011 猫たちとの出会い
ボテッ、ボテッ、べちゃ。
女性二人はお尻から、まさるはその二人を掴んでいたためか顔を下に全身で着地する。
「あっ、いたたたた……」
って、痛くない。あれっ。
と、全く、シュウジを同じ動きをみせる鈴音。
鈴音は立ち上がろうとするが、何かの引っ掛かりを感じ後ろを確認する。
ザックを背負っていたにも関わらず、この変態は器用にもあての服の裾を掴んでいた。
このまま立ち上がれば、乙女の柔肌が晒される。
「この変態がぁ」
尻を地面につけたまま、上半身を倒し、肘を変態の後頭部に落とした。
へぶっ。変態の顔が地面にめり込んだ。
「智夏、大丈夫」
「うん、だいじょぉぶ」
立ち上がった鈴音は智夏の無事を確認しようとすると、変態の魔の手は親友の裾にも届いていた。
「離しなさいっ」
ストンピングを一発、二発、三発と食らわす。
注)ストンピングとは、勢いを付け、相手を踏みつぶすように蹴る技である。
へぶっ。
友を魔の手から解放した。
鈴音に出された手を取り、引っ張り上げられて立ち上がる智夏。ボトムスのパンツをパタパタとはたく。
「二人とも、無茶しすぎッスよ」
何事もなかったかのように、まさるが会話に参加する。
「でも、やっぱりだったわ。ここに、シュウちゃんがきっといる」
「私、思うんだけど……、ここって、異世界なの?」
右見て、左見て、みんなでキョロキョロ。
「でも、そんな感じしないわ。こんな風景どこにでもあるわよ」
今いるのは、森のなかにできた4~5mくらいの幅の土の道である。
「ないね……。黒いの」
上、見て、ボソッと智夏。
智夏は体感としては何も知覚できなかったが、なんとなく懐かしい手に引かれて穏やかに運ばれたようなそんな気がしていた。
しかし、辺りを見渡してもそのような形跡はなかった。
「どーするんスか。帰れないッスよ」
慌てだす、まさる。
「それは問題じゃないわ。まずはシュウちゃんを見つけないと意味ないもの」
「私、思うんだけど……、こんなとこで暗くなったら、危ないと思うの?」
崖から飛び降りるのは危なくなかったのだろうか。
妙な落ち着きを見せる女子二人。異常な環境に立ち会った場合、人はパニクる・落ち着く・落ち込む等々、両極端の行動を見せたりすることも多いが、この二人は「女は度胸」の型らしい。
鈴音は背中にしょってた袋状のものから、“布都雷神”を出す。
「あて向きじゃあ、ないんだけど」
鯉口を大きめに切った後、左手親指を棟にすべらせ、スルッと刀身を抜ききると、一振りして鞘に戻した。
落ち葉が両断されている、見事な一振りである。
「うん。大丈夫。(刀が軽い。これが愛の力なのね、シュウちゃん、待ってて)」
「“うん。大丈夫。”じゃないッス。なんスか、それ」
予測できない行動に思わず突っ込みを入れる、まさる。
「だって、なにがあるかわからないもの。用心よ。用心。乙女のたしなみって、やつ」
「そんなの、乙女じゃないッス」
「だって、ほら、舞いの時に……」「家の流儀に剣舞はないからね」
「華道でお花を生ける時に……」「竹筒には生けるけど、流儀に竹切りはないからね」
「じゃあ、茶道で……え~と、えへへ」「「ないんかい!」」
鈴の主張は、ことごとく、親友のジト目に撃破される。
「て、言うか、そんなの必要なんスか。おい、丸腰なんスけど」
「うるさいわね。だいたい、なんで、ついて来たのよ、あんた」
「だって、ついて来いって……」
抜き身ではないが袋に戻してない刀を手に距離を詰めてくる鈴音に、思わず語尾も小さくなる、まさる。
そんな二人をよそに周囲の確認に余念のない智夏。
「ここまで来なさいなんて言ってないじゃない。あんた、バカぁ~ぁ」
「ひょえぇぇぇ~」
そんな大騒ぎの中、「鈴ちゃん、あれ」と智夏が指した先から、でかい鳥が引いた馬車がやってくる。
それを見た皆を耳鳴りが襲う。
瞬間、目をつぶるほどの耳鳴りだったが、すぐに何事もなかったかのように回復した。
そして、すぐに鈴音が行動を起こした。
「すみません~。あてら、ここから近い街に行きたいんですけど、教えてくださぁ~い」
と馬車に手を振る。でかい鳥に不安は覚えないのか、鈴音。
馬車から、シュタッと子供が……、いや、子供ではない猫が、身長110cmくらいの二足歩行の猫が降りてきた。
「ニャにかニャ~」
白い羽根のついた黒い中折れ帽、黒いマント、黒いブーツ、その姿はまるで、ディズ○ー。
「ニャに、ニャにぃ~」「ニャンだ。ニャンだ」
色違いの猫が続いて、2匹。なんだなんだ、これからエレクトリカ○パレードでも、始まるのかぁ~。
それとも、現実のファンタジー・イリュージョンなのか。
それを見た女子二人、ボフンっとネコ目、ネコ耳になり、手をネコ手にまるめ、二足歩行・猫たちをロックオン。
「ニャンだニャ~。おそろしいものに会ったような、身の危険を感じる気がするニャ~」
引き気味な3匹。
「助けて下さい」を口実に、膝をつき、猫と目線を合わせて、手を握りにいく、いや、触りにいく二人。なんのかはわからないが、“プロ”である。
◇
「ふニャぁぁ~、だめニャ~。どんどん、落ちていく気がするニャ~」
アゴ廻りを掻くように重点的に、そして、首回り、額をなでられ、ノドをゴロゴロと鳴らしている。
「だめニャ~。この手は、魔性の手ニャぁ~、逃げられないニャ~」
「ハイ、ハイ、それぐらいにしてあげて下さいネ」
御者席から、明るい茶色に側面に黒のメッシュを入れた髪の20代くらいの女性に声をかけられた。
「日のあるうちに、街まで着かなくなってしまいますネ」
二人も手をとめて、女性と挨拶をかわす。
「あ、すみません。かわいくて、つい。あてら、ここから近い街に行きたいんですけど」
「では、もう少ししたら橋が見えてきますから。その先がタナイスの街ですネ」
「ご一緒しても、いいですか」
「どうぞ」
「僕たち“燦自由使”を、もてあそぶニャんて、凄腕ニャ。いっしょに来るニャ」
明らかにオカシイはずなのに、どうした訳か既に一体の雰囲気を醸し出す一群。
「… … … えぇ~と、おいは……」
背後で、カラスの鳴き声が聞こえてきそうだ。
完全に出番を逸した、まさるである。
◇
道中、お互いの自己紹介をしつつ、タナイスの街へ歩んでいく。
「あてらは、幼馴染と親戚のお兄ちゃんみたいな人を探していて……、手掛りをつかんだと思って、暗い穴に飛び込んだら、あの場所に出たって感じで、ここがどこなのかわからなくて困ってたんです」
鈴音の話相手は、御者席のヴィクスンさん(タナイスで小売店を営んでいるとのこと)とプーラちゃん(毛色は薄茶でピンとたった耳、大きな目にくっきりとしたアイラインの入った美人さんだ)。
智夏は、プーラちゃんの妹で折れ曲がった耳に毛色がシルバーのティッシュちゃんと戯れている。
先頭で歩いているのは、ロゼットちゃん。毛色は豹柄で、雰囲気は廻りを警戒している感じがちっちゃいヒョウのような感じ。
三匹の猫さんで、“燦自由使”と言う冒険者パーティを組んでいるとのことだが、普段はヴィクスンさんの商店の店員さんをしているらしい。
あと、普段は人懐こい まさるだが、今は、みんなからちょっと離れて、廻りをキョロキョロしている。挙動不審である。若い女性たちの後ろをキョロキョロしながら跡をつけるさま……「おまわりさぁ~ん、こっちです」と呼ばれないことを祈る。
「そうなのネ。では、タナイスで見つからなかったら、私たちが先日まで商いで伺っていた冒険者の街ギムレイのほうが情報を得やすいかも知れないわネ。あそこは、冒険者の街だけあって人の出入りが激しいから、情報も集まりやすいのネ」
「そうなんですか。教えてくれて、ありがとうございます」
橋に着くと、タナイスの街壁が見えてきた。
「鈴音、あれが我々の街“タナイス”だネ」
まだ遠目だが、オレンジの夕日に照らされた城塞都市が見える。
「おおぅ~」
先頭のロゼットちゃんの位置まで走っていく日本人一行。
それを見ながら、ヴィクスンが、声に出さない声で……。
『おばば様、おばば様、聞こえますか。ヴィクスンです。今、奇妙な身なりの源人たちとタナイスの橋を渡っています』
『ヴィクスンか。奇妙とは、いかなる感じか』
『はい、見たことのない服装もそうですが、源人族のようなのに、ギムレイの街のことを知りません』
『ほぉ。それは奇異なことよな。ばばの方から監視の手の者を向かわせよう。その方は、その者たちとそのまま同行せよ』
『はい。わかりました、おばば様』
→029 獣人たちの街/各々の朝
筆者注)プーラ/シンガプーラ、ティッシュ/スコティッシュフォールド、ロゼット/ベンガル(ロゼット模様から)