第20話 異様な彼女と夜の出会う前。
遅くなりました。
「どういうことだ?」
日も暮れてきた頃、学生や観客もそれぞれ帰って行く中、後始末をカトリーナやガイなどに任せてジークは一人、知ってしまった新たな状況に首を傾げていた。
「いったい……なにがあったんだ?」
立ち寄った医務室を抜けて観客席に着くと、近くの席に座りそこから試合場を眺めている。
午後の試合が終わってから既に二時間以上が経っており、人もほとんどいない。僅かに残っている大会委員や観客が残っていたが、誰もジークに気にすることなく立ち去って行く。
もう準決勝戦まで終わっており、あとは明日の決勝のみだ。皆早々と帰宅して明日の試合の観戦に備えたいのであろうと予想する。
そして日も沈みそうになるまでジッと座って腕を組み、瞑想のように目を閉じて考えていると、不意に瞳を開けて懐を探り出した。
(ルーディスの魔力体には魔法式は読み取る式が含まれていた。基本式とは異なるから原初式で読み取ったのは間違いないが、肝心の読み取ったであろう俺の魔法式がすべて消えていたのは何故だ?)
自分に投げかけるように疑問を浮かぶ。
彼のいない間に会場の方では色々と想定外なことが、起きてしまった後であったのだ。
リヴォルトのことをカトリーナたちに委ねた後、実験体にされていたカルマ・ルーディスに刻まれた自分の魔法式の回収を行おうとしたのだ。どのような方法で扱えれるようにしているか定かではないが、いつまでも放置できなかった。主犯と思われるリヴォルトを捕まえているので、カトリーナに頼んで連れてきて貰おうとした。
時間を考えれば試合も終わっている。そして彼の勝利であるのはまず間違いないとジークは予想していた……のだが、
「サナが勝つ……か」
懐から取り出した魔石を見つめながらぽつりと呟く。
魔力を込めて起動させると光の画面が浮かび上がり、ジークの目の前で試合の映像が出現する。
午後の試合映像を保存した映像用の魔石。大会委員が複数の場所に設置していた物の一つである。不審に思い密かに回収しておいた魔石に残された、試合映像を見ながらジークは思考にふける。
結果は彼も想定に入れてないことであった。
勝利を収めたのはカルマではなくサナであったと知り、つい自身の耳を疑ってしまったジーク。……というかあり得ないことであった。
「アイツの実力は精々Cランク上位からBランク中位程度だ。《雷槍》や《天魔》とほぼ同格の《霜剣》やトオルの姉にあの副委員長もいたんだ。アイツが勝てる可能性なんて…………ゼロに等しい」
模擬戦でそれなりに実力を知っていた風紀委員の二人、それにジークと同じSSランク冒険者の弟子である《霜剣》も一目置かれていた。あの面々の中でサナが一番、勝算が低かったのだ。
……とにかく、ジークは敗北してしまったカルマがいるという、医務室に向かったのだが、運ばれてベットで眠っていたカルマの体からは、施された筈の術式がすべて抜き取られていたのだ。
魔眼で見通したジークであったが、魔力体───カルマ自身に負荷が掛からないように抜き取られていた技量には目を見張るものがあった。
ジークにも術式の書き換えが可能な魔法『更正改訂』や『究極原初魔法』による特殊結界があるが、魔道具や展開された魔法式ならともかく、魔力体内にある術式を身体に影響を与えず引き抜くのはようにするのは流石に難しい。
『神炎』の時は魔法が使用者から発現されていたこともあり、奪い取る際に《雷槍》に負荷を与えることはなかった。だから《雷槍》が『神炎』を使うまで待ち彼を追い詰めたのだ。
さらにカルマから抜き取られたのは、残滓のようなものであるがジークの原初魔法式だ。
オリジナル魔法に対する干渉は、通常魔法以上に困難を極める行為だ。なのでジークも相手から強引に奪うこともあり、その結果対象の魔力体がズタズタになってしまうことも少なくなかった。
ジークでも難しい技術であるが、それをいとも容易く行った者は、彼が見る映像内に写っていたのは間違いなかった。
「ま、考えるだけで意味ないか」
試合場を氷の結界で覆った女子生徒を呆れた目で見る。そこにもう答えはあったのだ。
対峙している男子生徒も気になるが、ジークは女子生徒の闘いぶりにどこか胡散臭さを覚えた。まったく動じない様子に余裕のある動き……覚えというよりも、懐かしさを感じる。
「………………まさか───」
だが、懐かしく感じても表情は嫌そうな顔である。
使われている魔法などは初めて見るが、ジークはこの女性をサナと認識せず、とある人物と重ねて見て─────ぶるっと肩を震わせた。
「うっ! …………はぁ!」
襲ってくる悪寒に払うように勢いよく立ち上がる。
頭の中で色々な情報と結びついてしまったが、そのどれもがジークには意味が分からなかった。
(師匠が動いてサナと───いや、その父親と手を組んでいるのか? ……だとしたらその狙いは『古代原初魔法』。俺から遠ざける為か引き渡す為か…………あるいは)
どうにも嫌な予感が拭いきれない。
ジークは見ていた魔石をしまい、少しでも疲れを癒そうと宿に帰宅しようと会場を出る。試合もそうだが、リヴォルトとの戦いもあって疲労が大きい。
だがそれは明日の大会の為ではない。
夜に師匠の仲間に会うだけであるが、ジークはただ会うだけではすまない予感しかしなかった。
◇◇◇
「うぐっ……」
「主人!」
王都内にある隠れ家で大量の汗を流して苦しむ《復讐の壊滅者》。膝をついて呻く彼に配下である老人こと《死霊の墓荒らし》が心配気に付き添っている。
(いったい何が……! あの少年たち二人に術をかけて以降、主人はこの部屋から出ていない筈。なのに何故ダメージを?)
戸惑った様子で主人を見ているがだけで、なぜこのような事になったのか状況が飲み込めずにいた。
主人の命で昨夜から隠れ家で明日の準備をしていた彼であったが、ふと報告を兼ねて主人のいる部屋を訪れた時には、既に崩れるように倒れていたのだ。
(まさか術をかけた先で何かが? 本体にまで届いてしまうほどのダメージを負ってしまった……?)
呪系統の原初魔法『屍体強奪の呪魂』
自身の魂の一部を術対象に取り込ませることで、入れ物を内部から操作することができる禁呪。
彼の魔法については勿論知っている《死霊の墓荒らし》は、同時にその弱点についても把握していた。
対象を通しての五感操作、魔力や気力も操れることから魔法も気術も扱えれるが、代わりに入れ物が破壊、もしくは体内に取り込んでいる自身の魂が消された場合は、術者本体にも精神負荷としてダメージが返ってくるのだ。
(だが、ここまで重い負荷がくるのか? 少なくとも今までに、こんなことはなかったが……)
入れ物が破壊されてしまい精神負荷は何度かあったが、それでも主人はなんなく振り払えてきた。それが……今ではすっかり疲弊している主人に、既に傀儡と化して汗などかかない肉体であるが、主人の身の心配から冷や汗が出そうになる《死霊の墓荒らし》。
重い精神負荷、しかも魂に欠落だと考えるなら回復魔法は無意味である。
しかし、分かっていてもの思わず行使しようか迷うが、原初の呪系統による代償である以上、不用意に回復魔法を使うと逆効果になりかねない。
ただ同じ呪系統もしくは闇系統であれば、まだ回復の可能性はあるかもしれない。
同系統、系統の近い魔法は反発も少なく干渉し易いので、《死霊の墓荒らし》もいざとなれば───
「くくく……やってくれましたね」
そこでようやく回復したのか、フラつきながらも起き上がってみせる《復讐の壊滅者》。その顔色は青白く病弱に見えるが、様子を見ていた《死霊の墓荒らし》はまったく別の印象を感じさせられる。
まだグッタリとしたままであるが、主人の瞳の奥に秘めている増悪の色が濃くなっているのをハッキリと見えたのだ。
◇◇◇
「───っ……ん?」
ジークがその気配を感じたのは偶然に近い。
殺意があれば自然と眠気から覚醒するが、疲れて宿の個室のベットで眠っていたジークでは殺気が含まれない接近は察知し難かった。
陽もすっかり暮れて真夜中の時間帯。早寝が好きな者ならそろそろ就寝に入ってもいい頃であるが、彼が知り合いから呼び出されている時間帯までは、まだ時間に余裕があった。
ジークはそれまでグッスリと眠っているつもりだった。試合だけでなく元SSランクとの死闘もあったが、 試合の方で《消し去る者》の力を使ったのが、余計に彼の神経に負担とかけてしまった。
───コンコン
「はい」
だが、部屋の扉の前で気配が止まった瞬間、自然と目を覚ましたジークは眠気はまだあるが、そのままドアのノックに返事し応えると、ベットから出てドアまで行き確認もせず開けてみせる。
本来なら誰なのか確認の声をかけるところであるが、ジークは扉の先の気配をよく知っていたので、とくに気にすることなく開けたのだ。
「てっきり待ち合わせ場所で種明かしでもするかと思ったが、ここに来たってことはお前から話してくれるってことでいいんだよな? ───サナ」
「……」
前にもこんなことがあった気がする。
そうふと感じる中、ジークはどうしてか制服姿でプラスその各箇所───関節部や腹部胸元などに金属ガード。さらに背中には槍といった完全な武装状態のサナを見て、ジークは苦笑いを零して彼女の返答を待った。
ストックが全然ないのでまた遅くなりますが、最後まで書くつもりなので、どうかこれからもよろしくお願いします。
次回は12月30日更新予定とさせていただきます。




