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オリジナルマスター   作者: ルド
魔法使いは覚醒する。
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第23話 魔女の意地と絆を喰いちぎる憎悪の顎門。

遅くなりました。


「間違いなく、本物だな……」


自身のギルド長室内でシャリアは椅子に腰掛けて、手元にあるギルドカードを眺める。

冒険者の証であるギルドカードは色によってランクが分かる物で、ギルド職員であればそこから個人情報を引き出すことができる。といってもカードに入っているのは、その者の名前などの基本情報とこれまでの依頼記録や犯罪履歴、それと正式なランクと次のランクまでの大体の差だ。



そしてランクでカードの色が変化するが、手元のギルドカードの色はプラチナ色。その色のランクはSS────超越者。



長い間、聖国の《妖精魔女》として名を馳せた彼女すら手にしたことがない物だ。手渡された際、偽物ではと疑い徹底的に調べてみたが、このカードから出てくるのは僅か数年足らずで成し遂げてきた記録のみ。


信じ難いことにその受けてきたのは、危険度が上位のものばかりだが、それよりも驚いたのはそのほぼすべてを、たった一人で熟してきたことだった。


「《消し去る者(イレイザー)》……シルバー・アイズ」


ポツリと呟いてカードを机の上に置く。

ちょうど下から上がってくる気配に気付いたからだ。


時刻は深夜に差し掛かり、ギルド会館内部も静かな為その足音はよく聞こえる。長いことギルドの長としてこの部屋にいる彼女だからこそ分かることだが、その足音だけで誰が上がってきたか大体の予想を立てることができる。


それがギルド職員なら誰なのか当てるのは容易であり、違っても足音の感覚だけで性別と大人か子供かを当てて、一度来た者であれば……。



コンコンコン……


「入れ」


短いノックを聞いてシャリアは入室を許可する。

ゆっくりとドアが開くとそこからウルキアの学生服姿をした青年が現れる。手には大きな風呂敷が握られ、青年────ジークは無造作にその場に放り捨てた。


ズシという鈍い音にシャリアは眉をひそめる。金属音でも物が崩れる音でもない。


「乱暴だな」

「丁重に扱う義理はないですから」


冷たい目で風呂敷を一瞥するジークだが、その顔色は酷く弱っているようで真っ青だ。

そんな彼の様子にシャリアは訝しげな顔をするが、放り出された風呂敷の方が先だ。下でキリアに確認させて通しただろうが、自分で見る必要もある。立ち上がるとシャリアは風呂敷まで近付き中身を覗いた。



そして(しば)しの沈黙の後。


「…………生きているのか」


「事前に言った通りです。今の俺は……もう人を殺せない」


顔が真っ青なのはそれが理由だったか。

内心納得するシャリアだが、それでも中で虚ろな目を開けて(くる)まっている男を見ると少々不安を感じずに入られない。この男とジークとの関係も事前に聞いていた為に、彼が殺さずに生け捕りにすると言っても不安は拭えなかったのだ。


「そうは言っても相手は相手だからな。深く事情は聞いてないが、危うい相手だったのは確かだろう?」


ここ最近街を騒がせた謎の通り魔がまさか、かつて大戦で裏切った男だといったい誰が予想できるか。

そしてその被害を受けて大事な仲間を失った彼が同じ街にいて、それがかつて《英雄》とまで呼ばれた最強の魔法使いだといったい誰が予想できたことか。


捜索に当たらせたキリアが偶々遭遇して、協定ついでに捕えると言ったが、そんな彼の心境は本当はどうなのか、とシャリアは同意した際に疑い今も疑いの眼差しを向けている。


「危ういかどうか場合によります。それに恨みはありますが、殺したい程ではありません」

「その割には酷い状態に見えるが……、具体的に何をしたか訊いてもいいか?」


死んではないようだが、生きている人間の目もしていない。外傷が少ないのにも関わらず、いったいどうやったらこうなるのか、とシャリアはちょっとした興味から尋ねてみたが。


「見ての通り精神を壊した結果ですよ。もともと証言とかされると面倒なので、騎士団とかからは上手く誤魔化しておいてください」


「さらっと精神を壊したと言ったか……。できれば引き渡す前に情報を引き出して起きたかったが……」

「それは俺が困るんで隠蔽も条件に加えたんですよ。こっちも約束は果たしたんでそっちも頼みますね。……それとそろそろ帰ってもいいですか? 久々の実戦でもう疲れて眠いんです」


「ん? うむ、そうだな。まぁいい、後日また来てくれればこちらも構わない」


お互いの協定条件とはいえ、なんとも無茶な頼みだと思わなくもない。が、約束通り捕らえた男はギルド(ここ)にいる。生きていると言い難い状態を見ると、やはり殺したい程の恨みがあったのかと勘繰る部分もなくもないが。


「じゃあ、また……今度で」

「……」


しかし、引き渡しを終えて去る彼の背中には、復讐を果たせた達成感はなく、殺せなかったことに対する不満感も感じない。


(なんとも、寂しそうな背中だ。これが本当にかつての英雄の姿……いや、成れの果てと言うべきか?)


彼の背中を見つめていたシャリアが感じたのは、復讐心といったものとはまったく異なるものだ。寧ろ虚しい。まるで喪失感や非痛感が渦巻いているようである。



英雄と呼ぶにはあまりに頼りない。英雄と呼ばれるにはあまりに弱々しい後ろ姿で。



英雄(ジーク)の心は折れたままだった。



◇◇◇



「出会った当初のそなたからは想像もできん面だ」

「……」


ほんの一年程前の彼の姿を思い出す中、光の槍をジークの背中から貫いたシャリアが視線を送り警戒する。手刀の突きで組み伏せたギルドレットを貫こうとしたジークを止めることには成功したが……。


「……」


止まったままジークからは倒れる気配が見られない。

それどころかさっきまでの猛々しく放たれていた殺気も静まり返り、妙なことに貫いた槍からは手応えがまるで感じられなかった。


肉体を貫いた感覚ではなく、魔物で例えるならスライムを突き刺した感覚。気配を殺して背後から突き刺すことに成功したが、その為に表情が見えず戸惑いつつその気配に注意するしかない。組み伏せた状態のままなのでギルドレットもヘタに起き上がることもできず、二人の様子を魔眼で窺いながら抜け出すタイミングを計っていた。


「シャ、リ……ア?」

「ッ……ジーク?」


そして誰もが停滞をするしかないと思われた状況の中、この緊張状態の中心人物でもある彼の声が小さく響く。僅かに正気が戻ったか、何か堪えるような声音でジークは背後のシャリアの名を口にする。


「意識が戻ったのか?」


少々驚いた反応を見せて聞き返すシャリアだが、一切警戒を緩めることなく突き刺した槍に力を込めて抑え続ける。手応えが弱いことに違和感しかなく嫌な予感もひしひしと感じる以上、仮に正気に戻ったとしても油断できない。


なにより放出して纏わり付いている赤黒い瘴気の魔力は、少しも減っておらず残ったままだ。決して気など緩めるべき状況ではない。


(どうする? 仕掛けるなら止まっている今だが、右腕がこれじゃ得意の剣も厳しい。“一体化”で強引に腕と付けて振るう手もあるが……それだけじゃ、こいつを止め切るのは不可能だ)


その様子を魔眼で見えていたギルドレットも迷いながらシャリアの動きに合わせようとしていた。ジークに折られた腕の方が利き腕だった為、剣を振るうのに支障が出てしまうが、そこはやはりSSランクの冒険者。臨機応変に動けるように肉体と魔力、翼へ神経を集中させて控える中、シャリアはゆっくりとジークへ優しく告げる。



「……友よ、私は自分が恥ずかしい。そなたと友としての関係を築いていたのに、そこまで自分を抑えていた、そなたの心労も気持ちも気付けなかった。協定を理由に嫌がるそなたを散々こき使った。やりたくもない仕事も多々あっただろう。本当に済まない、私は友として失格だ。……だが!」


それでも自分の憎みに打ち勝って戻って来て欲しい。


そう願いシャリアは後ろからジークへと語り掛ける。見ていたギルドレットは即座に危険だと感じて警告しようと振り返りかけたが、真摯に彼を見つめるシャリアの目を見て思い留まる。


(これはリスクが高い賭けだが、成功さえすれば一気に好転する。やれるか魔女さん?)


あくまで戦友として繋がりである自分にはできないことだが、短い期間でも親しい間柄だったシャリアであればどうか。最も親しいと思われる師は完全に憎しみの標的だが、止まっている様子を見ると、彼の意識はまだ揺れているようだ。


「ジーク。頼む……! そなたでも計り知れない怒りと絶望だというの分かるが! それでも……それでも打ち勝ってほしいんだっ! ジーク!!」


長く生きてきたシャリアは今まで多くの友人を失ってきた。

中には家族のように親しくなった者もいたが、年月を重ねていく毎にその者たちも消えていって、現在では残っているのは僅かだった。


寿命の限界というのもあったが、大半は病死や戦死、そして事故死が殆どである。


多種族はそれほどでもないが、人間は特に死に易い人種だ。ギルドマスターとして身を置く前は冒険者として活躍した彼女だが、引退するようにギルドマスターになったのは、そんな繋がりを必要以上に持ちたくなかったからかもしれない。


失うことへの恐怖。それはジークが抱えているものと同じものだった。


(そなたのことを友と呼んだが、初めは冗談だった。周りのこともそうだが、監視し易いように近付く為だった)


しかし、気付いた時には彼を失いたくない気持ちで一杯の自分がいた。まるで以前、冒険者だった頃に抱いた気持ちと同じではないか。


他愛もない会話をして、こっそり街外で遊び、建てた別荘で釣った魚を焼き、雪の日では堂々と街中で雪合戦をした。


ほんの短い間だったが、密度が大きい一年だった。

いつからか、ジーク・スカルスという青年はシャリアの中でより中心にいる存在となっていたのだ。


「ッ……シャ、シャリア……!」


そしてそのすべて気持ちを込めたシャリアの呼び掛けにジークは反応を示す。彼の意思が戻り出したか、抵抗するように徐々に体が震え出して彼女の呼び掛けに応えようとする。



だが、



そんな彼らの繋がりを引き裂くように、




負の象徴といえる瘴気に蝕まれた魔力(チカラ)が……、



「に、に、げ……ろ!」

「っ!!」



暴れ出す(・・・・)



「グッ……ガアアアアアアアアアアア!!」



戻りかけた彼の意識を塗り潰して再び動く破壊の猛獣。

思考までもが憎しみに染まった瞬間、止まっていたジークよりも魔力がまず、突き刺さっていたシャリアの槍に触れた。


直後、ジークの魔力が浸透するように槍が赤黒く染まり出して、それは持ち手にまで一気に伸びる。


「っ」


直接の接触は危険だ。

さっきまで戦っていたギルドレットの対応を見ていなくてもそう感じて、侵食が届く前に持ち手から手を離したシャリア。今の状態では説得は困難だと即決すると数歩ほど後退して杖を構えた。


「グルガァ!!」


が、魔法を使える暇もなく組み伏せたギルドレットを放置してジークが踏み込んで来る。標的を完全にこちらに切り替えたようで、振り返って翼の刃を振ろうとしたギルドレットを無視して放出される魔力の噴射に乗って加速する。



さらに魔力が変化して巨大な龍の顎門となった手を開き、杖に魔力を込める為に止まったシャリアの頭を飲み込むように、その顎門を────。



グシャ!!



咄嗟に横に飛んで僅かにズレたが、その魔女の肩に喰らい付く。






削ぎ落とすようにシャリアの右肩を飲み込んで。





右腕を喰いちぎった。


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