056 観察者と世界の敵認定
「お腹がすいたの…」
智夏のその一言で、すでに外が暗くなりつつある時間であることに気付く裕樹とクリスティーネ。
結局、その日のお昼は抜くことになってしまった。
宿に戻った3人は、昼前には戻っていた買い出し組と合流し、晩ご飯を食べながら情報の交換と整理を行う。
裕兄の「治療法は見つからなかった」の一言に明らかに落胆の素振りを見せたシュウジだが、
「俺たちも買い出しをしながら、エルフについての情報を集めようとしたけど、空振りだったよ」
シュウジは、まさるが買い出しの商談をしている一方で、エルフと商取引をしている商人はいないか、グリフィン事件で交友のあるガウトラの冒険者ギルド支部長に相談に乗ってもらい、森などでエルフを見かけた冒険者はいないか、聞き込みをしていた。
「今まで、痕跡を消してきたエルフたちだからね。
街中で聞いてくる冒険者に居場所を話すような商人とは、交際するようなことはないんじゃないかな」
「エルフの住む街でも村でも、恐らく、不可視の結界が掛けられていると思うぞ。
エルフは気配察知スキルが種族的に高いと聞く。
狩りなどをしている姿を冒険者が見かけると言うのも容易ではないかも知れんの」
いろいろと意見が交わされるなか、真剣な表情をしてシュウジがクリスちゃんを注視する。
「どうしたシュウジ」
「え、あ、うん。俺たちがクリスちゃんに初めて会ったのも、この街だったよね」
「おお、そうだの。研究室でお前たち珍獣を発見したのは…」
「で、クリスちゃんが嫌がっていたから、できれば避けたかったんだけど、森の賢者さまを紹介してくれないかな。知り合いだよね」
えっ、と言う感じでシュウジを見て、そして、クリスちゃんを見る、その他3人。
「… …」
「クソババアとか言ってたし…」
「そんなこと言ったかの」
「ごめん、なんか異常に拒絶していたように覚えているからやめようと思ったんだけど、今、余裕ないんだ。
頼むよ、クリスちゃん。
賢者さまって言うぐらいだから、エルフたちの居場所ぐらい、もしかしたら、“ウルズの泉”の場所だって知ってるかもしれない」
皆して、クリスちゃんを見つめる。
「はぁ、覚えがないんじゃが、いつの間にか口を滑らせていたのかの。
確かにぼくは、森の賢者と言われる人物を知っている。
そして、エルフの居場所も泉の場所も知っている可能性がある。
なにしろ、あのクソババアは、“大災厄”の悪魔を討伐したパーティのリーダーだからな」
「それじゃあ、って、いくつなの…」
「うん、もうそろそろ三千歳くらいじゃないかの。
賢者パーティのなかには、“魔弾の射手”と言われたエルフ族もいた。
まあ、あのクソババア以外はもう全員死んでいるが、交流ぐらいはあるかもしれないの」
降って湧いた希望に皆の顔が明るくなる。
「だが、駄目だ。あのババアは、今じゃあ、“永遠なる者”とか呼ばれて、この世界の観察者気取りだ。
ぼくが、何故、お前たちが気になったのか、わかるか。
お前たちは、あのクソババアに監視されていたんだよ。
だから、どんな奴らかと気になって接触したんだ。
あのババアは、お前たちが異世界人だと知っている。
そして、悪魔を討伐してから、異世界人=侵略者、あのババアにとって、お前たちは敵なんだ。わかったか」
「そんな馬鹿な…。僕たちは、この世界に落ちてきただけです。
この世界で悪いことなど一つもしていない。それなのに、敵なのですか?」
裕兄が身を乗り出して訴える。
「ああ、その通りだ」
「でも、見ていたというなら、悪いことをしていないのも知っているはずなの。話せばわかると思うの」
「そう思うか。だが、ぼくはよくあのクソババアのことは知っている。
ぼくはあのクソババアの唯一の身内、ひいひいひい…といくつ付くかわからんが、孫だからな」
「そんなことってないッス」
「無理だ。その線は諦めろ。
だいたい、ぼくだって、鈴音のことは気に入っているんだ。
可能性があると思っていたら、好き嫌いは抜きにして、そんなことはすでにお前たちに言っておるわ」
その後、いろいろ意見交換の結果、森の賢者がいるタナイスには向かわず、王都ドラングに向かい、豪商であるアンセルムさんの知識と情報網を頼ることにした。
翌日、早朝、古都ガウトラを出発し、3日後の夜にギムレイに着く。
宿で一泊し、朝、冒険者ギルドに寄って、ギルド本部長への面会を求めたんだけど無理だった。
一応、エルフについての情報はないかと聞いてみたが得られるものはなかった。
“青の洞窟”の本来の入り口であるネル湖側から入って、ウルズの泉に行った冒険者はいないか探してみたけど、泉の事さえ知らないものもいて手掛りなしだった。
午前中を情報探しにあてて、その後、王都ドラングに向けて出発し、3日後の夜に着いた。
◆◆◆
王都ドラングに向かう馬車の車内。
「智夏、今、シュウちゃん、何してる」
「ん。こちらをチラチラと見ながら、ダグリッチに乗っているよ」
「シュウちゃんに逢いたいなぁ」
「だったら、さっきの休憩の時に修二さんが話をしたいって来たときに、イヤイヤしなければ良かったの」
ガウトラの辺りからか、頬のあたりにも赤い湿疹が目立つようになってから、鈴音はシュウジと顔を合わせるのを避けるようになっていた。
「だってぇ~。ダメだよ。こんな顔を見られたら、シュウちゃんに嫌われちゃうかもしれないし…」
「修二さんは、そんなタイプの人じゃないでしょ」
「そうなんだけどさ。でもさ。
ねぇ、智夏。シュウちゃん、あてがいなくなっても、たまにはあてのこと思いだしてくれるかな」
「何、言ってるの。くだらない事言うと、私でも怒るんだからね」
「えへへ、ごめん、智夏。やっぱり、逢いたいなぁ」
「呼んであげようか」
「ううん。逢うだけじゃなくて、本当はキスしたり抱かれたりしたいとか思っちゃうの。
こんな身体なのに、変かな、あてって、エッチなのかな」
「鈴ちゃん…」
「ぐす、うぇぐ、ひっく、… …怖いよう、寂しいよ…」
チビっこが、そんな鈴の頭を撫でながら、
「大丈夫だ。お前は治る。治ったら、ちゃんと、気持ちを伝えて、好きなだけ抱いてもらえ…」
◆◆◆
森の都タナイス。
喫茶店の2階部分のオープンテラス。
ウッドデッキの床に木造りだが華奢な造作のテーブルと椅子が配置されたおしゃれな空間である。
街路樹の陰が日差しを遮る道路側の席で、4人のおばあさんがお茶の時間を楽しんでいる。
このフロアには、他に客はいない。貸し切りにされているようである。
3人の前のテーブルには紙が束ねられたものが置かれている。
遅れて来た一人が、ため息をつきながら、その紙の束をテーブルにそっと放り、カップのお茶で口を湿らす。
黒「この報告書を見る限りでは、侵入者の行く先々で厄介事が起きているようだけど、実際、観察していた感触はどんな感じなのさ、ハクちゃん」
白「ガウトラまでは、手の者たちによる報告だけど、それ以降は調査による2次資料なのよね」
金「お孫さまに貼りつかれてしまって、それ以降は…、直接はいろいろとねぇ」
玄「すまんな。あの跳ねっかえりのせいで余計な手間をとらせて…。あの娘も何を考えているのだか」
黒「ふふふ、でも私も若い時はあんな感じの時があったし」
白「なに言ってんのさ。あんたの若いときなんて、もっとやんちゃしてたわよ」
この4人、いや、ここにはいないもう一人を加えた、身長が120cmにも満たない小柄なおばあさま方は、この国の王が頭を下げる存在であり、獣人の国ブナラングの諮問機関“御狐霊”の面々である。
Memo <妖狐>
獣人いや人種族の寿命はだいたい等しく百歳ほどである。
一般の人狐もそれに違わないが、百歳を越えた者は尾が2本となり、それ以降は100歳毎に1本ずつ増えていく。
自然の理からはずれた人狐は妖狐と呼ばれ、尾の数ほどに魔力が増えていく。
これは、その尾が魔力を貯めておく器官になっているからだと考えられている。
さらに妖狐は千歳を越えると狐霊と呼ばれ、今度は逆に尾の数を減らしていき、千里眼や神通力といった妖力とも呼ぶべき特殊な能力を獲得していく。
そして、狐霊という存在になると先代の名前を受け継いで自分の名とすることになる。
現在の狐霊は、白狐、黒狐、銀狐、金狐、玄狐(若い順)の5人である。
場を乱したハクコが、報告書を持ち場の雰囲気を会議状態に引き戻す。
白「一連の出来事は、ゲンコ様が異常な魔力値を感知したことから始まります」
玄「ガルズの北東部で間を置かずに、2回。半年以上も前の話しだな。
そして、2か月半ほど前にまた1回」
金「その後、私が奇妙な男を遠見の術にて発見。
そして、ゲンコ様が直接、観察に行かれたのでしたよね」
玄「管狐を送って、幻影術で対象を捕捉してみた。
それの方が、光景以外に音や匂いなど感覚として得られるものが多いのでな。
ただ、対象からは半年前に感じた悪魔の匂いがせなんだ。
ただ、この世界の者ではないのはわかった。保持している称号が“異世界からの侵入者”だった故な」
そして、対象の向かう先々で事件が起こる。
「神器の強奪事件」「グリフィンの襲撃事件」「リザードマンの騒乱」その他にルート外だが、「ユングリグの政変」
金「たった2か月余りの間にこれだけのことが起こると我々も実際の行動を起こすべきなのかもね。
大事な場面で後手に回る訳にはいかないのだし」
その時、ハクコが右耳を手でふさぐ仕草をする。
白「手の者より、報告が入りました。思念を連結しますか?」
場の者の承諾を取り、手の者の報告を促す。
『おばば様、おばば様、聞こえますか。ヴィクスンです。先程、対象がドラングに向けて出立しました。クリスティーネ様もご一緒です』
『ヴィクスンか。詳細を報告せよ』
『はい。対象がギムレイについたのは昨日の夜遅くです。
今日は朝から情報収集をしていました。
内容は、エルフの所在と青の洞窟とウルズの泉についてです』
黒「青の洞窟ならば、ネル湖方面に向かうのではないのですか」
玄「東の大森林にウルズの泉への近道となるエルフだけが知る秘密の入り口があるのだ」
『して、目的は掴めたのか』
『はい。どうやら、観察対象のひとりが病にかかっているようです。
クラッシュ病だとか。その治療のためとのことです。真偽の確認は取れていません』
金「今時、クラッシュ病って。
ウルズの泉に向かうための言い訳に過ぎぬのではないのですか。
悪魔の僕ならば、その程度の偽装など他愛もない」
玄「どちらにせよ。ウルズの泉に行かれるのは問題が有り過ぎます。
あの娘は全く何を考えているの。
コクコちゃん、”狼の戦士”を動かせるかしら。
対象の行動を阻止します。あの娘が抵抗するようならば、同様に処分の対象とします」
『ヴィクスン。お前は対象をそのまま追跡しなさい。報告は欠かさぬように』
『はい。わかりました、おばば様』