第14話 侵入と宝探し。
(さて……やりますか)
サナ達三人が保健室で会話をしている頃、主人の居ない学長室を目指してジークは行動を開始しようとしていた。
(だが、その前に……)
『……』
会場の出口を目指す中、ジークは人混みに紛れ、自分に視線を向けている学生達に意識を移した。
司会席に着いている時から向けられている視線。ジークは解説をしながら確かに感じ取っていた。
(数は四人だが、……こいつら学生か?)
だが力量を気配で探ってみると、学生にしては一味違った。
プロほどではないが、それでも学生が発する空気よりずっと鋭いものがある。
(他の学生とは明らかに別格だ。……『透視眼』)
視覚拡張の魔眼を発動させたジーク。
今回は透視が目的ではなく、視野を広げ離れたところで見張る相手の姿を確認する為だ。
(女性二人と男性二人だが、……冒険者にしては若いな)
念のため四名共、確認して見たジークだが、その全員が予想していたよりも若かった。
初心者の中でも若い冒険者や騎士、傭兵もいるにはいるが、それでもやはり珍しい。
それに全員から発している雰囲気は、とても初心者の落ち着きない気配ではなかった。
鍛え抜かれた戦士に近い物を四名共確かに纏わせていた。
(それに警備している教員達が気付いていない。幾ら気配を上手に隠蔽させててもこれは……いや、気付いてる?)
僅かにだが教員達の中にも彼らの存在に気付いている者もいる。視野を広げていたジークの眼にはしっかりと捉えていた。
しかし、不思議そうな顔して、すぐ何か思い出した顔をすると視線を外していった。
それも一人や二人ではない。彼らに視線を向けた教員は揃って、同じリアクションをしては視線を戻していた。
「ああ……そうか」
一連の流れた目視していると、ジークは教員等の反応から彼ら正体を理解した。
(なるほど……四年か)
ほぼ同世代で普通の学生よりもできた学生。
該当するとすれば外で既に活躍している者もいる。……四年の彼らだ。
(恐らく学園長の下に付いている連中だろう。自分が留守中に俺が何かしないか見張るのためか)
正直監視役に適したガーデニアンが不在と聞いて、ジークは少なからず警戒を緩めていた。もし隠密に適した者を忍ばせていたら、気づけなかったかもしれない。
これでヘタに動けば学園長に筒抜けとなるのは間違いない。
(用心深いやつだ。……ならば)
ニヤリと笑みを作るジークは、まだまだ甘い冒険者かもしれない四人に一つ礼儀を教えてやることにした。
まず会場に混乱を与えた。
(どこまで捕捉していられるかな? ──────『惑乱勃発』……発動っ!!)
人混みの中、ジークはオリジナルの闇魔法を行使した。
刹那、
『うわっ!?』
『なんだ?』
『キャァァ!?』
『のわっ!』
周囲の学生達から混乱の声が上がった。
突如つまづき転ぶ者や何故かよそ見して人にぶつかる者。ハッとした顔して立ち止まって、人混みで詰まる者など様々な現象が起きた。
闇のオリジナル魔法『惑乱勃発』
幻惑、精神干渉系の闇魔法、『誘導交渉』と違うのは、誘導が目的ではないことだ。
混乱を起こして場の乱す。集団戦の中で心理を誘発させる厄介な魔法だ。
『っ!?』
その状況に監視している四年達から動揺の気配が流れる。
ジークの魔力など感知できてない筈なので、これがジークの仕業だとも分からない。……どれほど鍛えていても僅かな隙が生まれた。
(────こいつにしよう。欺け……『偽装変装』発動)
数秒の混乱を利用しジークは近くで一人でいる学生に向けて、お得意の変装魔法を使用した。
────姿は自分にして。
『っ!』
監視している四年達の視線は、ジークに変装された学生の方へ移動した。
監視者達もそれなりにできるようだが、変装を見分けるほどの実力はなかった。あっさり騙されると、徐々に本物のジークから離れて行った。
(それじゃあ、しばらくの間、よろしくな〜)
────ジークも混乱する人々の中、適当な姿へ変えて監視者達を巻いてみせた。
◇◇◇
(よし、誰もいないな)
会場を出て校舎内に入り学長室に続く廊下を歩くジーク。幸い生徒とすれ違うこともなく進んで行く。
あと姿はもう元に戻している。変装させた学生の方はもうしばらく効果は継続するが。
(教員は……三人か)
昼休憩であるので昼食でも食べに行っている生徒が大半で、今彼が警戒すべきはすぐ近くの職員室にいるであろう、雑務に追われている不運な教師達である。
(ご愁傷様だ)
感知で把握して苦笑いを浮かべるジーク。
教員の殆どは、昨日と今日の試合を見学すべく会場の方に行っているか、審判などのサポート役に回っている者ばかりであるが、……やはり余り者もできてしまうのだなと悪いと思いながら吹きそうになる。
(感じからしてバレる可能性は薄いな)
感知を行なった時に力量もそれなく測っておいて問題ないと頷いたジークは、気配を消し学長室内に入るべく──────悪童な面でオリジナルを発動させた。
(では、いきますか)
素早く魔力を練って、自分を覆って存在感を変化させた。
虚無系統のオリジナル魔法『自身否定』
認識を否定して、永遠に孤独の運命へ使い手を導くと言われ、呪いとも取れる原初魔法。
その昔、使用者となった魔法師達を何人もその運命へ送っていた禁呪だ。
(うん、なんかイケない気分だな。悪党の素質もあったか?)
しかし、ジークが扱えば、その禁呪も最高の魔法へと変貌してしまう。
気配どころか存在すら認識されなくなったジークは、堂々とした歩みで学長室に到着してみせた。
(ここまでは順調だが、……ここからか)
ドアの前に立ったジークは、まず学長室に掛かってるセキュリティを普段使用している感知の目のさらに上、原初魔法で第二の魔眼を発動させた。
(『千夜魔天の瞳』)
ジークの瞳が普段よりも黒く、そして光を発していた。光の色は星の輝きのようだ。
ジークが扱う魔眼の魔法は三つ。視野が広く遠くを見たり死角、物体の透視などをする第一の魔眼『透視眼』。通常の解析を凌駕した魔法専用の第二の魔眼『千夜魔天の瞳』。
……そしてもう一つ存在するが、それについてはいつか語るとして。
(ドアの開錠で反応するセンサーに、音、侵入感知、全部で……二十三って!? やり過ぎだろあの学園長)
恐ろしい仕掛けの数々に内心恐怖を覚える。
なんだか入るのが恐ろしくなってきたので、さっさと済ませることに決めた。
(けど、このぐらいならなんとかなるか。この眼と合わせれば……いける!)
まだ全ての罠の種類は把握できてないが、ジークは問題なしと指先でドアに触れると、先から無属性の光が小さく発光させた。
(『更正改訂』……発動!)
複数の魔法陣がドアに出現し、ジークは一つずつ触っていく。
『千夜魔天の瞳』の能力は簡単に言えば『完全解析』である。
魔法にはすべて死角、弱点となる箇所が必ず存在している。
魔法使いによってその箇所の多さ、少なさは異なるが、一流であればその弱点、死角は極最小限に留まっている
そこでジークの魔眼が能力を発揮させる。
死角であり、弱点でもある魔法の急所を『千夜魔天の瞳』は見抜いて彼の瞳に写してみせる。
たとえどれ程小さな急所であっても見極めることが可能。
そして急所を見つけたところで、ジークの本日三つ目のオリジナルが発動される。
急所さえ見極めれば、あとは普通に魔力などで破壊するだけだが、なるべくすぐにはバレないようにしたい。
(解除、解除、解除、解除、解除、解除、解除、解除、解除、解除、解除、解除、解除、解除、解除、解除、解除、解除、解除、解除、解除、解除、解除、解除、解除、解除、解除、解除)
使われた魔法は無系統の『更正改訂』。
本来は新魔法の開発や改良に使われる魔法であるが、この魔法を使って学長室に仕掛けられているトラップ魔法をすべてオフにしてみせた。
(前から思うが、……やっぱ自分のこと以外で使うのは気をつけた方がいいよな。これは)
犯罪臭しか感じとれないジークは、これも全部師匠が悪いんだと割り切って部屋に入ったのだった。
(失礼しま〜す。……て、誰もいないな)
学長室に侵入したジーク。無言で警戒してみるが、何も起きないと分かると、一度深い息をついて緊張で高鳴った動悸を落ち着かせる。
(あー、やっぱ怖いっ)
部屋の主は知将で有名な学園長だ。万が一にも決定的なヘマだけは避けたい。
「……それじゃ、探すか」
─────時間も限られている、テキパキ済ませてしまおう。
盗人のようにジークは気合を入れた。
(『透視眼』、『千夜魔天の瞳』、『魔力探知』)
二つの魔眼と一緒に探知魔法も加えて、魔道具の捜索を開始した。
「……」
物体の透視だけでなく魔法的な視野も広げる。
魔力による探知も行い部屋の内部を徹底的に調べていく。
戸棚や机の引き出し、服などをしまっているタンス内も調べる。
さらに隠し部屋がないかも調査する。リグラのことを考えれば、天井の上にでも隠していてもおかしくないのだ。
(何処だ? 何処にある?)
「探知拡大、魔眼拡張」
探知と共に二つの魔眼の力を強めていくジーク。
時間が経過する毎に焦っていく。囮になってもらった学生に掛けた変装魔法もそろそろ解けるかもしれない。……急いで見つけたいが、どうやらそう簡単にはいかないようだった。
◇◇◇
同じ頃、予選会場で、新たな観戦者達が集まって来ていた。
「ほー! なかなか賑わっているな! ハハハッ! @血が騒ぐぞ!」
「団長、お静かに、団長の血が騒いだら生徒達に毒です」
予選会場に入って始めにフェイント団長が楽しげに声を上げる。付いて来た副団長の女性がため息混じりに注意するのが、殆どお構いなしに会場を見て回っている。
「やれやれじゃのぉ」
それに続いてガーデニアンとリグラ、ティアの後方にリンとフウも続く。
会談後の食事を終えた一同は学園の予選会場へやって来ていた。
「ははは、ティア王女。騒ぎになるのでこちらの方へ」
「はい、ガンダール様」
「もう手遅れな気もするがのぉ」
そう、ガーデニアンの言った通りであるが、少し違う。
『『『……』』』
入った時から目立ち過ぎて、全員固まっていた。
既に試合場でウォーミングアップしていた生徒もいたが、途中で止まっては皆その一団に目を奪われていた。
「目立ってますね」
「当たり前じゃ」
集まる視線に苦笑のリグラと、呆れた顔で当然だと頷くガーデニアン。
自分達二人もそうだが、街を守る騎士団長と副団長。知っている者なら髪の色だけで分かるこの国の王女────目立つなという方が無茶な話だ。
提案した手前、ガーデニアンとそれに賛同したリグラも余り口には出せないが、これだけのメンツを連れて来たことを今さらであるが、少し後悔していた。
「ん?」
「どうしましたガーデニアン先生?」
「アレは……」
何か思案顔となったガーデニアンにリグラが訝しげに尋ねる。
気付けばガーデニアンの視線が別の方へと向いていたのだ。
「彼は……」
ガーデニアンの視線を追うようにしてリグラも視線を移す。
すると僅かであるが、リグラの顔が無意識のうちに引き攣れてしまった。
「あ、学園長っ!」
自分がジークの監視のつもりで、外の仕事から呼び寄せていた四年の生徒達が真っ青な顔で、こちらに駆け寄って来たからだ。
(これは……出し抜かれましたか)
彼らの表情を見ただけで現状を把握したリグラ。
してやったりとした笑みを浮かべるジークの顔が脳裏に過る。
(やってくれましたね。只者ではないと思いましたが、彼らから逃れるとは)
何度も学園内を探索していた彼の存在は前々から不安要素であった。万が一のことを考え退学にしようとする教員達に賛同したこともあった。
(その案もガーデニアン先生の対抗策で破れはしたが、保険のつもりで用意した生徒達では荷が重かったか)
伊達にSランクと同等の力量を持つ王女と対等以上に戦えただけはある。
マズい状況である筈であるのにリグラの思考は実に落ち着いていた。
「す、すみませんっ、わ、私たち」
「いえ、もう不要です。君達には相手が悪かったようです」
青ざめて慌てて謝罪を口にしようとする四年の女子にリグラは手で制止させてフォローする。
いくら外で活躍してきている優秀な彼らでも、謎の多い未知数な彼が相手では無理があった。
寧ろこんな甘い策でどうにかなると、考えていた自分に腹が立ち出していた。……お陰で低めな危険度が上がったが。
「お前達は確か四年の」
「ガーデニアン先生」
記憶を探って四年の生徒達だと思い出したガーデニアンが問い掛ける前にリグラが呼びかけた。
「申し訳ありません。暫く案内をお任せしてもいいですか? 少し用事ができました」
「? 構わんが……。何かあったか?」
不思議気に首を傾げ了承するガーデニアンが尋ねてみるとリグラは肩を竦めて苦笑気味に口を開く。
「いえ、少々部屋に忘れ物した者をしたもので。取りに行って来ますのであとはお願います」
リグラはガーデニアンにそう告げると、一人で学長室へ向かうのであった。
次回は来週の土曜日です。
2話続いて出してこの章は終わりです。




