【第14話:蒼の崩落】
あたりが一瞬、蒼に染まった。
おおきな波が押し寄せたように、空気が震えた。
にぶい音が足元から伝わってきた。
しずかなはずの空間が、ゆっくりと沈んでいく。
むこう側で光が消えた。
とつぜん視界が揺らぎ、ユウタは呼吸を忘れた。
きづけば、さっき見えていた“金色の針”が消えていた。
おそるおそる周囲を見回す。
くうかんは広がっている。
ろうそくの炎のようだった世界が、
うすい蒼の霧に包まれていた。
そのころ、マリの視界。
あしもとに落ちた光が、急に細くなった。
おちていた数字――211――が、ぼやけて読めない。
くり返し瞬きをしても、ピントが合わない。
「ユウタ、見える……?」
「何が?」
声が重ならない。
かさなったはずの空気が、またズレている。
おもいきって手を伸ばすと、
ユウタの手が一瞬触れた。
くっきりと触れたはずの感触が、すぐに霧のように薄れた。
ユウタは言った。
「なあ、マリ……お前、覚えてる?」
「……何を?」
ユウタは息を止めた。
「去年の夏、俺たち、あの公園で――」
マリは首をかしげた。
「え、公園? 行ってないよね?」
世界が冷えた。
蒼い霧がふたりの間で膨らむ。
ゆっくり、じわじわと距離を作りながら。
ユウタは震えた声を絞り出した。
「……行っただろ。俺たち、あそこで――」
「ユウタ。そんな記憶……私、ないよ?」
マリには“存在しない記憶”。
ユウタには“確かにあった記憶”。
どちらかが嘘をついているのではない。
どちらも真実を語っているのに、記憶が一致していない。
その瞬間、足元の蒼い霧が波打った。
ひとつの数字が浮かぶ。
215
世界が小さく震えた。
蒼が濃くなり、視界がゆっくり沈んでいく。
「ユウタ……なんか、寒い」
「俺もだ……マリ、ここ……何か変だ」
ふたりの手が、うまく重ならない。
影だけが、ぴたりと重なっていた。
まるで、
影だけが“ふたりの正しい関係”を知っているように。
蒼い崩落が始まった。




