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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

毎晩、亡くなった恋人が訪ねてくる。

作者: エレシー
掲載日:2026/07/02


一か月前。深く愛していた彼が死んだ。


死因は雨の日の追突事故。霊安室に横たわるあの「肉の塊」が、本当に私の男なのかと何度も目を疑った。半分崩れた顔が、狂おしいほど愛した恋人の顔だと気づいた瞬間、私はそのまま気を失ってしまった。


私たちはもうすぐ結婚するはずだった。式場も押さえていた。これから続く幸せな日々を、何度も何度も描き続けていたのに。


突然の彼の訃報に、最初の1週間は何をしていたのか記憶すらない。職場でも配慮してくれて、一か月ほど心を落ち着けてから戻るようにと、家へ帰された。


そして次の週は、あまりの苦しさに自ら命を絶つことすら考えながら過ごした。


起きても涙が止まらず、夢の中では毎晩、彼の笑う姿ばかりが見えた。狂いそうだった。


なぜこの世に彼がいないの? 彼がいない世界に何の価値があるの? 答えの出ない問いが、ただ私を苦しめるだけだった。


見かねた両親が療養にと、祖母の家へ送ったのが10日ほど前。そこは私が幼少期を過ごした場所で、寂れた田舎の風景と日本家屋特有の静けさが、壊れた心をほんの少しだけ癒してくれた。


もう去った彼だって、私がこんな姿でいることを望まないはずだと言い聞かせ、少しずつ元の生活を取り戻そうと努めていた。そんな折のことだ。


その日は、亡くなった彼への想いが募り、一睡もできなかった。


胸に詰まった思い出が鮮明に蘇り……一度だけでいい、もう一度だけ彼に会えたら、彼の声を聞くことができたら、と何度も何度も祈った。


「イオリ……イオリ。」


固く閉ざした扉の向こうから、細い声が聞こえたのは、まどろみ始めたその時だった。恋焦がれた彼が、私を呼んでいた。夢の中で聞き間違いをしているんだ。それでもいい、夢の中でさえ彼の声を聞けるなら。


「イオリ……寝てるの? 出てきてくれないか……なあ?」


細い声は、私の名を呼べば呼ぶほど鮮明になっていった。夢? これは夢じゃない。


そう悟った瞬間、私は飛び起きた。月明かりさえない曇った夜。障子の向こうに、何かがぼんやりと立っているのが見えた。


私は起き上がる間も惜しんで、這うようにして扉の前に立った。人の影が、少しずつはっきりと見えてきた。


「セイなの? 本当に……本当にセイなの?」

「ああ。イオリ。僕だよ。セイだ。君に会いに来たんだ。」


なんてことだ。ありえない。彼は死んだはずだ。遺体も確認した。棺に入れられ、土に埋められるその瞬間まで、この目でしっかり見たんだから。


彼は死んだ。確実に……本当に。でも、この声は間違いなく恋人の……セイの声だ。もう一度聞きたいと、ただそれだけを願い続けていたあの声だ。


「イオリ。扉を開けてくれ。すごく寒いんだ。」

「ま、待って……少し待って。本当に……本当にセイなの? 神宮寺セイなの?」

「イオリ。僕の声、忘れたのかい? 僕だよ、セイじゃないか。」


ああ、なんてこと。本当に?


私は口を覆い、障子に手をかけた。間違いなくセイの声だから。この声を忘れるはずがないのだから。その時、ふと。なぜそうしたのかはわからない。


ただ……本能だったのかもしれない。私はずっと昔に障子に開けておいた穴に、目を近づけた。どんな姿であれ、セイを愛する覚悟はできていたけれど、それでも昔のままの姿でいてほしいと願っていたのかもしれない。


その障子の穴は、少し変わったものだった。


ずっと昔、祖母が母に隠れて、中からは外が見えるのに外からは中が見えない特殊な紙で補修してくれたものだ。


「子供が外を気にするのは当たり前だよ。


片目で見る世界は、どれも面白いものさ」と言いながら。


障子の外に立つ存在の姿を見て、私は戦慄した。手で口を覆っていてよかった。


そこには、白い毛が見えた。白い毛を纏ったそれが何なのかはわからなかった。


ただ、人の形を装うために身を縮こまらせているそれから、セイの声が聞こえてくるということだけがわかった。耳元では今も、セイの声が響いている。「イオリ、イオリ」と……。


あれはセイじゃない。私の恋人じゃない。でも、あれは私の恋人の声で話している。どうすればいい。葛藤した。セイのいない人生には、何の価値もなかったから。


「イオリ……扉を開けてくれ。」

「……少し待ってて、セイ。ごめんね。今、ひどい姿だから……こんな姿を見せたくないの。少しだけ待ってくれる?」

「いつまで待てばいい……? どれくらい待てばいいんだ?」

「うん……少しだけ。ほんの少しよ。すぐに落ち着くから。だから……。」


流れ落ちた髪が私の表情を隠した。あれが何なのか、なぜセイの声を真似ているのかはわからない。それでも、あれがセイの声で話しているのは確かだ。髪に隠れた手のひらの中で、笑みが浮かんだ。


私が間違った選択をしていることはわかっている。それでも、もう一度聞けたセイの声なのだ。もう一度「愛してる」という言葉を聞かせてくれる唯一の存在なのだから。


「……セイ。私が落ち着けるように……話をしてくれる?」

「何を話せばいい?」

「何でもいいの。そうね、私たちが初めて会った日のこと、覚えてる? 今日みたいに月も出ていない曇った夜だったでしょう。あなたは……。」


口から出るままに呟いた。セイは優しい声で答えてくれた。


「ああ、覚えてる。君に告白した日だ。どれほど震えたことか。愛してる、その一言を言うために、何百、何千回と練習したんだ。」

「本当?」

「もちろんだよ。」


私たちは長い夜が明け、夜明けが来るまで話を続けた。世界が少しずつ明るくなる頃、彼は「また夜になったら来る」と言い残し、朝の光とともに消えていった。


私はその時ようやく扉を開け、そこに残された白い毛をそっと撫でた。


彼はセイじゃない。でも、セイと私しか知らない話を知っている。


(チャンスだ。)


これは機会なのだ。神様が私にくれたチャンス。私は静かに目を閉じ、彼がいた場所の温もりを胸に抱いた。


(もう少し。付き合って。セイの声で話して。そのあとは……。)


喰い殺されたって構わない。


それから何日が過ぎただろう。私は依然として、障子越しの「セイ」と会話を続けていた。暗い夜の下、静かに降り積もるような彼の声は、驚くほど私を落ち着かせてくれた。


「ふふっ。そうだったね。本当に……楽しかった。」


明かり一つ点けない暗い部屋。私は障子に寄りかかり、彼の声を聞いていた。「愛してる」「愛してる」。


「ねえ、セイ。」

「ん?」

「嘘でもいいから。愛してると言って。ずっと私を愛しているって。」

「嘘をつけない話に、嘘を織り交ぜろなんて。意地悪だね。」


途切れて消えそうな笑い声の向こうで、彼は続けた。


「君を愛してる。いついかなる時も。君だけを想い、愛している。」

「……ありがとう。またその声でそう言ってくれて。」

「……? イオリ?」


不思議そうな声が障子を突き抜けて漏れた。私は笑みを浮かべて言った。


「ねえ。私、あなたがセイじゃないってこと、知ってたの。」

「何を言ってるんだ? 僕はセイだよ。」

「セイは死んだわ。遺体を確認したの。生き返ることさえできないくらい……セイは残酷に死んだもの。」


この土地には古くから伝わる言い伝えがあった。死者の肉を喰らい、その声を真似て近づく、「擬態の怪物」の話。


死体を食べて記憶を盗み、その人になりすまして獲物を喰らう怪物。白い毛を持つ怪物。


「あなたがどうやって彼の肉を喰らってここまで来たのかは知らないわ。でも、関係ない。」

「……。」

「待たせてごめんなさい。」


私はゆっくりと立ち上がった。扉を開けるために。


「これまで扉を開けなかったのは、少しでもその声を長く聞いていたかったから。もう二度と聞けなくなるから。」


セイのいない人生は……どう考えたって、私には何の意味もない。私は細い指を伸ばし、障子の向こうの影を撫でた。


「ありがとう。こうして彼の声を聞かせてくれて。彼の思い出を話してくれて。」

「イオリ……。」


もう少し、あと少しだけ。欲が出てしまいそうな心を押し殺した。偽物のセイとの会話は……あまりに楽しかった。だからこそ、本物のセイに会いたいという気持ちも膨れ上がっていた。


セイがいい。


あの子がいなきゃ生きられない。左手の薬指にはめた、まだ外すことのできない指輪を見下ろし、私は彼の返事を待たずに、迷うことなく扉を開け放った。


「……。」


月が明るい夜だった。暗闇を追い払う白い月が、庭を白く染め上げていた。私は呆然と、目の前に置かれたものを見つめた。いや、置かれたものを見ようと必死に目を凝らした。


けれど……そこには何もなかった。何一つとして。


さっきまで私のそばにあった影も、声も。まるで白い月が見せた幻だったかのように。何も残っていなかった。そんなはずはない。さっきまでそこにいたのに。私の恋人の声をしていた「それ」がいたのに。


「どうして……?」


開いた扉の向こうには、何もないのか?


無意識に一歩、外へ踏み出した。足先に何かが触れた。視線を落とすと、そこには。


私の指にあるのと同じ指輪。セイの指輪。死ぬその瞬間まで、彼の指から外すことのなかったあの指輪が……なぜ私の足元に落ちているの?


「なぜ、食べずにどこかへ行ったの……?」


まるで「生きろ」とでも言うかのように。指輪だけを残して消えた「それ」の残像に、私は膝から崩れ落ち、声を上げて泣いた。ひどいよ。どうしてそのまま行ってしまったの?


どうして思い出だけを残して去るの? どうして。私を食べてくれないの?


深い夜が過ぎ、朝が来て、また次の夜が来ても、彼は現れなかった。それ以来、二度と……私の前には現れなかった。


私は今も死にきれないまま生きている。


セイを求める気持ちを抱えたまま。私が死なずにいるのは、もう一度それが私の前に現れてくれるのではないか、もう一度……セイの声を聞くことができるのではないかという、執着のようなものによるものだ。


自分が正気ではないことは分かっている。それでも、止めることはできない。セイのいない人生には意味がないから。自分の行動を後悔することはないと誓っていたのに。


今は後悔ばかりだ。どうしてすぐ扉を開けてあげなかったのか。どうして私はあの機会を逃し、まだこうして生きているのか。


「セイ……。」


もう一度、チャンスをちょうだい。お願い。

今度は君がどんな姿でも、すぐに扉を開けてあげるから。

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