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Espressivo(後)

物語も佳境です。

 「こんな所で何してんですか先生。風俗街ならこっからまっすぐ進んで二番目の曲がり角を左ですよ」

 「なあ、その発言に対して俺は体罰を働いても良いと思うんだ」

 「白昼堂々犯罪宣言しないでください」

 「お前にだけは言われたくねぇよ……それより弥生」


 何と言うか、悪態から始まる会話はもう慣れっこになっている自分が怖い。弥生も弥生だ、そんな事を淡々と言ってのけるメンタリティは尊敬すらする。あれかな、付き会ってる友達が悪いのかな。


 「今日英語の高槻先生の送別会なんだ。何かプレゼントを買おうと思うんだが、良い店知らないか?」

 「ああ、そう言えばあの先生産休でお休み頂くって言ってましたね……私も友達の誕生日プレゼントを買うつもりで来たんですが、一緒に来ますか?」

 「マジで? じゃあ乗る乗る」


 試験お疲れ様でした会と産休で一学期終了と同時に教職を一時離れられる英語の高槻先生の送別会を同時にやろうと言う事で、今夜は飲み会なのだけれど、その際に持参するプレゼントを買いに来ていたと言う事なのである。

 聞けば彼女も目的は同じ、これはいよいよもって運命的な物を感じる。


 「丁度この前大きなお店が出来たんですよ。そこ行きましょう」

 「そんなもんが出来てたのか、全然知らなかった」


 すたすたと歩いていく彼女の横を俺は同じようにすたすたと歩いてついて行く。普段通りの態度なのだが、何と言うか普段よりも態度がまるいような気がした。

 こんな事もあるもんなんだな~……不思議な気分だ。でもこれってあれだな。何と言うか、


 「デートみたいだな」

 「……っっ!!!!!」


 ……殴られた。全力で脇腹を殴られた。普段フルートより重いもの持った事ありません的な華奢な腕してるくせに一体何処にそんな力があると言うんだ。 



 「うわ……凄い人だかりだな」

 「普通なら複数の階層に分けて店舗を構えてるお店ですからね、1フロアに全部まとめれば人でごった返しますよ」


 さっきの一撃は社交辞令だったみたいだが(と言うか彼女からそう言われた、何の謝罪にもなっていない)、とりあえず反省してくれたのか普段より大人しくなってくれた。

 誘われた店は百貨店の六階にあり、蓋を空けてみれば全国展開しているチェーン店だった。とりあえず何でもあるお店だ。無い物をリクエストすると商品によっては何でも設置してくれるらしい。そんな事もありメスシリンダーやビーカーなど用途不明の物も多分にある(いや物理教師が用途不明とか言っちゃいけないんだけど)


 「私も高槻先生には添削とかでお世話になってますし、お手伝いしますよ」

 「良いのか? お前だって友達のプレゼント買うんだろうに」

 「先生が教師陣の前で恥をかくのは忍びないですし、高槻先生に余計なお世辞を言わせたくありませんから」


 つくづくこの少女は……と嘆息するが、鼻歌交じりで楽しそうに品定めをする彼女を見ると自然に笑みがこぼれてくる。何と言うかとてもとても可愛い。う~ん、これは少し若々しすぎる、これは…少し年増感が凄いかな、これは……お高い、でも先生が買うんだし別n


 「おい」

 「ひうっ!!!」

 「色々勝手に言ってるようだけれども。…こんなのどうだ?」


 俺が彼女に見せたのはガラス製の髪留めだった。十字架をあしらった形状で値段もそこそこ。結構名のあるブランドだ。


 「へ、へぇ~……意外ですね、そう言うセンスの良さを見せるとは思いませんでした」

 「お前はいちいち俺を罵倒しないと呼吸できない生物か何かか?」

 「い、いえいえ普通に褒めてますよ。こう言うの慣れっこなんですか?」

 「いや、まあ異性相手へのプレゼントは慣れてるからさ」


 まあ吹奏楽してりゃあな~と言うと彼女は妙に納得してくれたようだ。まあ実際そういう経験を通してプレゼントを買う機会は多いし、こんな俺だから良く失敗したものだ。その経験も、こう言う時に役立つのなら儲けものである。


 「透明ってのが良いですね、あんまり悪目立ちしませんし。それに髪留めだから日常的に使うはずですし」

 「やっぱ大事なんだな、日常的に使うっての」

 「はい、それはもう。相手の好みは色々あるでしょうけれど、品のある日用品はそれが相手が使う物なら喜ばれますよ。大勢からマグカップを貰ったりとかだと辛いですが」

 「そうか、被るときついものもあるな…」

 「消耗品なら被っても問題が無いんですが、痛みやすい食べ物とかは却って迷惑になる場合もありますし、何より形に残らないので適当なイメージになってしまうこともあります」


 熱弁を振るう彼女の説明に俺は聞き入っていたが、よく考えると俺教師お前生徒なんだよな~とも思ったり。でもまあ、それもまた善しと。俺はそう思えるのだ。

 俺だって何でもは知らない。むしろ知らない事ばかりだ。

 彼女だって何でも知っているようでいて、知らない事もある。彼女が知っている事は知っている事だけだ。

 だからこそ、パズルのピースを埋めるように。お互いの欠落を埋めあって行けばいいのだ。


 「とりあえず、ありがとな。そういや、友達の誕生日プレゼントって?」

 「ああ、麻子ですよ。何気に彼女とは部活も同じなだけじゃなく三年間同じクラスで、部屋も同じなんですよ。腐れ縁という奴です」

 「ああ、天地なのか。そういやあいつとさっき遭ったぞ」

 「エンカウントですか、エンカウントなんですね」

 「調整に出してたトランペットを引き取りに行くんだとか」


 と字面上でしか分からない受け答えに特にリアクションを取るでもなく。俺は普段からお世話になっている、と言うより明らかにお世話してる分多めなあの女性徒に似合うプレゼントを探して。

 一応弥生のレクチャーも参考に、後は俺の主観を少々混ぜて。……見つけた。


 「これなんかどうだろう」

 「……良いんじゃないですか?」

 「そっか。じゃあこれは俺から天地へのプレゼントにしよう」

 「え……あ、ああ。良いんじゃないですか? じゃあ私は……これにしましょう」


 俺は小さなアロマスタンド(最近じゃ安価で結構素敵な物が揃っているみたいだ)、弥生はスノウスタンドと呼ばれる淡い粉雪のような光を放つライトを選択した。

 何かこう言うのを貰っても自分はあんまり嬉しくないんだろうな~とは思うけれど。年頃の乙女なら嬉しいだろう。


 「じゃあ、会計行くか」

 「……はい」


 建物を出て、俺は彼女に別れを告げた。時間はまだあるのだが、新人が社長出勤するわけにもいかない。それが飲み会であったとしても。


 「それじゃあな、弥生」

 「あ、はい……あのっ、先生!」


 既に目的地へと歩きだしていた俺を弥生は呼びとめる。口元がむずむずしている。何だろう。


 「先生、彼女とか居るんですかっ!?」

 「え、ああ……居ないよ。てか天地にも似たような事聞かれたんだけど。流行ってんのか?」

 「いや、別に流行ってるわけじゃないんですが……異性相手のプレゼントに慣れてるって言ってたじゃないですか」

 「いや、まあ俺もがっつり吹奏楽してたから、そりゃあそう言う事もあるだけで。居ないよ彼女なんて、今までいた事も無いし」

 「そう、ですか……すみません、引きとめてしまって」

 「……じゃあな」


 普段と違って少しばかりしおらしい彼女を尻目に、俺は飲み会の会場へと向かう足をはやめるのだった。



 (麻子……だよね、聞いちゃうよね……)



 ……………


 ………


 …


 「お誕生日おめでと~、いえ~!!!!」

 「うるさいよ椎名。まあ……ありがとね」

 「つーわけで私からのプレゼント。ほれほれ」

 「まあ期待はしてないけど……おお、ぶっとくてなっがい……」グシャ

 「うおおおっよく潰れる!!  じゃない、握りつぶすなよ!! あんたは悪魔か!!!?」

 「お前の頭をまず握りつぶしてやろうか。まあ……いつか使うよ」

 「使っちゃうんだ……まあいいや、私からはこれ」

 「お、何かおっきい……へぇ、良いねこれ。ありがとう、夜もよく眠れそうだよ。でも弥生にしては大人っぽいセレクトだね」

 「う、うん……でしょ? 私だってたまにはこれくらいやるんだよ」

 「そ、そんな事言うなら私だって大人っぽいセレクトにしt」

 「「黙れ変態」」


 片方は憧れの先生からのプレゼントからだと、そう言えば良かったのに。そう言えば彼女はもっと喜んでくれただろうに。


 出来なかった。弥生にはそれがどうしても出来なかったのだ。

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