姿の信者は、後ろを振り向くこともなく、ためらうこともなく歩みを進める。
その背中を追跡しつつ、狩人頭は考えていた。
前方の信者は間違いなく、追跡する我々に気付いている。
その上で我々をどこかに導こうとしている、罠にはめようとしているのか。
『こちら、狩人頭。
村人①群、その場での任務を放棄。私を追跡する距離で尾行に移れ。
場合に依っては、私の二人一組であの信者の捕獲に移る。
村人③群、私が行動を起こしたら、補助に入れ。
村人①群は、その様子をぎりぎり視認できる位置で待機。
私が失敗した場合は、作戦を放棄し、今までの情報を本部に報告しろ。いいな』
『村人③群、了解した』
『村人①群、了解した』
今回の作戦では、闇染めの外套姿の信者を殺しても、逃がしても、失敗ということになるだろう。自ら情報の糸を切らす訳には行かないのである。
また、彼らは人狐族である。魔力には優れた能力を示す者が多いが、その反面、体格には恵まれず、荒事は向かない種族だった。
追跡しているうちに、到頭、外郭部に出てしまった。信者は立ち止まり、頭巾と外套にその身を包まれ、外から唯一確認できる口元を歪ませて笑う。
「クックックッ。少し時間を掛けて、散歩してあげれば、もう少しマシな連中が、あたしを求めてくれると思ったのに…。
集まったのは、ちっこいゴミ・カスだけかい。
あ~あ、ヤル気なくすね~。ほんと、がっかりさ」
狩人頭が意を決して、信者の前に姿を現す。
「おい、お前。お前の主人は、どこにいる」
「おやぁ、聞いてなかったのぅ。ゴミ・カスは必要としてないのよ。ごめんなさいねぇ~」
「チッ。埒が明かんな。
しかし、私も手ぶらで帰るという訳にもいかないのだよ。私について来てもらおうか」
「いやよ。あたしは、ゴミ・カスと逢引するような女じゃないもの」
「おい、お前、余り私をバカにしてくれるなよぉ」
悪魔教の司教と第9課との間に、闘いの火ぶたが落とされることになった。




