【第8話:灰の入口】
はいった瞬間、空気が変わった。
いままで見てきたどの空間とも違う、冷たく乾いた風が吹き抜ける。
のばされた円環の先は、ただ黒い闇だと思っていた。
ちがっていた。
はっきりと別々の“道”が存在していた。
わかれ道は、最初からそこにあったように自然だった。
かすかに揺れる光が、左右に伸びる道を照らす。
れきしの中で誰かが選んだ跡が残っているかのようだ。
るすになった空間の中央で、紫光がかすんでいた。
ふたつの道には、異なる気配が漂っている。
たゆたう空気の密度さえ違う。
つきあたりの先は見えない。
のみこまれるような静けさが満ちていた。
みえない風が流れ、足元の石がわずかに揺れた。
ちずの線が空中に浮かび、左右どちらにも繋がっている。
はずれた石畳の隙間から、冷気が立ち上る。
きっとどちらか一方を選ばなければならない。
みぎの道は、深い黒に沈んでいる。
がらんどうの闇に見えるが、奥のほうで何かが脈打っている。
きえかけの光がときおり流れた。
めだたない左の道は、淡い灰色の霧が立ちこめていた。
がたついた床の向こう、微かな青白い光がゆれる。
きおくの底に触れるような冷たい気配だった。
めくれた本のページが、足元をかすめた。
あたかも何かを示すかのように、灰色の紙だけが風に揺れる。
けっして偶然ではないとわかっていた。
るすの空間の奥から、音が聞こえた。
…小さな、子どもの声のようにも聞こえる。
かくれているのか、呼んでいるのかわからない。
影が左右同時に揺れた。
影が重なった瞬間、ユウタの視界がわずかにぶれた。
左右、どちらを選ぶかで、世界が変わる気がした。
そして床に、またひとつ数字が浮かび上がった。
205
ユウタは息をのみ、マリの手を強く握った。
二つの道が、静かに彼らを待っていた。
…続く。




