坂の上の公園
ひこうき雲が、ぐんぐんと伸びていく。
坂の上にある公園からは、引っ越してきたばかりのこの町の景色が見える。
僕はジャングルジムに上って、その両方を眺めていた。日に暮れていく町。夕日が直接目に届いたので、僕は顔をしかめた。
「春日井くーん」
間延びした声で、名前が呼ばれた。この町で僕のことを知っている人はいない。ふり向くと、制服を着た女の子がひとり、こちらに手を振っていた。同じ学校の制服を、僕も着ている。彼女は公園のなかに入り、ジャングルジムのところまで近付いてきた。
「春日井くんだよね、今日転校してきた。あたし、クラスの香川なぎさ。よろしくね」
「……よろしく」
「うち転校生って珍しいからさ、ちょっと今日は騒がしかったの。春日井くんすごい見られてたでしょ。ごめんね、いつもはもう少し大人しいクラスなんだけど」
クラスメイト。
僕はいくつものそれに入ったことがある。二年に一度、ひどければ毎年一回は転校を転校を繰り返している。そのたびにいたクラスメイト。彼女もそのひとりになる。
「いや、あんなもんだよ。転校生がくるっていうのは」
「そう?」
「うん。どこいってもあんな感じ」
「春日井くん、何回も学校移ってるの?」
「うちは転勤族だから」
彼女はふうんと頷き、僕が見ている町の方へ目を向けた。都会ではないけれど、家や建物がいくつも並び、夕日に照らされていた。ここの公園からは町の様子がよく見える。 みつけて良かった。ここが僕のこの町での居場所になる。
「あたしはずっとこの町なの」
彼女は町の景色に目をやったまま言った。
「生まれてからずっと。この町を出たことがない。特別好きではないけど、出たいとも思わない。多分、他を知らなさすぎるんだと思う」
ジャングルジムの上から見下ろす彼女は、確か教室でも僕に話し掛けてきた。時間割りと移動教室の場所の紙を渡してくれた子だ。こんなところにいるときまで声をかけてくるなんて、面倒見がいい。
僕は足をあげ、地面に飛び降りた。
「僕は好きだよ。この町の景色」
「え?」
「他のことはこれから知ればいい。変わらず居られる場所があることの方が貴重だと思う」
放っていた鞄を手に取り、公園の門に向かった。また後ろから彼女の声が飛ぶ。
「春日井くん!学校でわからないことあったら聞いて!あたしクラス委員だから!」
予想外の大きな声を出されたので、思わず振り返って彼女を見てしまった。目が合うと、それがわかったのか口を閉じてうつ向いた。そんな彼女の様子が子供みたいだったので、僕は笑ってしまった。
「今日はありがとう。さよなら」
そう言って公園を出た。
夕暮れのなか歩く帰り道は、なかなかいいものだ。町に流れる雰囲気もいい。親切な人もいるし、この町はやはり当たりかもしれない。
春になれば咲くのだろう桜の木が並んでいる。坂の上から舞う花を想像しながら、僕は家へ帰った。