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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夏の夜空とにじんだ花火。

作者: 東西 遥

 勢いだけで書いてしまった感があります。

 作者は普通の男子高校生です。医学的知識も恋愛経験も皆無です。

 よく考えなくてもおかしい部分があると思いますが、フィクションとしてお楽しみ頂ければ、と思います。

  一、


 タクシーに乗るまでは、何とかこらえられていた。手をあげて呼び止め、つっかえつっかえ自宅の住所を告げるまでは。

 今日は両親二人とも忙しく、病院には一人で来た。仕方のないことだとは思うし、そこに文句を言うつもりはない。

 タクシーが静かに動き出した。

 着くまでは何も考えなくていい。そう思ったら逆に、さっき医者に言われたことばかりが浮かんできた。

 いや、違う。正確にはその中の「いずれ失明する可能性がある」という一点だ。

 失明。それがどれほど苦しいことなのか、僕には見当もつかない。想像したこともない。あまりにも視覚は当たり前で、あって当然だった。

 なんで、僕なんだろう。普通の人生を歩いてきて、平穏な毎日を過ごしてきたのに。何一つ皆と変わらないのに、なんで僕だけがこんなことになるんだろう。

 目が見えないってどんな感じなんだろう。やっぱり真っ暗なんだろうか。

 考えれば考えるほど怖かった。不安だった。

 遥か後ろへ流れていく景色がにじんでいたのは検査に使った薬のせいだったのだろうか、それとも涙のせいだったのだろうか。


  二、


 違和感を感じたのは夏の始め頃だった。けれど僕は、おかしいな、と思ったくらいで大して気にもしていなかった。すぐに治るだろうと思ったのだ。

 それは一週間経っても全然治る気配を見せなかった。それどころかますますひどくなってきて、ようやく僕は暇を作って病院を訪れた。

 小さな病院の中年医師は、ひとしきり診た後で何枚かの書類を取り出した。大学病院への紹介状だと言う。なるべく早くそこで診察を受けろということらしい。

 ちょうど夏休みが始まった頃で、平日、すいている時分に行くことにした。あの医者の行為にどんな意味があるのか僕はまだ知らず、事の重大さをまったくわかっていなかった。

 眼科の待合室には平日でもかなりの人がいて、僕は並んだ長椅子の隅っこの方で縮こまって待っていた。

 ずいぶん待ったと思ったが、それは退屈だったからだろう。次々と呼ばれる名前の中に、僕の名前はないかと耳を澄ませた。

 飽きてきた頃、やっと名前が呼ばれ、検査室に通された。そこで目薬をさされ、また待っているように言われた。あとピントが合わなくなるから気をつけるように、とも。

 しばらくして視界が完全にぼやけ、また検査を受けた。

 それから三度目の正直で診察室に呼ばれて、担当の医者に会えた。

「鳥野行太くんだね? どうぞ、こっちに座って」

 はっきりとは見えないが、声からすると比較的まだ若そうなその医者はそう言った。

「今日は一人で?」

「はい、仕事が忙しいみたいで」

「そうか、それなら仕方ない」

 カルテをぱらぱらと眺めながら残念そうに言い、

「目の様子はどうかな?」

 と続けた。他にも色々な質問が投げかけられたがどんなものだったかよく覚えていない。

「本来ならこういうのは親御さんから言ってもらうんだけどね」

 一段落した頃に彼はそう前置きをして、

「あくまでも可能性の話だけど、失明する場合があるんだ」

 と彼は言った。

 その言葉の意味を理解した瞬間、何よりもまず驚いた。考えるより前に、ただ驚いた。

 それからの話はろくに耳に入らず、それじゃあこれから二人で治療を頑張ろうな、という言葉で(ああ、立ち上がらなくちゃ)と思った。

 会計を済ませて病院を出ると、あと四時間くらいは続くらしいぼやけた視界に一台のタクシーが見えた。

 こんな目で街中を歩くのはきついだろうと思って僕はそのタクシーを呼び止め、自宅の住所を言った。

 そうして何とか自宅二階の自分の部屋まで帰り着いた頃にはもう夕方だった。


  三、


「こーうーたっ! 出かけるぞー!」

 いつの間にか寝ていたらしい。聞き覚えのある声で気がついた。時刻は六時過ぎ。まだ日は沈んでいない。

 家の前で叫んでいるのは慎治。端宮慎治だ。小学生からずっと一緒にいた、幼馴染み的存在。常に明るく、それはしばしば空気を読めていないという域に達する。

 断ろうかと思って、止めた。折角誘ってくれたんだし、断るのも悪いだろう。

 そろそろと階段を下り、玄関を開ける。いつも通りのにかっと笑った顔が目に浮かぶようだ。

 なんでこんな時間に、とかどこ行くの、とか訊いたら慎治は、

「なんだよ忘れてるのか?」

 と言っただけできちんと答えない。

「いいから早く! 始まっちゃうぞ!」

「だから何がだよ……」

 訳もわからず急かされて、半ば引っ張られるように家を出た。

 慎治は僕の手首を掴んで、ぐいぐい前へ走っていく。慎治のこういう行為が、僕は苦手だった。というより恥ずかしかった。

 向こうにしてみれば普通のことなんだろうが、そういうことをされる度に僕は赤面してしまって隠すのに苦労する。今も、もし鏡を見れば赤くなっているのがわかるだろう。日が沈んで暗くなってきたのがせめてもの救いだ。

 そう。お察しの通り、僕は慎治のことが好きなのである。今日の誘いを断れなかった理由も、実を言えばそれだ。

 ひそかに心拍数を上げながら、僕は慎治に付いて走った。

 ほどなくたどり着いたのは、少し開けた小さな崖の上。夏らしく雑草が茂っていて、吹き付ける風にその身を揺らしていた。

「何とか間に合ったな」

 涼しそうな顔で慎治は言った。

「間に合ったって何に?」

「え、ほんとに覚えてないのか? 今日は花火大会だぞ? ずっと前から一緒に見ようって話になってたじゃん」

 言われてみればその通りだった。色々あって忘れてしまっていたのだ。

「そ、そっか。ごめん、忘れてた」

「別にいいけどさ……。ほら、始まった」

 最初の一発が、夜空を切り裂いて打ち上げられた。寂しいような、悲しいような、甲高い音が響き渡る。そして一瞬の静寂の後、爆音が空気を震わす。

 きっとため息が出るほど美しいのだろう。今の僕にはぼんやりとしか見えないけれど。

 次から次へと花火が開く。色とりどりの光を放っているに違いない。

「綺麗だな……」

 ぽつりと慎治が言った。

 僕は返事をしようとして口ごもった。もちろん嘘を言うこともできた。でもそうしたら何だか騙してるみたいで気持ち悪いだろうと思った。

 結局何も言えず、黙っていた。たぶんとても綺麗なのだろう。

「なあ、何かあったのか?」

 唐突に慎治が言った。

「な、何って何?」

 思ってもいない問いにびっくりして僕は尋ねた。

「いや、さっきから何か変だからさ、何か隠してるんじゃないかって」

 相変わらず妙なところで勘が働く。こうなったら逃げ切れないのは目に見えてるのでおとなしく白状するほかない。

 正直に、薬のせいで視界がぼやけているのだということだけを言う。

「はあ!? じゃあ見えてないのか!?」

「うん、ぼんやりとしか」

「なんだよそう言ってくれれば連れ出すこともなかったのに……。見えもしない花火なんて何の意味もないだろ」

 意味はあるよ。そう言いたかった。慎治のそばに居られるだけで嬉しかった。一緒に居ることこそが大切だった。

「そんなことないよ、見えなくたって十分楽しいよ」

 けれど口を衝いて出たのは当たり障りのない言葉。誰もが気を遣って言ったのだろうと思うような陳腐な言葉。

「ごめんな、行太」

 慎治は悲痛な面持ちで謝罪の言葉を継いだ。

 なんで、なんで謝るの? 何も悪くないのに。慎治は悪くないのに。悪いのはみんな僕なのに……。

 涙が堰を切ったように溢れた。慎治は優しくて、あまりにも優しくて、残酷なほどだった。その優しさは僕自身の取り繕った壁をぶち破って心に突き刺さった。

 僕は慎治に抱き込まれるような状態で泣き続けた。泣きながら、さっき言わないでおこうと思ったことを口にしていた。

「医者、が……言う、には、目が見、え……なくな、る、かもし……れ……ない、って……、治ら……ないかも、しれない、って」

 慎治には関係のないことだ。だから言うつもりはなかった。なのに言葉は止まらなかった。

 慎治は何も言わなかった。でも僕の背中にあてがわれたその手の温かさが、僕を包み込んでいるようにさえ感じられた。

「怖い、怖……いよ……。何も、何も……、見ることが……できなく、なるんだ。暗闇……に、閉じ込……め、られ……るんだ」

 また、花火が上がった。もう終盤に差し掛かっているのだろうか。それはひときわ大きな音を響かせた。

 言葉も涙も一度に出てきて、僕は情けない声で感情を吐露した。

「もし、僕が光を失っても、ずっと、そばにいてくれるかな……。隣にいて、支え……て、くれる、かな……」

 決してかっこよくなんかないけれど、それは僕の精一杯のプロポーズで、僕の本当の気持ちだった。

 急に、どう言われるか不安になって口をつぐんだ。小さな花火が絶え間なく発射され、ばらばらと降り注いでいる。時間的にそろそろ終わりだろう。

 すぐにそれも止んで、聞こえるのはただ風が吹き抜ける音だけになった。慎治はまだ返事をしない。

「あ、あのさ――」

 耐えられなくなって口を開いたとき、花火が上がった。ぴゅー、というその音はやっぱり悲しげで、続くどーん、という音は最後を締めくくるのにふさわしい迫力だった。

 言うべき言葉を失って、僕は慎治が話すのをじっと待っていた。

「……おうよ。当たり前に決まってんだろ」

 ようやく、慎治がそう切り出して、そしてお得意の太陽のような笑顔と共にゆっくりとこう続けた。

 だって、親友だからな――。


  四、


「うん、順調だね。薬がちゃんと効いてるみたいだ」

 大学病院のあの医者の下に通い始めて三回目、診察を終えたところでそう言われた。

 そう。出された薬は本当によく効いた。目薬をうち始めてから四日後にはあらかた違和感が取れて、もうまったく以前と変わらないくらいになった。

 でもこの薬は中途半端に止めるとぶり返すどころか効きにくくなってしまうらしく、医者にいいと言われるまではきっちり使わなければいけないのだという。

 拍子抜けするほど簡単に治ってしまったので、不思議に思って尋ねてみた。すると彼は、

「えぇっ? 聞いてなかったのかい?」

 と言ってもう一回説明してくれた。

「ほとんどの場合はね、あの薬が効いて良くなるんだよ。でも、ごくたまに薬がうまく効かないことがあって、そういうタイプだとなかなか完治させられなくて失明に至ってしまうっていうこともあり得るんだ」

 医者は、考えられることはできるだけ患者に伝えなきゃいけないからね、と彼は言って、不安にさせたならごめん、と謝罪を足した。

「ということはつまり……、行太の早とちり?」

「ははっ、そういうことになるね!」

 なぜかとても嬉しそうな二人を、僕はため息をつきながら冷めた目で眺めていた。

「ってか慎治! そもそもなんで付いてきたんだよ!」

「んー? 保護者?」

「なぁにが保護者だ!」

「まあまあいいじゃないか。心配してくれる親友なんて大人になるとほんと貴重だぞ? 大切にするんだな」

 あの医者は楽しそうに笑いながら、僕をたしなめた。

 ――親友。

 慎治は僕の告白にまったく気付かなかったみたいだ。僕らは相変わらず、以前と同じように親友同士のままだった。

 まあこんな関係も悪くないかな、とも思う。

 これまでと変わらない僕らには、これからも変わらない関係がお似合いだ。

「そういや慎治、もうすぐ夏休みも終わるけど宿題全部やった?」

 病院を出て、慎治にそう尋ねてみる。

「うげっ。もうそんな時期か。完全に忘れてた……。心優しき友よ、頼む。写させて。特に数学」

「はぁ、しょうがないなぁ。代わりにアイスおごりだから。二個」

「なんで二個なんだよ! 鬼か!」

 そんなたわいもない会話を交わしながら、僕らはうだるような暑さの残る道路へと歩き出した。


 〈Fin〉

 『夏の夜空とにじんだ花火。』にお付き合いいただきありがとうございました。

 よろしければぜひ、感想や評価をお願いします。


 恋愛小説って初めてで、どう書いていいものか悩みました。

 それに、思いつきからできたので季節感がまるで無い……。(2015年冬現在)

 あとタイトルの略称考えるの楽しいです。

 個人的には「夏花。」って略してますがどうでしょう?

 何はともあれ、今読んでくださっている読者の方々に感謝です!


【全面的に二次創作を許可:原作者を必ず表示】

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― 新着の感想 ―
[一言] 目がちゃんと見えるって大切ですね。 感動しました。
2015/02/15 10:48 退会済み
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