第1話 決断と驚愕。
急な時間変更になってしまいお詫び申し上げます。
今回から更新時間がこの時間帯ぐらいに変わると思いますが、どうかご了承いただけるようお願いします。
「それでサナちゃんは大丈夫だったの? 試合」
それからしばらくの間、グッタリとしてしまったサナだったが、妹から優しい慰めのおかげでなんとか持ち直したところをみて、アイリスがそう質問をした。
食事前から色々とサナは待っていたアイリスに話をしていたが、その大半がジークに関連することばかりで、自分の試合については何も言ってなかった。
「え、あ、ええ、そういえば言ってなかったわね。勝ったわ。今のところ全勝よ!」
すっかり元気も取り戻した様子のサナ。
アイリスの質問に笑顔で活気ある声で答えた。
「そうかぁ。おめでとうサナちゃん」
「流石だよ姉様!」
姉の活躍振りを思い出して、嬉しげに賞賛の声を上げるリナ。
アイリスの方はそんなサナの姿が微笑ましく見えたのか、浮かべている微笑に母性を滲ませていた。
昔からの付き合いであるサナとアイリスは家族付き合いもあったことから、姉妹のように育ってきた。
だからサナが嬉しそうにしているとアイリスも嬉しいと感じ、アイリスが哀しんでいると、サナも一緒に哀しくなる。
その哀しみは怒りとなって、原因であるジークに向かったのだ。
(やっぱりわたしのせいだな。サナちゃんがジーくんを嫌いになって、周囲がそれに影響してジーくんを敵視するような人達が増えて……)
嬉し気に語るサナを見て、ふとそう感じてしまうアイリス。
サナはどこまで自覚しているか定かではないが、もし自分が部屋に篭るようなことにならなければ、そこまで激しくジークに当たらなかったとアイリスは思った。
しかし、結局自分が殻に篭ってしまったせいで、学園ではサナを筆頭にジークを粛清する生徒達が多く現れた。
(サナちゃんもリナちゃんも言葉を濁してたけど、たぶん相当酷いことになったんだジーくん)
一体どのようなことが起きたかよく知らないアイリスは、彼女らの口調や表情からどれだけ悲惨なものであったかを想像したのだ。
(ごめんね、ジーくん。わたしが弱いせいで)
改めて想像して哀しくなってしまったアイリス、表情には出さないようにしながら心の中で彼に謝罪を口にした。
その後も食事を進ませながら会話を弾ませていくと、『う〜〜ん!』と疲れたような声を漏らし、背筋を伸ばしたサナが切り出した。
「ふぅー、明日も予選会だし今日は早めに休もうかしら」
「うん、それがいいと思うよ」
サナの言葉に頷くアイリスが口にする。
試合は全て全勝だったといえ、やはり試合数が多いため思った以上に疲れがあるようにアイリスからは見えていた。
明日の予選会は多数の者達との同時試合での複雑な形式である。
サナが口にしたように早めに休息を取るべきだと彼女も感じていた。
────と、そこへ。
「アリスさん、ちょっといい?」
「リナちゃん?」
突然、二人の会話に割り込んできたリナ。
何か思い詰めたような複雑な顔をして、アイリスのことをジッと見詰めていた。
「……リナ、どうしたの?」
「リナちゃん、なにか気になることでもあった?」
いつもは見せないそんなリナの表情に僅かに動揺の色を見せるサナの横に、アイリスが微笑は浮かべてリナに問いかけていた。
サナの妹であるリナだが、アイリスにとっても妹のような存在だ。
彼女が何か悩みでもあるのなら力になりたい。……この時アイリスはそう思っていた。
「明日行われる試合、良かったら一緒に観に行きませんか?」
────リナからの発言を聞くまでは。
「……」
「アリスさん!?」
不安そうに聞いてアイリスの顔色を窺うリナだが、そこにいたアイリスは笑みを浮かべたまま黙り込んで固まっていた。
(あ、あ……)
心の中でも放心して固まってしまうアイリス。
いつか立ち直らなければならないと、心では分かっていても─────いざ、その機会がくると思い悩んでしまう。
逆に言えば、それだけ彼女が受けたキズは深いとも言えるが。
「そ、その、もうアレから結構経ちましたし、ボクもできればアリスさんと一緒に姉様の応援をしてみたいです」
「あ……うん」
すっかり固まってしまったアイリスを気遣うように言葉を選び口にするリナ。
そうして恐る恐る説得を試みる彼女にアイリスが退いてしまいそうになるところで─────姉のサナが動いた。
「アリス、私もそう思うわ。外に出るべきよ」
リナの話を聞いて苦笑を浮かべたサナが妹に加勢をする。
サナもまた、アイリスに学園に来て欲しいと思っている。
「リナの言う通りよ。学園側の温厚で退学扱いになってないけど、普通ならとっくにそうなってるのよ? それを休学扱いにしてもらってる。……そろそろ復帰すべきだわ」
「サナちゃん」
強気のある厳しい声音と表情をして、サナはアイリスに言い聞かせるように口にする。
「本当はこんなこと言いたくないし、アリスが受けた傷を考えると厳しいかもしれない。……けどね? やっぱりこのままじゃ駄目よ」
普段は妹のリナほどではないが、アイリスにも優しく接しているサナ。
そんな彼女からの厳しい言葉にアイリスは困惑した顔で彼女を見る。
「もし、できないなら……酷いようだけど、これ以上は学園側に迷惑なることだし……辞めるべきだわ」
「っ」
サナの辛辣な言葉にアイリスは悲痛な表情で息を呑む。
(……そうだよね。リナちゃん、サナちゃんの言う通りだ)
これも分かっていたこと。たまたま、自分の家が貴族で街でも有名な名家なおかげで、こうして特例として退学を免除させてもらっていた。
本来ならとっくに退学扱いなのだ。
サナの言葉でその事実を改めて痛感した。……だが
(っ、……けどやっぱり、わたしには)
脳裏に過るあの日の記憶。
天国のような日常が一変して地獄へ転じた瞬間を……。
(ふぅ……。おかしいよね、……ただ振られただけなのに)
事実は単純である。
ジークに一目惚れし、ひたすらアプローチをして最終的に……振られてしまった。
よくあることであった。
だが、この時のアイリスは自分でも異常なくらい彼に恋しており、依存していた。
そして、ジークは彼女以上にそれが分かっていた。
だから彼女を引き離すようにして振った。
「明日も予選会だから試合に出てるジークと対面することはないわ」
悲痛の面持ちで黙り込むアイリスの気を紛らわせるつもりでサナがそう口にした。
「う……」
それを言われてみると確かに少し気が紛られそうになるが、……やはり、まだ迷ってしまう。
「アリス」
「アリスさん」
「う……う」
悩む中、神妙な顔で二人から見つめられる。
それからしばらくの間、行くか行かないか。
外に出るか出ずに引き篭もって家事に時間を注ぎ込むか。
……ひたすら悩み続けた結果。
「…………」
小さく、本当に小さくではあったが、二人の視界には確かに頷き、了承の意思を示したアイリスがいた。
◇◇◇
ジークとティアの試合が終わりに差し掛かっていた頃。
学園の外で小さな騒ぎが起きていた。
「くぅ〜! ティア様は、ティア様はどこだ!? どこにいらっしゃる!」
甲冑を身に纏う黒髪の女性が焦燥感な表情で街中を早歩きで駆ける。
瞳に必死さを滲ませながら、四方を繰り返し見回している。
「落ち着いてください」
その後ろで無表情であるが、呆れた感のある女性が周囲をギロッとした目で見回す黒髪の女性を嗜める。
もう一人の女性は魔法使いが使用するローブを身に付け杖を携えており、薄ピンク色の短めの髪をした小柄の女性である。
二人はティアの専属護衛を務めている護衛騎士のリン。魔法使いのフウである。
ティアが今回の大会について、ウルキア騎士団長フェイント・シルワとエリューシオンでも有名なウルキア学園長リグラ・ガンダールの二人との会談に護衛を兼ね付き添うことになった。
実はティアがウルキアに護衛として引き連れて来たのは、なんとこの二人だけ。本来であれば、王族の身分を考えて大勢の護衛が必要であるが、ティアの父であるエリューシオン国王陛下はティアの実力と大戦経験者であることを考慮して、専属の二人のみの旅を許したのである。
その結果、ティアと共にエリューシオンから離れたウルキアにやってきたリンとフウであるが、到着して早々ティアが突然単独での行動を求めて、リンが異議を唱える前にどこかへ行ってしまったのだ。
当然、護衛として慌てて追いかけようとしたリンであったが……変装魔法を持ってるので人混みに紛れて消えてしまったティアを追うのは、いくら彼女でも困難であった。
ちなみにその時、魔法使いのフウだけは魔力からティアの居所を人混みから把握できていたので追おうとすれば可能であったが、命令を無視してまで追跡しようとは思わなかった。
彼女だけは実は主人がどこへ向かって何をしに行ったのか、本人から聞かされて知っていた。
ウルキア学園で魔道杯に向けて予選試合があると聞いて、その試合に是非乱入したいと学園長であるリグラに願い出たと主人から聞いたフウ。
……許可が降りたかどうかは分からないが、フウの主人はやる気に満ち溢れた顔で学園へ向かって行った。
その事情を主人から聞いた際、同じく護衛を務めるリンにも伝えたらどうかと、一応意見を述べたが。
「ティア様、ティア様っ、ティア様っ! ティア様ァァァーー!!!!」
「声が大きいです」
心配し過ぎて発狂したのか、主人の名を連呼してしまうリンを見て、呆れた眼差しを向けながら特に慌てず、迷惑防止の防音魔法を展開した。
恐らく大丈夫かもしれないが、王女の名を何度も連呼してしまうのはマズイかもしれないので、一応保険である。
「去り際に夜には宿に戻ると言ってたじゃないですか。明日の会談には間に合いますし、あの姫様なら大丈夫ですよ」
あの年で既にSランク冒険者と同等なのだ。
寧ろ心配することがおこがまししい。フウは護衛という立場以上に彼女のことを信頼していた。
「し、しかしだな……」
「それにもし、姫様が本気を出すような危機が発生しても、この街の広さであればどこであっても感じ取れます」
無表情であるが、僅かに自信ありげな目をしたフウの言葉に渋々同意するリン。
「く、それもそうか……」
どのみち感知能力が高いフウが動かない以上、この街からティアを探すのは苦難の技である。
彼女の言い分も確かに一理あると、リンは探しに行きたい衝動を抑えてフウと共に予約している貴族御用達の宿へ移動しようとした。
──────その時であった。
「────ッ!? な!?」
いつも無表情なフウの顔が驚愕の顔へと激変したのは。
背筋をビックと震わし伸び立たせて、何か信じられないといった表情をして虚空を見上げていた。




