第6話 矛と盾。
昼休みに入ったところで、寮で休んでいるアイリスが心配だと帰宅していったサナとリナとは別れ、ジークはトオルやミルルと共に昼食を済ませたのだが……。
────事件は突然起こった。
「……ガルダ先輩」
「ふ、来たか」
午後の授業も終えてトオルやミルルと再び訓練場に戻ったジークを、待っていたのは学園でも五本の指に入る人物だった。
風紀委員会、鎮圧部隊のエース ジル・ガルダ。
土属性の派生系、金剛属性を扱う格闘魔法師だ。
「僕もやりに来させてもらった。予選会では機会がなかったからな」
「ははは……」
ニヤリと笑って立ちはだかるガルダに、ジークは冷汗を流して苦笑を浮かべてしまう。
(あー、スッゴい嬉しそうだな)
いつかは来るような気がしていたので予想外ではなかったが、いざ来られると困ることに変わりなく。
「……っ」
「……」
近くに立っていたミルルとトオルからも、妙な気配が立ち始めている。
二人共ボロボロに負けたのがよほど悔しかったのか、トオルに至っては闘争心を剥き出しで、今にも暴れそうな危うさがあった。
「すぐにでもやりに来ようと思ったが、委員長や副委員長と揉めた。同じ日に挑むのはありえないからな」
不穏な単語が連発である。委員長と副委員長なんて風紀委員会の二人しか考えられないからだ。
ちなみに委員長の名が出た瞬間、トオルの方から噴き出していた闘争心が揺らいだのを感じたが。
「次に誰が来るのか非常に気になりますけどね。……はぁ」
「やらんのか?」
「まあやりますよ。俺も色々と慣れておきたいので」
「慣れ?」
「さぁ、移動しましょうか」
適当に誤魔化したが、ジークの言葉に不審そうに睨むガルダ。あまり良い意味に受け取れないようだ。ジークも口にはしないが、その通りだと内心思っていた。
(学園のトップの一人だ。基準にするには申し分ない……なんて言えないな)
慣れておきたいというのはガルダや他の委員長や副委員長、そして生徒会の会長レベルの者達との戦闘レベルである。
昨日の解説の際、彼らの試合も勿論見ていたが、それでもやはりというか、ほぼ全員が本気を出さず七割程度で戦っているように見えた。いや、間違いなく手を抜いていた。
(知っている同士だったからか、全員深追いしなくて手の内も隠している節があったな)
魔導杯では彼らと同格かそれ以上の異名持ち。さらに上の原初持ちとも戦わないといけない場面が来るだろう。勝ち進めていけば確実に当たる。
参考になるか判断はつかないが、せっかく機会が得られたのだ。苦手としている対人戦の克服も兼ねて、真剣な表情のガルダに対して失礼だと思うが、利用させてもらうことにしたのだ。
何より利用するには、ガルダのようなタイプはちょうど良かった。
「ガルダ先輩は強いぞ、ジーク」
「うんうん、油断したらボコボコにやられるよ?」
「……ああ、分かってる」
トオルとミルルとしては、ジークとガルダの組み合わせは非常に興味深いが、ガルダにリベンジしたい上、ジークにも挑んで勝ちたい気持ちが強くある。
だからどちらが負けても二人からしたら、正直なところ複雑な心境でしかなかった。
────しかし。
「それではやるか。ジーク・スカルス」
「ええ、よろしくお願いしますね。ガルダ先輩」
今更止まるはずもない。
定位置に着くや二人共に構えていた。
「「っ!!」」
そして、特に合図もなく、ジークとガルダの戦いは唐突に始まった。
◇◇◇
先手を切ったのは──────同時であった。
「『純鉄の装鎧』ッ!」
「『身体強化』ッ!」
魔法を発現させる。
それぞれ異なる属性魔法であるが。
ガルダは派生属性を利用した硬化魔法を展開。
ジークは良く使用する無属性の身体強化魔法を全身に纏った。
ただ、異なる魔法を発動させても、それぞれの目的は同じであった。
「「ッ!」」
勢いよく踏み込むと、ほぼ同時に相手の間合いに入るや己の拳を唸らせていた。
遠距離、中距離戦闘などではない。
正面からの殴り合いである。
「がッ!」
「シッ!」
ガルダの拳とジークの拳がぶつかり合う。
鈍器同士が衝突したような鈍い音が会場に響いた。……あまりの音に半分近い生徒たちが嫌そうに耳を押さえたり、思わず目を瞑った女子もいた程。
「「───ッ」」
均衡など全くなく、お互いの拳が相手の拳を弾き飛ばした。
「『零の透拳』ッ!」
「『純鉄の拳撃』ッ!」
続いてはジークの無属性専用技の拳。
ガルダは纏った硬化魔法に合わせて、派生属性の攻撃を打つ。
再び拳と拳が打つかる。衝撃音に見ていた生徒たちから動揺が広がる中─────衝撃を抑え切れなかった二人は、そのまま後方へ吹き飛ばされてしまった。
──────しかし。
「シっ……!」
「ちっ!」
先に体勢を戻して動き出したのは、ジークであった。
飛ばされながらも倒れずに地に足を踏み、ズルズルと地面を抉るようにしながらも、引きずり衝撃を抑えてガルダに向かって駆け出していた。
「────『跳び兎』」
驚異的な跳躍力を発揮する走法『跳び兎』を使用する。
前方に大きく跳んでガルダとの距離を一気に詰めた。
「────ッ速い!?」
突如変化したジークのスピードに驚きの顔をするガルダ。
僅かに反応が遅れて急な接近を許してしまった。
「『斧骨』ッ!」
「ツッッ!!」
激突する直前で前方跳躍で得たスピードを殺さないようにして一転。魔力を込められた空中踵落としがガルダの頭部目掛けて振り下ろされた。……咄嗟に両手をクロスさせたガルダは頭部を全力で守るが……。
「────ッ」
鈍い衝撃音がその場に響く中───ジークは止まらない。
踵落としを防がれながらもその勢いのまま────左から重い拳。
「つッ!?」
「シッ!」
腕でガードするガルダだが、ジークはさらに魔力を込めて────右からも重い拳。
「ッ!」
「ツァ!」
再び腕で防がれるが、もう一度左からの拳を打つ。
さらに右から拳。左から肘打ち。右から蹴り。右から拳。左から拳。右から肘打ち。左から─────
「ぐぅぅぅ……!!」
「……!!」
繰り出される連打の嵐が止まる気配を見せない。
ギリギリ反応して防御魔法で対応するガルダだが、ダメージの方は着実に通っていた。
「っっ……!」
サナやミルル、トオルと戦った予選会と明らかに違う。
苦しげな表情をして呻きながら攻撃を受け続けるガルダ。観戦していた者から驚きの声が上がる。
ガルダが踏ん張っている足がピクピクと震えて、今にも膝が付きそうであった。
「私たちじゃ全然ダメージが通らなかったのに……なんで……!?」
「一打ずつ重いんだ。アレは受けた奴にしか分からない」
苦しむガルダを見て、呆然と呟くミルルにトオルが答える。
ボコボコに打ちのめされたのを彼は聞かされて知っている。……最後はおぼろげで全くといって記憶にないが、その衝撃は体に残っている気がした。
「『零の衝撃』ッ!!」
「───ッガハ!?」
攻撃を続けて遂にガルダの城壁が崩れた。
ボロボロとなった『純鉄の装鎧』を越して、ガルダに無属性の衝撃波を叩き込まれた。あまりの衝撃に肺から空気が吐き出てしまうガルダだが……。
「く、ククク……。想像以上だ……」
口端に血を垂れ流して呟く。予想超える彼の力量……いや、体術に圧倒されている。自分が最も得意としている格闘戦でだ。思わぬ強敵に嬉しくて仕方ないのだ。
しかし、圧倒しているのは当然とも言える。まだ鈍ってはいるが、踏み止まることが出来ただけ、ガルダの力量も中々のものだという証明でもあった。
なにせ彼に格闘術を教えた男は、世界でも三指に入る格闘戦術の使い手で、あの超越者、《最凶の鬼神》に匹敵するかと言われていた程。他の要素が劣っていたので、ランク的にはSランク程であったが。
「クククっ────面白い」
だが、ガルダもまたその者達と同じ獣である。
凄みある笑みを口元に浮かべると─────身体中から灰色の魔力を溢れ出した。
「────『純黒の装鎧』」
身体を覆うように黒き鎧の硬化魔法が展開される。
「────『一体化』」
さらにSランク技法の『一体化』を使用する。
次の瞬間、身体中を外側から覆うように展開していた『純黒の装鎧』が姿を変える。
彼の身体に溶け込むように沈みと、身体の表面を黒く染めていく。灰色の髪も黒く染まり、瞳も真っ黒となったガルダの姿を見たジークは一言。
「とうとう来たか」
全身鎧の肉体のような魔物にも似た姿をしたガルダに対して、ジークは特に口にせず、苦笑顔で彼の動きに意識を集中していた。
「クククっ! 出し惜しみは無しだ!」
「そうか」
コキと手首を鳴らして笑うガルダに適当に答える。
すると纏わせていた身体強化を一旦解除した。
「やはりここはパワーか────『身体強化・火の型』ッ!」
火力で攻めようと火の身体強化に切り替えた。
全身から火属性の紅いオーラが吹き荒れる。
「クククっ、僕が防御で貴様は攻撃か。……狙っているな?」
「……」
ジークは無言であるが、その表情は肯定だと言っているようにガルダには見えた。
そう。ジークは最初から正面から攻めるだけで、遠距離からの攻撃などしない。格闘戦による攻撃一点等で挑むつもりのようだった。
だがそれはハンデのつもりなのではない。
「その鎧……壊す!」
「いいだろう!」
正面からの力で、彼の自慢の強固の鎧を破壊する為だ。
「ハァァァ!!」
「ガァァァ!!」
火のオーラを纏った拳を、一体化で変化したガルダの顔面に打つける。
ガルダもまた咆哮を上げて、凶悪に変貌を遂げた顎門のような掌で、ジークの顔を穿ちに行く。
「シっ」
穿ちに来るガルダの掌を首だけで躱して、拳を打つジークだが、殴った手から通った感触は、とても顔を殴った物とは思えない異様な硬さであった。
(硬いな。相当な密度の硬化に変えているな)
殴り付けた手の痛みを感じる中、冷静に分析する。
強固となったガルダの肉体はジークの強化した拳を前にしても、その外壁を崩すことはなかった。
勿論ジークも本気ではない。予選会の時と同じオリジナルの魔力制限を掛けてはいないが、また別のタイプの魔力抑制は掛けていた。
制限こそは前の方が強いが、本気の魔力には程遠いのも事実。
「『火打』ッ!」
「無駄だっ!」
火属性の攻撃はガルダにヒットしている。
頭部、腹、顎も狙っているが、どれも当たってもガルダに致命的なダメージとして通らない。
────Sランク技法の『一体化』は、少々緩い制限をした今のジークでも、十分な驚異であった。
「ふっ!!」
黒き凶悪な腕を振ってジークを飛ばすガルダ。スピードこそ遅いが、接近していたジークは躱すことができず、重い振りを受けてしまう。
「『純黒の……」
そうして距離を取ったところで右腕に魔力を込めるガルダ。放られたジークに向かって、弾丸のように駆け出し、黒き一撃を下した。
「拳撃』ーーーッ!!」
「っ」
その行動は勘からか、咄嗟に両手を前に出したジーク。強引に受け止める姿勢に切り替えて受けて立とうとする。────だが。
「───!?」
ガルダの拳を受けた瞬間、身体が後ろへとグラついてしまった。……押されたのだ。
「その程度で受け切れるかッ!」
「な───」
獣ような闘気を剥き出しでガルダが叫ぶ。と同時に打ち込んだジークの身体を後方へ吹き飛ばす。
ダメージこそ殆どないが、彼は驚いた顔で倒れ込んでしまった。
────更なる隙が生まれた。
「『純黒の斧撃』ッッーーー!!」
倒れるジークに向けて飛び掛かり、空中から振り下ろすように踵落とし。圧迫するような灰色の魔力が込められていた。
「『緋火の破球』っ!!」
─────が直撃する直前。ジークとガルダを巻き込む大きな爆発が、彼らの中心で巻き起こった。
火属性の専用技だ。手のひらで作り上げた火の圧縮玉を発射させて、飛びかかったガルダに向かって爆破させたのだ。
二人の姿は爆発が起こした煙によって、周囲の目から隠されてしまった。
「が、くそっ……」
煙の中、爆発によって吹き飛ばされたガルダが起き上がる。特にダメージはないが、あのように回避されたのが悔しかったのか、苛立ち顔で煙越しにジークを探す。
「どこにいる……! 僕はこの程度では倒れんぞ!」
「……────いいかな?」
「───っ!」
声に反応して咄嗟に振り向く。背後を取っていたが何か考えているのか、目を瞑って呟くジークが攻めずに立っていた。
煙の中でもガルダの居場所を把握していたのに、彼は攻めようとはしなかった。─────それは何故か。
「何故、攻撃しない……?」
「ん? ああ……」
ガルダは訝しげに睨んでいると、すぐにその答えが分かった。
「そっちもSランクの技法を使ってるし。……いいかなって思ってさ?」
薄く目を開けて小さく呟くジーク。ガルダは警戒しながら構えを取るが、そんな彼にジークは微笑を浮かべて、何故か高く自身の右手を上げて見せた。
「だから見せてあげますよガルダ先輩。『一体化』と同位の技法────『融合』を!」
────とジークが宣言した頃であった。
ギルド会館。ギルド長室でちょっとした騒ぎが起きたのは。
「────ハッ!? い、今、友の奴が何かとんでもないことやろうとしてる気配がしたぞ! キリアよ!?」
「何急に叫んでるんですか?」
「いや、本当にマズい感じだぞこれはっ!」
「ギルドマスター? いいから仕事してください。仕事はまだたんまりあるんですから」
「そなたには分からんのか!? なぁ、キリアよ!?」
「? 私が分かるのはこのまま遅れると、私の頭痛が酷くなってマスターが大変なことになるということですが? よ・ろ・し・い・んですか??」
「クッ! おのれ……! この分からず屋がァァァァァ!?」
……とシャリアとキリアの小さくて、アホらしいコントがあったとかなかったとか。
次回の更新は来週の土曜日です。




