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089 病は気から

 宿舎に戻ると、真っ先に鈴音と智夏が寮長宅に風呂を借りに行く。こちらの一階の水場の水槽もお湯を焚けるようにはなっているが、作業所の一画の扱いだ。一応は目隠しの布が下がっているが、彼女たちには使いづらい。

 が、すぐに戻ってきた。

「大変なの」「双子ちゃんたちが熱を(ダウン)してる」

 いつもならば、帰宅を待ち構えていたかのような毛玉たちの出迎えがなかった理由が、発熱で苦しんでいたからとは心苦しいことだ。

「なるほど、状態は?」「マジか、母獅子(シェリル)さんはなんだって」「気が弱ったっすかね」

 寝込んだ双子兄(アルト)につられるように、双子妹(ランカ)も発熱したようだ。食事もとれずに、弱っているらしい。心因性のものかもしれないが、原因は不明だ。

「シェリルさんは、気合いだ、根性だーって、励ましてる」「寮長(ハゲ)はおろおろしてるの」

 智夏が少し怒っている。

「この世界あるあるっすか」

 以前に、柄持ち(オリヤン)先輩に病の治し方を聞いた時には、「増摩剤を飲んで暖かくして寝る。直るように念じれば朝には直ってるぜ」との事だった。

 体内の摩素が病原撃退に一役買っているのかも知れないが、なんとも不確定な話しである。

 但し、子供に対しては低級の傷薬などは与えるが、増摩剤などは処方しないそうだ。傷薬の効果を思えば、摩法薬が劇薬であることはまさに一目瞭然だろう。

「さて、どうしたものか」

 救護院につれていく。療養食を作る。“病は気から”を地で行く励ますことも大事だが、なにか出来る行動はないか。

 あの双子の存在が、こちらの世界での生活に適応するのに気持ちの助けになっているのは間違いのないことだ。見守る(なにもしない)と言う選択肢はないだろう。

「あー、俺、ちょっと店長さんに聞いてくるよ」

「そうだね、まさるくんも頼めるかい」


 ダグリッチに騎乗すれば、冒険者ギルドはすぐだ。

「ホーカン指揮下の“侍派有倶(ジパング)”です。アルベルティーナ店長に連絡を取りたいのですが……」

 公私混同、事実誤認も甚だしいが、今この時は嘘も方便と許されるだろう。

 受付に身分証を提示し伝える。

「まだ、二階の会議室にいらっしゃるのではないかと……」

 言いかけて向けた視線の先に、その当の本人が階段を降りてきた。受付嬢に礼を言い、修二が店長に駆け寄る。

「おや、ひよっこじゃないかい。何か手掛かりは有ったさね?」

 修二が小声で助言を求める。

「あたしは今晩は、このひよっこの寮に泊まるから、何かあったら、そちらに連絡をよこすんだよ」

 後ろの弟子たちに振り返って伝える。A級冒険者が選ぶ高級宿に店長とともに宿泊する弟子たちはそれらに足を向ける。

「じゃ~、私たちは宿に待機していますぅ~」

「何を言ってんだい、お前はこっちだよ」

 イテテテと耳を掴まれた弟子が抵抗する。

「イヤですって、ひよっこってば、低級の寮ですよね。いやぁ~、私のふかふかのお布団が~」

うち一人の弟子も同行することになった。二騎で訪れていて良かった。


      ◇


「どうでした?」

「今は、そこまでの大事じゃないけどね。子供は体力がないから、油断をしたらいけないさね」

 宿舎に店長を連れてきたら、寮長や母獅子が驚いていた。

 なんでも、店長は“投薬のアルベルティーナ”の二つ名持ちの有名人らしい。

「店長~、見守ってれば大丈夫ですって」

「ごちゃごちゃ言わずに、探してきな!」

 弟子が尻を(はた)かれていた。薬を作りたいが、素材が手持ちにないらしい。正確にはあるのだが、良質の、つまり摩素が充分に含まれた材料しかないようだ。普段からの仕事に対する姿勢が裏目に出た形である。それでも、本拠地のギムレイであれば幾らでも素材を入手できる店舗などの伝手はあるが、地縁(コネ)のない古都で見つけてこいと言われて弟子が抵抗していた。

 摩法薬でない生薬は保存が利かず、その場での調合が一般的らしい。需要も少ないので店舗売りはされず、また仮に販売したとして家庭で保管されて古くなった生薬(それ)を使われることも怖いと言う。

 修二がポンと手をひと叩きして、自室に戻り、大きな麻袋二つを持ち出して来た。“一攫千金(ジャックポット)”に譲られた例の摩素の抜けた薬種である。

「店長、この中に使える材料はありませんか?」

「あんたら…「あっ、ありま…見つけました!」お前は、とっとと製剤してきな。それで、どうして、こんな物を持っているさね?」

 手柄を誇るように素材を掲げた弟子は蹴り出され、修二は間違いなく、あの時の受付嬢と同じ疑いをかけられている。

「えーと、食べるためです。これって、俺らには食材なんですよ」

「本当に面白いひよっこさね。良し!それであたしに料理を作りな。晩飯と朝食で、治療代にしようじゃないか」

 目を見開いた店長が、続けて楽しそうに言い募った。


      ◇


「修二くん、薬膳料理なんて、作れるのかい?」

「マジか、なんで身内がハードルを上げるのさ。違うって、この薬種素材を使って、料理を作れってだけでしょ。だいたいが、薬膳なんて、こっちにある訳ないじゃん!」

「なるほど!」

 なるほど、じゃないよ。そんなの、祖母(ばあちゃん)でも作れない。白澤(はくたく)親父(じじい)(人の言葉を解し、万物の知識に精通するとされる妖怪)は放っておこう。

 まずは、粥だな。大蒜と生姜を効かせた押麦の粥だ。魚の干物でダシを取ろう。

 汁は、ネギと生姜のあっさり塩味に、長寿の実(クコの実に似た赤い粒)を散らすか。後は(カエル)肉の裂身を入れよう。蛙肉と言うのが、それっぽい感じがする。しないか?

 次は、はいはい、餃子ね。横から鈴音がうるさいので、餃子を副菜にしよう。智夏ちゃんは製剤を観察しているというのに、こいつときたら……包むの手伝えよ!

 主菜は、薬味たっぷりの和風麻婆豆腐だな。豆腐は朝食用に常備してるし、豆板醤(トウバンジャン)甜面醤(テンメンジャン)もないが胡椒各種と鷹の爪(橙辛子)でそれっぽく出来るだろう。

 甘味は葛湯にするか。糖蜜を加えて、柑橘ジャムも真ん中に落とそう。

 見事に生姜だらけになったな。

 これらなら、双子も口にしてくれないだろうか。



「「うんまい」」

 鈴音と店長の弟子が何故か見事にハモっている。

「これってば、高級料理ですよ~」

 そして、弟子は使用食材の一覧を見て興奮気味である。

「確かに有摩(うま)味はないが、優しい甘みに様々な味わいが加わって口が楽しい。ひよっこに嘘はなかったさね」

 修二たちが苦味と感じる有摩味は既に発散している。

 そして、主にグルタミン酸とイノシン酸の調和で生まれる旨味は、それを食べ続けることにより、舌の味蕾の感覚細胞が目覚めて初めて、その味を認知できる。慣れない者には薄い塩味や甘味にしか感じられない。初めて和食を食べて、「うまー」とはなりようがないのだ。

「双子に与えても、いいですかね」

「熱が下がったら、食欲も出てくるさね」

 修二の問いに、店長はにこりと頷いた。

「これは、明日の朝食も楽しみですね~」

「お前はもう帰ってもいいよ」

「そんなぁ~、お仕事を頑張ったじゃないですか~」

「ならば、夜もしっかりと頼んだよ」「え~」

 それは徹夜を示していた。



 食事を終えて、店長が革鞄から実験器具を出して、食卓に並べ始めた。

 鈴音と智夏は、寮長夫妻への差し入れを持って、双子たちの見舞いに出掛けた。店長の弟子も同行している。

 “金石之交(ディスパーション)”と代替の上級冒険者は交替で、街に食事に出たらしい。見習い冒険者もそれに同行している。

「それで現場に手掛かりはあったさね。ひよっこどもも行ったんだろう?」

 焚火(ふんか)台の下に数粒の固形燃料を置いて、円筒形のガラス容器を温める。

「下水路の最終沈殿池には目ぼしい物はなかったですね」

 冒険者ギルドは底を浚って、身分証などの手掛かりになりそうなものを探すそうだ。

 ガラス容器内に対流が起こり、中の黒い粒が踊り始めた。

「地下の壁が崩れて下水路と繋がっていた家屋には、印のついた古都(ガウトラ)東街区の地図がありました。憲兵方に見せたところ、大規模火災事案に関連する隠れ家の可能性も考えていたようですが、確証はなさそうでした」

 本件担当のホーカンも所属している危機管理(リスクマネジメント)部の関連で、火災事案に対しても、ある程度の情報を把握しているのだろう。それを聞いて、同意をしかねる様子だった。

 踊る粒から糸を引くように黒い筋が流れ出し、液体が褐色に染まるにつれ、芳香が立ち昇る。

 裕樹たちから報告を受けながらも、店長は容器から目を離さない。

「それは気になる情報さね。そんな場所にたむろっていた連中なんてロクな者じゃないさ。無関係とは考えにくいさね」

 煙ったような香りは、とある記憶を呼び覚ます。

「で、ひよっこどもは明日はどうするつもり……」

「話の腰を折って申し訳ない。この香りは?」

 裕樹が店長に興奮気味に伺う。

「苦茶さね。あたしはこれが好きでね。食後にはこれがないといけないよ」

「店長さん、厚かましい願いですが、それを分けて頂くことは可能ですか」

 修二とまさるも、その返事に期待の目を向ける。

 そして……

「なるほど、これだよ」「マジかぁ~」「落ち着くっす」

 香りを十二分に吸い込んで、苦味のあるそれを口に含む。(はじ)け豆の煮汁と言う事だが、味も香りも文句なしの珈琲だ。

「喜んでもらえて、あたしも嬉しいよ」

 酸味を不得手とするこの世界の住人に、苦茶は人気がない。

 店長は苦味が充分に抽出され、酸味がにじみ出す直前に豆を引き上げるのが秘訣だと言う。

「えーと、明日の予定ですよね。明日は弾け豆を買いに行きます」

 愛好者が増えるのは歓迎だが、度を過ごした反応に、店長も苦笑いを隠せない。

「……間違えました。冒険者らしく、少し狩りをしてみようかと」

「そうっすよ。E級らしく、おたおたと掲示板で依頼探しからっすね」

 罠を掛ける。

「それは面白い……が、ずいぶんと古ぼけた餌さねぇ~」

 新人と言うには、だいぶ年が行っているが食いつくだろうか。

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