052 リザードマン迎撃戦(6/7)
そんな時、南側陣地に偵察に出ていたダグリッチ騎乗兵より「多数のレプティがこちらに侵攻中である」と報告が入る。
侵攻してくるレプティたちは、今までと違い個別にバラバラとはしておらず、整然とすすんでくる。
また、中央後方の一団のレプティは武装しているものが多く見受けられる。
一体一体の個体が見えるくらいの距離まで迫ったときに、何か気付いたら報告するようにと監視任務に加えられていたグアンテモックのパーティのうちの一人が不意にシューシューと興奮し始める。
『あの人です。皆をこんな風にした源人から指示を受けていた人がいます!』 と、族長夫人。
中央後方の一団の中心に、水色のゆったりとした衣装をまとった青い髪の女性がおり、その両脇をでかい蛇が守りを固めている。
「バジリスクだ。あいつらは砂漠に住む魔物だぞ。なんで、こんなところにいるんだ」
源人の冒険者から声があがる。
バジリスクは、コブラのように頭部を持ち上げて頭を揺すりながら進んでくる。
持ち上げた分だけでも、廻りのレプティの身長の倍くらいある、全体ではどのくらいの大きさとなるのか。
頭部に白色の刺状鱗が円状に並び、それがまるで冠をかぶっているように見える。
身体は全体的にくすんだ黒で、腹部は黄緑色で、頸部に黄色の帯があり、身体の側面に赤と黒の斑点が交互に並んでいる。いかにも、毒を持っていますよと訴える絵面だ。
頸部から1mくらいの位置の背中に鳥類を思わせる小さい羽根が生えている。
騒ぎ立てる冒険者によると、その息には毒があり、その邪視により石化の危険があると言う。
レプティの最前列が城壁から20数メートルくらいまで近づいた時、水色の衣の女性が声をあげる。
「では、今より饗宴を催そう。血と肉による赤き饗宴を…。
さあ、トカゲどもよ。血に酔い、悲鳴を奏でるがよい」
レプティが駅舎の城壁に向けて、突進し始める。
「あら、まだパーティ会場の扉が閉じたままじゃない。困ったものだわ」
水色の衣の女性は右手を水平に扉の方に向けると、その先に魔法陣が現れ、そして呟く。
「砕け散りなさい!」
女性の手から大扉まで、数本の黒い雷が樹枝状に放たれ、扉の直前で集束し直撃する。
左側の鉄扉はグニャリとひしゃげ、右の扉は丁番からもがれ地面に伏している。
その周囲の石壁には所々に亀裂が入り、表面が黒ずんでいる。
「あら、思ったよりも頑丈なのね」
その轟音と衝撃に一時、走りが止まってしまったレプティは、倒れ伏した大扉を目がけ再度城壁に走り寄る。
その迫るレプティたちの足元の地面に、描かれる白き魔法陣が、黒き雷の返礼とばかりに輝き立つ。
こちらは、続けさまに5本の光の柱が生じて消える。
そこには、先程と同じように血の呪いからを解放された森の緑のリザードマンたちがいた。
ただ、先程とは違ってレプティたちが広範囲に拡がっていたため、解放しきれていないレプティたちがまだかなりの数を残している。
「化け物め、そうそう思い通りになると思うなよ」
と、ガンダルブが水色の衣の女性に杖の先を向ける。
先程までは武装したレプティに囲まれて全貌が見えなかったが、廻りのレプティがばらけて水色の衣の女性のその姿が露わになる。
上半身は源人の様相だったが、下半身が濃紺の鱗を持った蛇の姿の異形の者であった。良く見れば、背中にはドラゴンの翼が生えている。
異形の者に威勢よく啖呵を切ったものの、ガンダルブも先程から、第Ⅳ段階の魔法を連発しすぎて、実は魔力に余力がない。
「へっ、なっ、何なの。何をしてくれちゃてるのよ。チビで下等なドワーフの分際で!」
水色の衣の女性は突然の余りの事態に茫然自失の態だったが、直ぐに怒りの表情に変わり、
「お前たちもお行き、ドワーフどもを血祭りにあげるのよ」
バジリスク1匹と廻りの武装レプティが前進する。バジリスクが、目の前にいたリザードマンをひょいとくわえ丸呑みにした。
城壁の上部から、新しく解放されたリザードマンにグアンテモックが叫ぶ。
『同朋よ聞け。我らの敵はその水色の衣の異形の者だ。
戦えるものは、その巨大蛇を討て。
戦えぬものは、戦場より離脱せよ』
そう叫んだ後、階下に向かって走っていく。弟のクイトラモックと婚約者のコメコアが後に続く。
◆
まさるが、裕兄に右手を指鉄砲の形にして、目顔で尋ねる。
「部長、あれ、撃っちゃていいッスか」
「ちょっと、ここでは目立ちすぎるから…って、修二くんたちは…」
後ろを振り向くと、さっきまでいたはずのシュウジと智夏とクリスティーネの姿が無い。
「あれ、今さっきまで一緒にいたッスけど…」
「全く、修二くん、君って人は…。肥後くん、追いかけるよ」
◆
シュウジは、族長夫人が今回の事件の犯人を指し示し、ガンダルブが“ホーリーフィールド” (聖&水)を連発し始めると、我先にと事件の元凶に向けて走り出していた。
その後ろには、智夏ちゃんとクリスちゃんも続く。
「二人とも、裕兄に怒られるぞ」
「私は、あの蛇女にもっと怒っているの。自分のやったことの報いを受けさせるの」
「シュウジ。ぼくの研究の邪魔をするヤツらを、さっさと排除するぞ」
「ああ、そのつもりだ!」
シュウジたちは1階に降りようとしたが、戦場に向かうドワーフがいて円滑に進めそうもない。
2階の廊下に出て、昼過ぎに西の森側から来たレプティたちから逃げ切った冒険者を助けた窓を探す。
縄梯子を付けた窓を見つけた俺は、智夏ちゃんを抱っこして、縄梯子に腕に絡めて窓の外に身を躍らせた。
地面に降り立った俺は智夏ちゃんを下ろして、窓から飛び降りてくるクリスちゃんを受け止める。
蛇女の位置を確認していると、別の窓からシュウジと同じように地面に降り立ったグアンテモックがやってきた。
『シュージ殿。智夏様』
智夏ちゃんの名前は、彼らには発音できない。
だからなのか、智夏ちゃんは彼らから母性や豊穣を司る神の名で呼ばれ、いつの間にか神格化されていた。
なんでも、マヤウェルという神様は、数百年に一度、人など仮の姿をもってこの世に現れて、自分らを救ってくれるという伝説があるようだ。
ちなみに俺の名の発音は容易いとのことだ。ちょっと複雑…。
『俺たちは、蛇女を倒す。グアンテたちは、もう一方の巨大蛇を頼めるか』
『お任せ下され!行くぞ、二人とも』
◆◆◆
グアンテモックたちはバジリスクの元に行こうとするが、廻りの武装レプティが逆にこちらを攻撃してくる。
『致し方ない。巨大蛇らを倒さねば我らを救ってくれた智夏様やドワーフ殿たちに申し訳が立たぬ。同族にはあれど、今は容赦せよ』
グアンテモックは、光の槍を向かってくるレプティに向けて振るう。
クイトラモックもその横に並び魔鉄の短槍でレプティを押し分けて道を開かんとする。
コメコアはレプティに左手を向けて、“ディスペル/解呪”(聖Ⅱ補)を唱える。
魔法の光に包まれたレプティは、分時、森の緑の身体を取り戻したが、淡紅色に戻ってしまった。
コメコアの魔力では、呪いを解くまでには至らないようだ。
しかし、今までのコメコアは離れた場所に魔力を作用させることなどできなかったはずである。
できた訳は、左右の二の腕に2本ずつはめられた腕輪にある。
智夏が手配して、コメコアに装着させたようだ。
なお、魔法陣は言葉の発音ではなく、意味で発動するようである。
『おお、義姉者どの、それは心強いですぞ』
『もう、クイトラ殿、まだ、義姉者は早いと言うに』
この戦場の中、両手で頬を押え、身体を左右に振る恥じらう娘の尻尾の一撃が、クイトラモックの背中に直撃する。
『ぐはっ。義姉者、その一撃も心強いですぞ』