第16話 潜んでいたソレと彼の精霊のチカラ。
ま、間に合った(汗)
11月17日:後書きに追加のコメントあり。
そこは塔の最下層。第1層よりも遥か下の隠された階層。
巨大な魔石が設置してある魔物の生産工場だ。同時に塔中に魔物を送り込む為、常時大量の魔物が棲み着いている。魔物以外は近寄ることなど許されない魔の巣窟でもあった。
「ふわ〜……よく寝た」
ヘタすれば最上階よりも危険な階層で、ソレはゆっくりと起き上がる。
嫌がらせをして疲れたので軽い仮眠をしていたソレは、うーと背筋を伸ばして周りを見渡す。
『……ッッ』
視線を向けると離れた物陰から、ソレの様子をを覗くモノ達が映る。
この階層の住人であるいろんな種類の魔物達。ランクも様々で数も分からない程この階層に棲み着いていたが……。
そんな魔物達がただ向けられただけの視線に、ビクビクッと体を震わせていた。
まるで最悪の強者と遭遇したような雰囲気で。
ソレが起き上がった途端、その層に重い空気が乗し掛かっていた。
「……騒がしくなってるな」
ちらりと中央に設置された巨大な魔石を見る。
不透明な輝きを発しながら、何か訴えているような何度も発光する。……心なしかやつれたようにも見える魔石にソレは手を振って応えた。
「ああ、分かってる。なんとかしてやるからちょっと待ってろ」
そう言って移動すると設置してある転移の魔法陣の上に立つ。……その際、周りに居た魔物達が怯えたように離れていくが、ソレは一切気にしない。すっかり怯え切っている魔物達に興味すらなかった。
本来なら侵入者であるソレは始末すべき存在だ。
塔内部でも重要な施設でもある魔物の生産工場。そこに堂々と入り込み、あろうことか番人でもある魔石型の魔物を脅し協力を得て匿っていた。
その所為で主人に知らせることも出来ず、ソレの嫌がらせ行為を見逃してしまった。
転移魔法陣を利用してこっそりと各階層に移動。
工場と同じくらいの重要な魔道具をこっそりと破壊。
祭壇にもバレないようにこっそりと忍び込み、こっそりと破壊工作を繰り返して、探検気分で塔内を満喫していた。
バレそうになっても魔石がフォローしていたので、誰も気付かれることはなかった。他の魔物と違い話が分かることから、無理やり縛られた塔からの解放を約束に協力を得ていた。
そして、塔の主人シャドウが頭を抱えている間は、見つけた食い物を摘みながらこの時間まで寝ていた。
「行くか」
が、休憩もここまでだ。
輝く魔法陣に包まれる中、ソレの瞳は凍てつくように冷たくなり、表情も暗く読めない何かに変わった。
「邪魔するなら……皆殺しだ」
眠っていた死神がとうとう鎌を持ち上げた。
完全にその場から消えるまで、数百の魔物達は動くことが出来ず、終始生きた心地を感じなかった。
*
正直100層もあったらこんなお約束通りに塔を進もうとはしなかったが、調べた時に階層が30までしかないのを知った。ショートカットしようかと検討もしたが、後始末がまた大変になるので最終手段に取っておく。
侵入した場所が多分10階なので、今が大体15層あたりの筈。ちょうど半分は進んでいる計算だった。
「ふんっ」
わざわざ見えるようにミイラ型魔物を握り潰して、守っていた次の階の扉を開ける。
すると、これまでのフロアを照らした人工の光と違う、自然界の太陽のような光が扉の先から漏れ出す。
その光を見た俺は、一度2人に視線を向けて警戒するように促す。2人もコクリと頷いて扉の先へ意識を集中するのを見て、俺は先陣を切り扉の奥へと進む。
「お……」
そこは、これまでになく異様に広かった。雲1つない青い空と地上を照らす太陽。辺り一面は森と言えるくらいの大量の木類。地面には草原が生えて、見えないが微かに川の流れる音も聞ける。
大自然と言っていい光景がそこにはあった。
「なんか、さっきまでよりずっと広くなってないか?」
「ああ、確かに広い。……たぶん階段は奥にあると思うが」
「ただ、広いだけではありませんよ、刃。この場所は既に精霊で満たされて拠点となってます」
ひと目見たヴィットの第一声に俺も頷くが、精霊使いでもあるまどかはいち早く気付いたか、左右に視線を巡らせて言ってくる。
“融合状態”でも精霊使いではないので気付け難いから、早々に忠告してくれて助かったが。
「? 拠点ってどういうことだ? オレも精霊の存在には気付いてたが、これぐらい普通じゃないか?」
感知能力が相当高いらしいヴィットは、精霊の存在にも感知していたらしい。
しかし、疑問があるのか、まどかの忠告に首を傾げて尋ねてくる。確かに拠点と言われてもピンとこない。自然の場所なら精霊が多くても不思議ではないと思うが……。
「基本精霊は住み易ければ何処にでもいます。森や川などに多いのは穏やかで静かな場所で騒がしい者達が居ないからです」
「ならこの場所も住み易い環境ということではないのか?」
「はい、ここがダンジョンではないのなら」
「っ! ていうことは……」
彼女の説明に問題ないのではと口にするが、次の言葉を聞いたヴィットがハッとしたように目を見開くと、それを見ていたまどかがコクリと頷いた。
「この場に居るということは敵の精霊達。恐らくあのダークエルフさんが使役する精霊達だと思われ『その通りよ』──っ」
まどかの声を遮るのは、棘を含ませた妖艶な女の声。反応して俺達はそちらに視線を向けると……。
『待っていたわ侵入者。……そして四神使い』
「へぇ、次は君かぁ。ならここはおれの出b───『キサマハマズ死ネェエエエエエエエエエッッ!!』のぉわわわわわわっ!?」
女性の声とは思えない、恨み辛みを込めた怨念の雄叫び。
それと共に繰り出した鋭い跳び蹴りがヴィットを襲う。避ける暇もなく顔面から受けた彼は扉の方まで吹き飛ばされ、扉に叩き付けられた。生きてるかな?
……。
……。
「うん、良い蹴りだ。とても華奢な妖精族とは思えない」
「はい、迷いのない良い一撃です。魂まで砕こうとする復讐心が込められていました」
『敵だけど、褒めて貰えて光栄よ』
一瞬どう反応すべきか困ったが、事前に彼の所業を聞いてたのと敵だけど彼女を不憫に思ったので、とりあえず彼女を褒めることにした。……まともな感謝の言葉が返ってくるとは思わなかったが。
出来ればスカートの方が良かったけど。
革製の短パンらしき物を着たヴィットとは異なる、冒険家のような格好をしたダークエルフが憤怒の形相で登場した。
『こいつの所為で、こいつの所為で……グスっ、まだ付き合ったこともないのにっ』
つまり未経験な……見た目はアレなのに意外だ。
『女友達以外、誰にも触らせたなんてないのにっ。人の胸をあんなぁ……』
両手で胸の辺りをワナワナさせてブツブツ言ってる。ちなみに表現が難しいが、ワナワナとは触れるか触れないか辺りで手を震わせてる感じで、見てる分には興奮しそうになる。
けど、それと同じくらい可哀想に思えてくる。
どうしよう、敵なのに戦いたくないなぁ。
『し、しかもフライパンを……フライパンをあんな風にっ。もう料理したくても触れないじゃないっ!』
もう俺達2人のことも無視して、扉に叩き付けられたヴィットをキッと睨みつけていた。
余程トラウマだったのか、涙目で羞恥心か怒りのあまり森がザワザワしていた。
なんかヤバそう。
「……」
それと気のせいか、まどかがヒヤヒヤしている気がする。精霊のチカラを感じ取れるヴィットと彼女には、俺が感じれる以上の何かを掴んでいるようだ。
……とりあえず、自業自得だしヴィットを見捨てて先に進まないかまどかに相談するか? なんか放置してもしょうがない状況だし。
「なぁまどか。ちょっと相談が……」
「ええ、行きましょうか、刃」
「あるけど……たったいま無くなった」
相談前に相談が終わったよ。
俺も可哀想に思えたけど、同じ女性であるまどかそれ以上に憤慨だったか。
言い出した手前、ちょっと困ったぞ。
「あのー持ち掛けた俺が言うのなんだけど。怒る気持ちも分かるが、もうちょっと考えてみない? あんなだけど一応味方だしさ」
「ん? 別にそう意味ではありませんよ? 色々と思うことはありますが……」
思うところはあるんだ。けど、何が違うんだろう?
顔に出ていたか、俺を見て言い直すまどかに首を傾げると……。
『チリ1つ残さないっ! 女の敵が! 潔く葬られなさいっ!』
妙な言い方のまどかに耳を傾けている間に、ちょうど事態が動き出した。
『“罪なる魔獄の雷よ、我が導きに従い招来せよ”』
魔力の感じから精霊魔法だろうか。手を上に掲げた女性は何か詠唱を唱えると、掲げて広げた手のひらに紫色の雷が集まっていく。空にも薄い紫の雲が出来上がりゴロゴロと鈍く鳴り響いていた。
そんなことは、もうどうでもよかった。
「アレはまずい!」
見ているのはここまでだ。
俺も参戦しないとあの雷は危う過ぎる。『身体強化魔法』のスピード型の“風魔”でダークエルフとの距離を詰めようとした。
ところが。
「っ!? まどか!」
「待ってください、刃」
なんと飛び込もうとしたところで、俺の前に手を伸ばしたまどかに止められてしまった。
まさか邪魔されるとは思っていなかった。一体どういうつもりかと、睨む付けるが、その所為で出遅れてしまった。
普通の雷系統ではないのか、それとも異世界の魔法だからか、見たこともない紫に輝く雷を操り凝縮していくと……。
『死して詫びなさい! ──『魔精霊の雷業』ッ!!』
倒れるヴィットの頭上から落とされる紫色の稲妻。何かの手を象ったようにも見えたが、もう止めることも出来ず焦り出すだけで動けない。
倒れている彼は反応することも出来ず、触れるだけでも危うそうな稲妻にあっさりと飲まれる。
筈だった。普通なら。
【させない!】
【させませんっ!】
直撃する寸前に聞こえたのは、重なり合う女性の声。
これまで何度も聞こえた幻聴……否。
彼の中に潜んでいる精霊達が表に出て来た。
姿こそ見えないが、声にと共に溢れ出た赤と青のオーラが障壁のようにして、降り注いだ稲妻を弾いた。
「心配はないでしょう。あの変態、どうも精霊使いの中でも特殊なタイプのようですし」
規格外ということか。
いや、俺も【魔導王】の際に感じ取ったが、まさかここまで違うのか。
背を向けた状態で起き上がるヴィット。すると銀の鎖から欠片を2つ、左右の手で握り締めると流れる2色のオーラをそれぞれの欠片に注ぎ込む。
銀の欠片が反応したか、握り締める左右の手から赤と青の輝きを漏れ出して、武器の形へと変化していく。
「ホント……女性とは戦いたくはないんだがなぁ」
徐々に形状がハッキリしていく左右の武器を眺めて、冗談風に口にする彼はゆっくりと振り向いて彼女と視線を合わせる。
『────ッッ!!!!』
避けるならともかくまさか障壁だけで弾かれるとは思わず、憤怒の顔から一転して驚きの顔をしたダークエルフだったが、警戒の色を強くした顔が彼と目が合った瞬間、さらに豹変する。
俺から見えた彼の表情は悲しげだった。
困ったようで残念そうにも見えて、とても彼女の表情を何度も豹変させれるとは思えなかった。
彼から発せられる精霊のチカラと変わった彼の瞳を直視しなければだが。
まるで蛇に睨まれ……いや、巨大な龍と火の鳥に睨まれた小柄な妖精は、ここに来て初めて恐怖を感じていた。
「仕方ないかぁ。今度はフライパンじゃ済まないが……悪く思うなよ?」
『ッ──まだ、負けてないわッ!』
もう俺達が離れて行くのも気付かず……いや、対応することも出来ないでいる。
彼から視線を逸らすことも出来ない彼女は前にも出した毒の鞭を構えて、周囲の使役出来る精霊達すべてを呼び覚ます。
やや感情的ではあるが、あの巨漢に比べても彼女は冷静だった。
出し惜しみせず森すべての精霊達を使って彼を倒そうと全力を振るう。
しかし、ヴィットからしたら数だけは多い。
取るに足らない存在でしかなかった。
「どうかな? 既に君の魂は敗北を認めているように見えるが」
『望むところよ、四神使いっ!!』
紅蓮のような赤き瞳と湖のような青き瞳。
左右に異なる色の瞳となったヴィットは、新たに取り出した紅き剣と青き薙刀を持ち構える。
魔力で生み出した武器とは違う。ハッキリとした輪郭と金属で出来たような見た目をしており、素人な俺でも分かるほど巨大なチカラが凝縮されていた。
「──行くぞ」
鞭を構えたまま硬直するダークエルフへと、弾丸の如く駆け出した。
次回、忘れられていた彼が……登場かも?
お詫び:リアルでトラブルが発生した為、11月18日の更新は延期します。
再来週には更新出来ると思いますので、ご了承ください。