【第2話:青い視線の廊下】
地下街に入ると、空気は地上とまったく違っていた。
湿り気が多いのに、どこか冷たく、乾いた埃の匂いが鼻をくすぐる。
マリは腕をさすりながら、足元を確かめるように歩いた。
照明が途切れた場所では、遠くに青い灯りが揺れている。
点滅を繰り返すその光は、まるで誰かが息をしているみたいだった。
ユウタは思わず足を止め、光の奥を見つめる。
「監視カメラかな。」
マリが言ったが、声に確信はなかった。
地下街にカメラがあったとしても、こんな不規則な明滅はない。
「行ってみよう。」
ユウタは歩を進め、ゆらゆらと揺れる青色に近づいていく。
光源は廊下の曲がり角にあったが、近づくほど光の温度が低くなる気がした。
気のせいではない。肌が冷える。
角を曲がった瞬間、ユウタは息を呑んだ。
青い明滅が、壁に映った人影の形を作っていた。
実際には誰もいないのに、影だけが揺れている。
「なに、これ……?」
マリがユウタの腕を掴む。
影はゆっくりと形を変え、輪郭が滲むように揺れた。
ユウタは影の中心へ視線を向けた。
そこには古い鏡があった。
縁がひび割れた、長方形の鏡。
まるで捨てられたように壁に立てかけてある。
鏡の表面から、青い光が漏れていた。
光源は鏡の向こう側にあるように見える。
「異常だよね、これ。」
マリの声は震えている。
ユウタは鏡に手を伸ばしかけ、そこで止まった。
鏡に映る自分の後ろに、ぼんやりした影が立っていた。
形は人に似ているが、輪郭が曖昧だ。
ユウタはゆっくり振り返る。
だが、誰もいない。
鏡を見ると、影はまだそこにいる。
「なあ、マリ……」
ユウタが口を開こうとした瞬間、スマホが震えた。
また例の匿名メッセージ。
見えるか。
短い一言。
ユウタは鏡へ視線を戻す。
影が、さっきよりもはっきりしていた。
ゆっくりと腕を挙げているようにも見える。
まるで“こちらを指している”ような動きだった。
マリがユウタの腕を強く引いた。
「行こう!ここ、やばいよ。何か見てる。」
二人は鏡から遠ざかる。
距離を置くにつれ、青い光は弱まり、影の形も崩れていった。
元の暗がりに戻ると、ただの古い鏡にしか見えない。
マリは早歩きで進み、ユウタは後ろを何度も振り返った。
青い光は消えたはずなのに、背中に視線が貼りつくような感覚は続いている。
「さっきの影、絶対普通じゃなかった。」
マリが呟く。
ユウタも同じ思いだった。
影は自分たちを“知っていた”。
あの動きは偶然ではなかった。
出口への通路に入ったとき、上から冷たい風が吹いた。
天井の換気口は止まっているのに、風だけが通り抜けていく。
ユウタは無意識に振り返る。
遠くに置かれた鏡が、わずかに揺れた気がした。
人影はもう映っていない。
しかし青い光が、鏡の向こうでまだ呼吸しているようだった。
二人はそのまま出口へ向かった。
背中に残る気配は、階段を上がっても消えなかった。
地上へ出ると、夕陽が街を赤く染めていた。
だがユウタには、青い光の残像だけがはっきりと焼きついていた。




