第22話 そして消えた者たちと憎しみのチカラ。
定番な感じですが、黒幕登場です。
王城にある研究所を出たその者は、静かに見上げて薄く赤黒い空を眺める。
深夜の為に外も静かなままだが、時期にこの異常な景色に気付く者も現れる筈。高き王城からそんな街を眺めて、その者は穏やかに息を漏らしていた。
「『属性共鳴』……街に蒔いていた視認不能の霧がここまで視認化できるほど濃度が上がるとは……」
「これもあなたのシナリオですか?」
さらに一人、研究所の入り口から若い男が出て来る。
学生服で背中に二刀の剣を持ち、赤く染まる夜空を見上げる者へ一瞥する。
「まるで世界の終焉だ。復讐の夜に相応しい空ですね」
「あのガキにとっては、だろうがな。ま、オレらには関係ないことっ──いった!?」
「邪魔、です!!」
そこからさらに一人。さらに一人と計四人がその場に集う。
二刀流の学生剣士の他に冒険者服の中年男性。中年男性は酔っ払っており金属のボトルから酒を煽りながら会話に入るが、最後に出て来たピンク髪をした少女に蹴られてしまう。
「酒臭い口で喋らないでください! く、クサいです!!」
「あはは、ショックだな〜」
からかうような男の態度に少女はイラとした顔をする。
もう一度蹴り飛ばしてやろうか、と内心本気で考えて出したが、そこで自分を落ち着かせるような声によって踏み止まる。
「無駄口はそこまでだ。それよりも……」
「……はい、言われた通り《赤神巨人》の設計図の破棄。それと入れ替えた《赤神巨人》の魔石の追加術式も終わりましたが……」
訊かれた少女は指示されたことを果たしたと頷くが、どこか言い淀んでいる様子だ。
「問題ない。こうなることも想定内だ。君の追加術式は役立つ」
「いいえ、疑っているわけではありません。こうも彼が暴走していては、あの中に眠るモノも……」
「なんだよ心配なのか、あの人ことが? いや、心配なのは寧ろアイツかぁ? 人付き合いが嫌いだったお前があっさり惚れ込んじまった若人のことがよ」
「なっ!! ち、違いますっ! 彼は常連さんですから居なくなられると営業に支障が出てしまうからであって! 決して、恋愛とかそんな……!!」
イヤらしくにやけ顔で男がからかうと少女は、暗い夜でも分かるほど真っ赤に顔になる。半ば図星を疲れたことに対する羞恥もあるだろうが、それ以上に酔っ払いのこの男に心を揺さぶられたことに腹を立てた。
「ハハハハ! なんだ図星か! 可愛いじゃねぇかよオイ!」
「この……!」
「うおっと!? やべぇ!?」
「そこまでだ。二人共」
いよいよキレそうになってバチバチと雷の魔力を発し出す少女を見て、慌てて距離を取る男だったが、その者の声でピタリと止む。
「そろそろ行こう。のんびりしていると他の者たちが気付く可能性が……」
「クロォォォォッ!!」
そうして引き上げようとしたが、研究所の奥からの叫び声にその脚が止まる。
振り返ることなく声だけで誰なのか予想はついたが、その者はゆっくりと研究所の入口へと振り返った。
他の三名はすぐに振り返って警戒したが、その者が手で静止させると警戒を解いて距離を置いた。さりげなく視線を先へと伸ばして見るが、騎士団長のカトリーナも含めた精鋭部隊は全員が倒れたままだ。
こちらの完全な奇襲攻撃だったが、老騎士とカトリーナは最後まで粘っていた。通信石は封じていたので増援なしだったが、暴れ方次第では王城全体に気付かれて膠着状態になっていたかもしれない。
「はぁ、はぁ……、クロォ……貴様は……!!」
「まだ動けたか、かつての友……ゼル」
しかし、現れた血塗れの老騎士にもはや何もできる筈もない。
剣を杖にして立っているだけで、いつ倒れてもおかしくない状態だった。
「いつからだ……いつから裏切っていた……!」
ゼルことゼルダード・クラムはフラついた状態で鋭い目でクロ────。
「答えろクロイッツ!!」
「…………いつから……か」
────クロイッツ・ガーデニアンは友であるゼルダードの問い掛けに、顎ヒゲを撫でながら考える仕草をする。その間も息を切らすゼルダードを見るのは少々忍びない。
「少々返答に困る質問だが。……そうだな、強いて言うなら」
ほんの数秒ほど考えた後、ガーデニアンは手を向けてゆっくりと一言。
「息子が殺された時から…………かのぉ」
「!? 息子? ……だと? 馬鹿な、お前に息子なんて……」
「既に終わったことだ。そして目的はもう別にあるが……」
目を見開いて困惑するゼルダード。
そして一瞬の戸惑いが彼の精神を無防備とする。
「お前には関係ないことだ。“もう眠れ”──『常闇の眠り』」
向けられた手から揺らめく闇のオーラが放たれる。
そのオーラを浴びたゼルダードは目を虚ろになって呆然と立ち尽くす。意識が無くなった筈だが、倒れずにいる姿を見て流石だとガーデニアンは笑みを浮かべる。
「さらばだ友よ、そしてミスケルの弟子よ。ぬしがわしの教え子となったのは運命かそれとも奇縁か……また会う時が来れば、その時は昼寝などせず会話を楽しもう」
気を失ってしまった友を見送るとガーデニアンは三名を連れて、赤く染まる夜の王城を出て王都から姿を消した。
◇◇◇
「ガァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「っ!」
赤黒い魔力を全身から放出させてジークは師に襲い掛かる。
師の『星魔法』で生み出された魔法の球『星球』が壁となったが、素手で叩き落とす。飛んだ勢いを乗せて拳を振り切って、身体強化でガードした腕ごと地面までシィーナを落とす。
「ガアアアアアアアアアアア!!」
「まるで獣だな!!」
続いて側にいたギルドレットにも仕掛けるジーク。魔力を浮力のように噴射して高速で飛び殴り付ける。
「甘いは!!」
だが、理性を無くした攻撃は魔眼を使わずとも分かりやすい。
片腕に装着していた“天空の護り盾”で受け止めて、ギルドレットは衝撃反転の『立花転壊』でその衝撃をすべて返す。弾かれる魔力と共にジークの腕も盾から弾かれて飛ぶ。
しかし。
「グッ、ガア……!!」
衝撃は間違いなく彼に返った筈。腕が折れているかもしれないが、ジークは止まることなく逆の拳で打ち付ける。
「……!」
すかさずギルドレットが盾でガードして、魔眼で読み切った上で衝撃を返す。すぐに仕掛けてきたことに少しだけ目を見張ったが、それでも魔眼で警戒している彼の不意を突くのは、冷静さが欠けらもない今のジークには困難だ。
ところが。
彼の攻撃はそこでも終わらない。
「ガァアア!! グガァアアアア!!」
「っ……!!」
無茶苦茶に込めた魔力の拳が弾かれても逆の拳を。
流れるように拳から蹴りへと移り、前の上段蹴りから回し蹴り、その勢いのまま横の二段蹴りなど繰り出していく。
ミシ……
「──!! っ!」
直接の接触は危険だとギルドレットは盾越しで弾いているが、威力が高い所為か徐々に押され出していく。
六枚の翼を広げて衝撃を吸収して押し返すが、拳や脚に込められたジークの魔力圧も高く、軸となっているギルドレットの翼や脚が少しずつであるが、衝撃を吸収し切れず軋み出している。
(強引にオレの技を破る気か!? それも力技で!)
場所が空中なので旋回して逃れようとするが、力押しで攻め続けてくるジークに押されて翼を思うように扱えない。次第に増していく重圧に高度が下がっていき、飛行出来ず脚が地面に付いてしまう。
「ガァアアアアアア!!」
「……!!」
そして何度も繰り出される攻撃に軸が崩れて、衝撃が押し返し切れなくなる。
身体強化のおかげでどうにか耐えているが、重なる毎に骨が軋み出し始めて、速度も威力も衰えないジークの猛攻に押され続けてしまう。
「くっ!」
このままでは保たない。
咄嗟に『立花転壊』を解いてジークの攻撃を躱したギルドレット。強引に翼を羽ばたかせて旋回し回り込むように背後へ。
部分的な“一体化”で腕の一部を金鳥化の金色へ変え、鋭利な爪を立てて金鳥の手にオーラが集めていくと、その背中向けて“天の羽衣”の出力と魔力、気を織り交ぜた一撃。
(これなら……どうだ!?)
超速の『天墜・圧爪』を繰り出す。……が、後ろ首を狙った一撃を反射的に振り返ったジークが繰り出した拳と交差してしまう。
ジークの拳はギルドレットの頰を掠める程度だったが、その一撃に爪を飛ばしたギルドレットの躰が崩れる。が、六枚の翼で体勢をどうにか維持したことで、標準はズレたが超速の光の爪はジークの胸元鳩尾へ。
「────ッ!!」
金鳥の爪が抉り込む。
衝撃が体を貫いてジークの体内に致命的な一撃を加わったことを、ギルドレットは手応えで感じ取り一気に畳み掛けようと翼を振るわせようとした。
「オオ……、オオオオオオォォォォ!!」
「っ……!!」
ところが。
めり込むほどの威力だったギルドレットの一撃に対して、ジークは彼の魔眼の予測を凌駕する。
胸元に食い込んできた金鳥の腕を、獲物に喰らい付く獣の如く掴み取る。赤黒い魔力を帯びた手の指が頑丈な金鳥の腕に食い込んで、金鳥の力を溶かすように赤黒い魔力が巻き付いていく。
痛みを感じる感覚が麻痺でも起こしているのか。ジークは獣の如き形相でギルドレットを睨むと空いている手に瘴気のような魔力を集中させる。
「ガァ!!」
「いっ……!」
侵食していく瘴気に激痛を覚え苦しむギルドレットだが、ジークはそんな彼の顔面に瘴気を帯びた拳を放つ。頭部を下げたことで躱すことはできたが、流れるような動作で……いや、野生の動作か。
両手でギルドレットの腕を取ったジークは逆関節に曲げて上体を倒すと、巻き込まれるようにギルドレットの膝を付いて倒れてしまう。
ゴキッ!!
「……!!!!」
掴まれた腕が地面に叩き付けられて衝撃で腕の関節部が砕け、逆向きで折られてしまったギルドレット。
瞬間、掴まれた腕から走る激痛と後から関節部にくる熱。息が詰まり思考が凍り付くギルドレットだが、ジークは止まらず折った腕を引いてさらに曲げていく。腕をもぎ取ろうとでもしているのか、引っ張られるように曲げられる腕の激痛に“一体化”は愚か“天の羽衣”の操作も維持できなくなる。
ジークの攻撃に対してまったく対応が出来ずにいたのだ。
「消、え、ろォ……!!」
その為に次のジークの攻撃にも反応ができないでいた。
赤黒い瘴気を帯びた手を構えたジークは、俯くように倒れるギルドレットの背中から心臓へ狙いを定める。
「ガァアアアアアアアア!!」
手刀の形にすると突くようにして眼前の敵へ。
無意識に発動された『絶対切断』の効果が付与された手刀の突きを振り下ろした。




