Another life 2
申し訳ない。別々な掲載にしてしまいました。次回は<次話投稿>から出します。
階段を昇る途中には踊り場があって、その横の小部屋から女性が出てきた。
その女性は先ほど見た妖精のミクそのものだった。醍醐は混乱したが取り乱す様子を表情には出さなかった。
「おかえりなさい」
「ただいま」
「あ、醍醐さんもようこそ」
そう言われて「あ、どうも・・・」と挨拶を返すのが精一杯だった。
三人になり、階段を登り切ると、そこにはまた立派な扉が控えていた。神谷がその扉を開けるとそこは応接室のような部屋があった。いくつか普通の扉が見えその他にも部屋があるようだった。
「あの・・・ここは?」
醍醐は不思議そうに尋ねると
「ここは新宿ハートクリニック。新宿駅から、そうだな歩いて10分くらいの場所だよ。ちなみに地下3階。」
と神谷が答えた。
「ところで・・・醍醐さん、記憶はあるかい?」
神谷が聞き返すと醍醐はあわてて借りた剣を差し出した。
「助けていただいてありがとうございました。それとこれも。」
「ありがとう。・・・やっぱりちゃんと記憶があるんだ・・・」
そう言って神谷は一人納得したような表情をする。
「あ、あの自己紹介が遅れました。私、阿倍野ミクです。よろしくお願いします。」
「あ、醍醐タツロウです。よろしくお願いします。」
何とか反射的に挨拶を返すと神谷が
「僕は先生に報告してくる。あ、醍醐さんはちょっとここで待っていてもらえますか?すぐ戻るから」
そう言って奥のドアから出て行った。
残された二人だったがミクが
「あの、そちらに掛けてください。今、お茶をお持ちしますから・・・コーヒーでいいですか?」
「あ、ああ。すいません」
と醍醐は答えてミクが二人分のコーヒーとアップルパイを用意して、二人とも応接セットの椅子に掛けた。
「あの・・・びっくりしてると思いますけど・・・」
ミクが話しかけると
「ええ・・・何が何だかさっぱりわからないんですけど・・・・・いきなり変な奴に襲われて・・・そいつらを倒したら、新宿だよって・・・・・」
「そうですよね。でも、あなたは・・・きっとすぐにわかってくれるし・・・それに・・・ここにもすぐ慣れてくれるような気がする。」
「はあ」
「ところでけがはないみたいだけど、びっくりした・・・いきなり亡者たちを倒してしまうんだもん。」
「あ、いや・・・」
「先生、今日の彼ですが・・・」
診察室にはきれいに白髪を整えて白衣を着ている医師と神谷が向かい合っていた。
「うむ、話の通りだと相当な適性があるようだな」
「はい・・・」
「確実に引き入れたいところだな。それにもし、離れて行くようならそれ相応の措置が必要になる。
「それはお互いのためにはなりませんからね。」
少しの沈黙があり医師が口を開いた。
「とりあえず直接会おう。色々と情報収集もしたいからな。交渉のつかみは君に任せる。」
「ええ・・・練っておきます。」
「うん、お父さんが先生でね、ここで事務とかお手伝いをしてるの」
楽しそうに話すミクからは自然な笑顔も見える。
「えー、じゃ箱入り娘ってわけなんだ。」
「そういうわけ・・・でもないと思うんだけど・・・」
「ああ、醍醐さん。お茶の途中で済まないけど、一応けがはないと思うけど先生に診てもらおう。こちらにいいかな?ミクちゃんも」
「うん、後片付けしたら上がる」
「じゃあ、ついてきて」
神谷に促されて階段を上ると待合室があった。そこには誰もいなかったが素通りして診察室に入った。
診察室に入ると医師が愛想良く出迎えてくれた。
「あー、醍醐さんか。保険証とかある?」
「あ、これです。」
醍醐は財布の中から保険証を取り出して医師に渡した。
「おーい、ミク。ミクは?」
大声を出して彼女を呼ぶとミクが入ってきて保険証を受け取った。
「えーと、こちらお預かりしますね。」
医師は申し訳なさそうに、耳打のように話した。
「君から金は取らないが一応保険の関係もあるから・・・」
「さ、上脱いで。どこか打った所とかはあるかい?」
言われるままに上半身裸になると、医師は「痛いところはないかい?」と尋ねた。
「特に・・・」
「あ、腕がちと赤いか・・・痛くはない。」
「ええ」
おそらくここは武士の上段をブロックしたときのものだ。
医師は醍醐の身体をペタペタと必要以上に触った。彼の身体は決して肥満ではない。スポーツ選手が引退して「ちょっと緩んだ」状態だと見えた。
「いや、なかなかいい身体してるね。昔から運動はしてた?」
「ええ、まあ・・・最近は緩む一方なんですけど・・・」
申し訳なさそうに醍醐は答えた。
見回してみると、診察室兼処置室は案外広い。建物の内装も新しくてきれいである。
それよりも目を引いたのは設備の良さだった。高圧酸素カプセルあり、救急医療の装置あり、奥には手術台もあり、少し町医者のイメージとは離れている。
それに少し驚いている醍醐の表情を医師は見逃さなかった。
「まあ、色んな患者が来るからな、ここは。なんでもできるようにしてあるんだ。」
ニコニコしながら医師は答えた。
「さて、異常なし、と。湿布でも出そうか?」
「あ、いや別にいいです。」
服を着て診察室を出ると、待合室には神谷が待っていた。
「終わりましたか?道案内もあるし・・・これから飯でもどうですか?僕が出すから。」
「あ、はい・・・」
「あのー、保険証お預かりしていいでしょうか?何かあった場合にはこちらに連絡いただければ・・・」
病院のパンフレットを差し出してミクが尋ねた。パンフレットを受取り
「ええ、かまいませんよ」と醍醐はあっさり応じた。
神谷に連れられて出るとそこは目立たない路地のようだった。
「ここをまっすぐ行くと人通りの多い通りに出る。その通りから駅まではすぐだよ。」
「東京都大田区・・・醍醐タツロウさん・・・ね」
ミクは預かった保険証のコピーを取り、必要なデータを取った紙をファイルにまとめて診察室に足を向けた。
少し歩くと古びた中華料理店があった。
「ここでよく食べるんだ。中華でいいかい?」
「ええ」
店に入ると客はいなかった。店員も一人だったが「いらっしゃい!」と元気なあいさつをされた。
醍醐は腕時計を見た。
落ちるちょっと前に見た時刻から1時間経っていなかった。さらに気になって携帯を取り出すとその時刻も腕時計と変わっていなかった。
あそこにいた時間を入れるともっと経っていると思った・・・
そんな事を思うとすぐに注文を取りに来た
「えーと、マーボー定食。醍醐さんは?」
あわててメニューを見て「唐揚定食ください。」とすぐに頼んだ。
「まあ、特別うまいってわけでもないんだが、少なくともまずくはない。ビールでも頼もうか?」
「あ、酒は、今はいいです。」
神谷が少し言いにくそうな素振りをしながら言った。
「とりあえず、今日の事は他言無用でいいですか?」
「ええ」
「一応、知っていることは隠したりはしないし、今日伝えられないことは後日に必ず伝える。」
神谷は醍醐の目を真っすぐに見据えて話した。
「さっき入り込んだのは、言った通りあの世との境なんだろうな。もしかしたら地獄の一丁目かも知れないし、魔界と言われる所なのかも知れない。」
「じゃあ、襲ってきたのは?」
「おそらく、過去の亡霊たちだろう。時々、君のように入り込んでしまう人もいるし、逆に出て行って人に取り憑いて悪さをすることもある。まあ、パトロールをしているってとこかな。」
「あそこでやられると・・・?」
「魂だけが入り込んだ人間なら病死扱いじゃないかな?ほら、突然死とか。君のように肉体ごと入り込んだ人間なら行方不明ということになる。」
醍醐は身震いした。
「あの・・・入り込んでしまう人って結構いるんですか?」
「時々いるよ。でも入り込んだ人を助けてもそこでの記憶は忘れてしまっている事がほとんどなんだ。」
神谷は息を吸ってさらに続けた。
「君のように、戻ってきて記憶もしっかりしている。また、奴らを倒すだけの力のある人間はそうはいない。
醍醐さんは特別な人間なんだろうな、僕のように・・・」
醍醐は少し神谷を疑って見た。自分の経験した事とは言え、突拍子もないことをいい大人が言っているのだから無理もない。神谷はそれを見逃さなかった。
「僕の言っていることは本当だよ。君の拳や腕にはその感触が残っているだろう?」
「ええ・・・はい・・・」
「まあ、詳しいことは明日にでもまたお話したい。僕だけじゃなくて他の人も交えてね。とりあえず、連絡先を聞いていいかな?」
神谷は名刺を差し出した。
「えーと、携帯の番号です。明日もこの位の時間なら大丈夫だと思います。」
「ありがとう。遅れるとか来れない場合には連絡をください。それと・・・」
神谷は念を押した。
「このことは重ねて他言無用にしてください。」
「ええ、わかってますよ。おそらくこんな事話してたらおかしい人扱いされそうなんで・・・」
醍醐にも冗談を言う余裕が出てきたようだ。
「そうですよねえ。こんなこと言っても受け入れられるとは思いませんし。ハハハ。」
「ところでお仕事は?」
世間話を始めたところで注文の品が届いた。お互い差し障りのない世間話をしながら食事をした。
食べ終わり、会計の段で醍醐が出そうとすると「あ、いい、いい、僕が出すから」と神谷が支払った。
店を出ると神谷が
「じゃあ、明日の夜、あの病院で待ってます。道がわからないとかでも気軽に連絡をくれればいいですから」
と声を掛けた。
「じゃあ、ここをまっすぐ行けば通りに出ますから」
「ええ、今日は色々とありがとうございました。」
醍醐は礼を言って神谷と別れた。
「で、どうだった?」
診察室で医師が神谷に聞いている。
「はい、明日の夜ここに来てくれるはずです。先生にも説明お願いします。」
「そうか・・・おそらく彼は有能な人材だな。彼が入ってくれれば君も嬉しいだろう?」
「ええ、まあ・・・」
神谷は嬉しいようだがそれを隠しているようにも見える。
「あとはどう説得するか・・・だなあ。彼の人となりはどんな感じだった?」
医師は興味津々に神谷に色々訊ねた。夜遅くまで話し合っていたようだ。
醍醐は「ただいまぁ」と実家に戻った。
「ごはんは?」
「いい、食ってきた。風呂に入りたい。」と母親に注文した。
風呂に入り腕を見ると赤みは取れていたが、何かに当てたような感じは残っている。
色々なことが思い出されてきたがそれを振り払うように湯船のお湯で顔を洗った。
風呂から出ると彼は部屋に入り程無くベッドに潜り込んだ。考え込む間もないように彼は眠りについた。