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Gemendo

半年前の私もこんな感じでした。誰も助けてくれなかったので自力で何とかしましたが。

あれですね、『自分が救われたかった幻想』を具現化しています。

 送ってくれたのは貴方でした


 幼い自分を、疲れて眠ってしまった自分を背負って、貴方は歩いてくれました


 貴方は温かくて、柔らかくて。それでいて大きくて、強くて


 照り返す夕焼け小焼け、負われて見た日を、きっと忘れる事は無い……



 ……………


 ………


 …





 ~Gemendo~




 南弥生が目を覚ましたのは夜中、0時を回った頃だった。その頃俺はと言うと。


 「……何してんですか?」

 「……いや、ラジオ聞いてた。良いねこの寮、どこでもWi-fi入る。こうあるべきなんだよ社会は、俺にはスマホなんて要らない」

 「……何かすみません。ただ先生……何でうちに居るんですか?」


 胡坐かいてある種の悟りを開いた風貌の中年男子が布団の横に居たらそれはまあ気にもなるだろう。色々突っ込みたい所はあったのだけれど、男子禁制の女子寮に何で先生が居るのだろう不思議、と言うのは俺自身分かっているのだ。弥生は全身のけだるさに負け憤慨する余裕も無いみたいだが。

 彼女は右手首を掻く。何の変哲もない細い腕、『傷一つない』腕に走る変な痒みを解消しようとするが中々消えないと見える。

 俺は枕元に置いていた薬を渡し、痒いならこれを塗って大人しくしとけと諭す。


 「貧血で倒れたんだよ。天地は椎名の所に泊まるらしい。明日はまた学校だし、ゆっくり休め」

 「先生……」

 「どうした?」

 「私……とても怖い夢を見たんです」

 「……そうか、大丈夫。どうせ夢だ。詳しい内容なんてすぐ忘れるし、ちょっとしたら怖かったって事そのものを忘れるさ」

 「あの……寝るまでで良いんです、傍に居てくれませんか?」

 「良いよ」


 即答だった。にべもない。布団に入るわけにはいかないので、畳の上に寝転がった。顔が近い。青白かった彼女の頬に少しばかり血が通う。


 「先生……」

 「……どうした?」

 「私……先生の事、好きです。大好きなんです」

 「……俺も好きだよ。でも、後は分かるな?」

 「はい……きっと、言えないままでいるのが辛かったんだと思います、私」


 涙が枕を濡らす。それでも、不思議と悲しくは無かったんじゃないかと思う。

 泣きながら笑う彼女は、とても輝いて見えた。





 『弥生さ……プレゼントが先生からだってこと隠してたでしょ』


 ダイレクトに伝わってくる記憶。天地と弥生は渡り廊下で対峙していた。


 『私に気を遣ってくれた? 私は先生がくれたって方が嬉しかったけど』

 『……ごめん。でも、私と先生が仲良く買い物してたって言ったら、面白くないかな……って』

 『へぇ。そんな事してたんだ……もうさ、やめなよ』


 呆れた様子で溜息をつく天地。わざとらしい、いや、わざとなんだろう。


 『知ってるんだよ、あんたが先生の事を好きなのは』

 『そんなことっ……』

 『てか、皆気付いてんじゃない? 気付いてないの先生だけかもね。まあ、意外と客観的にならないと見えないって言うし』


 いや、すみません気付いてませんでした。でも真面目な話、俺は目をそむけていたのかもしれない。彼女は最初出会った時感じたような子なのだ。本来は。

 あまりに普通に接してくれるから、それに慣れていたのかもしれない。彼女はいつだって俺の事を好いていてくれたじゃないか。


 『別に良いじゃん、振られたってさ。あの先生は『教師と生徒がなんて駄目に決まってる』とか本気で言いそうだけどさ、気持ちくらい伝えなよ』

 『……………』

 『もうさ……見てて辛いんだよ。わt』

 『私だって!!!!!』


 弥生が大声で叫ぶ。結びすぎた唇が血を出していた。涙で目が滲んでいる。


 『私だって…麻子見てて辛いよ!! 好きなんじゃん、麻子だって!!!』

 『弥生……っ』

 『私には……私は麻子の気持ち知ってるから!!! 知ってて、知ってて先生に告白なんて出来ない!!!』


 ……いや、目を背けてはいけない。俺が背けたら、彼女らを受け止められない。それに俺の辛さなんて、彼女たちに比べたら物の数にも入らないじゃないか。

 二人とも気付いていたのだ。どうしようもない現状に。彼女らは強い、強いからこそ身を引くのだ。自分は大丈夫だからと、友達の幸せを願ってしまうのだ。

 そして彼女は逃げた。逃げて逃げて逃げて。


 最終的に、最低な道を選んでしまったのだ。


 (私が悪いんだ……私が全部……)

 「悪くねぇよ、お前はいつだって優しい良い子じゃないか」

 (誰か……私を壊して、私を罰してよ……こんな私に、生きてる価値なんて……)


 錆びた、けれども刃は不自然に研ぎ澄まされたカッターナイフ。それは彼女の足元に自然と存在していた。誰かが置いたとしか思えないような不自然さで、それは自然に弥生の左手に吸いついた。


 無慈悲な刃は動脈にキズを入れる。心臓の鼓動と共に激しい鮮血が噴き出す。血管そのものを切りつけた時の出血量と言うのは半端なものではない。

 乾いた笑いが静寂を震わす。右腕から噴き出した血液は沢を作らんとするくらい彼女の周りを濡らし続けていた。


 『あはははは……痛い、痛いよ……ごめんなさい、ごめんなさぃ……』


 『「弥生っ!!!!!!!!!!!」』


 俺は血の海に身を沈めた彼女を抱きかかえた。血の溢れだす腕を取り傷口に歯を突き立てる。名状しがたい異物感が喉元を通り抜けて行く。それでも、溢れたら溢れただけ飲み干していく。

 ある程度飲み干した俺は傷口に唾を塗り込む。多少の副作用はあるが仕方がない。それにこうすれば傷も残らない。彼女の未来の為にも変な傷を残すわけにはいかない。


 『せん、せぇ……』

 『何してんだよ!!!? こんな事……』

 『わたし……わたし……』


 ぐったりとした様子で、しかしその瞳はまっすぐに俺を見つめている。濁った瞳は、その奥にかすかな光を湛えていた。


 『わるい子、だから……わたしなんか、しん、じゃえば、いいって……』

 『ふざけんな……死んでいいわけあるかよ!?』

 『だれかに、罰して、ほしくて……傷つけて、ほしくて……』

 『何だよそれ……何があったかしらねぇけど、皆お前の事が好きなんだよ、罰したいなんて思うわけないだろ……』


 俺は彼女を抱きしめていた。血ではない温かい物が俺の肩に流れ込んでくる。


 『うぁあぁあ………』

 『だから……皆が悲しむような事、すんな……』

 『んくっ、えぐっ……ぁああ……』


 荒涼とした空間に二人の嗚咽による不協和音が響き続けた。


 それは誰も幸せになれない、凄惨なルート。誰も望まない陰鬱な結末。


 それでも……

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