013 王都 ドラング
王都ドラング
先年、即位したばかりのラグナ・ロドブレグが治めるミンビョルグ国の首都である。
源人の治める3国のうちでは最も規模が小さい。
南方に東の大森林、西方にはガルズ大陸で最大のネル湖、そして北東にはヤルンヴィドの森が有るこの場所はガルズ大陸のほぼ中心に位置していた。
「もうすぐ見えるぞ」
スティーグが馬車の中に声をかける。
それを聞いて、修二とポウル君が御者席に顔を出す。
右手の丘の上にダグリッチに騎乗するヘンリクが見える。
丘を廻り込むように進むと、その向こうに徐々にドラングの街壁が見えてきて、思わず、声が出た。
「おぉぉ~」
見上げるような街壁の周囲には、空堀がうがたれ、はね橋が設けられている。
この場所からは少し下りになるのだろうか。その城壁を越えた先には盛り上がるような感じに街が少し望める。
う~ん、なんて例えれば良いのか……そうケーキフィルム(ケーキの廻りを巻いたシートのこと)に包まれたモンブランのようだ。
ただ近づけば近づくほど、日本の城とは、全く異なる感じで、優美さというより、閉鎖的で堅固、街壁の高さもあるためか威圧感を覚える。
ドラングには、北・南・西の3方に大門があるが、今、見えているのは南門である。
はね橋の左側に列が出来ているが、そのほとんどはネル湖湖畔の漁村関係者が入城を待つ列だそうだ。
北門、西門は人の往来が多く南門は比較的早く済むらしい。最後尾に並ぶ。
「そう言えば、兄ちゃん。“旅人”って、何ギルドに所属してるんだい」とポウル君。
「入街の時にギルド・カードが必要になるから、用意しとくッスよ」
ギルド・カード“?”が、顔に出ていたらしい。
ミーケル村長が、“あっ、やっぱり”な顔でこっちを見てきた。
「取り敢えず、詰所で入街証を発行してもらいましょう」村長が修二の背中に手を置く。「中でこの国の民になるのか。少年は今後、どうしたいのか、考えればいいでしょう」
入街証だと、3日に一回、滞在場所の申告の義務があり、その度に時間も取られるし、入街税もお高めらしい。
ちなみにその入街税、ミンビョルグ国民は只だが、無所属の冒険者も不要とのことだ。
それは実質、IDカード的な代物な訳で、国民証とか旅券査証とか訳されるのが尋常に思えるだろうが、その理由はカードの発行場所が商業ギルドもしくは冒険者ギルドだからである。
「あっ、俺、一文無しなんですけど……」
今更ながら、異世界の金銭を持っていなかったことに気付いた。だって、今まで、必要なかったし。
財布の中には、社会人なので、諭吉さんが何人かいらっしゃるが……、さすがに使えまい。
「私が、建て替えときますよ」と村長。
「お姉さんが、ちゃんとシュウジが討伐した魔物の分の報酬を分けてあげるから大丈夫よ。それよりも、お姉さんともっと仲良くなれば……」
「そう言えば、ギルド・カードって、どんなものなんですか」
ヘンリクに話題を振る。
「これが、ギルド・カード。俺のは、冒険者ギルドのッスね。商業ギルドのもいっしょでミスリル製ッス」
運転免許大のカードを見せてくれた。
ギルド・カードには、氏名の他に所属ギルドと居住区などが記載されている。顔写真などはなく、免許証というよりは会員証とかクレジットカードのほうがイメージに近い。デザインらしきものの上を親指で押さえつつ挟んでいるとわずかな時間の後にその部分が黒みを帯びていく。それが簡易的な個人認証のようだ。
ちなみに、国の税金はギルド・ガードで期間毎に精算される。しかし、冒険者ギルド・カードは、冒険者ギルトを利用した場所で、その都度、報酬から天引きされるとのことだ。
そんな話をしつつ、順番待ちをしていると門の方から憲兵らしき人が二人近づいてきた。
そのうちの一人が馬車の側面に描かれた一本樹の意匠を見て声を出す。
「ミーケル村長、いらっしゃいますか」
村人Aと話をしていた村長が振り返り、知り合いを見つけた表情となる。
「クラース隊長!」
「この度は、我々の不在の間に……」
「いやいや、頭を上げてください」
そんなやり取りの間にビフレスト一行は列を離れて門に誘導される。村長の物腰からは想像できない要人待遇である。
漏れてくる会話から、この隊長さんは、普段はビフレスト村に詰めている駐在憲兵隊の長のようだ。地域の不穏な状況を考慮してその情報の摺り合わせと対応の協議、及び、それに合わせて期間毎の配下の入れ替えのために王都に戻っている隙を突かれて、あの事件は起きたようだ。
「はい、次の方。どちらの土地の方ですか。ドラングへの入城の目的は。最近の体調等に問題はありませんか。荷物等はあちらで確認します」
門に着くと、正規の列では検査官による対応が為されている。
「あ、ミーケル村長。お疲れ様です。どうぞ。荷物だけ、あちらで軽く確認させて下さい」
さらにちょっと高官っぽい服装の憲兵も現れる。
村人Aが検査官の荷物検査の立ち合いに付き合うなか、他の者たちにも軽く身元照合が為される。
「冒険者“疾風迅雷”のアグネータ。ビフレスト村の方々の護衛で来た」
「はい。カードを確認させてください。… … …はい、どうぞ」
アウステルの運搬車の中身を見て驚きの声が上がっているが、その他は彼らの様子を見る限り至って普通の様子である。
ヘンリク、スティーグと続き、俺の番だ。
村長さんが会話を中断して近づいてきた。
「この少年は、シュウジです。ギルド・カードを所持していないので、入街証の発行をお願いしたいのだが……。身元保証は私がしよう」
「むっ。シュウジさんは、どちらの土地の方ですか」
検査官の表情に緊張が走る。
「尾張修二です。ビフレスト村に滞在した後、こちらに来ました」
検査官が後ろに手を振る。三人ほど、バラバラと出てきた。
「えぇ~、申し訳ないのですが、こちらのシュウジさんには、商業ギルドの方から拘束して欲しい旨の要望が出されております」
左右の腕を取られ、後ろに一人ついている。
「あ~。詰所の方に案内して、彼の荷物もそちらに」
「へっ、何。今度は、何。もう、勘弁してよぉ~」と俺。
「ちょ、ちょっと、待ってくれ。彼が、何を……」と村長が検査官に詰め寄る。
「すみません。ミーケル村長、こちらも、仕事なので……」
俺は、連行された。
“今度は、何ぃぃx~。”
後を追おうとする村長をクラース隊長が制止する。
「村長、彼は?」
「流れ者だよ。まあ、本人の言葉を借りれば、旅人と言う事だが……」
流れ者とは国に所属しない、冒険者としての活動もしていない、埒外の生活を営む者のことである。
だが、その流れ者と言う言葉も、旅人という言葉も今の修二の立場をかなり的確に示しているとはミーケルの想像の外にあった。
――Memo <個人名>――
ガルズの世界には、ファミリー・ネームが存在しない。
住居が村であれば、○○村の△△△で。街ならば、○○街の□□ギルドの△△△で(この時、ギルド・カードには備考欄に◇◇店のように就職先が記載されている)。また、冒険者の場合は、“○○”パーティの△△△で、個人の特定ができてしまう。
また、仮に同名であった場合、最初のギルド・カードの申請時にチェックされる際に、少し語尾を変えることを要望される。その時、語尾を変えるのが、イヤな人の場合に初めて、○○=△△△と言う形で○○のセカンド・ネームが付けられる。王族でさえ、シグルス・ヴォルスニグ、つまりヴォルスニグ国のシグルスが名前の表現になる。ミンビョルグ国のラグナ・ロドブレグは例外と言える。
ちなみに、シュウジが連行されたのは、ファミリー・ネームがあったせいではないことを書き加えておこう。
◆◆◆
私は、ビフレスト村の村長をしているミーケル。
先程、王都ドラングへ到着し入街手続きを終えたところだ。
しかし、そこで問題が発生した。ここまで、同行させてきた少年が拘束されたのだ。
少年は、村を出た後はここまでの道中も、楽観的で前向きな姿勢をみせ、その行動に怪しいところや暗い陰がみられることはなかった。
司法院に彼ともども出頭し、持ち物等の説明をさせれば、問題になることはないだろうと考えていたのだ。
だが、商業ギルドから拘束の要望が出ていたようだ。あの持ち物のなかに何かしら問題となるようなものが含まれていたということなのだろうか。
盗品等があったということなのか。窃盗団の一味だったのであろうか。
村人の服に着替えさせた時に確認したが、彼の左肩に前科者の印である“逆者の印”もなかった。
骨などを煮込んでいたと聞いて、別の騒動に発展するのではないかと心配していたが、村の者たちは気付かなかったらしい。
私は、少年は悪ではないと判断した。
私の人物を見る目もまだまだと言うことなのか。
はぁぁ。胃が痛い。