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Funebre

やっと解放できた感じです。原曲はこんな殺伐とした場面は無いのですけれど、私のカラーを割と押し出してみました。

 にげないでよ、自分の気持ちから。


 そむけないでよ、現実の辛さから。


 まけないでよ、絶望的な運命に。


 貴女は強い、貴女は戦える。



 だから、諦めないで。


 


 ~Funebre~





 南弥生は思ったほど純情な女の子だったらしく、あの日の買い物以来色々な話を交わすようになった。それに付随して勉強でも恋愛でもない余計な話も増えた気がするのだけれど。


 「そう言えば先生」


 雲一つ無い空を眺めていた俺の中の沈黙を破る声。勅使河原先生だった。


 彼の机は俺の机とかなり離れたところにある。そのため、至近距離で聞こえたという事はまあ立っているわけで。


 先輩が立っているのに自分だけのうのうと座っているわけにも行かない。


 「そろそろ期末試験の問題の納期ですが、問題作成は大丈夫ですかな?」

 「特に問題はありません。教えた内容は広く浅く出しますし、かなり難しい問題は選択問題にして理解を見ます」

 「教科書通りですな……ただ、生徒の人気取りの為に簡単な問題ばかりにする事のないようお願いしますよ」


 苦虫をかみつぶしたように言ってのける彼だったが、その言い回しよりも自分に人気があると言う事の方が驚きだった。意外や意外、別に一般人相手には別段有名人でも何でもない自分は人気者だったのか。

 へぇ~、これは素直に喜んでいいのかな。


 「僕って人気あるんですかね?」

 「大分嫌みな事をいうのですな。いや、それが本心だからたちが悪いのか……」

 「……ちゃんと実力が反映される試験にしますよ。生徒達は僕らが考えているよりも色々考えてます。そのベクトルを正しい方向に修正するのが僕らの仕事ですよ」

 「そうですな……先生とは一度呑んでみたいものです」


 いや、それは奢りでもイヤです。などという事も出来ず(当たり前だ)、機会がありましたら是非とだけ社交辞令をとばし仕事に戻ろうとする。


 すると、職員室の扉がすーっと開いた(立て付けの悪いのをこの前校長がテコ入れした)。


 「すみません、日直の日誌を返却しに来ました」

 「南……どうも、お疲れさん」


 弥生は一人の男子生徒と一緒に職員室に入ってきた。春先には長めだった髪の毛を五分にそろえている。


 「別に日直二人で来る必要もなかったんだけどな」

 「ですよね先生。だから南にお願いしようとしたんですけd」

 「今日の日直の仕事、黒板消しとか日誌の記入とか、ほとんど私がやったんです。それで自分は練習に行くから日誌出しといてって、そんなの許されませんよね」

 「成る程、正論だな」

 「お前職員室に用事があるんだろ、俺いらねぇじゃん」

 「先生、浅井のこと山田先生にチクって下さい」

 「そっ、そんなっ!!!」


 ちなみに山田先生というのは体育教師にして生徒指導の最高顧問、且つ野球部の鬼コーチだ。浅井少年の悲痛な顔が妙に笑いを誘う。彼は確か野球部のエースだったか。良い機会だ。


 「とりあえず、もうすぐ県大会だろ。俺としては初戦でこけて受験勉強に集中してほしいところだが、もしそれで人生に絶望されても困る」

 「って事は……?」

 「ためてる宿題を、俺の科目以外の分も含めて来週の金曜までに全部提出しろ。でないと県大会抜けても次の大会にお前を出させないかもしれない」


 今週末の日曜が県大会の日なので、そこまで集中して貰おうという腹だ。というか、もっと早くに脅しておくんだったな~と今更後悔する。

 別に頭の悪い生徒ではないのだ彼は。ただ少し調子に乗っているだけだ。


 「……分かりました」

 「不服そうだな」

 「では、今日の所はこれで失礼します~」


 きびすを返し彼はダッシュで逃げていった。さすが運動部、ただ廊下で全力疾走は止めてくれ危ないから。


 「先生、良いんですか?」

 「普通はだめなんだけどな……あいつは、最後の大会くらい一つのことに一心不乱に打ち込んでも良いんじゃないかと思ってな」


 恐らく、彼は言っても今週の間は聞かないだろうとも一つ思うのだが。


 「あ、そう言えば用事って何だ?」

 「ええと……これです」


 弥生は手元に持っていたファイルの中身をまさぐり取り出す。

 小さく細い指の間に挟まっていたのは一枚のチケットだった。『June Bright Concert』と書かれている。


 「ジューンブライドに響きを合わせたみたいで、勿論勅使河原先生の趣味ではないですよ」

 「いや、分かってるけど」

 「6月末の日曜なんです。麻子に渡してって言われて……お暇でしたら来て下さい」


 あいつ、そんな事を……俺はあのにやけ面を思いながら溜息をつく。


 「ありがとな、暇つくって見に行くよ」

 「前回はポップス曲が主でしたけど、今回はシンフォニックな曲が大半なんです」

 「へぇ、良いなそう言うのも。…あ、弥生」


 そういや、この前帰り際に音楽室からカルミラ・ブラーナの最終楽章が聞こえてたっけか。

 何にせよ強気の選曲だな~と毎度毎度思うのだけれど、それだけ生徒達も頑張っていることだろう。

 俺は何の気なしに彼女の方を向いた。何の気なしに口を開いた。


 「お前さ、好きな人とか居ないの?」

 「え……!!!!?」


 顔面蒼白という言葉がこれ以上無いくらい似合う表情で彼女はがちゅんと固まるが、貧血で倒れそうになりながらも頭をぶんぶんと振って表情を戻した。


 「そう、いう事をっ……こんな所でっ、言わないでっ、くだ、さいっ!」

 「いや、そんなに切れ切れに言わんでも……いや、何か浅井と仲良いな~と最近見てたら思って」

 「ストーカーッ!!!!」


 彼女は一礼して、と言うか形だけでもこの状況でそうしたのは偉いと思うけど、いそいそと迅速に立ち去っていった。

 ううむ、しくったか。ともあれ俺も頑張らないとな……と、椅子を回して再び仕事の山に向かうのであった……と、机の上に置いた立てかけ式のカレンダーに目をやる。明日の日付に赤で○がついていた。

 そうか、そう言えば明日が噂の調理実習だったな……何と言うか、妙に楽しみにしている俺だった。



 「あっ、せんせ~! こっちこっち、こっちですよ~」


 天地の呼ぶ声がだだ広い家庭科室内に響き渡る。俺の他にも何人か先生が呼ばれたりしていた。教頭やら校長やらは鉄板だな~、いつもの事か。

 俺は彼女の声の方に歩いていく。そこには俺がリクエストした通りの和食が並んでいた。ご飯に味噌汁、肉じゃがにほうれん草のおひたし。与えられた時間で無駄なく作ったんだな~と言うメニューが並んでいた。


 「先生、この前はプレゼントありがとうございました。愛用してます」

 「あ、ああ……気にいってもらえて嬉しいよ」

 「今日はそのお礼も兼ねて一生懸命作りました、一緒に食べましょう。ね、弥生?」

 「んえ? あ、うん……」


 天地は魚拓代わりに写真を撮った後(スマホで撮るのやめてくれ、授業中の携帯の使用は一応禁止なんだから)、綺麗に盛りつけられた料理の乗ったお盆を俺の前に差し出す。

 俺はお盆の位置と椅子の位置をずらすと(お誕生日席は苦手だ)、班員の五人と一緒に着席した。3対3に向かい合う形式で隣に弥生、反対側に天地が居る構図だった(ちなみに左端)。


 「いただきますっ!」

 「あ、ああ…いただきます」


 多少天地の勢いに気押されながらも両手を合わせる俺。そして手を離し箸を取り…う~ん。


 「あのさ、天地」

 「はい?」


 目をキラキラさせてきゃるんきゃるんな微笑みを浮かべる天地。ごめんなさい、不自然です。毒を盛られていると言っても信じるレベル。


 「……食えんの?」

 「……………はい?」

 「いや……お前の笑みに邪悪な物を感じたんだが」

 「それ担任のセリフじゃないですよね。それに美味しくなかったとしても何か劇物が入ってたとしても笑みを崩さず完食しマジキチスマイルを振りまくのが筋でしょうに」

 「今劇物っつったか!!!?」

 「いやですね先生、劇物って言っても(先生に)劇的なイベントが発生する物ですよ。フラグイベントですよ」

 「バッドエンドフラグじゃねえか!!」


 まあ茶番は置いといて……と、天地は自分の皿からだしの死見た……もとい染みたじゃがいもを箸に挟んで俺の口元に持ってくる。


 「一学期の内申落とされたくないんで、ちゃんと作ったんですよ」

 「一気にリアルな話になったな……一般入試で行くからって成績くらいは軽く犠牲にするもんとばっかり思ってたけど」

 「これ以上無いくらい酷い言いがかりですね…はい、あ~ん」

 「んんん…はむっ」


 虎穴に単身飛び込むような、獅子の口に頭を突っ込むような気持でそのじゃがいもを口に入れる。物がでかいので噛まずに飲み込めない。しっかり咀嚼して……て……


 「…美味いじゃん」

 「ふぅ……一応、喜んでもらえるか心配だったんですからね。ちなみに肉じゃがはほぼ弥生担当です」

 「そっか…ありがとな、弥生」


 隣でうつむく弥生。不味いとか言ったらそのまま包丁を横腹に突き立てられる所だったのかな。まあそんな事はしないだろうけれど。


 「ちなみに私はご飯を炊きました」

 「いや、胸を張られても……」



 午前中は雲ひとつない文字通りの快晴だったのに、HRの途中くらいからやけに空模様が怪しくなってきた。まずいな、確か布団干しっぱで来てたんだよな……

 なんて事を考えながら教室を後にし職員室に戻ってくると。国語の中村先生に呼びとめられた。150センチあるかないかの小柄な女の先生で、先輩である事は分かっているのだが童顔すぎて何歳だかさっぱり分からない。


 「あ、先生」

 「どうしたんですか?」

 「いや、先生のクラスの南の事なんですがね…」


 曰く、課題の提出状況がよくないらしい。新年迎えて最初の頃は去年のがウソみたいに真面目にやってたんですけどね…と嘆息していた。実際文系科目の成績も結構ムラがある。冗談抜きでやれば出来る子なのでこれは見過ごし難い。

 わざわざ言いに来るくらいなので相当なものなんだろうと思ってどの程度か尋ねると、実際に課題の提出状況を見せてくれた。6月入ってからもう7月に入らんとしているわけだが、今月の課題は完全未提出だった。


 「何と言うか、勿論怒りたい気持ちもあるんですが……何と言うか、最近変な感じで」

 「変?」

 「ええ……何か変わった事はありませんかね?」

 「いや、最近は当初より大分丸くなって来たとは思うんですが……これは厳重に注意しておきます」

 「お願いします」


 彼女の言う『変わった事』と言うのが何かは皆目見当がつかないのだが、この辺が年の功と言うやつだろうか。贔屓するわけじゃないが、ふざけんなよあいつと言う怒りよりもやはり不安が先行してしまう。

 それはきっと、彼女がそう言う子だからなんだろう。

 俺は席に着き仕事を始めようとすると。教室に筆記具をまとめて忘れて来た事に気が付く。何と言うかしまらないなと思いながらも俺は職員室を出た。


 すると。そこには弥生が居た。俺の事を見つけるなりばつが悪そうに俯く。


 「先生…」

 「弥生…さっき中村先生に聞いたぞ、課題全然出してないみたいじゃないか」

 「…ん…あい…」

 「ん? 何だって?」


 別に強く訊いたつもりは無かったのだが、語勢が少し荒くなってしまったかもしれない。彼女は俯いたまま目を合わせようとしてくれない。


 「…ごめん、なさい……」

 「お前も色々大変な時期だろうけど、部活だって夏で引退だろ? 他の事に妥協して、良い結果残せるのか?」

 「……………っ!」


 彼女は逃げるように走り去って行った。あ、おい…と呼びとめるも聞く訳もなく。何と言うか、何と言うかだ。一体何があったのだろう。

 そう言えば、彼女の作った肉じゃが美味しかったな。とても懐かしい味がした。過去に何処で食べたかなんて覚えていないけれど、あれがきっと故郷の味的なものなんだろうな。

 幼い頃から色んな所を転々としていた俺に故郷の味と言うのも変な話だけれど。

 何はともあれ忘れ物を取りに行く俺だったが、おかしいな、見つからない。教室の教壇はちゃんと片付けているから(そりゃ他の先生も使うし)散らかっていると言うわけでもないのだけれど。

 さっき抱えてた荷物の中だったのかなと曖昧な自分の記憶を疑いながら、仕方ないとまた職員室に戻ろうとする。その時だった。

 曲がり角で天地とぶつかった。


 「いたっ!!!!」

 「っ!? …天地じゃないか」

 「先生っ…あのっ、弥生見てませんか?」

 「弥生……? さっき会ったぞ」

 「何処行ったか分かりますか?」

 「いや、そこまでは…ちょっと待て、何かあっt……」


 彼女はまた走り去っていく。何だかな……今日は色々あわただしい日だ。それにしても、さっきの天地は流石に変だったな。あいつが変で無かった事なんてそんなにないんだけど……

 さて、時間をつぶした。早く職員室に戻ろう。これ以上遊び歩いている訳にはいかない。いかないんだけども……


 何だってこんなに……


 (不安になるんだよ……っ!!!!!)


 俺は走り出していた。最初に下駄箱を見に行く。外に出ている訳ではないらしい。俺は色んな生徒に話を聞きながら探して回った。不安で不安でたまらない。


 『ねぇ、……くん……』

 『わたしね……のこ……だよ……』

 『だから……』



 『…ぬね……』

 「くそっ……!!!!」


 直感に任せて走った。動悸が激しい。血反吐を吐くようだ。全身から湯気が立つような熱気に襲われ、それでもなお大人気なく走り探し続ける。


 そして……


 ……見つけた。やっと見つけた。まったく、屋上に出る扉の前なんて分かりにくい所にきやがって。残念だったな、色々危ないからって屋上には出られないようになってんだよ。


 「……………………………」


 言葉を失った。唇がわなわなとふるえた。


 弥生は俺の事に気付いたのか此方を向く。灰色の濁流を湛えた瞳で。


 


 挿絵(By みてみん)





 血の海に身を預けて。







 「弥生っ!!!!!!!!!!!!!!」





 彼女は大海原にその身を投げ出し。一瞬にして全身が赤く染まった。

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