第4話 宣言と相性。
「まだ質問は終わってません。シルバー、あなたに聞きたいことがもう一つあります」
「まだあるのか」
いよいよ質問も終わりかと思ったが、ティアからまだ質問はあると言われ辟易とした声音を漏らす。さすがに答えるのに少し疲れている。マズそうな部分を上手く省いてる分、説明には神経を使うのだ。
が、そんなジークの心境など気にした様子もなく、ティアは切り込むようにしてジークに問い掛ける。
彼がこの街にいると彼の師から聞いていた時から気になっていたことを。
「ストレートに訊きます。シルバー、あなたは何の目的でこの街に来たんですか?」
直球的な問い掛けをするティア。
眼力を強めジークを見詰めた。
「……」
ジークの方も黙ってはいるが、ティアに視線を合わせ、彼女の眼力を受け止めてみせる。─────内心、やはりきたか、と身構えながら。
「さらに言うなら、何故、今更学園に入ろうなどと思ったのですか? その修業時代に一通り学んだのでしょう? それが何故、村からかなり離れたこの街に?」
「……」
彼女の疑問は当然といえば当然であった。
ジークは修業時代に師から魔法知識から、社会的な基礎知識まで一通り学んでいた。冒険者であったこともあり、社会的な経験も学生よりも得ている。今更学園に入る必要などないほど。
さらに彼の村はエリューシオンの中でも田舎であり、ウルキアからもずっと離れた場所にある。彼なら空間移動で楽に移動が可能かもしれないが、それでも納得がいかない。
他の街もあった筈なのだ。なぜ、このウルキアにやって来たのか、ティアは何か重大な理由があるのだと確信し、それを踏まえ彼に問い掛けた。
─────いったい何を企んでいるのかと。
「あ〜それはな……ちょっとなぁ」
「……」
だが、ジークは答えない。曖昧な仕草で答えるだけだが、ティアにそれが肯定に見えて仕方なかった。
「一つ言っておくわ。シルバー」
言うと表情が一変、口調も変わり戦いの際に見せる戦士の面構えとなった。
「なんだティア」
剣呑な雰囲気のティアを前にしても、ジークは表情を変えず、聞く側に立ち彼女の言葉を待つ。
「わたくしはエリューシオンの王女。国を危機がもし目の前あれば、躊躇わず斬り捨てる覚悟があるわ」
「そうか。立派な騎士道だ」
これは宣言である。
ティアは自分の意志をジークに伝えたいのだ。
「──────たとえそれが誰でも、わたくしは迷わない。それがシルバー……あなたでも」
必要であれば、ジークでもあっても殺すことを。
迷いのないその瞳、彼女が本気であるのだと、ジークに伝わっていた。
────だから
「ああ、分かってる。もしその時がきたら、躊躇う必要はない。国の為、国民の為、そして、愛する家族の為、いつでも俺を斬りに来い」
殺気をのせて口にするティアに、ジークは受けて立つように目を合わせ、彼女の瞳を見詰めてそう口にした。
「……」
「……」
殺気を膨らませるティアと、受けて立つ姿勢のジーク。
部屋の物がカタカタと小さく揺れ、軋み出す。─────重圧していく殺気は部屋を極限まで圧迫していた。
いつ爆発がしてもおかしくない。
ティアとジークの見え隠れする会話の矛は、この時はどうにか収まりはしたが、これは一時的なものであるのは、対面している二人にははっきりと理解できていた。
そう遠くない未来、二人の矛がぶつかる危険を彼ら心の内で、しっかり認識していた。
◇◇◇
沈黙が続いてる最中、不意に思い付き少々気になったので、ジークはティアの今後の予定について、少し聞いてみることにした。
「なぁティア、おまえこのあとはどうするんだ? さっきの話からだと、その会談とやらは明日なんだよな?」
そう言って、窓の方を見る。外は既に夕方で日が沈みかけている。そろそろ、予選会も終わって男子生徒が寮に帰って来る筈。……万が一にも見つかると非常に面倒なので早々に退室を願いたいところだが。
「このあとですか? ……そうですね。一応夜まで時間が…………」
何気ないジークの質問にティアも何気ない様子で答えようとしたが、不意に何か忘れてるような表情して口を紡いでしまった。
「えー、あれ? 確かぁ……」
「ん、どうかしたか?」
少しばかり考え込む仕草をしてブツブツと呟き、しばし沈黙を続けたところで─────不意に。
「…………───っ!!」
なにか、とんでもないことに気付いたような、ハッとした顔すると自分を見て呆然とするジークを置いて、素早く隅に置いてある手荷物を漁り出した。
その表情には焦りと共に、危機迫る何かが含まれているようにジークには見えた。
「ティア?」
その彼女の後ろで一連の流れを眺めていたジークが声を掛ける中、彼女は荷物から一つ魔石を取り出すと、慌てた表情をしてその場で目を瞑りだした。
(感知系の魔石か? ……けど誰と?)
集中して魔力でも感じているのだろうかと、ジークは隣に移動し手元の魔石を見ながら予想してみる。
しかし、それが何を意味してるのかはよく分からなかった。
感知系の魔石は二つ以上あって効果を発揮する魔石。職人の手によって魔法式に手を加えることで、持っている魔石から別の魔石周囲の魔力の気配を感知できるが、それが一体……。と疑問を浮かべていた。
「……」
「……」
だが、ヘタに声を掛けて尋ねるのも何かはばかれる。真剣な表情のティアを見て、ジークの方も黙って見守ることにする。
しばらく沈黙が続き……やはり声でも掛けようかとジークが悩み出したところで。
「────っ! まさか、もうここまで!?」
「ティア?」
勢いよく目を見開き驚くティアに戸惑いの顔をして呼び掛けるが、ティアはそれを無視してその場で立ち上がって彼に告げた。
「す、すみませんシルバー。わたくし……もう帰りますっ!!」
「へ、帰る? ……って、おい!?」
突然の帰ると宣言するティアにポカンとした顔になるが、次の瞬間、借りて着ていたジークの服を脱ぎ出した。……今回もまた、ジークの目の前で。
「だ・か・らッ!! 少し羞恥心をだなぁー!」
「時間がないんですっ! 早くしないと彼女達がここに─────『ガチャァアアアンッ!!!』」
今度は流石のジークも叱り付けようとして、それをティアが必死に押し留めようとしたところで───────。
ジークの部屋の窓が勢いよく破られた。
「……」
勢いよく割れた窓ガラスの音に固まるジークは、割れた窓の方をそー、と見る。
「ティア、なんだアレ?」
指差す先にある黒光りな大剣を見ながらティアに問う。
恐らく───否、間違いなく窓を破ったてあろう大剣は、そのまま深々と床に突き刺さっており、……ジークとして下の階に住んでいる部屋の主の安否が心配になるが。……それよりも先にあの大剣の主の主人であろうティアに尋問してみた。
「ハ、ハハハ、え、えと……ゴメンナサイ」
「……」
彼女の謝罪を聞いてジークは思う。
(何に対しての謝罪だ? 窓ガラスが割られたことか? 大剣で床が破壊されたことか? ……それとも面倒ごとを連れて来たことか?)
怒るべきか呆れるべきか、というか、どちらにしようか悩む余裕がある時点で自分も十分可笑しくなっているか……。と、色々と複雑な心境のジークだが、大剣の主はそんな彼を待ってはくれなかった。
「ティア様ァァァァーーー!?」
「……」
戦争の合図にも聞こえそうな迫力のある叫び。
ジークは唖然として隠れもせず立ち尽くしてしまう。
結果、窓からよじ登るようにして、侵入してきた大剣の持ち主。ティアの専属護衛騎士のリンと遭遇してしまった。
「貴様は……この部屋の主か?」
「……はい」
つい敬語姿勢で答えてしまうジーク。……自分がシルバーだとは気付かれてない筈だが、どうも落ち着かないでいた。
ぎこちない姿勢のジークを不審そうに見ているリンだが、当初の目的を思い出してジークに質問し出した。─────だが、そこで気付いた。
「そうだ一つ聞くが、この建物内で緋色の髪をした女性を見なかっ……、ティア様!?」
部屋の主と思われるジークに主人ティアを見ていないか、訊こうとしたところで、背後で身を隠すように縮こまってる自身の主人……ティアを見つけてしまった。
「あ、あはははは……」
しかも、慌てて着替えたこともあって、若干着崩れした服装で。
────誤解を招きかねない危険な状況である。というか既に招いてしまったか、ティアの姿を見たリンが背後に雷でも落ちたような衝撃を受けていた。
「ティア様……そのお姿は!?」
「え、えっ! あ、ちが……!?」
リンがなにかショックを受けているか、彼女の視線だけで理解したティアは慌てて誤解を解こうとしたが、……遅過ぎた。
色々と手遅れ過ぎたのだ。ゆらりと上体を揺らしながら、床に突き刺さる大剣を握ると『ガガガガガッ!』と音を立て剣を引き抜いた。
「貴様アアアアッッ!! ティア様に何をしたこの下賤がぁ!!」
「ああ、待ってくださいリン! これにはわけが……!」
慌てた様子で止めようとするティアの言葉など耳に入ることもなく、床に突き刺さる大剣の抜いた勢いでリンは、ジークに向かって突撃したのだ。
「っ────『結界陣式・起動』!」
──────流石にここで戦うのはマズい。リンから膨れ上がった殺気に危機感を感じたジークは、素早く部屋に設置している特殊魔法陣を起動させ、強力な結界を作り上げた。
「む! 簡易系の陣か!」
(急げ急げ! こいつだとティア以上に厄介だ!)
部屋の補強を完了させたところでジークは、体内魔力を探り先の戦いでまだ体内に残っている暴走なく操れる分の魔力を把握する。
(安全に使用できる『消し去る者』の残量……あと1.5割未満か)
先の戦いで利用したジークが《消し去る者》と呼ぶ魔力は、たとえ使用せずとも、丸一日以上は安全な状態で体内魔力として残る。
ジークはそれを利用して、部屋に設置している結界魔法陣が耐え切れるレベルの魔法を発動させた。
(『零極・千の鎖』)
「む!?」
何も無い空間から無属性でできた巨大な一本の鎖が出現。
イノシシのように突進してくるリンを捕まえてみせた。
(よし、上手く抑えれた。このまま)
ティアの時と同様、リンの力量も知っているジークは厄介になる前に、早々リンを動けなくさせようと動き出した。……が。
「緩いな────ハっ!」
この程度など拘束にもならないといった。つまらなそうな顔をして全身の気をコントロールし、身体を強化して鎖を破壊してみせた。
本来であれば、上位魔法師であっても破壊が困難鎖を相手に。
「……」
「済まんな、私は魔法はからっきしでな。気に特化してるんだ」
「……」
───知ってたさ。
得意げに口にするリンに心中でジークは呟く。破壊される可能性はゼロではなかった。
しかし、こうして容易く破壊してみせるところを見る限り、気の熟練度はこの数年でかなりな物まで上がってると見えた。
(まあ、そうくるよな。気か……相変わらず面倒な。……だが、想定内だ)
彼女が気使いなのは大戦時に知っていたので、特に動揺せず次の魔法を発動させた。
(『部分強化・敏捷性』『神経伝達の加速』『跳び虎』!)
『零極・千の鎖』はそもそも囮である。最速移動で一気にリンに急接近したジークは、一瞬で懐に入られ目を見開き、無防備になっているリンの首筋に手を当てて──────
(『零極・千の衝撃』!!)
「ん! っ、ああッッーーー!!?」
衝撃波を直接食らわした。結界によって反動で床や壁が壊れる心配はないが、物などは一切補強できてない。今の衝撃で粉々になる家具を見て少しばかり傷付いていた。
そんな代償を払ってでも、なんとかしたい相手が目の前にいる。
「あ、ああ……!」
ジークの衝撃波を受け、痺れを起こしたようにプルプル体を震わせるリン。
普通であれば、十分気絶するだけの技である。
だが。
「っーー!」
「……!」
気による身体強化の影響か、ジークの攻撃に意識が飛びそうになるが、どうにか意識を保って膝に力を入れ、その場で踏ん張ってみせた。
(流石だ。……けど)
流石はティアの専属護衛騎士だとジークは心中で賞賛を述べる。
そして……次に移った。
(まだだ! 『零極・二千の衝撃』!!)
次のは二千回分の一撃。
生身であれば死んでもおかしくないレベルの攻撃魔法。ジークの背後にいるティアも焦りの表情をして止めに入ろうとしたが。
焦るティアをよそに、ジークは遠慮なくその背中から叩き込んだ。
「ッ!? ぬああああっーー!!」
咄嗟といっていい、本能で全身の気を一瞬で強化させたリンは、迫りくる衝撃波を受け止めてようとした。……そして実際に耐えた。
(気で強化したとはいえ、魔法抜きで耐えた!?)
「ナメるな……!」
先ほどよりも堪えた筈のリンだが、ダメージを負った体を無視して、手に持つ大剣に力を入れ、ジークに向かって大きく横薙ぎしてみせた。
「おおおおおい!? この場所でそんな技使うなよ!?」
気を纏ったその大剣からの一撃。魔力耐性に特化しているジークにはさすがにキツイ一撃だ。まともに喰らえばタダでは済まない。
(だから昔から気使いと精霊使いは苦手なんだ)
──────勿論、喰らったらの話であるが。
「終いだ」
「なに?」
その剣が届く前に彼の魔法準備が終わった。
「『属性転換』」
ジークのから漏れていた無属性のオーラが、黒きオーラ……闇属性へと変わった。




