第8話 そして集結した者たちと対面する師弟。
遅くなりました。
「……」
月もない真っ暗闇な夜の世界。
そこで少年は一人だった。一人で土の上に座り込みただ空を眺めている。
その地には生き物と呼べる存在は彼だけ。他に生物と呼ばれる存在は種族、部類を問わずどこにいない。抉れたような土埃なそこには何もなかった。
───否、いたのだ。動物も勿論だが、草や木の自然も魔物も存在していた。この土地は人こそいなかったが、動物や草木が生えて魔物も住みついてバランスの取れた環境であったのだ。
そう。少年がその地に入り込むまでは。
少年が行き先も決めずただ歩き続け休もうと、この地で眠った次の日にはそこにいたすべての生物が朽ち果てていた。
残っているのは枯れきった土地とそこに住んでいたであろう動物、魔物の骨だけだ。
「……」
少年は知っている。これは自分がやったということを。ただ眠っていただけなのにそこにいた生物を皆殺しにしたのだと。
ふと辺りを一瞥して自分を襲おうしたのか側で骨になっている大量の魔物の死体を眺めた後、溢れるように口を開いた。
「…………死にたい」
それはいつから感じ始めたことだろうか。気付けば一人で目的もなく歩くだけの毎日だったが、それが理由ではない。たまたま出会った人と突然毒でも浴びたように死に絶えた時か、それとも仲良くなった動物が次の日には屍になっていた時か、もうそれすらも思い出せない。
毎日毎日が彼にとって地獄だった。
歩くだけで死を振りまく自分が心底憎く自害したい程嫌になっていた。
だが、死ぬことはできなかった。
食べるのをやめて餓死しようとしても。崖のあるところで身を投げ出しても。落ちていた剣で胸を刺しても。岩に頭を何度打ち付けても。死に絶える前の魔物の群れに飛び込んで喰われようとしても。
あらゆる手を何度も試したが、どうやっても死ぬことができない。
守られていたのだ。内に眠っているチカラに。
餓死しようとすればそれが栄養源となってしまう。身を投げても剣で刺しても頭を打っても逆にぶつけた方が砕け散った。魔物に対しては言うまでもないが、喰われようとした瞬間、一斉に倒れてしまいあっという間に骨になっていた。
自害できない。それが答えだった。
何をしても意味がなかった。やり方を派手に変えてもただ環境を傷つけるだけ。もうその時点で彼は何もする気になれなくなっていた。
しかし、歩くことはやめない。既に朽ちた場所であるが、こんなところでもいつか人や動物がやってくるかもしれないのだ。
彼は探している。自分の存在が危うくない場所を。誰もいない安心できる世界を。
「……」
だが、今は休む。
疲れなどチカラでどうにでもできるが、精神的な疲れからか歩みを止めてしまう。
こうして眠りに付こうとする。
ところで。
「凄いですね。これは全部あなたがしたんですか?」
暗き闇の世界に銀の光が差した。
朽ち果てた無数の死骸と世界を見渡して、一人の女性が呆然とする彼の近くまで立っていた。
「? ……だれ?」
「私ですか? 私は冒険者ですよ」
「ボウ……ケンシャ?」
「ふふ、知りませんか?」
突如彼の前に現れた女性は、布だけのボロボロの格好をした彼を見ても、優しい微笑みで手を伸ばした。
「良ければ一緒に来ませんか? あなたの願い、もしかしたら叶えれるかもしれませんよ?」
「……」
伸ばされた手を訝しげに眺めて、自分に平気で近付いてくる彼女を呆然と見た。
それが彼女との出会い。
「あ、自己紹介がまだでしたね! 私の名はシィーナといいます。……あなたの名前は、なんて言うんですか?」
「オレ……オレの名は……」
孤独の死を望んだ彼の運命を変えた。
きっかけであった。
◇◇◇
「ワザと受けましたね? あなたであれば最悪原初魔法で脱出することもできたでしょう?」
「そんなことしなくても『魔無』で打ち消す手もあったが、この場合そちらの策に乗ってみるのも、ありかと思ったんですよ」
「いつでもどうにかできたのに敢えて受けることにしたと。……なるほど、以前のあなたならしなかった手だ。平和な世界に随分浸かっていると思いましたが、まだまだ昔のあなたには程遠いようですね」
「程遠い……。たしかにそうかもしれません」
図星を突かれて肩をすくめるジーク。
声の主に見事にこちらの状態を見破られているのに、どこか他人事のような心境で聞いていた。
そこはどこかの広いフロア。
物などが一切なく、壁や床には白い結晶石が埋め込まれている。それが魔力を抑える特殊な石であるのをジークは知っている。
さらに言うならこのフロアのことも彼は知っていた。いや、思い出したのだ。大して良い記憶もないので記憶の隅に置いていたが。
「王都の地下にある大監獄か」
「その通りです。ここでならあなたもフルに戦えれますよね?」
───確かに。
拘束は解けているが、発生した煙の影響で未だ姿が見えない中、声の主の言葉に頷くジーク。
魔力を一切外部に通さないこの空間は魔法師を飼い殺しすることが可能である。厄介な系統・原初魔法を扱う者を入れておくには最適な場所なのだ。
もちろん抜け道も存在している。ジークは知らないが、今回はその裏技を使用して外部の彼らをここへ移す為に機能を一時的に停止させたのだろう。だからもう魔法で抜け出すことは不可能な筈だ。
「あなたであれば穴を開けて抜け出せれると思いますが、試してみますか?」
「しませんよ。せっかくこうして再会できたんですから。もっと楽しみましょうよ」
そうしてしばらくすると、霧が晴れていき奥から身に覚えのあるシルエットがいくつか見えた。
予想した通りそこには彼のよく知るメンツが揃っていた。
「お前と戦うと思うとあの時のことを思い出すが、……ま、今度は覗きじゃないしとりあえず殺されないよな?」
「それはアンタ次第さ、ギルさん?」
ジークと同じSSランク冒険者。
《天空界の掌握者》ギルドレット・ワーカス。
共に戦った戦友でもあるが、今彼の前に立ち塞がろうとしている。馴染んでいる冒険者の服装で背中には六枚の金の翼を広げていた。
「前に言いました。国の危機がもし目の前にあるのなら、その時は躊躇わず斬ると」
「そうだったな。そして俺も言った筈だ。その時は躊躇う必要などない。斬りに来いとな」
エリューシオン第二王女ティア・エリューシオン。
ジークが見捨てた男の妹であり恨まれて当然の相手だが、その瞳は憎しみなど一切感じられない。《姫騎士》に相応しい騎士の姿で月の聖剣を構える。
「選択を間違えたのか? このままいけば地獄しかないぞ友よ」
「間違えてないさ。俺の行く道は元々地獄だ。シャリア」
ウルキアギルドマスターのシャリア・インホード。
彼が住み着いた街で裏表なく親しくなった友人である。よく彼を仕事以外でも振り回して困ることも多々あったが、それでも彼女との日常も悪くないと思っていた。
その彼女の姿は以前までの幼女の姿ではなく、長い金髪はそのままで体は成長して、魅惑溢れる妖しい大人な妖精へとなっていた。格好は白をイメージにして黒を混ぜた魔女のような姿で、その手には古びた杖を構えていた。
「初めましてと言うべきか。君とは違う形で会いたかったが」
「その大鎚を見る限り近いうちに会っていたと思いますよ? 《金狼》さん」
そしてもう一人、身に覚えのないが金髪の男性が一人いる。
大鎚を持ち甲冑を纏って構っていたが、ジークが視線に入ったのはその大鎚である。
今度は見間違える筈がない。ただの武器型の魔道具にも見えるが、あれこそ彼が探していた『古代原初魔法』の一つ。破壊の雷神が放つ鉄槌『壊雷を墜とす神の大鎚』。
「勢揃いというわけですね」
「あなたと戦うのですからこれぐらいは必要ですよ」
「どうかな? そのメンツでも暴君な俺の魔力に勝てるとは限らないですよ?」
「自分で言いますか、それを?」
そうして最後に対面して合う師弟。
シィーナは成長したジークの姿に喜びたくもあったが、同時に変わっていない瞳の色に悲しげな顔をする。
ジークは懐かしい彼女の白銀の長い髪に目を向けると意識せず似せたかつてのシルバーを思い出して苦い顔する。
こうして、二人の師弟は、およそ二年ぶりに再会を果たすこととなった。
次回は来週の日曜になります。




