第2話 悪夢と密かな出会い。
別作の『居候人は冒険者で店員さん』がスタートしました。
ぼちぼちとやっていきます。
────世界は闇で覆われていた。
『ハハハッ! 体の芯にまで突き刺さるいい殺気だァ!!』
『おまえっ!!』
朽ち果てた大地の上で死合う二人がいた。
一人は銀髪と瞳をしボロボロのローブを身にまとう少年。全身血まみれで折れた銀の剣と血で汚れたクリスタルの大剣を握っている。
もう一人は濃いグレーと黒の混じった髪をし、獣のような黄色の瞳と古キズだらけ顔をした大男。
黒のジャッケットを身に付けているだけで、武器らしきものは一切なく、無手の構えで少年と対峙していた。
『ハハハハハッ!! 随分ヤケだなァ!? さっきの女は死んじまったかァァァーー!? オイ!?』
『───ッ!! 黙れェッッ!!』
『ハハッ! 強烈もんだったかァ!!』
『殺すぞっ!?』
『やってみなッ!?』
挑発気に笑う男に激情して左右の剣を振るい迫る少年。
男は楽しげに手刀を向けて迫りくる少年の剣を──────
『あああああああッ絶対切断ッ!!!!』
『フッォォォォ!!!!』
荒れ狂う死合いはさらに苛烈さを増していった。
◇◇◇
(……ああ、これはあの日の戦いか)
夢だと理解するのにそれほど時間はかからなかった。
この辺りからジークは夢だと認識して、荒れ狂う風景を眺めていた。
『ハハハハッ、死んじまったなァ。……お前の所為で』
そしてこれも夢だと分かる。
認識した影響か景色が一変し、何もない暗闇へと移ると背後から先程と同じ高笑いが聞こえてくる。ジークは何も言わず、振り返ると予想通りあの男が立っていた。
『随分腑抜けになっちまったもんだなァ? あの試合は何だァ? 以前のお前なら二秒で殺せただろう』
『あれは試合だ。殺し合いじゃない』
『そんなものはただの詭弁だ。あれほど手を焼いた理由にはならんだろうが』
濃いグレーと黒の髪と猛獣にも似た黄色に光る瞳。
数多くの激戦をくぐり抜けてきた者だけが発する覇気を身に纏い。顔の古キズに合う野獣のような笑みでジークを見据えていた。
さっきのと言うのは映っていた少年時代の彼のことであろう。確かにあの頃、特にあの時の彼なら迷わず、相手する生徒を殺していた。
『退屈しねェのかよォ? シルバー』
「黙れ、夢にまで出てくるな」
これは夢なんだ。
だから覚めれば良い筈が、以降に覚める気配がない。
『ツレねェこと言うなよォ。散々殺し合った仲じゃねェか』
「……失せろ」
『失せろもなにも、ここはお前の世界だろうが、お前が呼んだんだぜェ?』
────そんな筈ない。と否定したいが、口にも出せない。
無言で睨むだけでジークは何も言えなかった。もし否定の言葉を口にすれば、確実にこの男は狙ってくると予想できたから。
『ハハッ、反論できないかァ? できねェよなァ!? あの試合で昔の記憶が刺激されたなんて、認めたくねェもんなァァァァーー!!』
何も言い返せない。
ジークはただ無言で男から目を離さず射抜くように睨んだ。
だがその表情は次第に苦し気に歪めていく、何か抑えるように胸の奥が騒ついて仕方ない。
『あの槍のガキの戦い方は戦場向きだ。だから思い返したんだろう? あの戦いの日々を』
確かにこの男の言う通り、あの雷槍との戦いでジークは過去の記憶へと繋がった。……繋がってしまった。
『忘れてた。なんて嘘をつくなよォ? お前は目を逸らしていただけだ。そして今も逸らしたままだ。お前は何も変わっていない。理性を保とうとして本来の感情から逃げているだけだッ!』
「……うるさい」
ここにきてようやく口を開くジークであるが、先程と比べて明らかに弱々しい。
苦し気な表情のまま必死に何かを耐えているように見えた。
『人を傷つけたくないなんてのはただの偽善だァ!! お前に今必要なのは殺さない理性などではない! かつてのように、そして心の内の秘める憎しみのままに、敵をねじ伏せ暴れ尽くす意思だッ!!』
……言うな、それ以上言うな。
忘れようとしているのに思い出してしまいそうになる。
彼の心の奥にある。押し込み封じ続けた感情が破裂するように出て来そうであった。
『前にも言っただろう。お前は本性はオレと同じ────』
それ以上…………
『すべてを壊したいだけの、ただの破壊の獣だ』
言うな。
◇◇◇
「ふぅ……こんなもんかな」
まだ、朝陽が差す少し前、ジークは街中の人気のない路地で、設置した魔法紙に描かれた魔法陣を見ながら頷いていた。
「これで五箇所か……あとは天に祈るべきか?」
冗談そうな口調で呟き、大通りに出た時にはもう朝陽が差して眩しい光を彼に浴びせてきた。
「行くか」
四日目。試合も順調に進んでいき、ジークを含め勝ち上がったのは十名まで絞られた。
聖国ウルキア学園からは二年のジーク、サナ、ミルル。三年のシオン、クロウ、ルーシー計六名。
王都のエイオン学園からは天魔で有名なシルベルト・オッカス、シルバーの魔法を模倣するカルマ・ルーディスの二名。
帝国からは冥女ルカ・ネフタリア。中立国の霜剣シズク・サカモトの十名であった。
この十名を二グループに分けて、午前と午後で決勝に向けてバトルロイヤル形式で試合を行い、明日残った二名で決勝を行う。
グループ分けの組み合わせは、朝のうちにクジで行うとのことで、深夜の話で寝不足であるジークも早めに会場に来ていた。……途中用事もあったが、それは置いておいて。
そのお陰かもしれない、ジークが彼女と会えたのは……。
「まさかミーアがいるとは思わなかったよ」
「そういうのはいいですから、さあ腕輪を出してください」
そう急かされてしまったジークは、懐から銀の腕輪『神隠し』をミーアに手渡す。
そうするとミーアは荷物から取り出した箱から、銀の飾りをいくつか取り出して、『神隠し』に取り付けていく。
場所は闘技場の観客席の近く。偶然にもジークを探していたミーアとの再会に驚くジークを無視して、ミーアは設置しているテーブル席で、ジークの魔道具を改造していた。
「で、これが例の狸か……ちゃんと使えるのか?」
「はい、この魔道具……『奈落』ですが、ジークさんの魔力も吸収できると思います。……勿論、無限ではありませんが」
『神隠し』を弄りながら悔しそうに顔をするミーア。
話を聞いてみるとこの魔道具は見た目に反して、古代の魔道具らしく性能自体は『神隠し』に引けを取らない物であるそうだ。
相当苦労して最後は妥協するしかなかったのか、修理をしたミーアの表情を見る限り、何かあったのは明らかであった。
とジークが狸改めて『奈落』を眺めていると、ミーアの作業も完了した。
「ふぅ……できました。ジークさん」
「ありがとうミーア」
ミーアから装飾が増えた『神隠し』を受け取ると、パチッと手首にはめるジーク。
魔力を流して状態を確認する。
「機能は以前、ジークの要望の通りに大体できてします。腕輪には最大五種類までですが、魔石の保存と瞬間装着を可能にしてあります」
「五種類……十分過ぎる。そんなに魔石もないから、いくつか空きになりそうだな」
嬉しそうな声音でミーアに礼を言うジークは手のひらに、小さな魔法陣を作ると空間から複数の魔石を取り出した。
種類は様々あるが、ジークはあらかじめ厳選して魔石を装着させ魔力を流すと、腕輪に吸い込まれて次の魔石が装着できるようになった。無事に機能していることを。
「上手く機能してますね、良かったです。……あ、前に頼まれていた魔石も出来てます。……大会で使うんですか?」
「使わないつもりではいたが、そうだな。……性能ぐらいは確かめてもいいかもな」
大破壊を仕出かす訳じゃないしな、と内心ジークは苦笑を浮かべて、頑張ってもらったミーアに支払いをすると、会場の方へと向かった。
「頑張ってくださいね。応援してますから」
去っていく彼の背中に向けて、聞こえない程度にミーアが告げるが、それは恥ずかしいだけが理由ではない。
「あと……─────ごめんなさい……です。今まで……ありがとう…………ござまい、ました。シルバー」
少し寂しそうで泣きたそうな顔で、動いた口元が震えていた。
───────この時、もしジークが彼女の声と様子に気づいたのなら、この後起きる悲劇も回避できたかもしれない。
会場周囲に吹いている風に煽られながら、ミーアは人混み紛れて姿を消した。
◇◇◇
「まさかのジークくんと同じグループか」
「ま、よろしくなミルル?」
自身の学園拠点の中でミルルと会話をしていたジーク。
朝早くに行ったクジの結果が出たので、時間まで待機しながら本人は軽い気持ちで声をかけただけなのだが。
対するミルルは暗い雰囲気で深い吐息を漏らしてた。
「……結構頑張ったんだけど、ここまでかな」
「……随分引き腰だな? 大丈夫か?」
「誰のせいかな? 隣に破壊神みたいな魔法師がいたら、誰だって気が重くなるよ」
「……」
否定したくなったが、仕出かしていることを考えると違うとも言いづらい。
視線を合わせるも辛くなり、そっと視線を逸らしていた。
ミーアとの会話後。試合会場に入ったジークは他の進出者と共に、二つのグループに分かれるためクジを行なった。
そしてジークが戦うグループの中には、ミルルも選ばれたのだ。
他メンバーの中には帝国側である冥女のルカと生徒会長のルーシー。
さらに天魔のシルベルトが選ばれていた。ちなみにミルルと同じく、一緒のグループとなったルーシーからは、苦い顔でお手柔らかにと言われたそうだ。
もう一つのグループでは風紀委員長のシオンと霜剣のシズクの剣士同士。少々見劣りするがサナもいて、例のカルマ・ルーディスとクロウがいた。
その際、ジークは気付いてなかったが、シオンと同じ風紀委員のクロウ・バルタンが少々暗そうに瞳で彼のことを横目で見てた。
「……」
そしてもう一人、彼に奇妙な視線を送るサナが、ジッと会話をしているジークの方を見ていた。
少し難しい顔をしているが、声をかけようとはしない。
(はぁ、本当にやらないとダメなのかしら)
難しい顔のままふと嘆息すると、サナは三日目の夜を思い返す。
三日目の夜、サナは妹のリナや母と父、そしてアイリスと彼女の父を交えて、決勝トーナメント出場を祝して夕食会を開いていたのだが。
「お前達に会わせたい人達がいるんだ」
父であるゼオからそう告げられて、疲れてしまった母や使用人達を外してもらうと、何故か緊張しているリナやアイリスに疑問を覚えつつ、ゲストが待っていると。
「こちらでいいかゼオ伯爵」
「美味い酒はあるか?」
入って来たのは男性が二人と女性が二人。
四名ともどこか風格ある印象でこちらに歩み寄ってきた。
そしてうち一人には見覚えがあったが、それよりも先に彼らの会話が始まる。
「久しぶりだなガイ。それにギルドレット」
「ああ、前に会ったのは引退式だったか? 大戦終結後にお前が騎士を辞めてしまったもんな」
「仕事を押し付けたこと、まだ根に持っているのか?」
ガイと呼ばれるスーツ姿の大男が不敵にニヤリと笑うと、ゼオはやれやれといった様子で近寄ってきたガイと握手を交わす。
するともう一人の茶髪の男性のギルドレットも、ゼオに近付いて話に入ってきた。
「ま、あの頃はまだ、休めずにやることが山の方にありましたからね。それにゼオの旦那がいればもう少し鬼王女さんもお利口になってた気がしますけどね。……ところでそこにいるのは旦那の娘さんですか?」
何故か途中、サナ達の方を見ていやらしい笑みを零す。
その笑みを見た瞬間、生理的なのか第六感なのか、無性に離れたくなったサナ達は一斉にギルドレットから一番離れた場所まで逃げてしまった。
それを見てがくりと落ち込むギルドレットの肩に手を置いて、ゼオが満面の笑みを向けた。
「あまり私の娘達にちょっかいを出すのはやめてもらうか。それともしも手を出そうとしたら……分かっているなギルドレット?」
「じょ、冗談ですよ!? わ、分かっておりますからっ!!」
顔を青ざめてビッシと敬礼をするギルドレット。
どうやらSSランク冒険者である彼でも、ゼオの存在は大きいようだった。それとも昔何かあったのか、教育された生徒のように利口であった。
「そろそろいいですか? このままでは話が進みませんよ」
そんな男性陣の悪ふざけにいい加減、待っていられなくなった女性の一人が割り込む。
その女性を見てアイリスとリナが嬉しそうに近寄っていった。
「シィーナさん!」
「来てくれたんですね!」
「アイリスさんリナさん、先程ぶりですね」
女性の下まで来るとアイリスとリナが嬉し気に声をかけた。
笑顔を見せてくる二人に微笑んで、白銀の髪をした女性は戸惑っているサナの方を見る。
「初めましてサナさん。ジークの師のシィーナといいます」
「え? え?? え???」
シィーナから挨拶を受けたサナであったが、告げれた言葉の意味を理解するのに、少々を時間を要してしまった。
「さすがにいきなり過ぎると思うがな」
唯一サナの気を遣うように言ったのは、二人目の女性のシャリアであった。
いつまで経っても返事が返ってこないサナに、『あれれ??』と困惑するシィーナを無視してサナに近付いて呼びかけた。
「そなた達を巻き込むのは少々を納得いかんところもあるが、それでも協力してもらいたい。──────ジークのために」
「─────どういう意味ですか?」
背を伸ばしてシャリアは耳元で囁きかけると、混乱していたサナの視線が一瞬で側にいるシャリアに固定された。
サナの意識を戻すのにそれ以外の言葉は不要であった。
次回は来週の土曜日です。




