032 邪まなる者
砂の都ガムランの中央に燦然と輝く宮殿の謁見の間の前室で、国王ヴァンランディ・ユングリグは報告書を受けていた。
老師サンプサの実験農場が焼け落ちた。
老師の孫の胸には“動く骸骨”の骨が突き刺さり、家屋の中には2体の焼けた遺骨が発見された。気が狂れた老師が家屋に火を放ち、それに応じてスケルトンの反乱が起こったものと推察されるとある。
報告者によると、実験農場は国王の主導で、国民の間には、実験農場に近づいたものは殺されてスケルトンとして使役されていたとか、国王は国民を虐殺して費用の掛からないスケルトンとし労働力にする計画を立てているとか真しやかな噂が流れているとか。
一体どこから出た話しだ。そもそも、実験農場は都から離れた人気のない場所で実践しており、また成果が出てから発表する予定だったので国民に知れる余地などなかったはずだが。
だいだい、老師が錯乱などとは有り得ない。
他の国の再生事業も、まったく上手くいかないことばかりだ。
北方の海での漁獲高を上げることで食糧事情の改善を狙って、スクータの村の漁港を整備し漁獲量も徐々に上がってきたのに、輸送路に石化の魔眼を持つ魔物が出て都まで運輸が出来ないとか。(東方の海であるエーリ海は魔物の勢力が大きすぎて漁業など展開できない。)
東の岬(エーリ・ボアと呼ばれる渦潮ひしめく海峡を挟んだその先には、ナーストレンドと呼ばれる未知の大陸がある。)の“死者の洞窟”の調査も解禁した。
“死者の洞窟”のもう一方の出口はナーストレンドにあるとされ、過去に強力な魔物が現れたときにそこを通じて彼方の大陸より来ていると見られたため封印されていた。
その洞窟に出現する魔物からは、良質の魔結晶が得られることもわかっており、低迷する市場の新たな特産物にしようと考えたのである。
ただ、その魔結晶を回収してくるのは冒険者が主となるが、ユングリグ国の冒険者は質が低く、一向に成果の上がる気配がなかった。
来訪者を告げる扉を叩く音が、沈黙して考えを深める王の邪魔をする。
「重臣の皆様が、広間にて王のお越しをお待ちしています」
王の行動の催促とは、まったく…誰が支配者なのかわからんな。そう思いつつも、重い腰を上げるヴァンランディ。
催促してきた侍従を後ろに、広間への通路を歩く。広間の扉の前には、その両脇に衛兵が控える。「開けよ」と一言。
「待たせたか」と広間の面々に告げる。
自分の事業の収支の増加だけが興味の対象で、この国の行く末には一欠片の配慮をもたぬ者たち。
「では、各々方様より、ご報告を」
大臣筆頭であるフレデリク卿が第一声をあげる。
どれもこれも代わり映えのしない報告だ。
減収しているから補填が必要という名目での予算の要求。会議の形をとっているのに、こうしたらどうか、ああしたらどうか、と言う工夫の一言もない。そんな内容の報告だけなら、報告書としてあげるだけで充分である。それとも内容を突きつけることで、私に精神的圧迫でも与えているつもりなのか。
私は、腕を組みながら、目を閉じて、報告を受ける。
「陛下、陛下、報告を聞いておられるのですか」とフレデリク卿。
「聞いておる。で、寒々とした数字だけを並べ立てて、私にどうしろというのだ」
「陛下に現状を把握して頂き、然るのちに対策を願えれば…」
「何っ、それはそれら全ての原因が私にあるというように聞こえるぞ」
「いえ、決して、そのようなことはございません」
「私は様々に政策を立て実行し成果もあげておる。お前たちからはそのような話しは一向に聞かぬのはどうしたことだ。まさか、成功した事業は内々で処理し不採算事業の後始末をこちらに押し付けているのではないのか」
「… …」
「例えば、私のスクータの村の漁業政策が功を成しているにも関わらず、都に反映されないのは運輸を魔物に阻害されるからと聞いておる。エサイアス卿、先程の報告書で街道の警備費の予算を要求していたな。お前の領分の管理が杜撰なせいでこのようなことになっているのではないのか。自分の領分の街道の安全すら自前で守れず、国にすがるのであればお前の能力不足は明白である。すぐに爵位を返上せよ。それから…」
「少し、少し、お待ちくださいませ。我ら一同、少々、言葉が過ぎましてございます。そう性急に…」
「なに~ぃ。少々だと、この私に責をなすりつけるような真似をして、よくそんな言葉が吐けるな、フレデリク!」
席に着く者、皆が胸に感じることがあるのか、誰も視線を合わせようとしない。
「いとこ殿、失礼、陛下、そう熱くならないでくだされ」
この会議の末席に納まるインギャル・ユングリグである。この男、私の縁戚に連なる者として、この場の末席に引き立ててやったが、最近、にわかに発言力を増してきている。
「陛下にあらせられても、先程のスケルトンによる農地開拓事業が大失敗に終わり困っておられるところなのだ。そう陛下にばかり、現状の責任を押し付けてはなるまい」
王でさえ、つい先程、報告を聞いたばかりの件をあっさりと話すインギャル卿。
「何でも、そのことや、スケルトンのことが国民にはひどく不評のようで、街中では陛下に対して怨嗟の声があがる始末。いやはや、為政者の苦労がわからぬ者どもの考えというものはひどいものですな」
「何が言いたい、インギャル!」
椅子から半分立ち上がり額に青筋を立ててにらみつける国王ヴァンランディと、対照的に指のささくれでも気にしているのか指先をチマチマといじくりながら椅子にずれこむようにだらしなく座るインギャル卿。
「ですから、やることをしている“つもり”なのに、報われないこともあるものですと…」
「末席に座るだけで、なにもできぬ貴様が知ったようなことをぬかすな、愚か者が!」
「確かに、ここに座っているだけで、我にはここにおられる方々のような財力や兵力など持ち合わせていませんからな。我の考えなど机上の空論、実行できる権力がなければ無能の謗りも致し方ないですな」
自分のことを言っているようでいて、暗に国王ヴァンランディを皮肉るインギャル卿。
「そこまでです。各々方様、今日の会議はここまでと致しましょう。次回、また、改めて検討することと致しましょう」とフレデリク卿。
ザワザワと逃げるように退席する列席者たち。
気付けば、広間には国王ヴァンランディと大臣筆頭であるフレデリク卿の二人のみ。
「フレデリク。お前も私を無能と蔑むか」
「何をおっしゃいますか。我が君は、しっかりと職責を果たしておられると私は思います。しかし、今日はどうなされたのです。いつもとは別人を見ている思いでしたぞ」
「会議の直前に聞いた老師の死が、少々、応えた」
と、会議の前に前室で渡された報告書をフレデリク卿に渡す。
「腑に落ちぬ点が多い報告書ですな。しかし、成果が出ている政策もあるのです。ここまで悪くなった財政を一朝一夕で改善することなどできるはずがありますまい。あまり気に病んでいては、身体にも障りますし、良き考えも浮かびますまい。我が君には数日、ご保養なされてはいかがですかな」
「ああ、少々、疲れた。数日、そうさせてもらうと致そうか」
◆◆◆
その日の夜、奴隷商のハルブダの店内の小さな丸いテーブルには、いつもの4人に加えて、もう一人の人影が加わっていた。
その人物は椅子にずれこむようにだらしなく座り、その顔の位置はテーブルより低く、テーブルの真ん中に置かれたカンテラの明りが、ローブを深めに被ったその人物の顔を露わにすることはない。
閉め切った店内でも、カンテラの明りはわずかに揺れる。その度にハルブダの数本の金歯が存在感を主張する。
「で、今日の御前会議はいかがでしたのか」
「さすがに参っておったの。ちょっとのことでかなり怒りっぽくなっておったわ。あれではついてくるものが少なくなるも道理だろうな」
「ブヒィ。警備隊はわじの第3警備隊はもじろん、第2も掌握した。第1の上層部には手を出ぜないが、何かあっても実行部隊は動かぬようにはじだ。ブヒヒ」
「レーヴィ殿は、じじいの秘儀の会得は叶ったのですか」
「ふふふ。私の才能を疑っているのかしら。スケルトンの使役は問題なくってよ。ただ、長期稼働させるなら、生命力の代替となる魔結晶が必要と言っといたはずだけど、そちらはどうなのかしら」
「“死者の洞窟”だな。浅層部の大したことない魔物でも、ずいぶん魔素を貯めこんでるな。こんな感じの魔結晶だが使えそうかな」
冒険者のダンプが、コルクで栓をされたビンから黄色、青色、赤色をした半透明の六角柱状の小さな結晶体を取り出し、いくつかをレヴィアタンに手渡す。
「あら、これならなんとか使い物になりそうです」
「それを計画している軍隊の分だけの量が必要になるということですが、用意できそうなのですか」
「そのあたりは、やるだけやってみてだろうな。まあ、そちらは、今すぐって話しじゃねえしな。充分に見通しは立つと思うぜ」
椅子にだらしなく座る男は、背板に後頭部を座に背中を載せる姿勢で話を聞いていたが、誰に向けるでもなく言葉を発する。
「御前会議の重臣どももこちらに意を通じる者が増えてきた。国軍も、もうまもなくと言ったところか」
「国軍は、大事の際に動けなければ良いかと思いますが」
「ああそうだ。どうせ、大事の後、国軍は組織し直さないとその後の意味をなさぬ」
「ほぼ順調ですな」
「大事は、陛下が保養地に行く時に行うとす」
「ブヒヒヒ」