041 リザードマンの集落
マエオティア沼沢地
ドワーフの国の西に位置し、ナビアン山脈のふところに抱かれるように拡がる湿地帯である。
豊かな自然の恵みに育まれ、そこは “二足歩行のトカゲ”たちの一大生息地となっている。
リザードマンは、ゴブリンやオークらと同様に妖人と呼ばれ、種族間に通じる言語を有し、また部族ごとに群体と呼ばれる社会生活を営む集団を作り暮らしている。
彼らが生息に好む地域と人種族の地域は交わらないので、リザードマンたちが人の生活圏に侵出してくることはなく、過去に人種族と大きな争いとなった記録はない。
が、その他には彼らを狙う天敵は多く、大型の昆虫の魔物マンティス、同種の爬虫類である蛇の魔物パイソン、大型の猛禽類の魔物グレイトホーンアウル、肉食性の哺乳類ウルヴァリンなど枚挙にいとまがない。
そして、彼らの最大の天敵は、同種である別の群体の集団であり、その地域における生息数の調整という自然の摂理が働いているのかも知れないが、数十年に一度、種族間で生存競争のための大きな戦いが行われているようである。
また、彼らの手が道具の製作には向かないためか、戦う手段は、強靭なアゴの力による咬みつきと全身の力をのせた尻尾の一撃、鋭い前爪の切り裂き攻撃である。
マエオティア沼沢地…沼と呼称されているように水深は浅く深い場所でも5mであり、その水面にはたくさんの水草が浮いている。しかし、その水の透明度はそれほど低くない。
水辺では、うつ伏せになり、日光浴をしているリザードマンが数十体。
時折、太い尻尾で水面を叩いている。
その様子を見ながら、一体のリザードマンが歩いて行く。
体高130cm、尾の長さも同じくらいあるだろうか、暗緑の身体に鈍く輝くミスリルの胸当てを付け、右手に同様のミスリルの短槍を持ち、廻りの同族に挨拶でもしているのか、前傾姿勢で大きい頭部を左右に振りながら闊歩している。
短槍を持つ手は、トカゲやワニに想像されるような貧弱なものではなく、上腕筋が盛り上がり全身の力を伝えるのに充分すぎる様相をしている。
但し、その腕の構造から、上下に振り下ろすことはできず、ボクシングのフックのように外から内に切り裂く動きか、下方から前に突き出す動きしかできない。
なので、剣などの装備は不向きで、短槍は彼に最も適した武器であると言えた。
◆
ワレの名はグアンテモック。偉大なる戦士であった祖父の名を引き継いだ、龍皮族の一の戦士であり探索者である。
ワレの一族は、聖なる地(マエオティア沼沢地)にて静かなる日々を望んでいるが、我らを狙い、我らの地を奪いとろうとするものは多い。
ワレの役目は、事前にそれらの動きを察知し、また、それらを排除することにある。
その役目を果たすため、ワレが探索者になった年に、天から与えられた(双頭の蛇の魔物ヒュドラに襲われて命を落とした源人の冒険者の遺体から拝借した)光の胸当てと光の槍を手に、聖なる山(ナビアン山脈)を巡回しに行かねばならない。
その出発前に、族長のツィロポチト殿に挨拶に向かう。
「族長殿、聖なる山の見回りに行って来たいと思うがよろしいか」
「おお、グアンテか。今年の御山の機嫌はどうなのか」
「うむ。上々に思えるな。今年も御山の恵みが聖なる地を豊かにしてくれるだろう」
「魔物どもはどうなのか」
と聞きながら、去年を思い出したのか、顔をしかめる。
「去年のように、”カマキリの魔物”どもの大発生はなさそうだ。問題ないと思われる」
と話した後、口をパクパクし何やら言い出しづらそうなグアンテモックを、物珍し気に眺める族長。
「それでな、族長殿。見回りから帰ってきた後、1週間ほど休暇が欲しいのだが…」
それを聞いた族長は満面の笑みを浮かべ、尻尾をバシバシと地面に叩きつける。
「ようやくに決心したか。お前とコメコアとの子ならば、よい戦士が生まれよう」
「コメコアと二人でトトラにリングブーケを捧げてこようと思う」
グアンテモックも興奮しているのか、尻尾をバシバシと地面に叩きつける。
この地のリザードマンは夫婦となる証に聖なる地の中央のトトラと呼ばれる浮き草の島に円形の花束を捧げる慣習がある。
その後、少しの期間をその島で過ごす。
なお、二人が何を一番大事に思うかをその花束を何の花で作るかによって表す。
族長への訪問を終えたグアンテモックは、山への入り口に向かう。
「兄者、報告はしたのか」
とは、グアンテモックの弟のクイトラモックである。
「うむ。見回りの後に、1週間の休暇をもらった」
「ようやく、義姉者を正式に義姉者と呼べるのか、うれしいのう」
「クイトラ殿、まだ、義姉者は早いと言うに」
両手で頬を押え、身体を左右に振るコメコアの尻尾の一撃が、クイトラモックの太腿に直撃する。
「ぐはっ。義姉者、もう、クイトラと呼び捨てで構いませんぞ。ワハハ」
この後、このいつもの3体で御山の見回りに向かう。
グアンテモックの弟であるクイトラモックも部族の中で強者に位置するが、皮の色もようやく緑が暗色に入りつつあるくらいで、まだ、兄には及ばない。
リザードマンの強者は皮の色で見分けることができる。
生まれたときは、黄色で皮も柔らかく、ほぼ1日で硬化し黄緑色と化す。
そして、成年になるころには森の緑となるのが通常で、強者はさらに緑が深まり暗色を帯びていく。
グアンテモックのような暗緑の体色となると、その皮は柔軟性を持った金属鎧と言った感じであり、並の剣ではその身体に刃は通らない。
また、リザードマンのメスは、オスよりも身体が一回り小さく森の緑の後は茶味を帯びて行くほどオスたちには魅力的に見えるようだ。
コメコアの皮は、オリーブ色である。
少し歩けば、オスたちの視線が追いかけるような美人さんである。
クイトラモックは龍皮族の戦士であり、コメコアは人種族ほどではないが回復術が使える。
クイトラモックは魔鉄の穂先の短槍を持ち、リザードマンの弱点ともなり得る腹部を首から垂らした鎖帷子を皮ひもで背中に止めるようにして護っている。
コメコアは、円形盾を左手に括り付け、魔物の鱗甲を腹当てとして身に着け、その脇に鎧通し(槍の穂先をナイフの刃にした)のような武器が2本ぶら下がっている。
「では、探索に向かうとしよう」
探索、2日目になる。
昨日は、襲ってきた“毒蛇の魔物”“大蛇の魔物”を片付け、“ウサギの魔物”がいたので、山の神への供物となした。
聖なる山(ナビアン山脈)の峰には、我らが神と崇める黄金竜ファヴニル様がおられる。
「兄者、虫どもの気配を感じる」
「うむ。おるな。少し、待っておれ」
グアンテモックは、槍を胸に引きつけるように横に持ち、歩みを速め、上半身を前に落とし前傾姿勢になり、さらに加速していく。
前方に“カマキリの魔物”が2匹いた。
グアンテモックは、その2匹の間に進路を取り、そのまま、すり抜ける際にくるりと回転する。
槍の穂先も合わせて、螺旋状に回転する。
左右のマンティスは、3分割され地に落ちた。
「いつ見ても、兄者の技は美しいな」
「お前もじきにできるようになるだろう」
探索、3日目。
午前中、東の方角から西に大きな影が上空を抜けていった。その後、魔物との遭遇はなかった。
探索、4日目。
森は静まりかえっており、本日に至っても、魔物の気配がしない。
「兄者、やはりおかしくないか」
「森の生き物が気配を消そうとしている。何故だ、なにかに怯えているようにも思えるが…」
「グアンテ、まさか、山の神が…」
「いや、それなら我らにはわかるであろう。しかし、何だ、不安が押し寄せてくるようだ」
「兄者、この山の異常の原因は、確かめたほうがいいよな」
探索、5日目、朝。
「山ではないのやも知れぬ。一度、山を下りて族長殿に報告しよう」
3人は山を下り始める。そして、集落に近づくほどに漂ってくる不安と匂い。
「これは、何の匂いだ」
「鉄の匂いか。まさか、他の部族が攻めてきたのか」
「グアンテ、あれ…」
手を口に当てて、怯えるコメコア。
木々の切れ目から、聖なる地が望めた。沼が、朱に染まっていた。
「なんだ、あれは。一体、どうしたというのだ」