【第4話:黒の封じ手】
地下街で拾った箱の地図を、ユウタは帰宅してから何度も見直した。
途切れた線は意味を持たないように見えるのに、視線を向けるたびに違う道を示している気がする。
マリはテーブル越しにのぞき込みながら、落ち着かない指先で髪を触っていた。
夜風が窓を叩く音がした。
外はいつのまにか曇っていて、街灯の明かりがぼんやりと滲んでいる。
ユウタは机に置いたスマホに目をやる。
通知は来ていないのに、画面が何度も薄く点滅する。
マリが小さく息を吐いた。
「地図、まだ見てもわからないね。」
ユウタは地図を裏返し、紙の質感を確かめた。
白い粉がまだ指に付く。
記録の痕跡だと直感した。
「明日、もう一度地下街へ行く?」
その問いにユウタは答えられなかった。
あの影を思い出すだけで、胸がざわつく。
ふと、玄関の方から乾いた音が聞こえた。
何かが落ちたような音だったが、誰もいないはずだ。
マリは肩をすくめ、不安そうに入口を見つめる。
ユウタが玄関に近づくと、ドアの下に小さな影が伸びていた。
覗くと、黒い金属片が転がっている。
拾い上げると、それは古い鍵だった。
全体が煤のように黒く染まり、表面には薄い刻印が彫られている。
「鍵……?」
マリが息を呑む。
鍵は冷たい。
ただの金属ではない。
握るほどに温度が奪われるような、不自然な冷たさだった。
ユウタは鍵を机に置いた。
その瞬間、スマホが震えた。
封じられている。
短い言葉。
鍵に視線を向けると、刻印が少し揺らいで見えた。
まるで呼吸しているみたいに。
「誰が届けたんだろ……」
マリは不安げに部屋を見渡す。
ユウタはドアチェーンを確認した。
誰も入っていないはずだ。
なのに鍵だけが玄関に置かれていた。
ユウタは刻印を指でなぞった。
線が歪み、指先にざらつきが残る。
どこかで見たような形だと思った瞬間、気づいた。
地下街の赤い紙の右下に押されていた印と同じだ。
鍵を見つめていると、部屋の空気がふっと揺れた。
窓が閉まっているのに、カーテンがわずかに動いた。
ユウタは廊下の奥に目を向けた。
誰かが立っているような気配がした。
黒い影のような、曖昧な人型。
視界の端でゆっくり揺れている。
「ユウタ?」
マリの声が震えている。
ユウタは廊下に歩み寄る。
だが、近づくと影は消えた。
代わりに、ドアの前に黒い“跡”のようなものが残っていた。
指で触れると線状に消えていく。
まるで“何かが通った痕”のようだった。
マリが後ろから抱きつくように腕を掴んだ。
「もう、やめようよ……これ、普通じゃない。」
ユウタは答えられなかった。
鍵の刻印、白い粉、青い影、赤い紙。
すべてが一本の糸につながっている。
だが、それがどこへ向かう糸なのかはわからない。
ふと、机の上の鍵がかすかに転がった。
誰も触っていないのに。
金属の当たる微かな音が、部屋の空気を震わせる。
ユウタはそっと鍵を握った。
すると、刻印がわずかに光った気がした。
深い黒の奥に、淡い線がひとつだけ浮かび上がる。
その線は、途切れていた地図の線と同じ形だった。
マリが息を呑む。
「ねえ……やっぱり、誘われてる。」
ユウタは鍵を見つめた。
封印を解けと言わんばかりの冷たさが、手のひらから腕へ這い上がっていく。
二人はしばらくその場に立ち尽くした。
夜の静けさが深く沈んでいく。
黒い鍵だけが、わずかな光を吸ったまま動かなかった。




