第2話 依頼終了。
修正。
ミーアに頼んでいた物を回収した後、イヤイヤではあるが、昼頃。渋々ギルド会館にやって来たジークはシャリアが居るギルド長室に入っていた。……のだが。
「ううっ〜〜〜! ジーークゥっ!」
入る部屋を間違えたか。一瞬だが、ジークは本気で目を疑った。
修羅のオーラを放つ幼女が君臨していた。
「そこになおれ!」
「はい……」
降伏すればいいのだろうか、思わず姿勢を下げかけるが。
「いや、なおらなくて良いので、向かいのソファーに座ってくださいジークさん。まずはお話を聞かせてもらえますか?」
「は、はーい……」
ご立腹どころのレベルではないシャリアさんの憤怒に塗れた顔。プンスカ状態の彼女に圧倒されて跪きそうな勢いだ。……それだけシャリアから怒りのオーラを放たれていた。
「おのれぇ……」
「ギルマスも落ち着いてください」
対するキリアはそれほど怒ってる感じはなく、今にも飛び掛からんとするシャリアを抑えていた。
「では失礼しまーす」
「はい、飲み物を用意しますね」
「あ、ありがとうございます」
「グルルルルル」
「そこの猛獣さんは唸ってないで仕事をしてください」
「クゥー……」
(な、なんて人だキリアさんは! 元Sランクの妖精を飼い犬のように飼い慣らしてるよ……!)
何気にシャリアをペットのように扱うキリアを見て、ジークは軽く戦慄した。
「ではジークさん? 話を聞かせてください」
「りょ、了解しましたー」
いつか自分もこうなるのかなと、ジークはキリアの飼い慣らし振りに恐怖を覚えてしまった。
◇◇◇
「ということです。はい」
「サラッと言うが友よ。昨日の今日で潰すか? 実はそこら辺の有名な暗殺のプロかそなたは?」
「ジークさんって仕事の時は本当に短気ですよね。普段は結構のほほんとゆったりペースの方なのに……なんでいつもそんなに即殲滅派なんですか」
「そこまで言いますかお二人さん」
いざ今日起きたことを説明したが、それに対する二人の反応に傷ついた様子を見せるジーク。
「まあ、いつも依頼は速攻で済ましてきましたが……」
二人の言い分もなんとなく分かるので、若干複雑な気持ちに駆られる。
これまで熟してきた依頼の達成スピードを考えると、しでかしたジークとしても言い返し辛いが……。
「あーいいじゃないか? これで継承式の際に邪魔が入らずに済みそうだし。これで一応は安心だろう?」
「あのなー? 我々が頼んだのは護衛だぞ。敵を殲滅しろとは一言も言ってないんだが?」
「……その護衛対象の安全確保を敵の殲滅という形で成り立たせたんじゃないかよ」
「なんだと?」
わざわざ情報を寄越してきたくせに、内心イラっとするジークの声にシャリアからも不満の声が漏れ出す。
そして、そっとキリアは溜息を吐いたのが合図だった。
「公に出来んと言ったことを忘れたか! お前の存在以上にルールブ家の騒動がバレる方が厄介なんだぞ! それが分からんのか貴様っ!」
「両方守れとか無茶な追加注文して! 俺のやり方までいちいちケチをつけるのかっ!? 俺は便利屋じゃないんだ! 優先すべきは二人の安全だ! 家の問題なんか知るかっ! これっぽっちも興味なんてないっ!」
「──っ! そなたは!」
ジークとしては依頼を完遂するため、手早く持ってる手札で済ませに行っただけ。多少迷惑を掛けたかもしれないが、それでもこの結果、護衛対象が狙われる可能性が格段と減った。
「話は終わりだ」
「……!」
……以上の理由をシャリアにぶつけて、さっさと立ち去ろうとして、カッとなったシャリアが先に立ち上がりかけたが……。
「そこまで、です!」
「「……!」」
立ち上がりかけた二人を押し留める圧。
キリアが放つ結界使い特有の圧力が格上の二人を動きを僅かに止めた。
「この場は話し合いの場です。いい加減にしないと、たとえお二人でも容赦しませんよ?」
ここに来て初めてジークに対しても鋭い目付きを向ける。
シャリアにとって日常的であるが、久々に感じる視線にジークは……。
「容赦しない……か」
「はい」
なんとも言い難い。出来もしないとは言わないが、彼とて彼女と争うような真似はしたくはない。……たとえ取るに足らない、格下の相手だとしても。
「まあ依頼を受けて欲しいとそなたに頼んだ以上、暴れた件については…………煮えくりかえりそうだが、ガマンしよう」
「あははは……ホントごめん」
秘書を敵に回したくないのはシャリアも同じである。未だに不満そうであるが、ジークを睨む視線を逸らして目を瞑った。
ジークも謝ったことでとりあえず先ほどのやり取りは有耶無耶にできた。
◇◇◇
「はぁ、護衛依頼について、ルールブ家当主から今朝、使者を寄越して手紙が来た」
どうやらジークが《魔境会》の殲滅戦を行っていた時、ギルドの方でもゴタゴタがあったようだ。
「キリア。手紙をジークに」
「はい。ジークさんこちらになります」
シャリアの指示で保管していたルールブ家からの手紙をジークに手渡した。
「ん、どうも」
手紙を受け取ると開いてる封から中身の紙を広げて、書かれていた内容を読む。
「……は?」
……しばらくして顔を上がる。その目は少し見開き驚きの表情をしていた。
「依頼を取りやめる? 継承を延期?」
「そうだ」
確認のために聞くジークに頷くシャリア。
「実は昨日の起きた件についてそなたが帰宅後、すぐさまルールブ家に報告したのだが、……今朝返ってきた返答がコレだ。ルールブ家当主は今回の継承を見送るそうだ」
「マジか」
更に詳しくジークが訊いてみると、どうやら《七罪獣》、《魔境会》と娘たちが魔法世界でも有名な犯罪ギルド、極悪宗教に狙われていたと知って考えを改めることにしたそうだ。……なにより継承後、自分の手の届かない学園内で、万が一の事態に発展したら今度こそ内々に抑えるのが非常に難しい。そういった理由もあるようだ。
「あいつとしても色々思うところがあったんだろう。……一緒に謝罪文が送られてきたわ」
シャリアは呆れたような表情で引き出しから封筒を一つ取り出して見せた。
「今回の依頼事態ムリヤリ押し通したようなものだからなぁ。後日謝りに来るそうだ」
「つまりジークさん、護衛依頼はこれにて終了ということになります。報酬については「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」」
シャリアが話を終え、キリアから依頼終了の話が来たところでジークが待ったかける。
「え、えーと、俺潰しましたよ? 《七罪獣》も《魔境会》も……」
ジークは突っ込まずにいられなかった。今日の朝の時点で狙っていた二つの組織を両方とも潰したというに肝心の護衛依頼が終わってしまった。……脅威はすでに払われたのだが。
(ていうか、さっきまでの衝突の意味があったのか? 終了なら終了って最初の時点で言えよ)
「そなたの言いたいこともわかる。この手紙もそなたが《魔境会》の拠点を潰す前に届いた物だ。だが向こうは貴族で依頼主だ。貴族のゴタゴタで依頼が取り消しとなるのはよくあるし、依頼主の事情で断ることもある」
「いや、だがな……」
「それにジークさんこれはチャンスですよ?」
正直納得がいかないジークは尚も食い下がろうとするが、そこにキリアが挟む。さっきまでの鋭い気配と視線は消えて、いつもの彼女に戻っているが、理解出来ない彼は困惑した様子で彼女を見つめる。
「チャンス……ですか?」
「今回の件でジークさん───いえ、《達人》のジョドさん。貴方の存在がもう噂程度では済まなくなってしまいました」
神妙な面持ちでそう告げるキリアにジークは表情が固まる。……心当たりがあり過ぎて、どれが決め手だったか無駄に考えてしまった。
ジョドとはジークのウルキア冒険者としての仮の名とランクであるが、最近の行動を思い返して、キリアが言いたことがなんとなく分かってしまった。
「先日街中をその姿で動き回ったみたいですね? リナ様をギルド会館にお連れした時も注目されていたようですが、その時点で噂の冒険者《真赤の奇術師》の話しが浮上しました。そのあとにも堂々とギルドホールに入った結果……こちらとしてももう誤魔化し切るのが困難になりました」
(そんなに目立つのか……って普通に目立ちますね。ホントごめんなさい)
「実はそなたが帰宅した後、ホール内が軽く騒動になったんだぞぉ。町の冒険者もそうだが、商人の中にもそなたの噂を知る者が多く居ってな。職員たちが何度も質問を受けたそうだ。……特にその場でそなたの対応したキリアがな」
「え!?」
キリアの説明を引き継いで語るシャリアの内容に固まっていた顔が驚愕の顔へと変わる。
彼が考えたよりも大騒ぎになっていた事実。同時にいつも世話になっているキリアに迷惑が掛かっていたこと。次第に申し訳ない気持ちになり、慌ててシャリアからキリアの方へ顔ごと向けた。
「ホントすみませんキリアさん。俺としたことが、そこまで考えてませんでした」
暴れたことに後悔はないが、目立ち過ぎたと目の前に居るキリアに頭を下げ謝罪するが、キリアは気にした様子もなく首を横に振った。
「お互い様です。ジークさんのおかげでこの街は一年前よりも住み易くなりました。あなたが何度も街を救ってきたことに比べれば、これぐらいは大したことではありません」
偽りのない眼差しで彼の謝罪に感謝の言葉を返すキリア。
そう、彼女は知っている。シャリアとの協定でジークはこれまで何度も街を守ってきたことを。
彼がこの街に来る前は、この街の人々、特に冒険者たちの死亡率が高かった。
この街の付近には『森の道』や『川の道』、『崖の道』など危険区域と指定されている場所が数箇所も存在していた。
各場所の共通点は魔物が出る噴き溜まりということ。魔物たちが群れとなって集まり、付近の村や通る人を襲うことがよくあった。
群れの情報が入る度、隣町や騎士団などと協力して群れとなった魔物たちを討伐してきた。
しかし、それでもやはり死者は出ていた。
まだ冒険者になったばかりの者、ランクが見合わず強敵と遭遇して返り討ちにあう者、理由は様々であったが、その度に死人が出ていた。
群れが集まる頻度は三ヶ月に一度ほどで、ヘタすれば月に一回の時期もあったほどだった。
だが、それの終わりない連鎖を終わらせたのがジークである。
彼が一人で危険区域を荒らし周ることで隠れていた魔物を次々と倒して行った。
三ヶ月に一度のペースで起こる群れの発生を止めた。ただ魔物が集まる場所であることに変わりなかったため、今も情報が上がる度にジーク自らが単身で乗り込んで退治してきた。
「ギルドマスターは、あー言ってますが、ジークさんのおかげで若い冒険者や街の人が魔物に襲われず、最小限で済んでいることに感謝しているはずです」
「ふんっ」
「……そっぽ向かれてますが」
「それはジークさんの所為です」
キリアの話を聞いてどこかむず痒ういものを覚える中、シャリアの方は不貞腐れたように彼と視線を合わせない。
「あと照れてるだけです。可愛いでしょう?」
「……ああ、可愛いな」
「おいっ!? なぜ納得するんだ!? どう見ても違うだろう! あと可愛い言うな!」
妙に説得力のあるキリアの言葉につい納得してしまったジークだが、それを遮るように慌ててシャリアが視線を戻してきた。……若干頬が赤いが、二人とも突っ込もうとはしない。
「まあ、あれだ。シャリア」
「なんだ……?」
だが、結局シャリアやキリアに無理をしてもらったことに変わりない。頬をかきながらキリアにも顔を向けた。
「今度何か奢るから、今回は勘弁してくれ」
「よし許そう」
「即答ですね」
このような具合で……どうにか許しを得たジークであった。
……ところで。
「あ、話を戻しますが、なんで依頼が終わるとチャンスになるんですか? 話が逸れて忘れてたけど」
「「……あ」」
肝心のジークの疑問がまだ解かれていなかった。




