【第3話:白い痕跡】
地下街から地上に戻ったあと、ユウタはずっと落ち着かなかった。
夕暮れの街は赤い光を撒き散らしているのに、胸の奥では冷たいものがわだかまっている。
マリは隣で歩きながら、何度もスマホを確認していた。
「さっきの影……絶対見られてたよね。」
マリの声は細く、いつもより弱々しい。
ユウタは頷いたが、言葉が出なかった。
鏡に映ったあの影は、自分たちを“知っていた”。
それは確信に近い。
夜が少しずつ濃くなる。
街灯の灯りが点き始め、歩道に淡い影を落とした。
ユウタは呼吸を整えようと深く息を吸う。
そのとき、マリが足を止めた。
「ちょっと……見て。」
歩道端のタイルに、白い粉のようなものが散っている。
埃にしては粒が細かすぎる。
ユウタはしゃがみ込み、指で軽く押した。
粉はしっとりしていて、手に吸い付く感触があった。
「何これ……?」
マリが顔を寄せる。
ユウタのスマホが震えた。
また例の匿名メッセージ。
残る。すべて。
意味の掴めない短文。
だが、なぜか“白い粉と関係がある”と直感が告げていた。
タイルには、粉が点で散らされているだけではなかった。
奥へ続く細い線になって伸びている。
まるで誰かが歩いた足跡のように。
ユウタとマリはその線を辿った。
線は曲がり角をいくつも通り、裏路地へ向かって伸びている。
照明が少ないせいで、白い粉だけが淡く浮き上がっていた。
「この感じ、地下街の青い光のときと似てる。」
マリが呟く。
ユウタも同じことを考えていた。
あの“影”が残したもののように思えてならなかった。
裏路地に入ると、風が止んだ。
音もなく、空気が急に重くなったように感じる。
壁に貼られた古いポスターが、すべて同じ方向に折れ曲がっている。
そこだけ、時間が乱れているみたいだった。
白い粉は建物の隙間へと続く。
ユウタが近づくと、ひやりとした空気が流れ出した。
奥は暗くて見えない。
懐中電灯の代わりにスマホの光を向ける。
狭いスペースの中央に、小さな箱が置かれていた。
古びた木箱で、表面には白い埃が厚く積もっている。
開けようとすると、マリが肩を掴んだ。
「やめた方がよくない……?」
声が震えている。
ユウタは迷ったが、箱の存在がどうしても気になった。
埃を払うと、蓋には見覚えのある刻印があった。
地下街で赤い紙に押されていた、あの歪んだ印だ。
ユウタは息を殺し、ゆっくり蓋を開けた。
中には一枚の紙。
乾いた紙の上に、細い線がいくつも描かれていた。
迷路のようだが、途中で途切れている。
手で触れると粉が落ち、指に白い跡が残った。
「地図……?にしては変じゃない?」
マリが顔を近づける。
ユウタも同意だった。
線はどこへも繋がらず、始まりも終わりも曖昧だ。
スマホが震えた。
匿名メッセージ。
開かない。
短い。
だが、その一語が深く刺さった。
地図が途中で途切れていることと関係がある気がした。
箱を閉じると、白い粉がふわりと舞い上がった。
まるで“記録の残滓”が空気中に漂うように。
裏路地の外へ出ると、風が戻ってきた。
白い粉は風に溶けていく。
まるで跡を消すように。
マリは震えた声で呟いた。
「……何かが、ずっと私たちについてきてる。」
ユウタは返事ができなかった。
その通りだから。
二人は歩き出した。
夜の街の影が、ゆっくりと伸びていく。
白い粉はもう見えない。
だが、見えないだけで“そこにある”気配が消えなかった。




