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騎士の死

 死について思いを馳せる。

 死とは。

 生命の終焉、世界との融合、高次元への昇華。我々の肉体は死ぬ。魂は太陽神の下に集い、やがて全ては太陽の作りし世界へと融合する。それが、ソル・ミスラの教義であった。

 だが、神は死んだ。ケイトの目の前で死んだのだ。

 魂はどこへ?


 どれほど泣いただろうか、涙が枯れかけてきた頃、唐突に彼女の脳裏にそんな考えが過ぎった。私は、どうなるのか。

 ただの死体は墓にはならない。そこに死が存在していたことだけが直接的に表現されるだけであって、その死体を奉るものも、故人を弔う物も何一つとして要素に含まれてはいない。私はきっとこのまま死ぬのであろう。騎士として死ぬのであろう。だが、死んだ瞬間に私はただの屍となる。もはや私は騎士ではない。

 そう考えると、いまこうして死んでいるも同然な私は、既に騎士ではないのだろうか? 生きるのをやめた瞬間、私はもう騎士ではないのだろうか?

 そうなのだろうか? そうなのだろう。

 ああ。


 救済が絶望に塗り替わるのに時間はかからなかった。何故だか、腹の底から、胸の奥から、喉の中から恐怖が溢れ出てくる。死に対する恐怖が、身体の内側のどことも言えぬ場所からとめどなく流れ続ける。

 嗚咽。いや、声にすらならない。急に破裂した負の感情を呼気とともに嘔吐していると表現する方が的確か。咳き込んではまた膨れ上がり、さらにひどくなっていく。

 怖い。死が怖い。私を何者ともせぬ死が恐ろしい。

 ケイトはそのまま痙攣するかのように地面に横たわっていた。身は竦み、奥歯はガタガタと音を立てる。目を閉じてはいけない。暗闇が私を死に追いやる。目を開けてはいけない。そこにあるのも、太陽のない暗闇に過ぎない。


 邂逅はその時であった。

 震えるケイトに、一人の少女が突然声をかけたのが始まりである。


「……生きているのね」


 その一言が、ケイトの感情を塞き止めた。震えがとたんに収まったのである。

 何が起こったのか。声をかけられただけである。ただそれだけ。それだけが、恐怖と絶望の凍てつく海に溺れる彼女を救い出したのだ。


「生きている……。今は、騎士として……」


 認識されている。地面に顔を伏せたまま、ケイトは確かに存在するその事実を噛み締めた。


「そう。あなたは騎士だったの」

「違う、今でも……」


 僅かばかりのプライドを振り絞り、ケイトは騎士を名乗るために少女を見上げた。

 するとそこには、透き通る白い肌にきらびやかで美しいドレス、真珠色の長く美しい髪の毛を二つに束ね、大きな傘を携えた、おおよそこの世の、地上のものとは思えないような麗しい少女が立っていたのであった。

 絶句。言葉が出ない。


「聖地の守護者、落ちぶれたものね」


 少女は右手に握っている傘のその先をケイトの眉間に向ける。その傘が普通の傘ではないことはすぐに見て取れた。仕込み銃である。

 高貴なお嬢様の戯れか、それともこの少女は死神であるのか。どのような理由で銃口を突き付けているのかは皆目見当もつかないが、とかく、こうして少女がケイトの元へと死を運びに来たというのは、紛うこと無き現実なのである。


「殺してくれるのか……?」


 少女に殺されることに不安などなかった。彼女が殺してくれるのであれば、私が騎士であったことを記憶してくれるであろう。私は騎士として死ねるのだ。


「もう死んでいるも同じではなくて?」

「これから、死ぬのだ……あなたの手によって、私にとっての死神によって、騎士として、私は死ぬ……」

「傲慢ね。その剣で自らを殺めることもできるというのに」

「自刃など、出来ない。私は騎士でありたいのだ……永遠に……」


 愚かな返答に「そう」とだけ相槌を打ち、少女は撃鉄を起こした。響く金属音は、ケイトの心に延々と木霊する。私は救われる。この死神が私に救いを与える。

 目を閉じる。さあ、撃ってくれ。


 「この世に悔いは?」

「そんな物はとうに無い……」


何もない。もはや守るべきものも討つべき敵もいなくなったのだ。神の死により全ては無になったのだ。そんな世界で生き永らえる意味などない。

 だが。だが、もしも。


「……もし、生まれ変わるのならば、再び騎士となり、愛するものを守る盾になりたい」


 騎士らしい最後の言葉であった。そして、ケイトの心からの願いでもあった。


 「さようなら」


少女は呟き、引き金を絞る。その表情は冷酷で、まさに死神そのものであった。


 そうして、銃声は黒い街に響き渡る。一人の騎士の命が、今ここに弾け散った。

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