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Angelic-Breese(前)


 『プロローグ~Angelic-Breese』



 夢を見ていた。

 あの日、両親の仕事の都合で初めてこの町に来た日。

 初めて出会った初恋の人は既にお腹が大きくて、その事実を当時はあまり意識してはいなかったけれど。

 両親の仕事の都合、教師である以上同じ土地に留まれない自分だったが、その街だけはずっと心のどこかに引っかかっていて。


 そんな街に、まさか教師として戻ってくることになるなんて……


 なん、て……




 『いっ……』


 挿絵(By みてみん)


 『いやぁあああーーーーっ!!!!!!!』



 『Spring-Breese-Memory~南風の街~』



 「全く、初日からこれとは……」

 「返す言葉もございません……」


 私立『翠蓮学園』、桜舞う季節、風薫る坂を歩きながら俺はこの場所にやって来たのだった。

 そんな場所で一日目から全身ずぶ濡れ、しかも女生徒と一緒に。春とお昼時、加えてこの地域は年間を通して温かいとの事だったが、それでも時折吹く風は濡れた体から容赦なく体温を奪う。

 初めの仕事がこれとは運が無いの極みだ、非常に辛いスタートである。


 「お前もお前だみなみ、補習をサボってあんな所で……」

 「……………」


 少女は露骨に嫌そうな顔をする。悪いのは自分だろうに、あたかも俺が騒ぎの発端を作ったと言わんばかりのその表情。初対面だからいいがこれが長年お互いを知りつくした関係だったら……いや、それでもきっと自分は彼女に何かするというわけではないのだろうけれど。

 いかにも優等生と見える容姿(素行はとてもそれとは似つかわしくなかったが)の彼女、漆黒の艶めいた黒髪にきりっとしたつり目、締まった口元とすらっとした肢体。こう言うと変態くさいが、彼女はとても魅力的だった。大人びていると言っても良い。むしろ年をおうごとに腰の重くなる大人の女性よりも大人びた、近寄りがたい雰囲気を彼女は持っていたのだった。

 こう言う時はどうすればいいのだろう、考えて止めた。この学校の門をくぐった初日に生徒とだけでなく先輩教師と揉めるのはまずい。保身と取られても構わないが、組織に所属する以上人間関係を築く事には割と労力を割かないといけないのは当然の事だ。それを当然と思わなければ社会は、特に教育現場の労働環境はあまりにも厳しすぎる。

 一目で体育会系と分かるその男性教師(生徒指導の腕章が左腕に装着されている、一日中付けているのだろうか)は何を言っても無駄と悟ると大きくわざとらしくため息をついて、此方を向いた。暖簾に腕押し、何を言ってもとりわけ話を聞く風でも無くかと言って詰めよれば訴えられるのは自分である。その上普段から優等生で通っている彼女(此処に来るまでに聞いたが成績は学年でも上位らしい)だ、彼も持て余しているのだろう。と言う事で白羽の矢は此方に立ったのだった。


 「全く……先生も先生ですよ、別に彼女の更生を何て無茶はいいませんから、せめて被害の無いように上手い事連れて来ていただければよかった物を」

 「すいません……」

 「……しっかり指導お願いしますよ。3年Dクラス担任」

 「はぁ……ん?」


 彼女の耳が少しだけぴくんと動いた。ちらと此方へ向けた視線、しかしそれはすぐにそむけられる。

 生徒指導の先生は『後は先生に任せるから今後このような事が無いように』と言い残して生徒指導室を後にする。そこで初めて彼女は口を開いた。


 「貴方がうちの担任なんですね」

 「やっぱりか……」

 「諸事情で始業式に間に合わなかったと聞いてますが、遅刻か何かですか?」

 「いや、そう言うわけじゃないんだけど……あ、ごめん自己紹介がまだだった。おr」

 「3年Dクラス、南弥生みなみやよい、と申します。生徒会で書記を担当しています」


 決然とした態度で彼女は、弥生は述べる。普通に敬語を使っているはずなのだが、彼女からは敬意など欠片ほども感じない。


 「ま、まあ……これから宜しk」

 「近寄らないでください変態」

 「なっ……」

 「人の下着をみておいて、よくそんな悪びれもせず……呆れます」


 何のことはない、池の前で座り込んで何かしていた彼女に道を聞こうと声をかけただけなのに激しく驚かれ池に落ち(浅い部分だから良かったものの)、助けようと手をさしのべたら丁度股を開く形で尻餅をついていた彼女の……


 「……ゲフンゲフン」

 「白々しい……それでは、私は一度お風呂に入りたいので」

 「いや白いのは弥生の」

 「何ですか?」

 「あ、いや……ごめんなさい冗談です」

 「はぁ……別に新任の先生を初日から懲戒免職にするつもりはないので安心して下さい」


 それだけ言って彼女は、弥生は指導室を後にしようとする。扉に彼女の細い指が引っかかり、するすると扉が開いていく。

 流石に初日から舐められすぎだろ、しかもこれから一緒に過ごすクラスの生徒に。そう思って俺は立ち上がり振り返り。


 「ちょっと待てよやよ……」

 「名前を呼び捨てにしないでもらえますか先生」

 「あ、はい……」


 ガタッと扉が閉まる……何かもう、初日から軽く凹まされた。ううん、これからやっていけるのかな俺。



 それが、俺と彼女の出会い。

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