第7話 敗北?
ホントにペースが遅くてすみません。
「《最上神獣級》の中でも頂点の位に立つ、六王のみが持つチカラ。
竜王は【息】、獣王は【牙】、鳥王は【羽】、海王は【圧】、幻王は【滅】……そして蛇王は【眼】のチカラを所持してましたね」
シィーナには弟子であるジークの身に起きた、異常を正確に把握できていた。
昨日と同じく観戦して、騒つく客に紛れて静かに眺めていた。
(蛇王との契約でも交わしたのでしょう。蛇の精霊とのパスもその時に恐らく……ですがこれは)
【眼】による呪いによって苦戦する弟子を前にしても、シィーナはあくまで冷静に状況を見ている。
ジークのことは心配ではあるが、それでも彼がこの程度で終わるとは微塵も思っていない。
寧ろ逆に相手をしている女性の方が心配であった。
呪いの眼でジークを刺激しているルカの身を、シィーナは危惧していた。
(これは危険過ぎる行為ですね。アレは精霊に繋がりのあるものを嫌い、排除する傾向があります。以前もティアさんに渡した術式解除の鍵に密かに仕込んでいた魔法で、学園での試合は見ましたが、予想通り、ジークが解放した際にも抵抗せず、精霊魔法を使うティアさんを仕留めようと手を貸してましたし。……まぁ途中で解放量が多過ぎて、地を汚し始めて彼に止められましたが……もしここで目を覚ましたら)
たとえ彼の魔をも呪ってしまう六王の眼であっても、彼のアレは眠っている今でも、いずれは凌駕してしまう。
シィーナは危惧していたのはそれであった。
この場でジークが追い詰められて、眠っているアレが彼の感情に呼応して起きてしまう可能性があった。
(敵の狙いは間違いなく、アレの解放……そして奪取でしょうが、その前に……)
そう呟きつつシィーナは戦う弟子を見据える。
危惧していることが現実に起こらないことを願いながら、彼女は試合の行く末を見届けた。
◇◇◇
(あんまり考えたく予想だが、まさか使える魔力が全部汚染されたか?)
できれば勘違いであれば嬉しい予想であるが、未だに引かずダイレクトに襲いかかる痛みにジークは体内にある使えれる魔力が、すべて汚染している可能性に気付いた。
(浄化するか、耐性ができたらいいが、どちらも難しい。……油断したな。あの蛇の精霊を従えている時点で、眼からの干渉に気付くべきだった)
浄化系魔法となれば聖属性の『歌』を使うのが一番だが、魔力を練るだけで激痛に襲われてしまう現状では、それはかなり現実的ではなかった。
さらに耐性も付けれるかどうかも、厳しいのが本音であった。
自身の精霊系統との相性の悪さを考えると、耐性が付くとしてもしばらく時間が掛かると考えるべきである。
「それじゃお返しさせてもらうわ!」
だが、その対策を練っている暇もなく、ルカからの逆襲が行われる。
闇系統の『闇の迷槍』『黒の千本刀』がジークに向かって降ってきた。
「───くっ!」
全身の痛覚が狂っている中、どうにか体を動かして回避する。
(強化なしだとスピードも反射能力も限度がある! なるべく相手の攻撃射線を見切って、最低限の動きで躱すしかない!)
痛みのせいで鉛のように重くなった体に鞭を打って、ジークは身体強化無しの身体技術だけでナイフや槍を躱していくが。
「……!」
「───ぐあ!」
それでもルカの攻撃は鋭く正確である。
避けるジークの動きよりも先に放つことで、槍やナイフをかすめて始めるとナイフが一本、また一本と膝や腕、肩などに刺してくる。
『黒の千本刀』に殺傷能力はないが、精神干渉がある。
普段であれば彼の身は纏っている魔力層によって守られるが、その肝心の魔力が蛇王の呪いで狂ってしまっている。
「うっ───」
「ジークくんっ!!」
ほぼ無防備となっているジークの五感が狂い出してきた。
どうにか避け続ける彼の視界が天と地に歪み、聞こえてくる音も肌の触覚もおかしくなっていった。
離れたところからミルルの叫びような呼び声にも反応できなかった。
「……っ」
「足を止めていいのかし───らっ!」
平衡感覚も正常ではなくなり、とうとう立ち止まってしまう。そこをルカが攻めにいく。
発現させた無数のナイフがジークの背中に突き刺さり、槍が彼の腹部へと。
もはや動くこともできないジークに向かって、降り注ぐ無数の斬撃と一槍が彼の精神を堕としていく。
「安心しなさい。この槍も殺傷能力はないから、刺さっても問題ないわよ」
「がふっ……!」
苦しげに息を吐き膝をついてしまったジークの背からルカが告げる。
その言い回しからして、彼女もジークが試合場のある結界の影響を受けないことに気付いるようだ。
だがそれは彼の身を案じてのセリフではない。
魔法の影響を受けないことで審判が気付き、試合を中断されるのを恐れているからである。……ただ今のジークは魔法耐性はほぼ消えているので、試合場の結界の効果を受けている可能性もあるが。
(蛇王の眼の効果はしばらく続く筈だけど、試合を中断されたらその隙に解呪されるかもしれない。ここで確実に決着をつける!)
ならばロクに動けない。今のうちにと判断してルカは無数のナイフと、二本の槍を発現させてジークに狙いを定める。
もともと魔力量がそれほど多くなく、これまでの戦闘で消費した魔力量も多いために、やむなく中級クラスの魔法でトドメを刺すことにしたのだ。
だが、その程度の魔法でも弱っており、無防備となっている今のジーク程度であれば、容易く倒せれるぐらいの威力はあったのだ。
────だと言うのに。
(久々だよ。こんなにも魔法で追い詰めれたのは……。いやーー……ビックリだ)
と感心した様子で茫然と後ろで狙いを定めているルカを、顔だけ振り返って見るジーク。
視界も歪んだままであり、耳も感覚も狂って魔力も呪われて激痛となっているのに。
「ジークくん……!」
そんな彼に離れていたミルルが覚悟を決めたような表情で、ルカを警戒しつつ駆け寄ろうとする。
別にチーム戦と言う訳ではなく、ジークからの一歩的な協定であるが、このままジッとしていられなかった。
ミルルは武器であるナイフを構えて、身体強化で駆けつけようとした────のだが。
「……いい」
「───っ!?」
茫然とした瞳のジークに手で制止られてしまう。
目を見開いて狼狽するミルルであるが、諦めや慌てた様子が一切ない彼の瞳に再度、駆けつけようとした足を止めてしまう。
(今、ミルルに来られると危ないからな。暴走して巻き込んだら責任なんて取れないわ)
ミルルが近付けてこないのを確認した後、ジークは後ろで狙っているルカに姿勢を変えようとせず、膝をついたまま黙考する。
(……さてと、どうしたものか)
彼はまったく絶望的な感情を出さず、少し悩んだ程度の心境で打開策を模索していた。
(こうなったらアレを使うしかないが、それをするにしてもまず、汚染された魔力をどうにかしないとな。狂った状態でアレを使うのは自殺行為だ)
この状況や闇の精神干渉を払うには、やはり呪いが掛かっている魔力を解呪するしかなかった。
しかし、それをどうやるのかが問題である。
体内魔力を練るだけで異常な痛みで集中できなくなる。
それでも無理矢理練ろうとすれば、それだけ痛みが増してしまい最悪意識が持ってかれそうになるのだ。
(彼女がオリジナルとかで俺の魔力を根こそぎ吸収してくれれば助かるんだけど、いくら何でもそれはないな)
そうしてくれれば、アレを使えるんだがな……。と続けて思ったジークだが、そこでふとあることを思い出した。
(───いや、待て? ……吸収?)
引っかかる単語、そして自然と視線が左手首に付けている物に移った。
「───!」
ハッとした顔で思い浮かんだ打開案。
ギリギリかもしれない。だが可能性はあるとジークは背中腰に取り付けていた─────
「もうあとはないわ。さぁ、散りなさいっ!」
そこで遂に狙いを定め終えたルカが、浮かばせている魔法を一斉に発射させる。
無数のナイフを前に後で槍が追うように、ジークに迫らせ─────
「────」
先ほどと同じように背中から何本物のナイフを突き刺して、トドメに胸の部分に二本の槍を突き刺したのだった。
「…………」
ジークはルカに振り返ることなく、前へとうつ向いて倒れてしまった。
「ジークくんーーっ!!」
「ふ!」
「───っ! あああああ!?」
ルカからは顔は見えなかった。
しかし、離れたところでミルルが蒼白の顔で、思わず駆け寄ろうとしているのを見て、今度こそ倒したのだろうと確信するルカ。
(や、やったわ! あの人が警戒する消し去る者を遂に倒せた!)
さりげなく、駆け寄ろとしたミルルに闇の魔法弾を放って、牽制するルカはやり遂げた気持ちで満たされていた。
勿論、死んではいないだろうが、これで計画の要である明日の決勝では彼は参加できない。
計画の重要な部分までは知らされてないが、《復讐の壊滅者》は彼も必要な材料だと参加を願っている。
その為に決勝まで勝ち上がってもらうのが一番良いと言い、倒すことを第一とせず、呪いをかけて弱らせておくように伝えていた。
だがルカはどうしても納得できてなかった。
(お兄様は『ガイア』の邪神堕ちには彼の魔力の真奥が必要だと言ってましたが、わざわざ決勝まで勝たせず、ここで折らせて弱ったところを利用すればいい筈。現にお兄様のお言葉のお陰でここまでできた!)
────告げられたアドバイスの本当の意味は、彼女がジークに瞬殺されるのを避けること。
《復讐の壊滅者》の言葉の真意に気付いていないルカには、そう捉えてしまっていた。
けれど、ここで反対してもルカにできることはない。
だからこれは保険である。
個人的な憂さ晴らしも含まれているが、ここで彼に敗北を与えることで精神的に挫かせ、明日の計画をより確実なものへと持っていくのが目的である。
(それにもしお兄様が本気で反対なら服従魔法で縛ってくる筈、けどそれがないということは……!)
彼女の行動は《復讐の壊滅者》の魔法によって縛られている。
なのにこの状況になっても魔法による強制命令がないことに、ルカは自分のしていることは了任されているのだと、解釈をしたのだ。
「そのまま眠ってなさいジーク・スカルス。敗北を知らないあなたには、情けなく地べたで寝ているのがお似合いよ」
そして倒れ伏せるジークにルカが蔑むような声音で吐き捨てる。
鬱憤を冷たい言葉のナイフに変えて。
─────ドクン……
次回の更新は来週の土曜日です。




