【第5話:光の裏側】
まばゆいものが視界をかすめた気がして、ユウタは反射的に身を引いた。
ちょうど黒い鍵を握った瞬間、手のひらに薄い金色の線のような光が走ったのだ。
にわかに息が詰まる。
部屋の空気が一瞬だけ波打ったように感じた。
はっきりした形にはならないが、何かが“見られている”感覚だけが残った。
かすかな金属音が続いた。
くすんだ鍵の表面を光がすべる。
さきほどまでただの煤けた色だったはずなのに、刻印の一部がゆっくり浮き上がっている。
れんがの壁に映った影が揺れ、地図の端を照らす。
たしかめようと鍵を傾けると、光の線が地図に触れた。
もう何度も見たはずの紙なのに、知らない線がひとつ増えている。
うっすら金色に染まったその線は、地下街のはずれ、旧図書館の方角へ伸びていた。
ひとの気配が廊下で揺れた。
とっさに振り向いたが誰もいない。
つめたい静けさの中、ユウタの耳にだけ小さな音が届いた。
のぞき見するような気配ではなく、もっと近い。
めの奥に直接触れるような感覚。
がらんどうの部屋で、ユウタは立ち尽くした。
あるはずのないもう一つの視線を、確かに感じたからだ。
マリが震える声で言った。
「……図書館に行けってこと?」
鍵の刻印と地図の線は、まるで同じ意志で動いているようだった。
ユウタは深呼吸し、部屋の灯りをつけた。
光に照らされた鍵は静かで、何も語らない。
ただ刻印の金色の線だけが、微かに脈動して見える。
玄関へ向かうと、ドアの隙間に何かが差し込まれていた。
小さな紙片だ。
拾い上げると、薄く光るインクで数字だけが書かれていた。
202
読み方はわからない。
だがこの街で数字を見たら、それは必ず“道しるべ”だ。
あるいは“警告”。
ユウタはマリと顔を見合わせた。
外はすでに夜が深く、街灯の光がぼんやりと歪んでいる。
図書館までの道は人通りも少なく、闇が濃い。
それでも行くしかないという確信だけが胸に残った。
鍵をポケットに入れた瞬間、また光が走った。
ごく短い、消え入りそうな金色。
あれが開放の合図なのか、あるいは扉を開くための条件なのかはまだわからない。
ただ一つだけ確かだった。
導かれるように動いているのは地図や鍵ではなく、自分たちそのものだということ。
ユウタは息を整えると、マリに言った。
「……行こう。旧図書館へ。」
闇は音を吸い込むように静かだった。
そしてユウタの背後で、誰もいないはずの廊下がわずかに軋む音がした。




