第7話 回避不能な矢と沈黙の決着。
なんだか、一気に書き上がったので出すことにしました(苦笑)。
これで超越者戦は決着となります。……ようやくひと段落つきました(汗)
王都全体を揺るがす地響きがおさまり光が消滅すると、落下する二つの影が見える。
二つの力の激突で粉々となった舞台へ落ちると転がように端と端に止まる。反動で結界も綻びを見せているが、誰もそんなことは気にする暇もなく、割れた鏡のような空間と特異な磁場を起こす試合場、そして落ちて来た二人に視線が集まっていた。
しかし、膨れ上がった魔力と剣気のオーラが消失して、さっきまでの熱気が嘘のように冷たく静まり返っていると、発生していた特殊な磁気が止んで割れていた空間も元に戻る。
発生した原因は恐らく莫大な彼の魔力が一気に放出して、彼女の神殺し剣と衝突した影響だが、その事実に気付いた元に戻ったのを見て一時的なものだったと安堵する一部の関係者だけだろう。
が、安堵したちょうどその時、試合場でまた動きがあり、さらなる緊張が走った。
「くっ……」
最初に立ち上がったのは、羽織りの端が焦げたようにボロボロになったアヤメ・サクラ。
中の着物も汚れて血で染まっている。剣を杖にして立ち上がろうとするが、『天王の極撃』の一撃が大きかったか、フラついた様子で同じく立ち上がろうとしている銀髪の青年を捉える。……大量の魔力を一気に放出した影響か、纏っていた無色の属性魔力と手に装着していたガントレットも消失していた。
(倒し損ねたか……だが、こちらもこの状態で剣を振るうのは厳しいか。あの光玉……想像以上の魔力が込めれていたが、派生属性である自然のチカラも混ざっていたのが特に堪えた)
派生属性の『天地』も込められていた『天王の極撃』は、魔力を弾く気や彼女の刀であっても簡単にはいかなかった。
恐らく太陽のエネルギーを借りていたか、一瞬だが、ただ炎とは思えない程の炎熱……魔力が解放されたのだ。普通なら近寄っただけで消し炭になってもおかしくない威力だ。
だが、神斬リ神殺シで解放された『天王の極撃』をどうにか半減させることに成功した。
残り半分の威力を受けて、五体が満足に動かせなくなったが、あの巨大な一撃を考えれば命があり、なにより五体が無事であったことこそが奇跡と言える。
それもやはりジークが限界まで魔力制御を行った結果であるが。
(それだけ慎重に放たれたということか、だとしてもこちらの剣技に間に合う程の速さとは。……魔導王の異名は伊達ではないな)
観客に被害がなかったのも、彼が最後に放った『天王の極撃』がしっかり制御されていた為だ。会場の一部に被害を与えてしまったが、寧ろその程度に留めたとも言える。最悪の場合、試合場が……というか王都そのものを焼き炭になって吹き飛びかねない破壊力を持っていたので、この結果は最良であろう。
ちなみに通常の『天王の極撃』を制御なしで解放された場合、相手は当然掠っただけで消し炭だが、それどころか試合場が吹き飛んで、今とは比較にならない甚大な被害を与えていた。仮に強力な結界が敷かれてあってもだ。
超越者クラスなら避けて耐え切り、最凶の《鬼神》デア・イグスなら素手か、あるいは腹で受け止めてしまうだろう。……最後の比較対象については、最早生物としておかしい存在である為、比較自体がそもそも間違っているかもしれないが。
(ほんの少しでも迷いがあったら……間違いなくさっきの一撃で終わってた)
そしてアヤメも耐え切ることに成功した。
さらに彼の様子を見て受けた代償分は与えれたと確信する。
(制御に集中したのが仇となったな。こちらの剣技も抑えられたが、それでも手応えはあったぞ)
そう、彼女の斬撃もまた威力を落としながらも、『天王の極撃』を放つことで無防備となった彼に届いていた。
「……」
その証拠に立ち上がる彼の胴体は右側が縦に一閃。これまでにない深く斬撃の跡が出来ており、大量の血が漏れ出している。右側の肩から腕が胴体から両断され掛けたが、威力が落ちたことで斬撃が止まって辛うじて繋がっていた。
(紙一重で一閃を抑えたか……。僅かにでも回避に動けば勝負は決まっていたか)
だが、それでも重傷なのは変わりない。
現に今も血が止まることなく噴き出しており、彼女の刀の能力で見えない刃となって残っている。さらに右腕が全然動かず左手で傷口を押さえる姿は、さすがに試合と呼ぶべき限度を超えており、観客の中に戸惑いと悲鳴に似た声が漏れ出していた。
(その深傷ではもうまともに動けまい! 時間と一緒に確実に消耗していくぞ!)
特にジークの真下に溜まっていく血がより本当の殺し合いに見えてしまい、係員の人たちも止めるべきか悩み出す程だ。
その中にはアイリスやシィーナ、王族席でティアが今にも飛び出しそうな雰囲気を醸し出して、隣に座る者に必死に止められている。唯一シャリアは自身で抑えていたが、その目には剣呑が強く宿っており試合の結末次第では、この地に精霊の軍勢が投入し兼ねない雰囲気であった。
(あと少し、あと少しだ……!)
あちらもまだ動けるような状態じゃないと知り、アヤメが最後の一手を打つ。
落下の際に距離を出来たが逆に良かった。彼女の扱うアレは近距離ではリスクが高過ぎる。ある程度距離がある分、その能力を発揮する矢が射てる。
(まさか、アレを使うことになるとは……あの学生の子が使っていた簒奪の魔法を見て使うのを躊躇ってしまったが、この状況では難しい筈)
夜の件でジークが使用した『古代原初魔法』を奪い取る魔法。
それを警戒したアヤメだったが、剣を振える程の余力までまだ回復できていない。
(出来れば使いたくはなかったが……)
剣士である自分が扱うのはどうかと思うこともあって、最低限の美学も関係ない戦時以外では使うのは躊躇っていたが……。
「悪いが……こちらは使わせてもらうぞ?」
何故か『古代原初魔法』を使おとしない彼に聞こえないだろうが告げて、アヤメは風属性の魔力を練りつつ刀を鞘に収める。
(だからと言って、焦って勝負を急ぐつもりはない。手の内が多い貴様のことだ。これにも何か策をとっているのではないか?)
念に念を、と居合で迎え打てれる状態にして、自身の魔力体に刻まれた『始まりの魔法』の一つを発現させる。
「出よ────」
すると左手に特殊な形状をした弓が出現する。
森をイメージしたような輝く緑色をしており、各部に宝石のような物が付いている。
彼女の魔力とは違う。遥か神聖樹とも言える神秘の力を宿していた。
「奇跡を撃ち抜け……」
右手の指で弦を引いて射線をジークに合わせる。
ゆっくり引いていくと緑色、水色、金色と粒子の光が弓に集まって混ざり合っていく。ボロボロとなった舞台の瓦礫、土、そして空から光が集まって、全てが弓に集まり輝きを増していく。
集う三色の光が一つとなって、『大樹』をイメージさせる一本の濃い緑色となる。
弓の形状はどちらかと言うと大剣に近く、彼女が弦を引くと……計り知れない無限の光を高めていった。
そして────────その時は来た。
「────『真の軌跡を射貫く神の弓』」
「──ッ!!」
世界最強の魔法の矢が彼女の指から放たれた。
弓に込められていた光のすべてが……動けずにいるジークへと迫る。
未だに斬撃の傷でフラついていたが、大剣の如き光の矢が目に入った途端、その顔を驚愕の色へと変える。反射的に上体を動かせとうとしたが、アヤメに刻まれた傷が深く、僅かに動かしただけで傷口から血飛沫を吹き出して、彼の動きを止めていた。
(っ────あれは!)
彼の様子を見たアヤメは確信する。傷付いた彼の体は、既に限界を迎えていると。
(意識はまだあったか、だがその傷では避けるのは無理だッ!)
(……視線だけで分かる。ああ、確かに限界だ)
それは傷を負っている本人が一番理解していた。だからすぐさま魔力を練り出していた。
(果たして間に合うかどうか。……いや、たとえ間に合ったとしても耐え切れるか?)
びくりと震えただけで、各部分の傷から血が漏れ出し辛そうにするが、ジークは擦り減るような神経の中で魔力操作して、原初の空間魔法を発動させる。
(“瞬間発動”────『短距離移動』)
僅か一秒にも満たない間だったが、矢が到達するよりも前に回避して、矢は彼がいた場所を通っただけに終わった。
「はぁ、はぁ……」
まったく別の場所に移動したジークは、痛む身体を押さえながら、通り過ぎる矢を見て安堵の表情を浮かべたが……。
(流石と言うべきだが、残念だな。……その矢は躱さられる度に加速して、必ず対象を─────射抜く!!)
──シュッ!!
「それで躱したつもりか?」
「は……? ────ッ!?」
次の瞬間────ドスッという鈍い音が彼の背中から打たされる。
不思議と痛みがなく、ただ体が前に倒れそうになったジークだが、胸元を背中から射抜いた剣状の矢を見たところで、安堵の笑みが静かに引いた。
(移動した先まで来るのか……)
まるで一緒に空間移動したようだと、射抜かれてしまったジークは呑気に思った。
「さぁ、眠りにつけ」
「っ……」
そして次に矢から輝く緑色のオーラが巨大化して矢……いや、極太な槍のような形状をすると、呆然としていたジークが静かに目が閉じて、前のめりに倒れてしまう。
(真を射抜くを矢か……魔力が)
神の矢は神をも射止める奇跡の矢。
当然アヤメは知らなかったが、この矢は言わば神の魔力を宿すジークの天敵だ。
ドクン……ドクン……
知らずに射止めることに成功したが、貫かれた彼の体内の奥、神の魔力が初めて急所を狙われたように彼の中心で弱々しい鼓動を鳴らした。
「はぁぁぁ……や、やっと、勝った……」
そのまま起き上がる気配は愚か、ピクリとも動きを見せることもなく、勝利を収めて息を吐くアヤメが弓を下ろすまで、それは変わることはなかった。
◇◇◇
『『──っ!?』』
事切れたような彼のダウン。見ていた観客からは声にならない悲鳴が上がり、係り員らも慌て出して飛び出しそうになったが、なんとか冷静さを保っていた他の者に止められる。
この試合は観客に被害がない限り、何があっても止めてはならない。王城からしっかりと命じられていたのだ。……理不尽な話であるが、ヘタに命令を無視すれば、大問題になるのだ。
それでも納得出来ず、歯切りして身守る者もいる。自分たちにとって“英雄”でもあるシルバーの危機。黙っていられない気持ちで一杯なのだ。
命じたのが王城ということは王族。それも国王からの指示とも言える。逆らうことなどできる筈もない。正確にはリグラ、ガイ、ギルドレットといった者たちからの決闘を円滑に行う為、安全を考えた指示でもある。
『『……』』
が、そういった面々やジークの仲間たちからは、それほど大きな動揺はない。
先程まで暴れそうになっていたシィーナは真っ直ぐ倒れる彼を見つめ、王族席で国王であるローガンがビクつくほど殺気を放っていたティアも、いつの間にか殺気を収めて強い眼差しを彼に送っている。
そしてアイリスは、
『……』
胸元で祈るように両手を握り締める。
視線を二人と同じく彼に注いで静かに見守りながら、倒れる彼に想いを伝えるように祈り……。
『負けないで』
小さく願うように呟いた。
◇◇◇
ドクンッと彼女の耳に脈動が響く。
ピクと動きを止めた眉を寄せるアヤメだが、次の瞬間、背筋を震わせてその瞳まで大きく震わせた。
「っ!?」
倒れた彼から視線を逸らし、終わりだと背を向けた直後だった。
全身の痛みすら忘れるほどの激しい悪寒が走る。すぐに振り返って刀を構えるべきだが、駆け巡った悪寒が……金縛りのように彼女の動きを止めた。
(ば、馬鹿な……! 確かに手応えも意識が途切れたのも感じた筈……! この視線は……明らかにさっきまでとは違う!!)
悪寒は殺気ではなく魔力でも気による圧力でもない。さらに視線によるものでも何かの能力を受けた訳でもない。
(これは気配だ。彼が発してる気配がさっきまでとは、全然違い過ぎる!!)
奇妙な重圧を背後に感じながら、彼女はあり得ない感情が浮かぶ。ツーと額に冷や汗が流れて、常に冷静に行動しようとする彼女がいつになく狼狽していた。
「────ッ!?」
そして、ただ感じて取ってしまった。
彼女の頭が回るよりも先に……体が理解して強張ったのだ。
──────『敗北』
生まれて初めて……負けるかもしれない。彼女の想像を超えた存在が……現れたことに、彼女の本能が激しく警報を鳴らしていた。
(……っ! 今は私は何を考え……!?)
何かの間違いだと首を横に振るが、抱いてしまった疑念は拭えることはない。
寧ろ増してしまい、本能が早く逃げろと警報を鳴らし続けている。認め難いことだが、超越者な彼女の内にある“戦いに対する本能”が背後の存在に対し、彼女よりも先に勝機を見出せなないと降参してしまったのだ。
(いや違う。この状況で私が勝てないなんてことは……)
信じられない。そんな想いで恐る恐るアヤメは遅れながら振り返る。
凍り付いて戻った痛む体にムチを打ち、収めていた刀を鞘のまま構える。念の為に一応準備はしていた。今できる万全な状態で彼女はその存在と向き合うと……。
「……」
そして、射抜かれた状態でありながら、立ち上がるのはシルバー・アイズ。
動かせないのか、血塗られた片腕をぶら下げていた。
「……」
俯いて表情は窺えないが、胸元の少し下の部分には濃い緑色の矢が存在感ある光を発している。
効果は間違いなく発動している。遠目で見たアヤメからもそれが見て取れたが、すっかりローブまで紅く染めたジークがゆっくりとその矢に触れる。
すると原型を留めなくなった光の矢が崩れ出した。
「矢が……消えただと?」
「ふぅ……」
溶けて消失したところで、離れた場所に落ちていた剣にジークが手を伸ばす。
斬られた右腕が使えない為、左手を伸ばし魔法で反応した剣を浮かせる。
「来い」
「────ッ!!」
するとあっという間に彼の手元に剣が戻って来る。
それを見たアヤメは震えそうになる体を誤魔化して、居合の構えで向き合う。
「ああ……決着を付けよう」
視線は会うことはないが、彼女の視線を感じたか、右腕をぶら下げたまま血塗れの左手で握り締めた剣を構えるジーク。
「……」
「……」
それぞれ無言のまま体勢を維持。
アヤメは構える刀に最後の剣気を注ぐ。
ジークは握り締めた銀剣に魔力を注ぐ。
互いに言葉を交わさず、ただそれだけを行い準備を終えた。
二人のただならぬ雰囲気に呑まれて、いつの間にか沈黙する会場全体に二人の息遣いが小さく聞こえる。これで決着が付くと確信したか、王族席で控えていたギルドレットがいつでも動けるようにゆっくり体を浮かせて、近くの席でティアは目を瞑らず見続ける。
シィーナは傷つく弟子に辛そうにするも、決着の時だと理解して弟子の勝利を信じる。
シャリアも同じように友である彼の勝利、そして無事を願い緊張した様子で見つめる。
最後に……アイリスは、
『ジーくん……』
祈るように指を合わせて手を重ねる。泣きそうな顔で傷だらけの彼を見守りながら、彼女は小さく呟き……。
小さな鐘のように鳴り続けた息遣いが────────止まった。
『──ッッ!!』
──瞬間。
瞬足で駆けたジークは『短距離移動』で一気に彼女の間合いへ。
至近距離に現れた彼に戸惑うことなく、アヤメは鋭い眼差しを向けて居合を──────
────『絶対切断』。
────『神斬リ神殺シ』。
ほんの短い時の間に、二つの刃が静寂の世界で激突した。
そして二人は駆け抜けて背を向け合う。
振り抜いた状態のまま、無言で構えを解いて…………
「見事な一太刀だった」
僅かに後ろ向いて銀髪の青年に微笑んでアヤメが告げると、血塗れとなった刀を地に刺した。
途端、ぐらりと体が横に倒れる。と、倒れた彼女の体から血が静かに漏れ出していた。
「何が見事な……だ」
彼女が倒れたのを見ずに気配だけ感じ取ったジーク。フラついた様子で握られた銀剣を上げて視線を寄せて笑う。
「オレは……剣ごと斬るつもりだったんだぞ?」
しかし、それは勝利した者の笑みではなく、何処か悔しそうな表情を浮かべており、苦笑して刃が真っ二つに折れてしまった銀剣を見つめて、疲れた息を吐いた。
「この勝負は……アンタの勝ちだよ。────《無双》さん」
そして駆け寄って来た治療魔法師の制止も無視して、舞台上を後にする。
遅れて歓声が会場に響き渡る中、かの英雄は見向きもせず、静かに表舞台から去っていった。
あと一話、二話ぐらいで無駄に長かったこの章も終わりとなります。
上手く終われるか分かりませんが、そのままエピローグに繋げて完結させたいと思います。
本当にあともう少しで終わりとなる予定です。今後もよろしくお願いします。




