第9話 回想。
「ふふふふっ! 準備〜準備〜」
ジークの同級生で友人であるミルルは現在、更衣室で戦いの準備をしていた。
試合も順調に勝ち進み、いよいよ次はジークとの試合である。
彼の方も順調に勝ち進んだと知り、上機嫌なミルルなのであった。
「え〜と、これと……これと……」
テーブルの上に幾つもあるナイフや小さな瓶にある液体、粉などを確認していく。
彼女の戦い方はかなり特殊で、いわゆる暗殺戦法を主とした戦い方なのである。
これも過去の境遇の影響であるが、彼女自身はこの戦い方についてとくに嫌ってはいない。
─────隙を突いて敵を倒す。
この戦い方によって何度、自分に降りかかってきた危機を乗り越えてきたことか。
幼くして両親を戦争で失い、小さな身一人で…………あの地獄のような戦場を生き残ったミルル。
彼女もまた、ジークと同じ大戦の際、戦場で戦った戦役者だったのだ。
といっても、彼女の場合望んで戦ったわけでもないが……。
「よし! 準備はオッケー!」
確認を終え身仕度を済ませると気合の声を出すミルル。
「ふふふっ、待ってなさいよジーク君」
そうして、よしと拳を握り締めて気合いを入れ終え、予選場である訓練場へ向かおうと──────
「ちょうどいいわ────代わって」
「───え……!?」
そんな声とともに、ミルルの意識が途絶えてしまったのだった。
大戦を経験して、暗殺技法に自身のあるミルル。
不意の攻撃、気配察知に自信があった彼女が……いとも簡単に落とされてしまった。
こうして皆の知らないところで、予選会は少しずつ……狂いだし始めていた。
◇◇◇
「はぁー」
ガーデニアンとリグラと別れたジークはさらに二試合を終え、特に問題無く勝ち進んでいた。
ちなみに今の息を吐きは試合の疲れではなく、その前にあったリグラとの対話である。
「思い返すとなんか、試合より疲れた気がする」
そう呟くジークの表情には確かな疲労の色が窺える。
どうにもリグラの存在感に慣れなかったジーク。
(うん。あの人とあれ以上関わると絶対ダメだな)
今後はさらにボロが出ないよう気をつけようと誓うジークなのであった。
「けど、あと二試合で今日の試合は終わりだ」
予選会は二日に分けて行われる。
一日目で五試合から六試合を行い、二日目では複数戦で二試合行われる。
基本一日目の試合数でその者の力量が大体分かる。
普通に考えて五〜六試合は多過ぎである。
もちろん勝ち越し数なども評価しているが。
体力が保たず魔力切れで戦えない者が大半だ。
そうして力量を測っていき二日目で、大会参加メンバーを選抜をする。
午前と午後で二試合にしてあるのは、より生徒の全力を見極めたいがため。
あと、一日目の試合は途中の試合を棄権することが可能である。
負けとして判断されてしまうが、次の試合にも参加可能である。
ちなみにジークはこれで四勝しており、実力は十分見せたのであとの二試合をサボっても、それほど問題ない。
「けどまぁ、一応出ないとな。次はミルルとの試合だし」
昼食時にミルルとの戦う約束……のようなことをしてしまったので、今更ここで帰るとあとが怖い。
「試合までまだ時間あるし……他の試合でも見るか……」
そう諦め感ある口調で呟くとジークは予選会場を見て回りだした。
◇◇◇
「サナ」
しばらく歩いていると、ちょうど同じクラスであるサナの試合が始まっているのが見えた。
「ハァー!! 『氷の捕縛』っ!」
「ああっ!?」
「ヤッ───!!」
見た限り戦況はサナに優勢のようだ。
得意の氷魔法で相手を動きを封じて、無詠唱の氷球で相手をダメージを与えていた。
「やっぱ上手いな。流石《金狼》の娘か」
彼女の戦い振りに関心を持ち頷くジーク。
「ハァ───!!」
「ぐっ!」
戦いは完全にサナの流れとなっている。
彼女の何勝したか知らないが、これ程なら明日の予選会がなくても大会出場は間違いないとジークは予想した。
「あ、あの……ジーク先輩?」
と、そんなこと考えていると横から声が掛かった。
「ん? ───リナか」
声のする方へ向くとサナの妹のリナが立っていた。
短めな髪を揺らして少し不安げな顔でジークを見上げている。
不安そうなのは間違いなくジークの所為だ。
「っ……! こんにちは」
「うー、こんちわ〜」
ビクビクして挨拶するサナに軽い口調で返事をするジーク。
軽い口調なのは彼なりにリナを落ち着かせようとする意図があるからだ。
(こんなところで泣かれでもしたら俺が悪役だしね)
ジークはもうすっかり慣れきていた、いつもののほほんとした顔でリナに向き合う。
「姉の応援かな?」
「あ、はい。先輩は」
「試合がまだだから、見学かな」
なんでもない風に答えるジークを見て、少しだけ不安が和らぐリナ。
(これはちょっとやり過ぎたかな)
その表情を見て以前の対話した際に少し叱られたのが余程堪えていたようだと苦笑してしまうジーク。
「少しお話しいいですか?」
「その前にその敬語、やめたらどうだ?」
「あ、そう……?」
ジークに言われ、リナは彼を恐る恐る見上げながら確認をとる。
もともと敬語口調は貴族としてのマナーだとして教え込まれたものを人付き合いが苦手なリナが逃口として使っていた。
あと今、彼女が敬語なのは先日の件が原因だ。
リナは少し考える仕草をすると。
「うん、わかった」
砕けた口調でジークと向き合うことにした。
「あの……聞いてもいい?」
「なにかな?」
この時ジークはリナの質問について、幾つか予想していた。
たとえば前回の続き…………だがその件で一度脅されているので可能性は薄い。
他で思いつくのが、今冒険者として活動しているジークのもう一つの顔であるジョドについて。
これに関してはジークももうバレているであろうと考えているため、既に諦めの境地にいる。……だが、話を振られても惚けるのだが。
(影から見守る感じだったらバレなかったと思うけどな)
一番の失敗だったのが、護衛依頼の際ジョドの姿でリナに会ってしまったことだ。
噂程度のジョドとジークの接点は少ないが、ジークを知る者がジョドのことを知れば不審に思う筈。
なにせジークがこの町に来て、学園に入学した頃とジョドとしてこの街で活動を始めたのは、ほぼ同じ時期なのだ。
現に妹と会話してジョドの存在を知ったサナは、真っ先にジークを疑った。
そしてリナもサナと話をした結果、ジークを疑い出した。
そんな可能性をなんとなく想像してしまうジーク。
(まあサナに情報が流れた時点でアウトなのかもしれない。調べてみたらどんどん怪しくなっていたってところか)
実際にそんな会話をしたかどうかは定かではないが。
そしてもう一つ……。
(アイリスの話だけは勘弁してほしい)
ジークとしてもアイリスとの件については、もう触れないでほしい気持ちで一杯なのだ実は。
(ていうかアイリスもいい加減出てきたらいいのにな)
引き篭もった原因を作った手前、言葉にはしないジーク。
だが。
(今更思い返してみると……確かに俺の方も)
────ふとアイリスとの関係について思い返す……。
周囲から『なぜ付き合わないのか!?』と激怒され続けても付き合おうとは考えなかったジーク。
涙を流して縋り付く彼女を見ても、付き合う気になれなかったジーク。
─────なぜ付き合おうとしなかったのか。
彼女のことは決して嫌いではなかった。
見た目もそうだが、性格も愛嬌があった。
だがそれでも付き合あう。……好きになれる気がしなかったジーク。
なのに彼は周囲から色々と罵倒を浴びる原因となるほどにアイリスの近くに居続けた。
────それはなぜなのか。
(そういった好意があるとアイリスに思われても否定しきれないな)
彼なりに思うことがあった。
───衝動的だったのだ。
彼女と出会った時、ジークは驚きを隠せれなかった。
驚愕して、動揺して、愕然として、怖くて、…………そして嬉しくて。
──────好きになることが出来なくても、ジークはどうしてもアイリスから離れられなかったのだ。
だが、それを今更後悔してもしょうがない。
ジークはアイリスのことに関して、一旦思考の隅へと追いやることにした。




